スチーム・サブマリン

 蒸気式潜水艦だって? 煙をモクモク吐くあの蒸気機関? 何たる時代錯誤!
 ごもっともな意見である。どう考えてもコミカルな光景には違いないが、蒸気機関と潜水艦は興味深い関係にあるのだ。
 これは蒸気と潜水艦の、ちょっとおかしなエピソードである。

フルトンとダビッド
 そもそも蒸気船と潜水艦は、父親を同じくする兄弟であった。
  実用蒸気船の発明者ロバート・フルトンは、蒸気船開発以前に人力潜水艦「ノーチラス」を建造した潜水艦のパイオニアでもあったのだ。彼は1810年、アメリカ議会から正式に予算を獲得して装甲蒸気潜水艦「ミュート」の開発を試みるが、建造前にご当人が死んでしまい、史上初の動力潜水艦は日の目を見なかった。しかしここから蒸気潜水艦の歴史は始まったのである。
 1855年、ジェームズ・ナスミスは全長23mの潜水艦を試作する。船体はポプラ材で機関は言うまでもなく蒸気推進。煙突を水上に突き立て、モクモクと煙を吐いて走るのだ。傑作なのが攻撃手段だ。敵艦に体当たりしたら、船首の砲弾が放り出されて爆発するという仕掛けだ。実験結果は不成功だったが、どうみても失敗してよかったような代物である。

ナスミスの蒸気潜航艇。

 続いてアメリカ南北戦争には「ダビッド艇」が登場する。巨人ゴリアテを倒したダビデにちなんだ特殊攻撃艇である。これも水面上に煙突を突き出し、船首から伸ばした棒の先の爆弾を爆発させる。1863年、グラッセル大尉の率いるダビッド艇は宵闇に紛れて北軍装甲艦を攻撃、首尾よく損害を与えたものの艇は水没した。
 だがナスミス艇やダビッドは、水面すれすれに船体を沈める半潜航艇で、完全に水面下に沈む潜水艦ではない。走行距離も申し訳ていどだし、煙突から浸水すれば水蒸気爆発しかねない代物だった。そうでなくても水面からモクモクと煙がたなびくので、近づく前に見つかってしまう。これでは潜水艦の生命である奇襲効果など無きに等しい。結局これらの半潜航艇は、命あっての物種でしかなかった。

蒸気式ダビッド艇の断面図。

聖職者と死の商人
 南北戦争の終結の頃から、新たな動力源として電気が注目を浴びるようになる。早速、蓄電池で動く潜水艦がいくつも試作された。だがこの時代の蓄電池は出力が小さく、よちよち歩きの子供ていどの性能しかない。こうなるとやっぱりこの時代は蒸気である。
 というわけで蒸気潜水艦の研究は、イギリスに場所を移して性懲りもなく続けられる。

 リバプールの牧師補ガーランドは1878年、蒸気潜水艦「レサーガム」を完成させた(なんで聖職者が潜水艦を作ろうとしたのかは謎である)。
 レサーガムは画期的なシステムを採用していた。水上では普通の船のように石炭を焚いて走り、同時に蒸気の一部をタンクに送り込んでおく。そして潜水すると、タンクに貯えた高温高圧蒸気の余力でピストン機関を動かすのだ。
 レサーガムは3ノットの速度で10マイルを行動できると言われた。初期試験に成功したレサーガムは、いよいよ沖合で潜水試験を行い、二度と浮んでこなかった。まあ潜水中の沈没だから、ダビッド艇より進歩したと言えないこともない。

潜航艇レサーガムの断面図。。

 この実験を聞いて潜航艇を開発したのが、機関銃の開発で有名な兵器技術者ノルデンフェルドである。彼の動機ははっきりしていた。自分の機関銃が大型艦に搭載されれば、小型の水雷艇はとうてい接近できない。そこで安全な攻撃方法を開発してやろうとしたのである。親切なのか悪どいのかよくわからん人である。
 ノルデンフェルドの潜航艇は史上初めて魚雷を装備した潜水艦だった。試験は一応の成功を収め、ギリシャやトルコ・ロシアなどに売却された。商談を取りまとめたノルデンフェルドの代理人は、潜航艇を一隻ギリシアに売りつけると、仇敵のトルコに「ギリシャが買いましたよ」とバラして二隻売りつけたそうな。死の商人の面目躍如である。
 もっともギリシャもトルコも、ろくに使わないうちにスクラップとなってしまったらしい。やっぱり蒸気潜航艇は兵器として信頼性が低かったようである。

