結論

本研究ではシリコン融液において発生するマランゴニ対流の不安定性を非接触で測定し,雰囲気酸素分圧がマランゴニ対流の不安定性を介して結晶成長へ与える影響を調べることを目的とした. 本研究では非接触測定として高分解能の位相シフト干渉法を用いた.従来はリアルタイムで測定するには3つのカメラが必要とされていたが,本研究では1つのカメラから得た干渉縞を,位相分布図に変換する技術を導入した.この手法を用いて表面振動を測定した結果,0.1〜5Hzの範囲にマランゴニ対流に起因する振動が観察され,その他に8.5Hzに孤立した振動ピークが現われた.これは液柱の共鳴振動の可能性がある.しかし通常のカメラを用いると高い周波数の振動が測定できないので,孤立したピークが共鳴振動によるものか,マランゴニ対流によるものか判断できない.そのため次に高速度カメラを使用して高い周波数の振動を検知できるようにし,実験でみつかった表面振動と理論的に求められた共鳴振動数を比較した.この高速度カメラはsampling rateが500Hzでaliazing効果は無視できる.その結果,実験で見つかった表面振動と理論値がよく一致することがわかり,シリコン融液表面において共鳴振動が強く現われていることを確認した.一方0.1Hz〜5Hzの範囲には共鳴振動の理論値に現われないピーク,つまりマランゴニ対流に起因する振動を見つけた.位相分布図の形状解析から,表面でのマランゴニ対流は軸方向には定在波で,周方向には進行波で振動していることがわかった. その他の非接触測定方法として,本研究では固液界面の外周部を観察し固液界面の位置振動(固液界面振動)を観察した.固液界面振動が融液内部の温度振動に起因するものかどうか確かめるために,固液界面観察位置の近くに熱電対を挿入して温度振動と固液界面振動を同時測定した.その結果0.2Hz以下の低周波の領域では両者に強い相関があることがわかり,固液界面振動は温度振動に起因することが明らかになった.従って固液界面振動観察によりマランゴニ対流の挙動を非接触で測定することができることを示した. 続いて固液界面振動を2方向から観察して,両者の相関を調べ,固液界面近傍でのマランゴニ対流に起因する温度振動の周方向モードについて考察した.2方向の固液界面振動には同位相,逆位相,そして時間がずれた相関の3通りが観察された.これらの振動モードはLeypoldtらのシミュレーション計算結果で示されたm=1モードの振動流とm=2モードの定常流の結合で説明することができた.同位相,逆位相の場合はこの振動モードが定在波で,時間がずれて相関がある場合は表面振動でも見つかった進行波であると説明できる.このように周方向温度場は定在波になったり進行波になったりすることがわかった. 固液界面振動は雰囲気酸素分圧,液柱高さ,上下界面温度差を変化させると振幅が変化することがわかった.これをマランゴニ数で整理するとマランゴニ数の減少とともに,固液界面振動の振幅も減少していた.固液界面振動の振幅の変化は結晶成長率振動に相当するものなので,酸素分圧は成長率振動にも影響を与えると考えられる.成長率振動の変化は有効偏析係数の変化を引き起こすので酸素分圧が成長した結晶の不純物縞にも影響を与えると考えられる. 本研究では さらに雰囲気酸素分圧下でシリコン結晶を成長させ,酸素分圧が成長した結晶の不純物縞に及ぼす影響を考察した.観察された成長縞は酸素分圧を増加させると縞の濃淡が弱くなる傾向が見られた.また酸素分圧を増加させると,不純物縞の中に局所的に等間隔で縞が並んでいる様子が見られた.これは熱電対による温度振動の温度振動の測定でも見られたように,マランゴニ数が小さくなると振動が複数周期から単一周期の振動になるという現象によるものであると考えられる. 以上をまとめると,本研究では次のことが明らかになった.まず非接触測定法として位相シフト法による表面振動測定と,固液界面振動の観察という2種類の手法を新たに開発した.本研究では非接触測定法を導入することにより,熱電対やトレーサー粒子などのプローブと融液との反応による振動でなく,マランゴニ対流の不安定性に起因する振動として測定することができた.そして非接触測定法により,マランゴニ対流の不安定性の3次元構造や雰囲気酸素分圧の効果を調べた.さらに雰囲気酸素分圧がシリコン結晶成長においてマランゴニ対流に及ぼす影響について考察した.従来は表面張力の測定や,バルクでの対流の挙動解明にとどまっていたが,本研究では固液界面振動の観察及び成長した結晶の評価により,雰囲気酸素分圧がシリコン結晶成長においてもマランゴニ対流を制御するものであることを示した.本研究では結晶成長速度一定にしなければいけないような状況で,温度環境を変化させてマランゴニ対流を制御することができないときに,雰囲気酸素ガスを導入することでマランゴニ対流を制御することができることを明らかにした. 本研究では今後の課題として以下のようなものが挙げられる.第2章では表面張力の温度係数の酸素分圧依存性を非接触で測定することを試みたが,表面振動に不明のピークが存在し,表面張力の計算が困難になった.このような振動ピークが現われないようにコイルの形状を調整する必要がある.また共鳴振動の発生原因,表面振動と融液内部の温度振動との関連が十分に解明できなかった.これらのことを調べるためにシリコン融液を支える軸に,カーボン以外のものを使用してカーボンとシリコンの濡れの影響について十分検討するべきである.最後に結晶成長と酸素分圧の関連では,無転位単結晶を作るのが困難で質のよい結晶が得られず,酸素分圧と不純物縞の関連について議論の余地が残った.転位の発生はしぼりから融帯に移行するときの過程にあると思われるので,この問題を解決して酸素分圧の効果についてさらなる議論を重ねることが必要だろう.

