ある町の出来事
このお話は、フィクションです。
**************** あらすじ ****************
あるところに人口約10万人の地方都市がありました。
この町は、どこの町でも同じですが駅周辺の商店街が衰退される一方で郊外に大型店が建ち並び駅周辺では空洞化現象が起きる状況になってしまいました。
そこで活性化対策の一環として町では 駅前土地区画整理の計画をたてました。
ところがこの事業にかかる費用が300億円にも及び町の年間総予算に匹敵する規模になってしまいました。
この事業が完成するのに100年はかかることになってしまいました。
よく100年の計を立てるといいますが商店主が三代にまたぐ計画になります。
この商店街には、そんなにゆとりのある商店は一軒もありません。
そんな計画の中で町では土地区画整理区域の中に
数千坪の代替地を買ってしまいました。
この土地を利用して仮店舗をつくり土地区画整理を促進する計画でした。
しかし、事業規模が大きすぎて事業にかかることができず、いまだに仮店舗をつくることが出来ませんでした。
そこまではよくある話ですが、この代替地の買収を巡って収賄疑惑が発生してしまいました。
つまり端的に言うと代替地を買ってやったんだから、見返りに飲食代を肩代わりしろということです。
事業を促進しながらこのくらいのことをするなら影にかくれて見えなくなってしまいます。
しかし、事業には積極的に取り組まずにいるからこのことだけが目に付いてしまいました。
この町は、これからどうなるのでしょうか???
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***************** 歯抜けの商店街 ****************
昔のことを言うと笑われますが、この商店街にも全盛時代がありました。
車の免許を取ったばかりの新米運転手が、よその町に行っても運転が保証さ
れるのはこの商店街を通れたらで、それはもう一人前だといわれてきました。
事実大変な車の込みようで自転車、歩行者がごった返し商店の前は身動きもとれないほどでした。
商店は商品を並べているだけで飛ぶように売れました。
そんな時代が嘘のようです。
それが火の消えたような人通りになってしまいました。
そんな中で土地区画整理事業の着手まえから土地の間引きが始まりました。
間引きされた土地は事業にかかるまで使われません。
商店街がつながらなくなったのです。
衰退化されていた商店街には、これ以上の打撃はなく益々人が通らなくなりました。
中には、その日の売上が従業員の日給にもならない店まであるようになってしまいました。
事業が終われば町並みも整い商店街も繁栄するだろうとの期待感からじっとしているのです。
何時まで、じっとまっていればいいのでしょうか??????????
+++ 鳴かずんば鳴くまで待とうほととぎす +++
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***************** 町の悪暦 *****************
この町は何年か前に役場の最高幹部がつかまっている。
今まで、それとなく接近していた関係者は水がひくごとく去っていった。
関係者の中には自殺者まで出る始末でしたが、時が過ぎると忘れられてしまいます。
しかし、忘れられないのは家族であり親族であるにちがいありません。
たった一回のあやまちなのに。
本当に一回であれはいいのですが。
人間には悲しい嵯峨があります。
たとへば、万引きをする悪癖です。
生活苦・スリル・情緒不安定等いろいろあると思いますが一回その道にはまる
と、それが当たり前のように思えてくるからです。
つまり習慣づいてしまうのです。
この習慣を打破するのは自分しかありません。
しかし、それは自分では出来ません。
酒・タバコ・ばくち・女・覚せい剤等なかなか自分できれるものではありません。
それには大きな衝撃の中で悟りを開くしかありません。
それに絶えられることにより、その習慣から逃れられるでしょう。
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*************** お役人倫理 **************
毎日のようにマスコミに取り上げられる内容は殺人事件・交通事故・芸能人騒動等様々な劇的要素により時代の移り変わりがあらわれています。
中でも変わらないのが、お役人の不祥事です。
江戸時代のドラマに現れる悪代官が時代の流れをそのままに昨今にも引き継がれています。
何故でしょうか。
お役人には、地位と名誉と権限があります。
この、権限が曲者です。
大方の人は、その人にではなく、その地位にあるデスクに頭をさげます。
そのデスクに座っている人には。それが解からないのです。
自分が偉いから人は頭を下げると錯覚します。
この錯覚を錯覚とわかる人は何の問題もなくその地位を守ることが出来るでしょう。
その人は、自分の持つ権限を無暗に振りかざさないでしょう。
しかし、何人かの人に誘惑の虫が入り込みます。
これが世に言う寄生虫です。
この寄生虫は自分自身で太ろうとします。
貸し主の体に宿り貸し主をそそのかします。
そうなると本人の意思に反して寄生虫が暴れ出します。
この虫は食欲旺盛で腹がすくと貸し主をそそのかし飯を食わせろと催促します。
腹が満腹の時はじっとしています。
