2000/3/10 ([Bilab:4052]より一部改編)
「不老不死」の後日談(?)です。
jun>なぜ、有性生殖というものがあるのか?
「赤の女王仮説」をご存知でしょうか?
今では、2つの「赤の女王仮説」が知られています。
もともとの「赤の女王仮説」は L.Van Valen が 1973 年に提唱した、「ある生物群を構成する分類群は、その分類群の出現後、一定の確率で絶滅している」とする絶滅率一定の法則 (law of constant extinction) のことでした(注1、2参照)。 この仮説は、漸進論的な生物進化観の内容であり、現在でも非常に注目されています。しかし、今では、Valen の仮説よりも、William D. Hamilton が 1980 年に提唱した「赤の女王仮説」の方が有名になっています。この Hamilton の「赤の女王仮説」は、「病原菌に対する抵抗力を得るために積極的に親と異なる子を作り出すように両性生殖が進化した」というものです(注3参照)。Hamilton 博士は、その他、血縁淘汰説 (1964)、老化の自然淘汰理論 (1966)、局所的配偶者競争 (local mate competition) の理論 (1967) 、利己的な群れ (selfish herd) の理論 (1971)、分散理論 (Hamilton & May,1977)、協力の進化 (Axelrod & Hamilton,1981) など、数多くの理論を提唱した進化生物学者進化生物学者です。
shugo> たとえば今日突然人類が不老長寿を獲得したとしても、
shugo> 現在種として十分なバリエーションがあれば
shugo> とくに不利にならないのでは?
人類(宿主)よりも明らかに進化速度の速い、ウィルスなどの病原体(寄生者)に対抗するために、有性生殖により、積極的に、新たなバリエーションを獲得していかなければならない、ということなんですね。つまり、人類が不老不死を手に入れたとしても、積極的に、両性生殖をしないと、やがて新たに出現した病原体などにやられてしまい、結局は寿命を短くしてしまうこともあるということなんですね。
この仮説を提唱した、Hamilton 博士は、先日、マラリアにより、63歳の若さでお亡くなりになられました。この夏には、日本で講演する予定もあったそうです。マラリアは、日本ではあまり知られていませんが、現在、問題になっている薬剤耐性菌の一つです。「赤の女王仮説」を提唱した博士が、日々進化を続ける病原菌によって奇しくもお亡くなりになられるとは、なにか不思議なものを感じます。
日々進化する病原菌に勝てるのは、もはや薬剤ではなく、我々の生み出す子供たち、新たなバリエーションだけなのでしょうか?
Hamilton 博士のご冥福をお祈りします。
注1:「ある生物種をとりまく生物的環境は、その環境の構成に加わる他種の進化的変化などによって平均的にたえず悪化しており、したがって、その種も持続的に進化していなければ絶滅に至る」という仮説
注2:L.Carroll の童話「鏡の国のアリス」に登場する赤の女王「同じ場所に留まるためには、力の限り走らねばならぬ」からこの「赤の女王」という名前が付けられている。
注3:「無性生殖に比べ2倍のコストをもつにもかかわらず性が維持されるのは、有性生殖を通じて、たえず新しい遺伝子型がもたらされる点が、一般に宿主よりも進化速度の速い寄生者などに対抗するうえで有利であるから」という仮説
Hamilton, William D. (1936.8.1〜2000.3.7)
イギリスの進化生物学者.エジプト生れ.ケンブリッジ大学を卒業後,ロンドンの Imperial College の講師 (1964),ミシガン大学の動物学生物科博物館教授 (1978),生物学教授 (1983)を経て,1984 年からオクスフォード大学王立科学研究院教授.
「個体は種全体のために努力する」という従来の生物学の枠組みを「個体は自分の遺伝子を残すために行動する」と変えたとされる。