カスタネダを読もうとして

 夏ぐらいからかなり自由な時間を持つようになったので昔読んだオカルト関係の本の読み直しをしようと考えた。何にしようかと思案したがカルロス・カスタネダの一連のシリーズにすることにした。
 グルジェフも考えたがこの場合氏の三部作の始まりである「ベルゼバブへの孫へおくる話」から読まねばならないであろうが、電話帳ほどはあろうかというこの書を読むための労力かなりのものであるから、少々二の足を踏んだ。それとグルジェフの場合はこれに続く二作品がどうも不完全な出来(これは私の感想ではなく本人が述懐している事でもある)のようで、そのために費やすほどの時間的余裕はさすがにないと判断しカスタネダの著作へと落ち着いたという訳だ。
 けれどもカスタネダが分量が少ないとか容易であるといった事は全くない。何しろ一連のシリーズは十作程日本語訳されており、オカルト関係のものとしてはその分量は多い方だ。内容に関しても(精霊)だとかの言葉が多く出てきてどこか寓話的で、なかなか的確にはつかめない。
 結局夏をかなり過ぎても一冊目の途中、いやハッキリと言えばほんの数ページしか読んでいない。時間がある、とはいっても一つの事を成し遂げるのはなかなか大変な事だとつくづく思った。
 なお最後に私の名誉のために書いておくが、カスタネダの読み直しが進まないのは毎日毎日溢れんばかりに入ってくる膨大な情報のせいでもある。テレビもインターネットも資本主義の牽引車のような出版界も、次から次へと情報を出し続けてきて私はこの洪水の中で溺れんばかりで、過去をゆっくりと読み直し考える作業などのんびりとはさせてくれない。
 しかしカスタネダ自体は大変有用な哲学体系が(寓話的とはいえ)説かれているので、ゆっくりとでも読み進めてまたこの場で新たなる発見でも披露しようと思っている。

第1回掲載分

第2回掲載分

第3回掲載分