ですから人目にはつかないものです。
寄生虫が暴れるときは貸し主が寄生虫の力を借り権限を振りかざす時です。
こういう時には回りの人が寄生虫をなだめてあげることが必要に思われてなりません。
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*************目的の定まらない代替地*************
この町にも土地開発公社なるものがあった。
この土地開発公社はバブル経済の影響をまともに受け青息吐息であった。
担当者は毎日銀行通よい。
毎年膨らんだ利子を払いきれず利子を借り入れるための日参である。
利子にまた利子がつく。
よくある自転車操業なのだ。
こともあろうに、こんな状況の中に土地区画整理事業地内に2000坪の代替地を買った。
この土地に毎年利息がつく。
金利 2%で4000万円になる。
親方日の丸だからこんなことはどこ吹く風だ。
この土地は権利関係が複雑で抵当権、賃借権がついていた。
60億円の支払いがとどこうっていた。
今話題の債権放棄を町の担当者が銀行に駆けずり回り 15億円で銀行に債権放棄させた。
そんないわくつきの土地を 20億円で土地開発公社が買いとってしまった。
こんな大きな仕事をしたんだからと担当者は斡旋業者に飲食代を要求するようになった。
この町で有名な割烹料理店をつかい、そのつけを持っていく。
この町の担当者は 5人程度しかいないが 1回の飲食代が 30万円にもなっていた。
それをなんとまあ 5回もやっていたのである。
総額 150万円にもなってしまった。
斡旋業者もたまったものではない。
そんな金払えないよと言っても夜中まで粘って毟り取っていった。
こうなると、ゆすり・たかり・あるいは恐喝とでも言うのでしょうか。
こうして手にいれた土地は駐車場につかわれているだけだ。
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*************お役人の考えていること*************
お役人の考えていることは一般の凡人にはわからない。
代替地の契約は平成X年3末日に行なわれたが飲食をしたのは同年5月から7月までの間。
その理由は「契約に関していろいろな人に骨を折ってもらったので、その人たちへの慰労の意味があって行ったもので当初からの約束でその費用は斡旋人が持つとのことでしたまでだ。」
だから当たり前だというのである。
しかし、その後この飲食代は表面化しそうになり某県会議員が斡旋人に返しに行っている。
逆に返した飲食代は誰が負担したのだろうか。
何かがおかしい。
まず、何のために誰に骨を折ってもらったのだろうか。
このことに関与した人物を考えてみよう。
一番先に上げられるのが自分たちのお役人。
次に銀行関係者
県会議員等の実力者
黒幕的存在の人
公的な接待であるなら役場が費用をだせばいい話である。
この契約に関して不透明な点が浮上している。
契約した時点で抵当権・賃借権がついたままだった。
普通、役場とか土地開発公社が契約する場合権利関係がきれいになってから行なわれるのである。
それなのに、権利がついたまま契約してしまったことの疑問である。
契約してから、せっせと抵当権・賃借権の抹消にとりかかる。
しかし、これらの抹消はただでは出来ない。
銀行に債権放棄させるに必要な、取り決めた現金が必要であったのである。
その現金がどこから生まれてきたのか。
銀行の不正融資であったのか。
疑問は深まるばかりである。
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****************月曜日の男****************
土地区画整理事業の区域内に若干30歳・経営コンサルタントの地権者がいた。
経営ノウハウに優れいかなる破産寸前の会社も立ち直らせる凄腕のエキスパートマンである。
この人は毎週月曜日に役場に出向く。
誰が付けたか人呼んで月曜日の男である。
彼の家は土地区画整理の事業のため立ち退かなくてはならない。
5年ほど前の話になるが、役場の担当者がきて「あなたの家は土地区画整理のため立ち退かなくてはならないので建物の調査をさせてください。調査結果がでしだい補償金を提示しますので宜しくお願いします。」と帰っていった。
その後、何日かして補償の積算会社がやってきて家の中を調べていった。
それから丸5年役場から何の話もなかった。
その間、彼の裏手にあたる某県会議員の家の周りは、せっせと事業が進んでいた。
彼は裏手の方から先に進めているので自分のところは調査もいてあるし、どうゆう状況であるのか今年になって初めて役場に聞きに行った。
ところが役場の担当者は「あなたのところの事業をやるのはすっかり忘れていました。これから始めますよ。」と
彼は歳が若いせいもあり役場はそうゆうところかなと思いつつ帰ってから二三の人に聞いてみました。
そうしたら、「それはおかしいよ。それじゃ何のために調査したかわからないじゃないか。
第一調査した資料が古くなり使い物にならなくなるじゃないか。」と
彼はなるほどと思い次の月曜日に役場に出向き、そのことをそれとなく聞いてみました。
役場は「資料は修正すればすぐにでも使えますよ。これからあなたのところを実施する予定です。」と
それから2月になると役場は「年度末(3月末)までには方針を示します。」
