FAP〜遺伝病と医療の現場から・インフォームドコンセント

2000/6/6 ([Bilab:4290][Bilab:4291][Bilab:4292] より一部改編)

〜運命の宣告〜ドキュメント’00(5月28日・NTV)



26歳男性・結婚を前に遺伝子診断を受けるかどうかを判断するために、担当の医師からインフォームドコンセントを受ける。

「病気を作る方の遺伝子が伝わるか、病気を作らない方の遺伝子が伝わるかは2分の1なんですね」

彼の病名はFAPという治療法の確率されていない遺伝病。全身が衰弱して死にいたる難病、そう、俗に言う「不治の病」なのである。この男性は数年前に母親をFAPにより亡くしている。

担当医の説明が続く。

「お母さんは、正常な遺伝子と、FAPの遺伝子と1個ずつ持っていたわけです。お母さんの側の一対の遺伝子の病気を作る方の遺伝子が伝わるか、病気を作らない方の遺伝子が伝わるかは2分の1なんですね。まったく2分の1です。だからもう、それは神様のみが結果を知るという状況なのです。ほとんど遺伝子を持っている人は、遅かれ早かれ発症しています。普通は30代か40代で発症して、だいたい10年くらいで危なくなる。命が危なくなるという意味です。」

言葉を選びながら男性に説明する医師の表情は心なしか硬い。


FAP患者の世話をしている志多田正子さん。30年前に10兄弟のうち5人を次々とFAPで亡くし、自分もいつ発症するかもしれないという不安をかき消すため、病院にきてFAP患者の世話をするようになったのだという。

志多田さんは10年前にFAP患者の会を結成し、患者やその家族が気持ちをぶつけあえる機会・場所をつくり続けている。患者やその家族たちの文集「道するべ」の作成もその一つ。患者の会、そして文集は、差別や偏見のため、病気を隠して生きる、患者やその家族たちが、唯一素直な気持ちを表わせる場となっている。

「人間は、誰しも病気になるんだけども、1日1日生きていくために健常者とかわらんのだと、病人だからと卑下することはない、と。だから人並みの旅行もしようと、人並みに花見もしようと、そういうことは全部言います。何も隠れている必要性もないと、表に堂々と出なさい、親が出ないと子供も出ない。」

全国にFAP患者は400人いるとされている。「道しるべ」の表紙の絵には患者と家族がみんなで支えあって生きていきたいという願いが込められている。

「幸せ…何が幸せで、何が不幸せなのか…」

文集には人生の意味を問う文章がつづられている。最近はFAP患者であるかどうか悩むよりも、遺伝子診断を受けてはっきりさせたいという人が増えているという。


39歳の女性。12年前からFAPの症状がではじめたという。病気が徐々に体を蝕み、5年前から車イスの生活だという。FAPは治療法がないため、医師は、はげましたり、経過をみることしかできない。

先程の医師がこの患者に明るく声をかける。

FAPは肝臓から特殊なタンパク質が分泌され、手足だけでなく、目や内臓など、全身の機能を失わせるのだという。遺伝病とわからなかった昔には、FAPは奇病・風土病として、遺伝病とわかった今日も差別や偏見を受けているという。

女性の足首・足の指は、本人の意思では動かせない。上半身は、何とか動かせるものの握力は1.5Kgしかない。彼女は、すでに結婚しており、夫と娘がいる。娘には、病気が遺伝しているかもしれないということを伝えてある。

「何で生まれてきたのだろうと思いましたよ。特に高校の時は。今のように遺伝子検査ができていたら、あの頃の私だったら結婚しなかったかもしれない。だけど今は、私は結婚して子供を産んでよかったと思う。しかし娘から『自分が子供を産まなかったらそれで終わる』と言われたときには、何とも言えないですよね。誰も不幸になる人が出てこないじゃないかと。」

自分が子供を産まなければ遺伝子を断ち切ることできる、という娘の言葉に女性はショックを受けたという。



遺伝子の解析・解読が進み、遺伝病の原因となる遺伝子が特定され、また、その情報を元に、遺伝病のキャリアであるのか、ないのかを簡単に診断することができる時代がやってきた。ゲノムの解析が始まった当初、こんなにも早い時期に、解読が終了してしまうとは、夢にも思わなかったのだろう。その反面、遺伝子治療技術が、これほど伸び悩むとは思いもしなかったのだろう。ガン遺伝子やその他遺伝病の原因となる遺伝子を保有しているかどうかがわかっても、それに対する治療技術がなかなか確率されないとは、なんとも皮肉なものである。

FAPのように高確率で発症する遺伝病の場合、その治療方法が確率していない現在、このような、医者と患者がしっかりと話し合い、遺伝子診断を受けるのか?その後の治療をどうするのか?また、これからの人生をどう生きていくべきか?を考えていかなければならない。もちろんすぐに決められるわけではない。それこそお互いが納得いくまで、納得できなくても、状況が理解できるまでとことん話し合うことが必要なのである。
日本では馴染みの薄い「インフォームドコンセント」が現実の医療の現場で、どのように行われているのか?この男性の話を中心に番組は続く。



