抱腹兵器ザリンスキイ砲
戦争とは絶えざるテクノロジーの競争である。歴史上、新技術を無視して破滅したものは数え切れない。だが彼らにも言い分はあるだろう。何が重要で何が不要なのかは、使ってみなけりゃわからないのだ。技術を拒否した敗北者は罵倒と共に歴史に大署されるが、妙ちきりんな技術に手を出した失敗者は歴史に忘れ去られてもらえる。だが新技術は金と資源を浪費するのだから、状況によっては笑いごとではすまない。なかには新技術を使おうとする余り、兵器の本道を踏み外してしまう例だってあるのだ。
十九世紀後半、数百年も戦場で使用された黒色火薬は、化学の発達で生まれた新型爆薬に軍用火薬としての席を譲ろうとしていた。その代表的なものがニトログリセリンをベースとしたダイナマイトである。
アルフレッド・ノーベルが開発したダイナマイトの成功が、ちょっとした衝撃でも爆発するニトログリセリンの危険性を克服したことにあるのは有名な話である。だが点火に手間をかけられる鉱山作業や土木工事ならともかく、戦場での使用となると、初期のダイナマイトはまだまだ危険なものであった。
だが黒色火薬の二倍以上もの威力を持つダイナマイトを使わない手はない。砲弾発射時の衝撃さえ緩和できれば、安全に使用できるだろう。衝撃が小さいということは、発射音が小さくてすむということでもある。つまりその兵器が完成すれば、ほとんど音を出さずに大破壊をもたらす、画期的な兵器になるはずだ。
こうして各国の軍事技術者は新型爆薬を利用した兵器の開発を進める。そしてその恐怖の新兵器が、ついにアメリカで生まれたのである。
だがそれは、今になってみれば何とも間抜けな代物だったのだ。
ザリンスキイ砲
ザリンスキイ砲の特異な歴史は1883年、オハイオ州の発明家メフォードが奇妙な装置をニューヨークのフォート・ハミルトン陸軍基地に持ち込んだことに始まる。この装置の試験を命じられたのが合衆国陸軍第5砲兵連隊のエドモンド・L・G・ザリンスキイ中尉であった。
ザリンスキイ中尉が目にしたメフォードの装置とは、ゴムホースで空気ポンプにつながれた真鍮パイプであった。
そう、この装置の正体は馬鹿でかい空気鉄砲だったのである。
 | ザリンスキ砲の試作タイプの一つ。25キロのダイナマイトを弾頭に装填し、旧式スクーナーを一発で撃沈してみせたという。 |
実験は2,100ヤード先まで砲弾を飛ばして成功を収めた。静かな大威力の投射兵器、というコンセプトはザリンスキイのみならず、上層部の関心を引いた。とりわけ夜間には大威力を期待できるから、理想的な沿岸防御兵器になると期待されたのだ。ザリンスキイはバブコック&ウィルコックス社の技師と共にこの装置の改良に取り組んだ。以後、この兵器は開発担当者の名からザリンスキイ砲と呼ばれるようになる。
ザリンスキイ砲は蒸気ポンプで1,000ポンドの高圧空気を砲身に送り込み、尾翼のついた細長い砲弾を射出する。その際の音は「咳込む」程度の静かなものだった。砲弾の形状は現代のロケット弾か魚雷に似ているが、ザリンスキイは最初から「空飛ぶ魚雷」をコンセプトにしていたらしい。
砲弾の爆発を制御するため電気信管が開発されたが、この砲弾は速度が低く貫通力が小さいという欠点がある。このためザリンスキイは弾頭を工夫して、爆発の衝撃が前方に集中するように改良を試みている。
こうして着々と開発されたザリンスキイ砲は、1890年には口径15インチの砲が製造されるまでに至り、下のような性能を示すまでになった。
| ザリンスキイ砲の性能(1890) |
| 口径 | 砲弾重量 | 初速 | 最大射程(仰角30°) |
8inch | 300 pounds | 1,049 feet/s | 2,541 yards |
10inch | 500 pounds | 865 feet/s | − |
15inch | 1000 pounds | 625 feet/s | 5,007 yards |
記録によると1894年までにザリンスキイ砲を装備した6個の中隊が編成され、新世紀にはさらに数個の中隊がニューヨークやサンフランシスコの港湾防衛に配備されている。
幸運にもこれらの砲台は、全く実戦には用いられなかった。だがその化けの皮が否応無く剥がれる時が来る。
| ザリンスキイ砲と同時期に開発されたラピエフ沿岸砲。砲台の下には、スプリング式エアガンの機構を巨大化したようなチェンバーが収納されていた。 |  |
ダイナマイト巡洋艦ヴェスビアス
 | 「ダイナマイト巡洋艦」ヴェスビアス |
