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20020118 フレンチパラドックスの謎解明 |
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フレンチパラドックスの謎解明、 フレンチパラドックスの謎が解明された。 フランス人は脂ぎった食事を好むのに、なぜか欧米人の中で心臓病になりにくいというフランスの逆説「フレンチパラドックス」と赤ワインとの関係が言われていた。 その仕組みを、英クイーンメアリー大の研究チームが証明した。 赤ワインには、ポリフェノールが豊富に含まれており、この物質と共に牛の血管細胞を培養し、遺伝子レベルで、エンドセリン1(ET1)の働きが押さえられることを確認した。ET1は、動脈硬化に関係した物質で、心臓病の遠因ともいわれている。赤ワインのポリフェノールがET1を抑制しているため、フランス人は心臓病になりにくいと結論付け、12月20日付のネイチャーに発表した。 そういえば、このフレンチパラドックス、某有名ワインメーカーを受けたときに、人事の人が女性をくどくとっかかりに使えるネタとして教えてくれたことがありましたっけ。 |
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20020107 春の七草の由来 |
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さて、今日は、一月七日ということで、 春の七草の由来、 春の七草は、言わずと知れた芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、ほこべら、佛座(ほとけのざ)、菘(すずな)、すずしろ。 古くは、奈良絵本の一つで七草の行事の由来を描いた祝儀物「愚仏文庫」にその記載がある。唐のたいしやうは、百歳の両親がおい衰えたことを嘆き、若返らせて欲しい天に祈ったところ、帝釈天が若返りの薬の作り方を授け、その教えにしたがって正月に七色の草をあつめ、若水と共に服させると両親はたちまち若返った。このことを聞いた帝はたいしやうに位を譲り、国も民も大いに栄えた。 この伝説を元に、中国で風習となっていたものが日本に伝来した。当時の七草は、米・麦・稗・粟などの七酒類の穀物をさし、これでかゆをつくってその年の五穀豊穰を祈る農民行事のひとつだった。いつしか、朝廷の行事に取り入れられ、穀物が七種類の野草や野菜にかわっていった。 宮廷歌人による若菜つみの歌により、七草がゆの前日の6日は、野に出でて若菜を摘む風習があったことが窺いしれる。この行事は、室町時代以後に儀式化し、江戸時代には武家の間でも行われるようになり、正月七日が人日という五節句の一つに定められるようになった。 因みに秋の七草の由来は、 、「万葉集」に記載されている「山上憶良」の作『秋の野に、咲たる花を指折り数ふれぱ、七草の花』『萩の花、尾花・葛花、撫子の花、女郎花また藤袴、朝顔の花』に由来する。 その現在の七種とは、萩の花・尾花・葛(クズ)花・撫子(ナデシコ)の花・女郎花(オミナエシ)・藤袴(フジバカマ)・朝貌(アサガオ)or桔梗(キキョウ)の7つです。 |
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2001221 サンタクロースの服は何故赤いの? |
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サンタクロースの服は何故赤いの? 今回は、クリスマスが近いということでサンタクロースの話題。 なぜ、サンタクロースの服は赤いのか? それは、 コカコーラのカラーが赤だったから。 コカコーラ社は、設立当時から、現在と変わらず積極的に商品広告に取り組んでいた。当時、コカコーラには麻薬やカフェイン、アルコールが入っていると訴えられたため、イメージを払拭するために起用されたキャラクターがサンタクロース。 スウェーデン人イラストレーター、ハッドン・サンドブロムによって描かれたサンタクロースの服は、必ず、コカコーラ社のイメージカラーである赤と白であり、巨大な資本力と特有の広告戦略を背景に、そのイメージは全米、そして全世界へと広がっていった。 現在、対抗馬として比較広告などで争っているペプシコーラや、ポカリスウェットだったら、今ごろは、青い服を来たサンタになっていたのでしょう..... ってことはペプシマンサンタなんていう顔無しサンタも出てくるってことに........。 夜中、ベッドの脇に立っていたら子供泣くね。 因みに、サンタクロースの起源は、キリスト教の聖人の中の一人、聖ニクラウスであり、彼は西暦270年頃現在のトルコのパトラで生まれ、ミュラの司祭となった後、贈り物となるような奇跡を数多く行った人物。 |
