

●コリンズ社のセンティ氏は自室の地下室の作業台で
75A-4を分解し、自作のエキサイターとタンクコイルを
使って実験を始めた。この実験がモービルSSB機の開発
の始まりであったと云う。アーサーコリンズはプロジェクトを
立ち上げ、10・15と20メーター3バンドの最も小さなトラ
ンシーバーを完成させた。40・80メーターが除かれたこと
は、大きなタンクコイルを筐体に収容できないこと、モービ
ルアンテナとしては長がすきることで容易に想像できる。
●1957年4月QSTとCQ誌に初めて「KWM-l」の広告が掲
載された。なんと最初の一週間で、500を超える注文が、
ディーラーから電話で寄せられたとの伝説のデビューであっ
た。総生産台数1200台●1958年5月13日、米国副大統領
リチャードニクソンの車列が襲撃された際、同行していた,
空軍一佐トムコリンズ〈K4USM(アーサーコリンズとは無関
係)〉は「スーツケースパック」にKWM-lシステムを特別に準
備していた。彼らはホテルに到着するとすぐに、バルコニー
から、アンテナワイヤを投げて、KWM-1を操作し見事にワシ
ントンとの連絡に成功した。この時アイゼンハワー大統領は
ハムの重要性とKWM−1を
絶賛したと云う。
参考 : A Pictorial History of Collins Amateur Radio
Equipment Jay H.Miller,KK5IM
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