死ぬかと思うほど恐ろしい映画だった。後の生活に支障がでるので絶対に何があっても怖いもの(テレビとか本とか)を遠ざけていた自分が、なぜこの映画を公開初日に渋谷に足を運んでまで見てしまったのかというと、映画なんてどうせフィクションなんだから、もう二十歳なんだし克服できるだろうと調子に乗って「怖いものブーム」とか言ってた時に、タイミングよくこれが公開だったので、第1戦目はこれ!とかいって深く考えずに観に行ってしまったのだ。
その結果、始まって十秒でギヴアップした。一回目の恐怖攻撃で心臓がどかんとなってしまい、怖くなりそうになったらスクリーンから顔をそむけ、それでも怖いから耳をふさいで、しまいには別のことを考えたり、一緒に行った怖いもの好きの友達を変な動きで笑わせようとしたりしていた。きっとちゃんと見てたらショック死である。
内容を詳しく書こうと思ったけど、思い出してまた怖くなってしまうのでしません。CGの勝利。効果音の勝利。特殊メイクの勝利。打ちのめされました。怖い以外はなんにもないです。今はただ一番前に座ったことを後悔。
でも主人公の女とそれを助ける男が、女の方はそれなりに今風の綺麗なんだけど、男がしぶがき隊のような、日本だったらひとむかし前の色男ふうなので、そいつがかっこつけるたびにほっとし、ひと時の安心感を得ることができたので気がまぎれて助かった。それと、この映画では、恐怖と同じ位感動のシーンが出てくるんだけど、かなりおおげさなため、幽霊が見えるときの「ありそう」な怖さと真逆でおかしかった。
これは学校に行く前に見て悲しくなってしまい、椅子にしがみつきました。寒い国の海沿いの田舎に住むべスという自分の感情を押さえることができない女性が結婚するんだけど、仕事中に夫が頭を打って治るか分からないほどのおおけがをしてしまい、その人のために何でもしてしまううちに、誰からも見放されて手がつけられない状態に陥ってしまって、でも本人は夫を助けたい一心で頑張りすぎてしまう、という話です。
それで何がそんなに悲しかったのかというと、本人の助けたいのにっていう気持ちのせいで、町の人達にのけものになったり、家族まで敵になったりしてても本人はおかまいなしで、でも夫を助けられないことが悔しくて、悔しいまま死んでしまった後です。べスの葬式が終わって、その頃にはべスの願いが叶って夫は動けるようになっていて、夫は仲間とこっそりべスの棺桶ごと持ち出して船で海に出ていきます。それでべスを海に流してあげるんだけど、そうしたら雪が降ってきて夫は仲間達とこりゃすげえとかいって喜んでて、そうしたら空の上で二つの鐘がごーんごーんと鳴り響くのだけど、そこ。
やっと願いが叶ったとか、こんなに純粋な愛だったのだ、とかって本人が言っちゃったらいい話だったなあで終わっちゃうんだけど、鐘が鳴ってたよなって自分達が納得するところを見せられて終わってしまうから、鐘自体はいきなり非現実なんだけど、二つの鐘が鳴ったっていう詩にするから、色んな出来事が一辺に実感として押し寄せてきたみたくなってしまったのです。
それにこの映画は映像がぷつぷつ切れるんだけど、それが鮮明で綺麗なので、人の思い出を覗き見しているような気になります。
衝撃のラストという言葉がふさわしい。なんかアフリカ大陸のどこかの砂漠地帯に住むぼんぼんの中年おやじが自殺しようかすまいかを考えながら街や山をさまよう映画なんだけど、そいつがただ煮え切らないのが延々とスローに終わらなくてよく最後まで見たと思った。
自分の人生に価値を見出せず悩むだめおっさんの映画なんてそれ自体見る価値が見出しづらいものだが、おっさんはマジなのだ。おっさん凄いこと考えてるみたいな描き方で、ありえないくらい静止する横顔アップが度々挟まれたりする。労働青年を捕まえて「金をやるから俺が穴に入ったらふたをしてくれないか?」とか頼んで断られたりと、もう勝手に死んだらいいのにと思ってしまうほどだ。出来ることいっぱいありそうなのに何故?と不思議に思う。
上がり下がりのない本当に砂漠のような展開を続け、結局おやじは穴に入る。さっさとそうすりゃ良かったのにである。で、真っ暗になって終わったかと思ったら突如、作品中一度も流れなかった音楽が流れ、おっさんが埋まった山を二十人位の兵隊が行進する映像が流れ出す。度肝である。その音楽もギター一本で単音のブルースみたいなんだけど音程が砂漠的でつかみ所が無い。兵隊は歩きがなぜかみんな恐る恐るで、なぜか映像が荒い。もうなぜかに負けて笑ってしまった。
砂漠、地続き、どこまで行っても同じ、に負けたおっさんの話でした。穴の中で次の映画を考えてもきっとまた一緒だぞ。なのでメチャック。