JCSAT3
輝く日本の静止衛星JCSAT3。背景に流れているのは、恒星の軌跡。
CRL鹿島宇宙通信センターより、160万画素モノクロCCD撮影
撮影日:1999年1月22日 22時40分40秒 露出:20秒
望遠鏡指向経度:東経128度00分
  私が通っていた豊橋技術科学大学には、学部4年次に「実務訓練」と称する必修単位があった。これは、巷ではやりの「インターン」と類似したカリキュラムで、本学では開学当初から続けられていたらしい。ただ、普通の「インターン」が夏休みに2週間ばかり"体験"するだけなのに対し、「実務訓練」は4年生の3学期、およそ2ヶ月間を費やす"研修"である点が大きく異なる。結果はある程度形になって残り、民間企業なら労働に対して賃金(雀の涙)も支払われる。少し乱暴な定義をすれば、超安月給期間契約社員、だ。
  雇用期間は毎年、正月明けの初日から2月の最終日に渡る。この間、技科大生は日本全国に散らばって、卒業研究で培った不規則な生活を強制復旧させるのである。
  しかし、私の場合は少々勝手が違った。復旧するどころか、さらに拍車がかかってしまった。これは、与えられた仕事の特殊性によるものだが、雇い主に責任はない。私が勝手に陥っただけである。
  でも、幸せだった。研修とは言いながら、毎日が楽しくてしょうがなかった。なぜなら、私が考える理想の職場とかなりの部分で合致していたからである。


  数ある企業の中から研修の場として選んだのは、

(2001年6月現在、独立行政法人 通信総合研究所 鹿島宇宙通信研究センター 宇宙サイバネティクスグループ軌道力学部門 と改名) と呼ばれるお役所の研究機関で、取り組んでいたのは、
である。理想の職場とはいえ、客観的な勤務条件は最悪で、大学での研究と全く接点が無く、無給かつ一切の経費は自腹だった(ちなみに、当時は公官庁で、規則で出せなかったそうである)。まあ、自由にやらせてもらえたということで条件は相殺できたと考えてはいるが。


  ここで、研修内容に関する最も原始的な誤解を1つ指摘しておく。光学観測とは、別に衛星が翼を広げて翔んでいる姿を眺めることではない。そもそも、高度36000Kmの彼方にある物体を仔細に観察することなど、「すばる」望遠鏡でも出来はしない。
  では、実際に何をしていたのか。おおよそは光学位置観測である。宇宙制御研究室(以下、制御研と略)では「静止衛星光学観測装置」と呼ばれる精密観測システムを開発して、春先から試運転を行っていた。ただ、最初は試行錯誤の連続で余り芳しくなかったらしい。さらに慢性的な人手不足にも悩まされていたという。そんな折に大学から研修生派遣要請があり、それじゃあ望遠鏡を担当してもらおうというんで、私がやってきた次第だった。
  つまり、無知の私が、初めて本格的に使うである。何だかおいしいところだけ持って行くようで、申し訳無くすら感じた。逆に言えば、それだけ嬉しかった。ハイテク機器を好きなだけいじることができるのだから。


  1999年1月6日、着任した翌日から、ひたすら望遠鏡を覗く日々が始まった。「全天サーベイ」といって、北米航空宇宙防衛司令部(North American Air Defence Command:NORAD)がインターネット上に公開しているGEO(静止軌道)リストを元に、視界に入る静止衛星をかたっぱしから捕らえていくのである。望遠鏡を0.25度刻みで動かし、怪しいものがあれば追跡してノイズかどうか確認する。かなり根気のいる作業だった。

観測ドーム ドーム室内 望遠鏡
観測ドーム ドーム室内 口径35cm反射望遠鏡

  季節は真冬で観測ドームの中は吹きっさらし、"マグカップ片手に優雅に観測"とはいかない。家から持ってきたオーバーはまるで役に立たず、室員の方が貸してくれた南極ジャケットを着込んで頭からフードを被り、靴下は2重ばき、完全装備で即席カイロを何個も持ち込み、冷却CCDに霜がつくのを恐れながらヒーターに手を擦りつけて耐える。今考えると、かなりアブノーマルな状態である。しまいには、指がかじかんでキーボードはおろかマウスすら動かせなくなる。余りの寒さに、観測初日は2時間でダウンしてしまったほどだ。
  それでも人間は慣れる生き物で、最後は夜明けまで粘れる様になった。馴染んでしまえば、これほど居心地の良い空間はない。私は誰にも邪魔されることなく、思う存分観測を満喫できた。
  静止衛星を追いかけるのに飽きると、星空に望遠鏡を向けたりもした。架台制御用コンピューターには、天体自動導入ソフト「The Sky」がインストールされており、見たい天体をダブルクリックするだけでよかった。昼間の内に制御研に置いてある天文雑誌や書籍を読んで目星を付け、夜頃合を見計らって覗いてみるのである。寒さの厳しい澄み切った夜中の2時ぐらいが一番美しく見えた。 CCDを通したモノクロ画像だったが、私には十分だった。
  以下に紹介するのは、その一部である。繰り返しになるが、256階調モノクロCCD画像なので解像度は落ちる。「静止衛星光学観測装置」が、星を観測するシステムではないことを予め了承してほしい。また、かなり重いので気長に待ってもらいたい。


  後半はデブリ(宇宙のゴミ:使用済み衛星など)ばかり追いかけて昼夜逆転状態だったが、なんとか風邪を引かずに2ヶ月間乗り切ることができた。観測後、すぐに熱い風呂に入って体を温めたのが幸いしたようだ。
  1999年2月26日、私はお世話になった制御研の方々に別れを告げると豊橋へ帰り、しがない一学生に戻った。

 そして2年が過ぎた2001年4月、長い学生生活に別れを告げた私は、さらにしがない(新米)サラリーマンに落ち着いた。仕事は・・・宇宙関係に全くと言って良いほど接点がない。別につまらない訳ではないが、寝食を忘れて打ち込めるという類のものでもない。一度壮大な世界を知ってしまうと、どうしても何か物足りない、何か迫力不足だと比較してしまう部分がある。今は、早く仕事を覚えて一人前になろうと思いながら・・・・・・いつかまた望遠鏡を天空に向けれる日を夢見て、通勤電車の吊革に揺られている。



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