方法論的枠組み

5:三人集まれば文殊の知恵
 質的研究は作為的な研究ではありませんが、作為的になりかねない研究です。適切な理論的感受性と適切な理論的サンプリングがあって初めて適切な質的研究となりえるのです。そこで、質的研究では「主観と客観の融合」が図られます。「主観と客観の融合」というと、格好いいような、それでいて矛盾しているような響きがありますが、質的研究にとっては生命線ともいうべき重要な作業です。つまり、自分の主観や第三者の主観を認識することによって客観に近づく作業を意味しているのです。
 質的研究では“互いに認識し合う主観”として、調査者自身や第三者、場合によっては参加者自身の主観を利用する方法論があります。具体的には表3を見て下さい。パーソナルインベントリーは調査内容に関わる個人的な価値観や経験を調査グループ全体で共有しようとする作業です。これによって、知らず知らずのうちに個人的主観に囚われた偏った解釈がなされないようにすることが可能となります。筆者自身もこの作業を行ったことがありますが、実際の分析の過程で「自分自身の、あるいは共同分析者の解釈に偏りがあるのではないか」といったことに意識的になれることを体験しました。
 また、メンバーチェッキングとは先のパーソナルインベントリーをも含む広い概念です。しかし、ここでは調査後にデータの確からしさ(credibility)を確保する作業として紹介します。つまり、調査で得られたデータや分析した結果、あるいは研究全体の確からしさを参加者を含めた第三者の評価を利用しておこなおうとするものです。特に、研究全体を評価しようとするときには、研究デザインからサンプリングや調査、分析のすべてにわたる詳細な報告が不可欠であり、このときの報告は長文となります。これを”分厚い記述”といいます。この長文の記述を通して研究の質を評価することをオーデイットトレールといいますが、厳密にはこうした分厚い記述によってメンバーチェッキングされることがのぞましいでしょう。しかし、学会や学術論文など限られた時間や紙面でこのような作業は望むべくもありません。ですから、調査者としては「どのようにすれば自分の研究のcredibilityを伝えられるか」を考えて報告書を書かなければなりません。
 このように、自分自身あるいは第三者の主観を利用する質的研究では「研究者としての良心」が生命線になります。それは、研究者が自分の主張に沿った解釈をしたり、研究の内容に批判的な第三者の評価が研究の結論を捻じ曲げることが“可能”だからです。したがって、さまざまな批判にさらされている質的研究ではなおさらのこと性悪説にたって研究をおこない、自らの正当性を主張できるような努力が求められます。

                  <表3>主観による客観性の補完
                    ●調査者の主観の利用
                     パーソナル インベントリー
                    ●第三者の主観の利用
                     メンバー チェッキング
                     オーデイット トレイル

6:グランデッド・セオリー アプローチ
 「グランデッド・セオリー」という言葉が質的研究にはよく出てきます。ある分野の人達の間では金科玉条にすらなっています。しかし、グランデッド・セオリーって一体なんなのでしょうか。
 本来、グランデッド・セオリーとは“地べたを這いまわるようにして収集したデータによって構築された仮説”のことを指し、「データ対話型理論」という名前で紹介されることもあります。いずれにせよ、グランデッド・セオリーは単に個人的印象にとどまるような仮説ではなく、データに基づいた“確信”に近いものをいいます。グランデッド・セオリーを一躍有名にした「データ対話型理論の発見(グレイザー&ストラウス著;後藤 隆 他訳:新曜社)」にも“社会調査において体系的に獲得されたデータからの理論”とあります。その後、グレイザーやストラウスがそろって“グランデッドセオリーを産出するプロセス”を“グランデッド・セオリー”と解説したため(それぞれの意味するところは随分違うのですが)、「グランデッド・セオリー=プロセス」と理解している人が多いようですが、本来の意味からいえばそれは間違いです。
  しかし、そうした解釈も今では市民権を得ているようですので、筆者は敢えてそれを否定しません。ただ、ここでは誤解を招かぬよう、“グランデッド・セオリーを導くプロセス”を指す場合は「グランデッド・セオリー アプローチ」と呼ぶことにします。さて、グランデッド・セオリー アプローチの骨格となるのは“絶えざる比較”です。これはいろいろなソースから得られた情報を比較・分析してグランデッド・セオリーを導こうとする作業です。この作業は一種のトライアンギュレーションです。トライアンギュレーションとは異なる手法や異なる調査者による調査を行ったり、場合によっては異なる参加者による結果を利用して研究の確からしさを高めようとする工夫のことです。この“絶えざる比較”を行うにあたっては、常に適切な理論的感受性による適切な理論的サンプリングと適切な分析が行われる必要があります。こうしたさまざまな研究過程を経て、はじめてグランデッド・セオリーに至れるのです。
 こうした工夫は質的研究の中でも、マクロ研究のような結論の一般化を念頭に置いて行われる調査で特に必要です。よく単発の質的研究であるにもかかわらず、「グレイザーとストラウスによるグランデッド・セオリー(アプローチ)に基づいて分析した」などとお決まりのように書いてあるのを見かけます。しかし、“絶えざる比較”の意味とグランデッド・セオリー獲得までのプロセスの複雑さを考えれば、このような単発の調査で持ち出せるような単純なものではなく、いわんや、“単なる調査手法”ではないこはお分かりいただけると思います。

7.おわりに
 現在の質的研究をとりまく議論は複雑です。「反構造主義」、「ポスト・モダン」、「反実証主義」、「構築主義」、「シンボリック相互作用論」、「シュッツ理論」など、社会思想の歴史と共に発達した世界です。これらの言葉の意味と質的研究との関係に関する考察は後ほどまとめて掲載したいと思っていますが、哲学も含めた社会思想の範疇に立ち入ると、“議論のための議論”、“不毛な禅問答”になりかねないので注意が必要です(もっとも筆者の誤った理解がないというのが前提になりますが)。ですから、ここではできるだけ研究手法に必要なエッセンスをご紹介したつもりです。質的研究は広い概念を持った研究です。一見すると難しそうですが、エッセンスを押さえてしまえば、それほど難しいことはいっていないことがわかります。でも、その難しそうに見える質的研究の背景を勉強すると、そこには質的研究のもうひとつの面白さを発見することができます。この点もふくめて皆さんと情報交換できるといいですね。


                  以上が質的研究のアウトラインです。
         これらの背景を理解した上で質的研究を進めていかなければならない
                         と思います。
          なぜなら、質的研究ではその確からしさ(Credibility)や妥当性
               を確保する努力こそが“科学的研究”としての
             「生命線」だからであり、その生命線は質的研究の
                 背景なくしては理解できないからです。

               私が行ってきた質的研究の具体的な成果も
         このホームページのバージョンアップとともに公開していくつもりですが、
              皆さんの経験やご意見も是非教えてください。

          あらためて、このホームページが目指している目的を書きます。
             ●質の高い質的研究を展開するための情報交換
             ●質的研究に関する方法論および経験の共有
             ●質的研究者のネットワーク作り(特に、共同研究など)

             
  「質的研究の実際」へジャンプ

             掲示板に投稿する方はここをクリック

 
                          トップ アイコン トップページヘもどる