顔の学習過程の考察

魅力的な顔とそうでない顔は生得的に判断できますが、魅力的な顔とそうでない顔の中間点は個人が学習してきた結果に依存します。
つまり、ふたつの顔を見せられてどちらが魅力的かを答えてもらうときはそこに人種差や時代差や文化差はなく、普遍的な生得的な判断が行われると考えられます。
しかし、魅力を5段階評価してもらうとき、その評価は個人が生まれてからどのような顔を見てきたかによって影響を受けます。この学習がどのように行われているかについてここでは考察します。

(顔の学習過程には個体識別という意味での学習もありますが、ここでは顔の魅力の学習のみを扱い、個体識別はどう学習されるかは扱いません)

平均顔のプロトタイプ

吉川左紀子先生によりますと、ヒトは個人個人がそれぞれ今まで見て学習してきた顔の平均顔のプロトタイプがあるといいます(参考文献:吉川左紀子・益谷 真・中村 真 (編) 1993 顔と心 顔の心理学入門 サイエンス社。 クリックすると新しいウィンドウが開きます。)

平均顔のプロトタイプとは、個人が生まれてから見た顔の特徴を足し合わせて作られた平均顔であり、日々変わっていくと考えられるものです。
このプロトタイプは具体的な何かが頭の中にあるわけではなく、仮定としてあるとおっしゃっていました。
日本人の場合は、生まれてから見ている顔の多くは日本人であるため、このプロトタイプは日本人的な顔に偏っています。
また現代人であることも同様、平均顔のプロトタイプに偏りをおこします。

話はずれますが、顔の個体認識はそのプロトタイプからの差異を使って行っているという考え方があります。

魅力のベクトル

この顔のプロトタイプを原点として、魅力的な方へベクトルが向いている顔を魅力的、逆側へ向いている顔を非魅力と見なすと考えられます(図1)。


図1

このベクトルの方向は生得的に決まっており、時代文化的に普遍的です。

つまり、魅力には生得的に識別できる普遍的な方向性があり、生後見た顔を学習することによってベクトル上のプロトタイプの位置が決まり、主観的な量・魅力の度合いが決まってくると考えられます。
顔の魅力を形成する性ホルモンの量は免疫系を阻害する関係にあります(参照: 「よい遺伝子を持っているか、否か」 クリックすると新しいウィンドウが開きます)。
現代先進国ほどの医療が発達していない地域や過去のほとんどの時間では、免疫系の出来に比べて性ホルモン量の多い個体は生きることが難しく、結果として現代ほど魅力的な人は多くなかったと考えられます。
その結果、プロトタイプは現代先進国よりも非魅力の方に偏っていたと考えられます(図2)。


図2

多様なベクトル

上記では魅力-非魅力の一本のベクトル上に顔のプロトタイプが来ると考えましたが、魅力のベクトルは実際はいくつかのベクトルの複合ベクトルとしてあらわされると考えられます。

優良遺伝子と多産性から見た魅力ベクトルのモデル(図3-4)


図3 古代環境における魅力のベクトルのモデル

生態環境によって何が重要かは変わってきます。
例えば幼児死亡率が高い環境では多産性がより重要となります。
その結果、より多くの多産性(若さ)をあらわす特徴を持つものを魅力的と感じることが適応的になると考えられます(図3)。


図4 より現代先進国的な環境での魅力のベクトルのモデル

一方、より投資量が多い配偶者や能力を得られる子を持つことが重要な環境では、多産性よりも優良遺伝子を持っていることが魅力に関わって来ると考えられます(図4)。
図4は図3に比べてより現代先進国に即した、多産性を重視しない傾向をあらわしていると感じられます。

つまり、魅力には優良遺伝子、多産性、もしくは食糧事情や気候といった構成因子があり、それらが複合的に働いて魅力のベクトルを方向づけていると考えられます。
また、魅力は個体の生態環境で何が繁殖成功度に重要かによってある程度変化します。
平均寿命が30歳前後だったと推測されている縄文人は現代より多産性を重視したでしょう。
つまり、10代前半から子供を産めることが魅力に繋がり、また成長期によい食糧事情を得た個体は他個体より魅力的になれたと考えられます。

さらに付け加えれば、こうした魅力のベクトルは男性一個人の繁殖戦略のあり方によっても変わってきます。
男性の個体差、投資できる資源(つまり財産)の差といった個体間比較だけでなく、個体内でも年齢が変遷するにしたがって行動戦略が変わる結果何を魅力的と見なすかは変わってくるかもしれません。


魅力についていくつかの解釈

顔についてまつわる話について、それぞれ解釈を加えてみました。

平安美人について

いわゆる平安美人は現代的な美的感覚からいえば多くの人にとって「?」だと思います。
それでも当時は魅力的だったとされる理由として、顔のプロトタイプが現代と違っており、現代より非魅力的なところにあったと考えることができます。
その結果、「あれでも」魅力的だったのではないかと考えられます。
また、当時の魅力の基準が様々な生態環境(例えば栄養状態、衛生状態、婚姻形態)によって現代と大きく異なっていると考えられます。その結果、例えば「肌が白い女性は何でも美しい」という基準(ベクトル)があったのかもしれません。
実際、これは聞いた話ですが、現在タイでは肌が白ければ(造形はどうでも)美人美人ともてはやされるそうです。

文化差

執筆中

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