先程の男性の話に戻る。

病室には、担当医である安東由喜雄医師と男性、そして先ほどの志多田さんがいる。

「で…遺伝子診断をすると…というこですね。今、おいくつですかね?…病気のことはね 志多田さんから十分お話を聞いたと思うし、お母さんがああいう不幸なことに、おじさんも最近ああいうふうになって大体わかっているとは思うのだけど お母さんは、正常な遺伝子と、FAPの遺伝子と1個ずつ持っていたわけです。お母さんの側の一対の遺伝子の病気を作る方の遺伝子が伝わるか、病気を作らない方の遺伝子が伝わるかは2分の1なんですね。まったく2分の1です。だからもう、それは神様のみが結果を知るという状況なのです。調べてみないとわからない。…将来、あなたは結婚も考えていますよね。今、好きな人いますか?結婚とかいうことになると、もしあなたがプラスと出た場合は、あなたの子供に2分の1の確率で伝わる、ということです。例えば、二人子供がいたら、できたとすると、いつも、その子供を作るたびに2分の1の確率ですから、2分の1を誤解すると、必ず片一方がマイナスで片一方がプラスだと、いう考えになる方もいらっしゃるんだけど、それは間違いで、子供を作ったら二人ともプラスということもありえます。運良く、その逆もありえる、ということは、あなたが遺伝子の、FAPの遺伝子を持っているかどうかを診断するということは、将来、あなたの子供にもその遺伝子が伝わるかもしれないということを診断することにもなり得ます。そのこともわかってください。それから、もう一つ大事なことは、この病気は遺伝子を持っているからといって必ず発症するんではない。ただ、ほとんどの人が発症するということもまたわかってください。で、もし発症するとどうなるかと言いますと、普通は30代か40代で発症し、10年ぐらいで危なくなる、つまり命がなくなるということです」

それでも男性は遺伝子診断を受けることを希望する。志多田さんが見守る中、男性の血液が抜かれていく。志多田さんは、これまでに多くの患者の診断にたちあってきた。その中で、診断の結果次第で、その人の人生が大きく変わるのも見てきたのである。

注射器に抜き取られたわずかな血に、男性の人生がかかっている。たった1つの遺伝子の違いは人生を左右する大きな違い。それは生まれる前にすでに決められている。

診断の結果が出るのは一ヶ月後。

「なんでこんな病気になるんだろう、とか…すごい、やっぱ病気をもっている家族を持っている人は絶対思うと思うんですよ。特に、この病気って、全然話したりとか、まぁ、いっしょに普通にできるのに、手とか足だけが動かなかったりとか…だからですね、そう、XXX(聞き取れない)とか普通に動けるのにどんどん、親とかが手とかが動かなくなっていくのが悔しかったですね。もう30近くなってきて、早い人だと、もう発症したりする人もいると聞いていたので、それなら事前に心の準備をしておいた方がいいと思っていたし、最近は移植とかもできるんで、そういうのも早い方がいいというんで、わかるなら早く調べとこうと…」

男性は、遺伝子診断をすることを決意した心の内を明かす。



「インフォームドコンセント」の難しいところは、医者が、患者の心の奥まで入らなければならないところである。医者は、患者に遺伝子診断の結果を報告して、「ハイ、それまでよ」というわけにはいかないのである。

遺伝子診断の結果がマイナスならば、患者とともに喜びを分かち合えるのだが…プラスと出た場合は…苦しいところであろう。患者も人の子ならば医師も人の子なのである。そしてまた、患者にとっての医師は、あくまでも他人であって、現時点では遺伝子の伝わることのない第三者なのである。つまり患者の人生にとって医師はただの傍観者に過ぎないのである。そういう状況の中で医師になにができるのか?今回の患者の担当医である安東医師は、慎重に言葉を選びながら患者に、遺伝病とは?遺伝子診断とは?そして発症の可能性・症状を説明していく。そうすることしかできないのである。しかし、そうすることによって、お互いに分かり合える部分も出てくるのである。

安東医師の淡々と語る口調の裏に在る、FAPというものを知ってもらいたい、そして、今、自分(患者)が置かれている状況を考えて欲しい、という彼の気持ちが、画面を通じてひしひしと伝わってくる。病気を見つけ、診断し、治療するだけが医師の仕事ではないのだ。彼の苦悩とともに、話はまだまだ続く。



「…最近は移植とかもできるんで…」

現在では、FAPは肝臓を移植することで進行がくいとめられることがわかっている。


33歳男性、兄弟でFAPにかかる。兄は3年前にすでに他界。

海外で肝臓の移植を受けるには莫大な費用がかかる。この一家では、一人分の移植費用しか工面できなかった。兄弟は、二人とも、自分だけが移植を受けることを拒んだ。男性のFAPは、かなり進行しており、足の先には水がたまっている。握力も8.5kgしかない(普通に生活するには10Kg必要といわれている)。そういう状況の中で安東医師は、「前よりもよくなったじゃないか」と必死に患者を励す。

「生まれてきたら、これは自分が生まれもってきた運命だから結局はそれと付き合っていかなければいけない、結局は…それに対して対処していくみたいな感じですよね。あきらめじゃないけど…これが自分だというふうに受けとめて…いくしかない。」

