我が家には今年の春から小学生になったガキが一人居ります。わるいわるい、めちゃく ちゃ腕白です。誰に似たのか見当も付きません。hi 私自信もガキの頃は、噂によると(?)悪かったようで、手のつけられない程の腕白だ ったそうです。悪さをして家に帰ると、父母からあれこれ言われておびえました。 例えば、 「おまえみたいな悪い子は川に放ってくるぞ」 とか 「そんなに悪い事ばかりしていたら子取りが来るぞ」 などという言葉でした。 特にこの中でも「川に放ってくるぞ」というのは、私にとってはリアルな言葉で、幼少 の頃に住んでいた家のすぐそばに、箕面川という川が流れており、本当に捨てられそうな 気になったもので、これを聞くとびびってしまいました。 逆に「子取りが来るぞ」は、全然怖くなっかのを記憶しています。おそらく私の父母の どちらかが、祖父母に言われて育ったのでしょう。戦後すぐは、子供をさらうと云うこと も頻繁にあったのかもしれません。しかし「子取り」という人が怖いのだという気持ちよ りも、一度お逢いしてみたいような気がしてなりませんでした。それと「子取り」という ネーミングがいまいちなのでしょうね。どうしても「小鳥」とダブってしまうのです。 私も父親になり、子供を叱る言葉をいろいろ持ちあわせております。子供の頃に父母に 言われてびびっていた「川に捨てるぞ」と、いうせりふは、近所に小さなどぶ川しか無か った為か、全く効き目がありませんでした。 また「子取りが来るぞ」は、「どんな色の小鳥が来るの?」と返されてしまって、怒っ ている気を萎えさせてくれました。 アマチュア無線で山に登ると、山頂に人気のない神社やほこらや廃寺に出会うことがあ ります。げげげの鬼太郎でも出てきそうな、それら建築物とその周囲の雰囲気を学生時代 からあちこちで見てきたものです。 ある日、三重県の某所にあるそのような山に、景色を見るために家族を連れていきまし た。子供達は大はしゃぎで山をかけ登るのですが、山頂にある廃寺院を見て、不気味そう に眺めているではありませんか。これはひょっとしたらいけるかも知れない。 数日後、いつもの様にガキが悪さをして怒りつけていました。そこで使ったのが「山寺 の和尚のところに連れていくぞ」というものでした。それを言うまでは、聞いているのか いないのかわからない態度でしたが、急に顔色が変わりました。 効きだしたので、もう少し付け足しをしてやりました。 「和尚のところで修行中は朝晩2食だけで、ご飯一杯とたくわん2切だけ おやつは無 し」「朝は4時に起きて1人で裸足で庭掃除 昼の間は延々お寺の掃除、夜になったら正 座して念仏唱え続け」なんて補足をすると、おんおん泣いて「ごめんなさい」と言うこと を聞くようになるのです。 小さな悪さをしたときには、携帯電話を手にして「さて和尚に電話しようかな」と言い ながら、携帯電話のボタンを押すふりをするだけで効果覿面です。 これ以来、山頂に寺の有無に係わらず、山というものが、我が子にとって恐怖の対象に なったのかも知れません。 その三重県の山寺ですが、先日も山頂付近で泊まりがけの運用をしてきましたが、子供 にとっては居心地の悪い場所なのでしょうが、私にとっては電波も良く飛びぐっすり眠れ る快適な場所なのです。どうも息子は、私の怒り方が悪いもので、この様な山の上で遊ぶ 子にはならないんだろうなあ〜と、山の上でシュラフにくるまりながら、しまったことを したかもしれないなぁ〜 と、少しだけ後悔しました。 |