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2001106 趣向を変えてこの頃のいぬ。 |
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趣向を変えてこの頃のいぬ。 日々、季節の移り変わりと共に紅葉してゆきつつある街路樹。 その葉の色の変わりゆく様に合わせたかようのに、自分の状態がやばくなっていく〜。 黄色から鮮やかな赤へ、 桜散る、桜散るならぬ、木の葉散る、木の葉散る。 最後には、首の皮一枚のように一枚だけ、 「あの葉が散ったら、わたしは死んでしまうの。」 最後の一葉、Oヘンリー短編集より。 てな感じでしょうか。 って、おい、最後の一葉は、本当は全部、落ちてしまうんじゃなかったっけ。 でも、老人の画家が肺炎になりながら、絵で元気付ける っていうあれ。 あっ、あれ、老人が最後に亡くなってしまうやん。 やっぱり、だめか.......。 |
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20011022 一を割った時の商 |
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一を割った商 よく知られていますが、 覚えておくと、大変便利な数字B それは、 一を割った時の商 支払いの時の計算などに非常に便利。 概算で出すときなどに重宝します。 例えば、\15000を8人で割るときなどは、 1/8の0.125を使って、 \10000を8で割った場合、0.125*10000で1250 でもって、残りの\5000は、その半分だから625 たして、1875になります。 ちゃんと記述すると、 10000/8 + 10000/2/8 = 1/8*10000 + 1/8* 10000/2 = 0.125*10000 + 0.125*10000/2 = 1250 + 625 = 1875 計Zのはやいと言われる人はよく使っています。 概算で、1250とその半分の600ちょっとということで1900弱という風に当たりをつけるにも楽です。 1/1 = 1 1/2 = 0.5 1/3 = 0.3333333333333..... 1/4 = 0.25 1/5 = 0.2 1/6 = 0.166666666666....... 1/7 = 0.142857142857....... 1/8 = 0.125 1/9 = 0.111111111111...... 1/10 = 0.01 1を3の倍数で割った場合は、永遠に続くのは当たり前なのですが、 ここで不思議なのは、1を7でわった場合。 142857という数が永遠に続きます。 どうしてかというと、計算の途中で50を7で割ったときと同様で商が7であまり1が出てきてしまうため。再び、同じ計算を繰り返すはめになるのれす。 7というのは何とも孤独な数字。 |
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20011012 単位系の数詞 日本版 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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前回は、SI単位系による数字の表し方でしたが、今回は、日本version。
位の数詞は、 江戸時代初期の吉田光由が著した数学の教科書、「塵劫記」(1628)に出ており、インドの教典の「華厳経」に由来する。 また、この塵劫記以来、日本の十進法、万進法が確立した。 欧米の十進法、千進法と異なるために若干使い勝手が悪いですね。
反対に小さい方では、
「繊」は捻糸(よりいと)を作る繊維のように細いもの 「沙」はガンジス河のスナ(「沙」は石辺の「砂」より細かいようです)です。 「塵」は鹿の大群が通ったときに巻き上げる土煙の粒です。 「埃」はさらに小さくて風で巻き上げられるホコリを意味します。 「渺」,「漠」,「模糊」は霧や湯気のような気体とも固体とも区別の付かない小さなものを指す 「逡巡」以下は時間を表すための言葉のようで「須臾」は今でも「スユ(シュユ)の間」のように使われていますし、「指弾」も字のごとく指を鳴らす間ですから短いでしょう。 「刹那(セツナ)」ですが「梵語(サンスクリット)」ksana(クシャナ)の音訳で「大毘婆沙論(ダイヒバシャロン)」のなかに譬え話で説明があるそうです。これによれば、「2人の成人男子が何本ものカシー産絹糸(細い絹糸)を掴んで引っ張り、もう1人の成人男子が中国産の剛刀(よく切れる刀)でもって一気にこれを切断するとき、1本の切断につき64刹那が経過する」と述べられています。