年度末になると「新年度(4月)になれば決まります。」
5月になれば「6月の幹事会には発表します。」
6月になれば「盆(8月)までには、お答えします。」
7月になれば「彼岸が山でしょう。」
次のお答えは誰でもおわかりになるでしょう。
答えは体育の日か・文化の日か、どちらかでしょう。
月曜日の男の活躍が何時まで続くのでしょうか。
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***************事業区域に神様がいた***************
この事業区域の一番先は某県会議員。
二番目は神様である。
この神様は、言わずと知れた宗教法人である。
事業区域の真中に神様が居座っていた。
役場は、この神様にとりかかった。
しかし、神様の移転は容易ではない。
5年も前からとりかかっているが一向に進展しない。
神様は永遠の神様である。
道路の計画なら神社・仏閣・名所遺跡はさけるのが一般的である。
区画整理の場合はさけることができない。
ならば先にやってしまえということになった。
それから5年何の変化もないまま時だけが過ぎ去って行く。
なにしろ100年計画ですから5年くらいはまだまだ序の口。
この四つ相撲はとちらに軍配があがるのでしょうか。
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**************しっぽの役目**************
配置換えのもとの担当者は笑っている。
この事業の担当の一番しっぽだった人である。
この町はしっぽが笑うのである。
動物は頭と胴体としっぽに区分される。
動物が人間の組織という生き物であったら人はどこになりたいのだろうか。
普通の人は頭がいいと言うだろう。
しかし、蛇に呑み込まれる時は頭からである。
ごくまれに尻尾のときもある。
じゃあ、胴体だったらどっちから呑まれても時間がかかるから危険になった時逃げればいいと胴体派を好む人も多いだろう。
しかし、頭と胴体と尻尾はつながっているのである。
が、頭は頭がいい。
頭が呑み込まれようとすると頭のいい頭はしっぽを切り落とすのである。
トカゲの尻尾ぎりである。
その尻尾が笑うのである。
尻尾は切り離されるまえに自分から逃げ出したのである。
「この町の頭は偉そうな顔をしていて仕事はちっともしない。」
「仕事をするのは何時もしっぽだけだ。」
「今回の問題にしても契約した時抵当権、賃借権がついたまますると言うことはなにごとか。」
と言いたかったのであるが所詮はしっぽである。
なおのこと発言権がない。
しっぽは何も言わず、ただひたすらに黙っているだけである。
無論しっぽには口がないのである。
口がない尻尾がしゃべるのは、しっぽの役目を終え尻尾が一人歩きするときである。
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***************大きすぎた計画***************
計画というものは大きければいいというものではない。
理想と現実。
人間の信念の中にあくまでも理想をおいかける人と現実論者の人といる。
理想主義者は現実論者より口もうまいし知能も優れている。
しかし、誇大妄想の考え方が優先し時には自分を見失いがちである。
現実論者は絶えず控え目な行動におちいりがちで、しかし真はしっかりしている。
絶えず人の目をくばり何事にも計算された頭脳により石橋をたたいて渡ろうとする。
この2種類の人がそれぞれにとる行動がどちらがいいのかとつきつめることは何人もできないでしょう。
たまたま、この役場は理想論者が多かったように思えます。
このような環境の中で土地区画整理の立派な計画が出来上がったのです。
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**************100年計画がなぜ悪い**************
町は市街地の町並みを整備するのに土地区画整理を計画する。
つまり家の入れ替えをしながら道路や公園を生み出し町並みをつくりかえるのである。
だから、モダンなしゃれた家がぞくぞく立ち並び町の様相は一変する。
町は生きかえるのである。
町は生き物である。
栄枯盛衰は世の流れ。
町は死んでしまうかもしれない。
高度成長期の時期なら死ぬ町はすくない。
多かれ少なかれ成長が続いていたのである。
悪い時期になってきた。
高度成長期のひずみがここえきて目立つようになってきた。
早くしないと町が死んでしまう。
あせりもある。
死んだ町を生きかえさせるにはたいへんだ。
町が死にかかると町の遠く離れた根っこの部分から芽をだしそこに町が新芽を吹く。
これがドーナッツ現象になり遠く離れたところに繁華な町が生まれる。
こうなると町の中心部は死にかけて衰えが目立つようになる。
こうして生まれるのが区画整理の計画である。
土地区画整理の計画はどこの町でも長くても15年で完成するような計画をたてるのである。
しかし、どこの町でも計画どおりにいかず15年が20年、30年とのびてしまうのである。
人の一代は長くて30年。
次の世代にバトンタッチの時期を迎える。
家の寿命も30年。
30年がひとつの節になる。
100年計画だとこの節目に入るのは1/3しかなく、2/3は話の外になってしまう。
したがって、いつまでたっても1/3しか町並みがそろわない。