謝辞
本研究をまとめるにあたり懇切な指導を指導を頂いた,日本電気基礎研究所日比谷孟俊主席研究員(東京工業大学大学院総合理工学研究科客員教授)に厚くお礼致します.また修士課程でお世話になった澤岡昭 大同工業大学学長(当時,東京工業大学応用セラミックス研究所所長)にはその後も研究を進める上で多くのことをご教授いただきました.また本論文の執筆に際し重要な助言を頂いた東京工業大学大学院総合理工学研究科 小田原修教授,三島良直教授,平山博之助教授,東京工業大学大学院物質科学専攻 永田和宏教授,宇宙開発事業団主任研究員(東京工業大学大学院総合理工学研究科物質科学創造専攻 客員教授)依田真一博士に心より感謝申し上げます. 本研究は日本電気(株)基礎研究所で行われたものです.研究の機会を与えて頂いた久保佳実部長に感謝いたします. 共同研究者として技術的な指導をしていただいた日本電気シリコンシステム研究所 主任 江口実氏,基礎研究所主任研究員中村新博士,討論に参加していただいた渡辺匡人 学習院大学助教授(元日本電気基礎研究所主任),日本電気基礎研究所 莇丈史氏,産業総合研究所小沼一雄博士,応用計測研究所芝田勉氏に感謝いたします. また研究の助言をしていただきました九州大学 今石宣之教授,柿本浩一教授,産業総合研究所 西澤伸一博士に厚く感謝します.そして実験に協力していただいた東京工業大学応用セラミックス研究所 田邊靖博助教授,日本電気シリコンシステム研究所 小野春彦博士,小椋厚志博士,物質・材料研究機構 北村健二博士に心より感謝申し上げます.

Publication list
主著論文
1) “Direct observation of Marangoni convection-induced oscillation at silicon melt surface”, K. Onuma, M. Sumiji, S. Nakamura and T. Hibiya, Appl. Phys. Letters Vol. 74 (1999) 3570.
2) “Optical measurement of resonant oscillation and Marangoni conbection-induced oscillation in a molten silicon surface”, M. Sumiji, S. Nakamura, K. Onuma and T. Hibiya, Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 39 (2000) 3688.
3) “Optical observation of solid-melt interface fluctuation due to Marangoni flow in a silicon liquid bridge”, M. Sumiji, S. Nakamura, T. Azami and T. Hibiya, J. Crystal Growth 223 (2001) 503.
4) “Two-directional observation of solid-melt interface fluctuation induced by Marangoni flow in a silicon liquid bridge”, M. Sumiji, S. Nakamura and T. Hibiya, J. Crystal Growth 235 (2002) 55.

国際学会proceedings
1) “Observation of surface oscillation in a molten silicon column using Moire interferometry”, M. Sumiji, K. Onuma, S. Nakamura, N. Imaishi and T. Hibiya, Proc. SPIE Vol. 3792 (1999) pp.323-331.
2) “Marangoni flow of molten silicon”, T. Hibiya, S. Nakamura, T. Azami, M. Sumiji, N. Imaishi, K. Mukai, K. Onuma and S. Yoda, 50th International Astronautical Congress, Amsterdam, the Netherlands, September 1999. Acta Astronautica, vol.48, (2001) 71-78.
3) “The Effect of Oxygen Partial Pressure on Surface Tension and Thermocapillary Flow of Molten Silicon”, T. Hibiya, K. Mukai, T. Azami, S. Nakamura and M. Sumiji, First International Symposium on Microgravity Research and Applications in Physical Sciences and Biotechnology, Sorrento Italy, September 2000, pp.389-394.
4) “Marangoni Flow of Molten Silicon and Crystal Growth”, T. Hibiya, S. Nakamura, T. Azami, K. Mukai and M. Sumiji, Proc. 2000 IAMS International Seminar: Thermal Design and Management for Electronic Equipment and Material Processing, October 10 and 11, 2000, Kyushu University, Japan, pp.122 - 129. 5) “Non-contact Diagnostic Techniques for Surface-Tension-Driven Flow at Molten Silicon Surface”, T. Hibiya, T. Azami, M. Sumiji and S. Nakamura, 2nd Pan-Pacific Basin Workshop on Microgravity, Pasadena USA, May 2001 CD-ROM.
6) “In-situ Observation of Surface Behavior of Molten Silicon: Marangoni Flow and its Instability”, T. Hibiya, T. Azami, M. Sumiji and S. Nakamura, 13th International Conference on Crystal Growth, Kyoto, July 2001, in press.