さらに解説は「5000本の絹糸を掴んだとすると、剛刀による一瞬の切断が 5,000(本)×64(刹那)=320,000(刹那)になるので、1刹那の短さが解るでしょう」としています。 「塵劫記」には記載が有りませんが「大毘婆沙論」では時間の単位として、次のような説明もあります。 1昼夜=30須臾(しゅゆ)、 1須臾=30蝋縛(ろうばく)(蝋は月遍が正しい)、 1蝋縛=60 怛刹那(たんせつな)、 1 怛刹那=120刹那 としてあります。1昼夜(1日)を24時間として計算すると、 1須臾=0.8時間=48分、 1蝋縛=1.6分=96秒、 1怛刹那=1.6秒、 1刹那=0.0133秒=1/75秒=約1/100秒 になりました。 「刹那(せつな)」は「劫(ごう)」の反対語で非常に短い時間を表します。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 20011012 百万ドルの夜景の起源 |
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百万ドルの夜景の起源 某有名サイトでしったこと。 百万ドルの夜景として有名なのは、神戸、函館、香港など様々な場所がありますが、 なぜ百万ドルなのでしょうか? そもそもは、昭和28年、某電力会社の副社長の談話から、その当時、神戸を見下ろす山(つまり六甲山ですね)の山頂から見えた神戸、芦屋、尼崎、大阪の電灯の数の合計が496万7000個で、その電気代が1カ月で4億2900万。当時の対ドル為替レートが1ドル360円だったので、 神戸の夜景に必要な1カ月で電気代が、約100万ドル ということで100万ドルの夜景になったそうだ。 ほんとの話なんでしょうか? 神戸や香港などは、一時、震災や返還などの問題で100万ドルでなくなってしまいましたが、いまや回復しつつあるようです。 夜景ついでに、香港の夜景でネオンの点滅が少ないのはなぜでしょう? それは、啓徳空港が町中にあったため離着陸の際に危険ということで禁止されていたからです。でも、Chek Lap Kok空港として新しく移ってからはかわりつつあるようです。 下は、冬の九龍側から見た香港島の夜景。
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| 20010930 10の整数乗倍のSI接頭語 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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10の整数乗倍のSI接頭語 国際単位系には、10の+24乗を表すヨタから10の-24乗を表すヨクトまで20種類の接頭語がある。 ますは、有名なところから段々と大きく
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逆に小さい方はというと
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| 20010930 芋煮会 |
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芋煮会 芋煮会って東北全部の県でやってる訳ではないのですね。 秋になると宮城、山形の川原で見かける芋煮会のはじまりについて 山形城主の秋元但馬守の、野宴の楽しみが、やがて一般に広まったという説。 また東村山郡中山町の長崎あたりが、かつて 最上川水運の終点だったころに、船頭たちが、船つき場のそばにあったマツの枝(鍋掛けの松)に 鍋をつるして、運んできた棒ダラなんかといっしょに、近くにある里芋の名産地、小塩で購入したさといもサトイモを煮たのが芋煮会のはじまり とされている。 また、芋煮に牛肉を使うようになったのは、昭和の始め頃からで、養蚕農家が秋蚕後に総会を開き、最上川原に繭業者を招待して芋煮会をやっていたが、経費は業者負担だったため、「どうせなら牛肉を入れてくってみよう」ということで普及し始めた牛肉を奢らせたのが最初とされている。 |
| 20010927 ヘチマの名前の由来 |
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ヘチマの名前の由来 元もと、果実が繊維質なので糸瓜(イトウリ)とよばれていたが、トウリに変わった。イロハニホヘ...でトはヘとチの間だからヘチマになったそうだ。 朝日新聞の花おりおりの欄から...... いまどきヘチマの乾したので背中を洗っている人なんかいるのかな〜。 |