のこりの2/3は、いれかわり死んで行くのである。
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****************新芽が吹く*****************
中央の商店街は後継者になやんでいる。
お嫁さんがこないのである。
今お嫁さんに行くならサラリーマンに限る。
商店のお嫁さんは大変だ。
朝から晩まで働きどおし。
小遣いはくれない。
文句はいわれる。
いまどき商店なんかお嫁さんに行く人はいないのである。
だから、この商店街は跡取がお嫁さんももらわずみんな年寄りになってしまった。
こんな状況だからお客が年寄りばかりになってしまった。
若者不在の商店街である。
こうなると頭のいい人は新芽に鞍替えするのである。
第一新芽はいきがいい。
いきのいい新芽は若者をひきよせる。
新芽には大型駐車場がある。
車の時代だからこそ、ひとっ飛びだ。
若者は用もないのに足を運ぶのである。
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****************大木が枯れた****************
駅前の大木が枯れた。
駅前広場の大木は青々して威勢がいいのに。
駅前の大木は突如やってきて突如姿を消した。
大木は駅前の根っこが小さかったのである。
大きな根っこを持っていたら。
大きな店舗が空家になると寂しいものである。
ネオンがちかちか眩しいくらいに輝いていたのに。
シンボルの灯が消えた。
暗闇の駅前である。
駅前は町の活気につながる。
いまだにテナントが見つからない。
景気の落ち込みはひどいものだ。
ばたばたと老舗がなくなっていく。
夜逃げして主がいなくなったところがどれほどあることか。
景気の回復はいつになることか。
新芽は強い。
新芽は1000台以上の駐車場ほ持っている。
こんな新芽が街の郊外の東西南北のあちこちに吹出した。
隣の町からも新芽がおしよせてくる。
もう小さなお店の出番はなくなった。
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***************新芽に乗れ***************
小さなお店はもうおしまいだ。
お店の出番は新芽にかぎる。
駅前の商店に見きりをつけて、ぞろぞろ新芽に乗り換えた。
お客がこなければ商売はなりたたない。
新芽の中で小さくても店を持てば。
小さくても大きな望みがでてくる。
なにしろ新芽は所帯が大きい。
共存共栄が成り立つのである。
朝から人が、こったがえす。
土、日曜は身動きが取れないほど人がくる。
みんな車でくるのである。
その商圏はどれくらいあるのだろう。
20kmまで人を呼ぶ。
第一、遊び場があるのだ。
お店はここでなくっちゃあ。
駅前の商店は寂びれるばかりである。
寂びれ行く商店街を救おうと、一人の勇気ある青年が立ち上がり土地区画整理の促進に向けて走り出した。
駅前商店街の復活をかけて。
一方疑惑に包まれたベールを脱ごうと捜査の手は着実に伸びているのである。
+++鳴かずんば殺してしまえほととぎす+++
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**************土地区画整理事業の実態**************
土地区画整理事業の事業費が膨大なため役場だけでは賄いきれず国、県から補助金が投入され事業の運営をしているのだ。
5、6年前には年間 6 億円の予算により事業が実施されていた。
それが今年の予算は2億円。
折角国、県の補助金がついているのに使わないで返してしまったのだ。
補助金を返せば次の年は減額される。
その繰り返しで、なんと出発年の 1/3 になってしまった。
それでも担当者は精一杯やっていると豪語している。
何故誰も文句を言わないのだろう。
大方の人が土地区画整理の意味がわからないのだ。
田んぼの区画整理ばかりやってきた町である。
昔の田んぼが街になった。
田んぼの土地区画整理は実績がある。
その実績も駅前では役にたたない。
駅前商店街の土地区画整理は甘くないのである。
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************区域内に国と県の土地があった***********
県の土地は、他の土地区画整理の実施されたところに建物と一緒に早々と移転した。
国の土地は、土地区画整理の中に残るように計画されていた。
ところが、この厳しい時節何時出来るかわからない事業に賛成するわけが無く、結局この土地を役場は買い取る破目になってしまった。
となると、最初の計画で確保しようとしていた土地の扱いが目的を失ってしまった。
しかも、その土地は、ひとまとまりではなくばらばらに予定していた。
ばらばらに分けてしまっていたのである。
行き場を予定した土地を仮りにあてがうから暫定的になるので仮換地という。
区域内の事業が完全に終わると正式に換地ということになり土地の登記が完了する。
これが100年先になるのである。
現在国では事業の長期化するものや、事業の見通しのたたないものは中止しようとしている動きがある。
この町は100年たってでもやろうとしているのだろうか。
続 く
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