日本に馬車がなかった理由

 日本には、明治まで馬車の文化がなかった。
もちろん、見世物的な馬車はあったが、戦争や人の輸送に馬車を実用する文化はなかった。

 以下、日本に馬車が無かった理由を推測する。

理由1. 馬は貴重

 一の谷の合戦の畠山重忠の逸話が武士の鑑とされていたように、
日本では、人間の方が馬を背負って運ぶほど、馬が高価で貴重な資産だった。

 そんな国で、馬とは使い捨てのエンジンという道具であると錯覚できてしまう馬車が存在しようはずもない。

理由2. 戦場の地形

 日本では、「○○谷の合戦」、「○○川の合戦」、「○○山の合戦」という名前の戦争が多い。
日本の戦場は基本的に谷とか川と山であって、ヨーロッパやモンゴルのようにだだっ広い平原で戦争をすることなどないと言って良い。
谷や山で馬車を使えるはずもなく、武家が馬車を持たないのは当然である。

 武家が馬車を持たないのに商人農民が生意気に馬車を使えるはずもない。

理由3. 平和主義

 日本では、被統治者からのみならず、統治者自身からも武器を取り上げることが平和のための手段 とする伝統がある。
当然のように公式の軍隊がなかった平安時代は言うに及ばず、
武家が作ったはずの江戸幕府ですら警察に刀や銃を持たせることを忌諱して十手や縄で治安を守らせている。

 そんな国で、文字通りの戦車になりうる馬車が流行るはずもない。

理由4. うんこ

 馬はクソを漏らしながら歩いていく。
馬がひく荷車で行商してる人を見たことがある人は分かると思うが、
クソ取り係の人が馬の後をクソを掃除しながらついていく。

 宮中でクソを撒き散らすのがスタンダードだったヨーロッパや
馬の通り道がだだっ広い中国ならいざ知らず、
ケガレ意識が強く道路の狭い日本では、馬車の後をクソ取り係りの人がついて回らないといけない。

 クソ取り係りの人がついて回るには、大名行列みたいにゆっくり動いてもらわないと困るので、 速く動く馬車が流行るはずもない。

結論

 以上のような理由が考えられるが、人力車が普通に存在していたことを考えると、
日本に馬車がなかった主たる理由は「平和主義・うんこ」である。

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