はじめましてあるいはこんにちわ、マース7547番地の住人アウラです。この天文リンクは星占いを生業とする者としての日頃感じている違和感から立ち上げられています。その違和感を説明するには、少し長々「星占い」についてかきますが許してくださいね。
西暦2001年9月1日 Technopolis-Mars/7547番地住民
西洋・東洋を問わず、占星術の基本的な導き出され方は、太陽の黄道上の位置と、月及び惑星の配置に我々の運命が読み取れるというものです。
さて西洋占星術に使用される12宮名は実際の黄道上(獣帯)の星座に由来していますが(干支の12支も元々は一年に約ひとつの星座を移動する木星の運行から生まれました)、それらは数千年前の星座上の太陽の天空上の位置に基づくため、2001年現在では30度以上のずれを生じさせています。
また実際の星座は占いで一年を12等分したように天空に配置されているわけでもありません。
そして、16世紀末コペルニクスが太陽を太陽系の中心と位置付けてより、地球は軌道を周回する惑星の一つとなったにも係らず、「占星術」は相変わらず地球が世界の中心であると言い張っています。
このように書くと西洋占星術とはまったく「非科学的な考え方」の一つだとは思いませんか。
まあ、19世紀には統計学的手法によってある程度学問的地位を復興させていますし、近代学問である心理分析も取り入れて、良識ある大人が興味を持っても許される分野ではありますが…
しかしその科学志向のせいで、「いかに大量の事例を収集し統計学的に体系付けるか」、「新しい天文学上の発見をいかに占星学に生かせるか」を追求する占い師こそが、近代的で優秀なな占いであるとの錯覚を逆に我々に植え付けているように管理人は思います。
一人の人間を統計学のなかの分類の型にはめて、それこそ運命学という事の方がよっぽど陳腐だとおもうのですが。
また、大衆文化の開花した20世紀において、統計学のお墨付きをもらった占星学は、誕生日から気軽に今日の運勢や相性がわかる「星占い」となり大勢の占い愛好家を生んでいますが、太陽と共に生活することからどんどんかけ離れていった20世紀に「星占い」が浸透したとはなんと皮肉なことなのでしょう。
以上が、この仕事に20年ほど係ってきたアウラの違和感の正体なのですか、一人で愚痴っていてもつまらないので、ホームページの片隅をかりて、表にだしてみることにしたわけです。
星占いにおいては、地上に生を受けた時点の天空の惑星配置をその人の星と呼びます。その配置を星占いでは運勢を鑑定する基礎としています。また実際には存在しない占星上の点も、実際の惑星の位置から計算されています。ですから地上に生を受けた限り、誰もが過不足なく全天の星を持っています。出生時の星の配置で運がいい・悪いという考え方は、星占いにはなじまない発想だと、アウラは思っています。
( 運命学としての西洋占星術のアウトライン ) その人の運命は他の誰にも代わることができませんが、特定の人・特定の事象を運命学で考察しようとするとき、「何時・何所で・誰が・何を始めたのか」を同時刻に同一の地上からみえる星の配置と関連があるとするのが占星術です。そして、その後の経過もまた星の配置の変化(すなわち運行)に則することを前提とするのが占星術です。
気がついた方もおられると思いますが、上の記述には「何故・如何に」がありません。それは行動の主体がその人の意思である事を示し、決して人間が星の操り人形でないことを、暗に示しているのです。
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シュミレーションサイトでのテクニック(余談) : 空(天空)に惑星がなかった場合に地底の惑星位置をみるには、経度で180度、緯度で北・南の反転する地点(すなわち地球の裏側)の同時刻の 天文図を利用するといいでしょう