世にも不思議な物語(第1話)
A−SU−RA
プロローグ
風が音を立てて赤茶けた砂を巻き上げている。目の前の大地には草も木もなく、ただ緩やかな起伏が左右から折り重なるように奇妙な曲線を描きながら視界の果てまで続いていた。地平線は靄にかすみ、暮れかけた夕空に溶けるように消えようとしていた。
小さな丘の向こうのほど近いところで何かが燃えているのが見えた。気がつくと荒れ果てた大地はまるでたった今まで戦場だったかのようにあちこちで薄い煙をあげている。風に舞う砂ぼこりとちらちらと揺れる小さな炎以外に動いているものは何も見えなかった。
「おそらく・・」 呼びかけてもその声もすぐ消えていくのだろう。音を立てることがこの世界の均衡を一瞬で崩してしまうように思われ、私はしばらくの間、動くこともつぶやくこともできないでいた。
相変わらず風の音だけが響く。後押しされ緊張しながら足を出してみた。時間が止まっているわけではないようだ。やわらかな土に足が沈み込み、私は平衡を失う軽いめまいに心地よく体を預けようとした。
その時、背後にかすかな衣擦れの音を感じた。(不思議にも私は落ち着いていて)振り向くとそこには見慣れた君の顔があった。
艶やかな長い髪を頭の後ろで無造作に結わえ、風にそのほつれた髪を泳がせながら、口を閉ざし幻を見ているかのような焦点の合わない瞳で、私の方に体ごと顔をむけた。
夕闇に消えかかる遥かな地平線を見ているのか、半ば眠っているのか。その時の君は、君の形をした別の生き物のように思えた。ところがたちまち光のないその瞳に、うつろな表情とは裏腹なひたむきで激しい気配があふれた。
空の色まで変えたように見えた。褐色と藍色にめまぐるしく光り変わる天と君の髪。突然湧き出した激情で、世界を飲みこんでしまおうと言うのか。
不意に君は笑いながら、手を振り上げた。私は動かずに君の瞳だけを見つめていた。そうして君はゆっくりと静かに振り下ろした、私の上に。
君は緩やかに動いた。私にはそう見えた。しかしその時、君の手に握られていたものは私の体の中を鋭く抵抗なく通過し、なめらかに抜けていった。
「そうだった。・・・私は守れなかったよ。」
ようやく私は思い出したというのに、そのとたん何もできなくなってしまった。私の思いはおそらく声にはならなかったろう。それでも君に伝えたかった。
崩れ落ちる直前に私が見た君は、うつろな表情のまま頬を拭うこともなく、相変わらず遠くを見つめるような風情で、絶望の中に立ちつくしているように見えた。悲しみも憤りも焦りも後悔も空しい、その心をそのままにして…。
もう何もできることはなかった。ただ君の魂がこれからどうなるのか、どこへ向かうのか、私にはそれが気がかりでならなかった。
(C)2001 Aratake Seika