
第66回 10月8日放送
今西
錦司 IMANISHI
Kinji (1902〜1992)
〜ダーウィンに挑んだ「サル学」の父〜 |
「霊長類」。一般
的には「サル」と呼ばれるこれらの動物は、哺乳類の中でも最も知 能が発達した動物であり、その中でも、地球上で最も知的で高等と言われる動物こ
そ、ホモサピエンス、すなわち「ヒト」である。霊長類の研究により、人類の起源を
も明らかにしようとする壮大な学問体系、「霊長類学」。戦後、世界に先駆けて「サ
ル」の観察を始め、この学問のレールを敷いた人物こそ、今西錦司その人である。
|

1948年、46歳の今西錦司は、ウマの観察のために宮崎県の南端にまで足を運んでいた。しかし、ある日偶然、ニホンザルの群れに遭遇した今西は、人間にそっくりなその動作を見て直感する。
「ウマどころやない。こりゃ、すぐにサルをやらなあかん」
宮崎県幸島。ニホンザルたちの楽園となっていたこの小島で、今西たちは新たな観察をスタートさせた。まず世界で初めてサルの餌付けに成功すると、今度はサル1匹1匹の顔を覚え、それぞれに名前をつけ、地道な観察を長期間続けていった。
今西は興奮した。群れのボスを筆頭に、それぞれのサルには上下関係があった。縄張りも持ち、かつ秩序までが存在するではないか!
今西たちは確信した。サルにも「社会」がある。さらに発見は続く。1匹の子ザルが偶然始めた、餌のイモを手で擦って洗うという行動を、周りのサルたちが、次々に真似し始めたのだ。やがて、この「イモ洗い」は、親から子へと世代を越えて伝えられていくうようになる。これは、ここのニホンザルだけの、独自の「文化」と言えるのではないか!?
正確な観察によって裏付けられたこれらの事実は、人々の動物に対する既成概念を覆し、やがて世界に受け入れられていく。日本の「サル学」はこうして華々しいデビューを飾った。 |

常に自然を愛し、自然の中に身を置いた今西の人生は、同時に、世界中の誰もしていないことへの挑戦だった。幼い頃から始めた登山は、遂にはヒマラヤへの挑戦を果
たし、生物の観察でも、「生物は種類ごとに棲み分けている」という、世界の誰も気がつかなかった発見に至る。
そして、最後に挑戦したのが、あのダーウィンが唱えた「進化論」である。自身の目で自然を見つめてきた今西は確信していた。「生物の進化は、自然淘汰などでは説明できない」と。
多彩な活動により、今西の周囲はいつも賑やかだった。今西に師事した弟子たちが、その革新的な業績と、情熱的な人柄について熱く語る。 |

取材地:京都市、宮崎県串間市、愛知県犬山市、岐阜市 他
|