高齋正さんのエッセイ 55
不二家のこと
不二家のミルキーが大好きである。
それだけに、今回の不祥事は、やりきれない思いがする。工場の人が自分の狭い範囲の判断で、賞味期限のすぎた牛乳を使ったものであるが、それが会社全体のイメージを損ない、会社の存続そのものを危うくしている。
狭い範囲の判断というのは、顧客不在の、製品を作るというだけの視野しかなかったことで、生じたものである。
近所にスーパーができてからも、私が近所の豆腐屋で豆腐を買っているのは、この店で豆腐を作っているからである。赤ん坊を連れて買いに来るお客を見ていれば、あの赤ちゃんが食べるのだとわかっているから、農薬をたくさん使った大豆は使えないし、傷んだ豆は取り除く手間をかけるようになる。安心して食べられる豆腐を、作って売っている。
工場の豆腐は、消費者の顔が見えない。安い大豆で作り、赤ちゃんだ食べるということは考えないで作るようになる。
その違いである。
不二家の工場の人が、販売現場である店先に立って、小さな子供が自分の作ったお菓子やシュークリームを買ってもらうのを見ていたら、賞味期限のすぎた牛乳を使うことはなかったであろう。
実際には、工場の人が店頭に立つことはないが、しかし、幼い子供が自分の工場で作るお菓子を食べることを、想像することはできる。
頭を使わずに、ただ給料稼ぎのための仕事になっていることが、今回の不祥事を生んだ原因である。
信用を築くためには長い期間がかかる。しかし、信用を失うのは一瞬である。
不二家のミルキーが大好きである。この事態をよい教訓として、早く立ち直ってほしいと思う。
TV、ラジオ・新聞は、この時とばかりに不二家を叩いて、正義の味方を演じている。不二家の関係者の多くは、真面目にやっている。TV、ラジオ・新聞は、その人たちの生活のことを考えたことはないのであろうか。
高齋 正