イバラトミヨ
2000/4/24 ([Bilab:4183] より一部改編)
イバラトミヨ(→図<出展:広辞苑>)という魚をご存じでしょうか?氷河期のころ登場し、卵を産みつけるための巣作りと、卵が孵るまで子育てをするという世にもめずらしい魚です。子どものころに図鑑などで見たことがあるのではないでしょうか(「巣作り魚」という紹介がされていることが多いです)。この魚が今、用水路のコンクリート化で姿を消そうとしています(すでに環境庁のレッドリストに掲載されています)。
イバラトミヨの生息地としてしられている秋田県雄勝町。山裾に田んぼが広がり、いかにも日本の田舎町というのどかな風景。画面には、まだ未舗装の畦道と小川が写しだされる。
小雨の中、合羽を着た子どもたちが小川にはいり、網や四手網で水の中を探っている。「いた、いたぞ」どこからか不意に声があがる。子どもたちが、いっせいにその声のした方に駆け出す。子どもたちの人垣の中、その声の主の手には、大人の小指くらいの小さな魚が2匹、ピチピチと跳ねていた。
小川に入っていたのは地元の小学生たち。絶滅が危惧されるイバラトミヨに関心を持ち、数年前から学校をあげて、その生態を研究をしているという。先程の小川も、来年にはコンクリ化されることを知り、その前に、小川に棲むイバラトミヨを捕獲し、近くの沼に移すことにしたのである。
この日、彼らが捕獲したイバラトミヨは40匹。この数が多いのか少ないのか、僕にはちょっと判断がつかない。しかし、絶滅が近い生物種であることには間違いはない。
画面には、イバラトミヨの生態に詳しい地元の人が登場。「(コンクリ化によるイバラトミヨの絶滅は)しかたがないことです。」画面に写る無念の表情とは対照的に、彼の口からは意外な台詞がでてきた。絶滅を前にした生物種と、その絶滅をなんとか阻止しようとする生物種。皮肉にも絶滅を阻止しようとする生物種が、絶滅を促進しているのである。
先日、ある週刊誌に掲載されている漫画の中で
1時間に約3種、1日に約74種、1年間に約2万5千種もの生物が絶滅していく。
と書かれていた。この年間2万5千種絶滅という数字は、1970年代にN.マイヤースが推定した年間約4万種絶滅という値の約6割強でしかないが、僕たちの耳を疑う数字であることは確かだ(N.マイヤースは、その著書、「沈みゆく船」の中で、1975−2000年の25年間で100万種の生物が絶滅すると推定した。もしかしたらイバラトミヨも、近い将来、その中の一つになるのかもしれない)。
この漫画の主人公が、部下に向かって言った台詞。
生態系は個々の生き物が助け合ってできているものじゃありません…全ての生き物は、自分だけが生きるために勝手に生き、その結果が奇跡的にかみ合って、生態系を作っているのです。人間が生態系をどうこうしよう…ましてや良くしようなんてことは、思い上がりもいいとこです。
教科書で教えられる食物連鎖は、よくピラミッドの形で表わされ、僕たち人間がそのピラミッドの頂点にくるように描かれる。現在の理科教育では、あたかも人間が全生物の頂点であるかのよう、まるで全能の神であるかのように教えられる。
実は、そうではないのである。
どの生物も、この台詞にあるように、自分が生きるためだけに生きているのである。そして、そういう生物の本能の上で、絶妙なバランスの食物連鎖・生態系が成り立っている。そう考えると、食物連鎖はピラミッドではなく、張り巡らされた電話線のネットワークのようなもので、ある生物が絶滅したとしたら、食物連鎖・生態系のピラミッドがバランスを崩して崩れるのではなく、生態系のネットワークの中で新しい繋がり(ネットワーク)を作ることで、生態系のバランスが維持されていくものなのだろう。人間もまた、そのネットワークの中の生物の一つであって、決して、ネットワークの管理人ではないのだ。
そう考えると、先程の地元の人の気持ちも、なんとなくわかるような気がする(だからと言って、絶滅していく生物を指をくわえて見ていろ、というわけではありません。多の生物を痛めつけ、絶滅ばかりさせていると、いつか人間という種が痛い目に会うだろう、ということを、心にとめておかないといけません)。
イバラトミヨも、近くの沼で、とりあえずは生きていくのだろうけど…それを果たして、太古の昔から続いてきた。「種」と考えてもよいのだろうか?確かに、生き残りで、純系ではあるけれど、何か得体の知れない違和感が感じられる。そう人間の作為的な「生かしてやっている」という感じがするのである。
現在、このように人間に生かされている絶滅危機種は、哺乳類を中心にたくさんいます(身近なところではゴリラやトラなどですね。上野動物園のゴリラの森とか、もう見に行きましたか?)。いつの日か人間も「生かされる」日がくるのだろうか?
そういえば、この秋田県雄勝町の風景は、ふた昔くらい前に、親父の田舎(埼玉県深谷市東方)で見た風景に、どことなく似ている気がする。あの風景は、今、どうなってしまったのだろう。