この男性は、兄が亡くなり、一人となった今も移植はぜずに、安東医師のもとで治療を続ける。


いよいよ先ほどの男性の遺伝子診断の結果が出る日。いつもと変わらない病院の待合室には、男性と志多田さんが呼ばれるのを待っている。

「…あんた、明るいね…」
「はっきりわかった方が…」
「人それぞれやかどね…それでもやっぱ恐いとよ」
「…」
「(診断結果を聞きに)行くときは、いろんな人がサポートしてくれるからいいけど、診断をくだされるまでも、いいわけよ。でも、くだされた後は、どんな男でさえもバーッと涙がでるもんね。それから、車を運転して帰る。もう、その間が危なくて運転を代わってもらいたいくらい。でも、自分で必死で運転して帰るって言うよね。…この子もこれで幸い(?)よ。たとえ、どっちの判決であろうとね。」

男性の名前が呼ばれ、二人が診察室に入っていく。

「遺伝子診断を、僕らの大学(熊本大学)でしたわけです。インフォームドコンセントというか、その意義とかを話した上で、しましたよね?大変心配だったと思いますけどおめでとうございます。」

安東医師が患者に手を差し出す。患者からも自然と手が差し出され二人は握手をする。診察室には志多田さんの「ほんと?あ、よかったぁ〜、ありがとう、ありがとう」という声が響く。これまで硬い表情だった安東医師の顔にやっと笑みがこぼれる。

「いやぁ、もう(本当に)、ありません。異常のトランスRHNは、血の中に流れてません。で、あなたが、もうこれから生きていく上でFAPのことを、あなた自身のことで心配することはないと思います。99.9%、まぁ100%と言ってもいいんですがそれに近い確率で、ない、と。十分苦しかったと思いますけど、僕らもこういう瞬間のために、一生懸命遺伝子診断の技術をね、トレーニングしてきたようなもので、まぁプラスとでた人はつらい話になるのですが、もうこれ以上の話は一切ありません。正常です。辛かっただろうと思いますが…おめでとうございます。寝られなかったでしょう、ずっと、ねぇ、今まで以上に。」

「今まで以上にいろいろ悩みました。」

患者の口からやっと言葉がでた。

「いろんなこと考えたでしょうけどね、もう、あなたに関しては、これ以上のことを言うことはもう何もありませんから。」

患者は、最後に「ありがとうございました」と礼を言って病室を出ていった。

「だめだった時のことを考えてずっと気持ちを落ち着かせていたので涙がでてきちゃって…妹と甥がいるんですよ、その2人が(FAPに)なる可能性がありますから…複雑なところもあります。」

今回の遺伝子診断で解決したのは、自分自身の問題だけであって、身内の、また、まだたくさんいるFAP患者の問題はまだ未解決のままなのである。これから先、FAP患者とその家族の苦悩は、まだまだ続くのである。


場面は変わって桜の花が満開の、とある公園。この日は、FAP患者会の花見の日だという。FAPの患者や家族、家族を亡くした人たちが集まる。

「ほんとに良い天気で、こういった花見をすることができました。みなさん、楽しんでいってください。かんぱーい。」

主催者の乾杯の声が響く。テレビカメラが花見を楽しむ患者とその家族を追い『自分の遺伝子の宿命を知った人たち』というナレーションが入る。続けて若い女の子の所信表明(?)が入る。

「今年は、連れていってもらえないと思っていた旅行も連れていっていただいて、ほんとにお世話になったと思います。ありがとうございます。」
「今日から高校生になりますので、みなさんの役に立てたらいいな、と思います。ありがとうございました。」

二人の女の子の声は明るい。

『たとえ、人生の長さが遺伝子に左右されるとしたら、どう生きるかは私たちに委ねられています。遺伝子の運命を越えて、どう生きるのか?遺伝子は私たちに問いかけています。』

ナレーションとともに番組は終わる。



安東医師の台詞が非常に印象的。

『…僕らもこういう瞬間のために、一生懸命遺伝子診断の技術をね、トレーニングしてきたようなもので…』
遺伝子解析技術が向上し、遺伝子診断が普通に行われていく中、治療法が確率していない遺伝病患者に対するこのようなケアが重要な意味を持ってくる。志多田さんのような、患者側からの心のケアも大切であるが、安東医師のような、医療現場側からの心のケアもまた大切なのだろう。

思い返せば、先日出回った輸血チェーンメールは、医師と患者の医師の疎通不足が原因ではなかろうか?医師の説明だけでは不安になった関係者が、藁にもすがる思いで、あのようなメールを送ったのでは?なんて考えてしまいます(野本くんから教えてもらった情報では、無事に手術は済んだそうですね)。

ポストゲノムでは、蛋白質の構造や役割の決定、遺伝病治療に用いる遺伝子実験技術の向上と同様に、このような医療現場での環境整備もまた、重要な課題となってくるのだろう。医療現場のこれからの発展に期待したいと思う。もちろん僕たちポストゲノムの仕事に関わる人すべてもだけど。