沿岸防御兵器として好成績を収めたザリンスキイ砲は、アメリカ海軍も注目するところとなった。新しもの好きのアメリカ海軍は、早速この新兵器を軍艦に搭載しようとする。
1898年、手始めに建造されたのが「ヴェスビアス」であった。古代都市ポンペイを滅ぼした火山の名をつけたあたり、海軍が何を期待していたかわかろうというものだ。
ヴェスビアスは景気良く「ダイナマイト巡洋艦」というキャッチフレーズがつけられたが、排水量980tという小艦艇である。
武装は口径14.75インチのザリンスキイ砲が3門、18.5度の角度で船体に固定装備してある。まるで魚雷発射管の取り付け方を間違えた駆逐艦のようだ。断面を見ると船体の前半分は、15メートルもある砲身と蒸気ポンプで埋められている。砲弾は直径14.75インチ、全長7フィートの尾翼付で、250ポンドの炸薬(ゼラチンダイナマイトのようである)を充填していた。ヴェスビアスはこの砲弾を15発搭載した。
 |
ヴェスビアスの断面。艦底から砲身が斜め上方に伸びている |
ヴェスビアスの初陣はすぐにやってきた。1899年米西戦争が勃発し、アメリカ艦隊はスペイン海軍の立てこもるキューバのサンチャゴ要塞に向かった。ヴェスビアスもアメリカ艦隊の一隻として参加し、スペインの要塞や艦隊を攻撃した。
結論から言うと、ヴェスビアスの戦果はゼロである。確かに砲弾の威力はでかいが、これが全然当たらないのだ。船体の小さなヴェスビアスは海上で揺れるが、発射角度を変えて着弾を修整することができない。敵艦にせよ陸上陣地にせよ、ほとんど効果は無かったのである。
結局、空気砲搭載艦の建造はこれ一隻で終わったのだった。
シムス・ダッドリー野戦砲
 | “ラフ・ライダーズ”の「ダイナマイト砲」 |
この頃、別のタイプの空気砲が開発されていた。
米西戦争の直後、アメリカのサープラス・ショップが「ダイナマイト砲」の通販を行っている。後の大統領セオドア・ルーズベルト准将が指揮した義勇軍、“ラフ・ライダーズ”が使用して大戦果を上げたという触れ込みだったが、事実は逆でスペイン軍からの捕獲品だったらしい。
通販カタログによるとこの砲は全長16フィート、総重量600ポンド。11.5ポンドの爆薬を詰めた弾頭を3,600ヤード先まで発射するという。
この「シムス・ダッドリー砲」はフランスの銃器製作者シモン・ロビンの開発した射出システムが用いられている。砲架のあたりにもう一つの砲身が隠れているのだが、この砲は連装砲ではない。どういうことかというと、下部の砲身で無煙火薬を爆発させ、その排気を上部の砲身に充填する「火薬式空気砲」だったのだ。
サープラス・ショップの広告コピーによると、家一件吹き飛ばしたとか、沿岸防備でも飛行船迎撃でも何でも仕える万能砲とか、えらく景気いい。それで実際にはどうだったかというと……アメリカ軍に捕獲され、しかも大した買手がつかなかったことでわかるだろう。いくら火薬を用いても、空気の充填には時間がかかるし、射程もたかが知れている。景気良く最初の一発をぶっ放しても、次の発射までには敵兵がすぐ近くに突撃してきてしまう。アメリカ軍に捕獲されたのも、どうやらそんな事情だったらしい。
| 初期のシムス・ダッドリー砲の断面。下部の閉鎖砲身で爆薬を起爆し、パイプを通して上部の管に燃焼ガスを充填する。 |  |
こうして次々と開発されたザリンスキイ式空気砲(とその同類)は、使用されるや否や役立たずと判明してしまった。ザリンスキイは1898年に退役後も個人ベースで研究を続けたが、爆薬の安定性が向上したことにより空気砲のメリットは無くなってしまった。
そもそも火器が弓矢や投石器に取って代わったのは、コンパクトな装置によって、人力では得られない大運動エネルギーで弾丸を撃ち出すことができるからだ。わざわざ火薬以下の運動エネルギーを与えるために、でかくて複雑な機構を備えた空気砲は、兵器としては最初から倒錯した代物だったのだ。魚雷発射管に圧搾空気が使用されることを除き、今日では空気圧による兵器の発射は見られない。
だがザリンスキイが開発した電気信管は、改良によって広く使用されるようになる。また彼による弾頭部爆発方向の改良は、対戦車ロケット弾に広く使用されるホローチャージ効果の先駆として評価される。
ザリンスキイという男、なんだかホームランを狙って犠牲打ばかり出すバッターのようである。
参考資料・図版
W.H.B.Smith"GAS,AIR&SPRING GUNS of the world" ARMS AND ARMOUR PRESS,London,1978
戻る