番外編・戦車でGO

 

 休みを利用して戦車を見て来ました。
 場所は土浦にある陸上自衛隊武器学校。ここには戦前や戦後の戦車や軍用機が展示されておりまして一般人も見学が可能です。防衛費を捻出する納税者としては見て損はないという訳で、色モノメカを愛する「第三惑星委員会」の面々で行ってまいりました。
 詰所で挨拶して受付で手続きを済ませると、自衛官が概略を説明してくれます。戦前ならともかく、さすが民主主義国家の盾だけに市民には親切です。展示エリアには一般見学者がちらほらいて、オープンな雰囲気でした。
 目のつけどころを知っている戦車マニアと違い陸上兵器にはうといのですが、映画やテレビで見るのと実物はやはり違うなあというのが感想でした。とりわけ鉄の怪物と対峙する兵士のつもりで見ると、スペックだ何だという前に、戦車は威圧感それ自体が効果を持つ「心理的兵器」なのだと思ったわけです。
 しかし自衛隊の車輌、あちこちに「奇想」が入ってるような気がするのはなぜだろうなあ。

八九式中戦車。日本最初の制式戦車である。鋲打ちされた車体はいかめしく、大きさもあいまって実に威圧感がある。近接する敵兵を撃てるように、車体の各所に銃眼がある。模倣とは言え昭和初期にこれを開発したことはそれなりに評価できるし、これを目にした日本兵は心強かったろう。だがノモンハンではソ連戦車に全く歯が立たなかったのだから、彼らの落胆と恐怖は想像するに余りある。
三式中戦車。米軍戦車に対抗すべく、九七式戦車の車体に75ミリ砲を搭載したもの。戦車隊の少尉だった司馬遼太郎が砲塔にヤスリをかけたところ、あっさり削れて落胆したという(もっとも表面硬度と装甲の強度は別問題だそうだが)。いや出来は悪くないと思うんですよ、この戦車。問題は大戦末期になっても一世代古い車体しか開発できない、貧弱な生産力にあるわけで…。
ソ連軍の76mm野砲。対独戦の勝利の女神、通称「ラッチュ・ブム」。しかしどこから持ってきたんだろうか。ノモンハン事変の戦利品なんだろうかね。
自衛隊の九六式装甲車を指差す同行kodo氏。最新式車輌が展示されてるあたり、やはり自衛隊の学校なんだなあ。戦前の車輌に比べれば随分と洗練され、日本の技術力の進歩を実感。だが車体側面にガラス窓がついてるのは、戦闘車輌としては大きな間違いだと思うぞ。


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