経済は低エントロピー争奪戦

経済は、基本的に「資源」を奪い合う戦争である。
資源が余分にあると、資源以外の風俗を要求するようになるが、根本にあるのは資源の奪い合いである。

では、この「資源」とは何か?
物理学では、これが「低エントロピー」という概念で抽象化される。

物理学の観測結果から、例えば、石油という資源をどれだけ消費してもエネルギーは一定である (熱力学第一法則)。
石油という固まった化学エネルギーを燃やすと、流体の運動エネルギーに変換されるとともに、あたり一面に熱エネルギーがばら撒かれる。
この化学エネルギーと運動エネルギー、熱エネルギーの総和が、石油を燃焼させる前と後とで変わらないのである。
エネルギーの量は変わらないのに、一度、燃やしてしまったら、簡単に石油に戻すことはできない。
経済では、石油が欲しいのであって、石油の燃えカスや石油で温まった空気は必要ない。
両者は、はエネルギーは一緒なのに、経済的価値が違う。
エネルギーだけを見ていても、このことはまるで理解できない。
石油を燃やす前と後とで、一体、何が変わったのであろうか。

その、資源を消費する前と消費した後とで変わるモノが「低エントロピー」である。
石油を燃焼することによって、石油とあたり一面に存在する「低エントロピー」が消え去ったのである。
経済が追い求めているのは、エネルギーではなく、この低エントロピーなのである。

さて、食事の際に、「カロリーと摂取する」と言われるが、それは間違いである。
カロリー(カロリーはエネルギー量の単位)は、食事の前も後も、運動の前も後も変わらない。
というより、カロリーは常に太陽や周りの空気から降り注いでいるので、食事で摂取する必要はない。
(太陽からは6000Kの熱放射がある)
周りの熱は吸収するが、放射はしないという理想的な服があると、食事をしなくても人間の身体は、太陽や周りの空気からもらうエネルギーで燃え尽きてしまう。
これは、例えば、エベレストの山頂にいても同じである。

では、食事で摂取しているのは何なのか?
実は、これも「低エントロピー」である。
カロリー(エネルギー)ではなく、低エントロピーを摂取するのが食事なのである。

巷にあふれる「エネルギー問題」は、実は、「低エントロピー問題」と呼ぶべきなのである。
本質から目を背けさせる低エントロピー業界の陰謀に踊らされてはいけない。
我々が行っているのは「低エントロピー争奪戦」なのである。




2008.5.19
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