ノルデンフェルドの潜航艇。水上航走用に煙突を立てている。

ノルデンフェルド艇の要目
全長排水量速力
1号艇64ft60t4kt
2号艇100ft160t11/5kt
3号艇125ft160t5kt

 こうした初期の潜水艦の試行錯誤は、アメリカのジョン・ホーランドによる近代的潜水艦の開発でひとまず決着がつく。ホーランドの採用した内燃機関/蓄電池併用の潜水艦が、世界各国の潜水艦の標準となっていく。
 あくまで一般的には、そして常識的には、の話である……。

妄想提督の怪物
 潜水艦の真価を確立したのは、第一次世界大戦におけるドイツ潜水艦「Uボート」の活躍だった。
 これに対し英国海軍(ロイヤルネイビー)の取り組みは遅れていた。潜水艦なぞ弱者の武器と鼻で笑ってはいたが、外洋作戦可能な潜水艦の数で劣り、損害続出するとそうも言ってられなくなる。名物提督フィッシャーの叱咤激励により、大慌てで大型潜水艦の増産に乗り出す。
 ところがこのフィッシャー提督、別項でも紹介するように有能だが妙な信念の持ち主だった。何でもかんでも高速重武装でなければ気がすまない。彼から見ればディーゼル機関で動く潜水艦は、のろくてしかたがない。商船を襲うUボートならいざ知らず、我がロイヤルネイビーの潜水艦は、主力艦隊の先駆けとならねばならぬ。高速艦隊と一緒に行動するのだから、ディーゼルなんかやめろ!
 というわけでロイヤルネイビーは、この期に及んで蒸気タービンを搭載したK級潜水艦を開発する。もちろん蒸気機関は水上航走の場合で、水中では蓄電池を利用する。
 開発されたK級は、駆逐艦なみの大きさと速度を誇る怪物潜水艦だった。二本の煙突から濛々と煙を吐き、海上を24ノットで爆走可能だ。武装も強力、敵の駆逐艦と砲撃戦を行うこともできるし、駆逐艦と同じ旋回式魚雷発射管もある。しかも煙突を艦内に折りたためば、潜って戦うことも可能なのだ。

英国K級潜水艦之図。煙突は艦内に折り畳み可能であった。

イギリスの蒸気潜水艦
級名竣工年全長排水量機関出力速力武装
ソードフィッシュ191670.5m932/1,105tt4,000HP18/10kt7.6cm砲×1、、53cm魚雷発射管×2、45cm魚雷発射管×4
K級1917100.6m1,980/2,556t10,500HP24/9kt10.2cm砲×1、7.5cm砲×1、45cm魚雷発射管×10
K23級1923107.0m2,140/2,530t10,500HP23.5/9.5kt10.2cm砲×3、53cm魚雷発射管×6、45cm魚雷発射管×4

 鳴り物入りで登場したK級だが、実戦に投入するとやっぱり問題が続出した。煙突を収納するのに時間がかかるし、艦内は蒸気機関の熱で暑くてしかたない。たしかに水上速度は上がったが、潜ってしまえば電池なのでそう変わらない。無限の燃料を持っていれば別だが、効率が悪いのでディーゼル潜水艦よりも航続距離は短い。当時のディーゼル潜水艦は確かに低速だったが、どうせ潜水艦なんだから、こっそり先に出発しておいて、潜りながら主力艦隊の到着を待てばよいではないか。
 こうして第一次大戦後、潜水艦は内燃機関/蓄電池ということに相場が決まった。K級はろくな実績も見せず、戦後次々と退役していった。「フィッシャーの道楽」に苦しめられた艦長たちはぼやいたに違いない。
 全く、潜水艦に蒸気機関とは何たる時代錯誤!

スチームサブマリンの栄光
 ところがどっこい、蒸気潜水艦は死んではいない。それどころか現在、スチームサブマリンは暗黒の深海で我が世の春を謳歌しているのだ。
 現代の蒸気潜水艦は煙突も蒸気タンクもいらない。彼女たちの蒸気タービンは、酸素を必要としない理想の火によって半永久的に動き続ける。つまり原子力潜水艦である。
 一方、通常型潜水艦の方も新たな心臓を手に入れようとしている。燃料電池と並んで期待がかけられているのがスターリング・エンジンであるが、これはヘリウムガスを熱媒体とした一種の外燃機関なのである。
 だから二十一世紀、こう言われるのは避けられないだろう。
 潜水艦に内燃機関とは、なんたる時代錯誤!


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