エピソードTより
「運命を切り開くフォース」
エピソードT以前のスターウォーズ世界で「フォース」といえば、それまで単なる、目に見える超能力的な表現しかされていなかった。
だが、エピソードTより登場するアナキン・スカイウォーカー少年はこれまでとは全く違ったフォースの表現をし始める。
ジェダイとなる前の人間が「フォース」を表現する初のケースである。
アナキン少年は「運が強い」もしくは「運命を切り開く」といった運だけの強引な展開によってフォースを表して行くのだ。
「フォースに導かれる」と公式には呼ばれる、本人が意識していないのに発揮されるフォースである。
エピソードTにおいて、クライマックスの敵司令船破壊が今ひとつ面白くなかったのは、彼のそうしたフォースの性質が観客にわかりづらかったからではなかろうか。
子供がはしゃいでいる内に、何事も解決して行く様子は、多くの人が見ていてつらく感じたであろう。
だが、あの場面はその後に展開する全エピソードの説明をする役割があるのだ。
フォースと言うのは、スターウォーズ世界で遺伝を表すために使われる場合があるからだ。
現在の所、ルーク・スカイウォーカーがアナキンの息子だと言うことになっているが、旧3部作において彼が少年アナキンの様な、おちゃらけたフォースを発揮した場面は一度も見当たらない。
このことはとても重要だと思う。
しかし、似たような強引なフォースの表し方をする人物なら別にもいる。
「フォース」や「ジェダイ」が過去のおとぎ話であると考えているハン・ソロだ。
私はハンこそ「スカイウォーカー」の名を伏せて育てられたアナキンの実の息子なのではないかと考えている。
アナキンの息子に「スカイウォーカー」の名字をつけてしまう事だけは絶対に厳禁だからだ。
ここで、旧三部作におけるハン・ソロの出来事を見てみよう。
カンティーナの酒場でハンがグリードという賞金稼ぎと決闘する場面からである。(エピソードW特別編より)
ハンは2メートルも無いような距離からグリードに先に撃たれてしまうのだが、グリードの弾は外れてしまい、ハンは後から撃ったにもかかわらず、グリードに勝利を収めてしまう。
こういう意味不明なフォースというのは何かアナキン少年と共通しているのではなかろうか。
「おい、おい、そりゃあないだろう」と観客の誰もが思ったに違いない。
ルークの場合、こうした馬鹿げた印象を与えるフォースが無いのだ。
ハンは後のエピソードXにおいても3720分の1の確率でしか抜けられない小惑星群を「確率なんかクソくらえだ!」と言って乗り切ってしまう場面がある。
ハンとアナキンに共通するフォースは、彼らが似ている事を観客に示すための物ではないだろうか。
そして、アナキン少年といえども、クワイ=ガン・ジンのような優れたジェダイに見い出してもらえなければ、エピソードUの様に目に見えるフォースを発揮する場面は一度も無かったであろう。
ハンはジェダイとしての能力がずば抜けているにもかかわらず、何者かによって意図的に隠されたのだと私は考えている。