過去の1年ごとの授業・講座の査定
学年分掌の重要な仕事についてもまとめました。
’03 1年2、4、5、6、7組 2年3、4組 3年6組
授業
   1年
   2年
   3年

講座
   

進路指導部
’02 1年1、3、4、5、7組 2年6組 3年4、5組
授業 1年 50点 気力回復、5クラス行くと波あり。
            内容的にはオーソドックスに帰る。
    2年 40点 思うような指導が出来なかった。
    3年 40点 上位層向け授業に走る。
    内容的には生徒の変化に応じた補習授業が必要と感じ始める。
    しかし、惰性での授業形式には変わりはない。
    まだその他やらなくてはいけない事が多くなり、
    初期のように授業準備だけにかかわる事が出来なくなってきたのもある。

講座 60点 かなり溜め込んだ問題から何でも出す事が出来るので
        講座は非常に楽かつ難易度がました。
        逆にいうと学習の未熟なものにとっては到達できない
        講座になってきた。ただ、講座の内容は全員向けというのは
        意味が薄いので3年の応用中心で進めた。
        昨年の反省から本格的2次問題を進めた結果、
        少数ではあるが、全統への対応が昨年よりは出来た生徒が
        いたのは本当に良かった。

進路指導部 無理やり来たような感じなので、静かに暮らしました。
        あまり知らない学年に混乱させるのは駄目です。
        というよりも学年担当の先生におんぶして楽はさせてもらいました。
        私の考えは一つで、方法は良い、やり方が悪いのですから、
        進路の方法は人が変わってもやるべきだろうというものだけです。

’01 1年2、4、6組 2年4、5組 3年1、2、3、6、7組
授業 1年 20点 諸問題発生により過去のノート通り
    2年 10点 同上学年生徒との問題により意欲もかく
    3年 50点 全てにわたり活動停止的状態
            内容的には惰性であっても出来ているので
            それに乗っ取って全ての授業はとにかく進めた。
            授業がなぜか5時間目に多量に入った。
            年度当初文句が言えない状況だった。

講座 40点 こうなった以上数で勝負。しかし、5時からの講座では
        思考が停止した。3年の講座のみ。
        ハッキリ言わなくても根性だけで勝負しているようなもの。
        ただ、試行錯誤して簡単な問題から順次2次レベルへ
        と練っていた作戦は逆に遅れを出して特に全統系模試へ
        大打撃を受けてしまったのが悔やまれる。
        だから、決して問題の難易度を生徒に合わせて
        落としてはいけないのだと肝に銘じた。

進路指導部 進路に関しては3年時の業務量に押しつぶされました。
        たぶん、学年や部活の問題がそれを出来る余裕を奪ったのですが
        言い訳をすればです。そういった出来事があっても出来なくてはいけない
        とは思いませんが。だから、仕事としては破綻を来たしました。
        3年生の生徒には随分と迷惑をかけてしまいました。
        自分で担任、講座もやり、講座は1回10回以上はやりました。
        進路検討会データ分析も模試も+アルファーではとても身が持ちません。
        実際持ちませんでした。仕事の限界量というものを越しました。
        自分で仕事に関して見つめてみる必要があるなと思い、
HPを作製する動機になりました。
’00 1年 受け持ちなし 2年 1、2、3、6、7組 3年 1、2、3、5、7組 
授業 1年      3年の教科担を交代するかどうかで話になるが、
            そのまま持つ事にして1年はなし。
    2年 60点 担任学年。内容は惰性的といえる。
    3年 60点 授業運営上難儀する面も結構あった。
            プリントを廃止して、問題を全てノートに書くことにして
            典型的問題が解って来たので、例題として示していく。
            しかしながら、その事での演習量は落ちたのではないだろうかと
            反省するべき点だろう。何の具合か授業へ集中しない学年があった。

講座 70点 2,3年生同時並行に講座実施に挑む。3年の2次対策は
        ほぼ完成してきた。2年の記述講座も2回目なので
        それなりか。ただし、ついてこれるのは数が少なくなる。
        基本も取り入れるべきではないかとも感じた。
        この年から全統は難易度が上がってきた。

進路指導部 講座を担当しまして、マークカードリーダーやインターネットのデータネット
        に何かしていたと思います。S氏が転勤なさりましたのでマークカードリーダ
        は私の役割となりました。進路検討会のデータ−分析および
        データ加工などもやってました。
        学年進路としましては某S氏への風当たりが強かったように思いますが、
        期待から批判への転換にはまいりました。
’99 1年 1、3、4、6組 2年1、2、3、5、7組 3年4、5組
授業 1年 40点 担任学年、慎重と甘すぎ
    2年 50点 内容的には惰性的、担任で忙しくなる。
    3年 10点 結局入り込めなかった。

講座 50点 2年生を中心とする。応用に力を入れる。
        新しい問題を発掘し、内容としてはかなり良し
        ただし、自分自身の理解度は?

進路指導部 講座と模試を全てやってました。
        これは模試の内容をこちら(私)の意図で決めてしまおうと
        言う考えがあったのですが、なかなか上手くいきませんでした。
        某T、O氏への風当たりが強くなりました。が、これはある面正しい。
        こういった面で完全主義的には物事は当然行きませんが、
        勘違いからの面は言い方や人間性を保って言わなくてはいけません。
        これを躊躇していてはいけないのは正しいのです。
        が、
        この年は3年生の担当のU、T氏とO氏は本当に辛かったと
        見ていて思いました。
        こういった、仕返しのような事を見ましてこれは駄目だと思いました。
        さらに、T氏が転勤してしまったのは進路にとって本当に大きな損失でした。
        O氏も転勤しまして代わりの国語の人が代わりですから
        教科の損失は大きいものでした。
’98 1年1、4、6、7組 2年4、5組 3年3、4、7、8組
授業 1年 30点 遂に惰性に流れて硬直化
    2年 20点 力抜けていたような気もする。
    3年 70点 最初の卒業生という事で偏って集中化
    全体としてプリント演習学習を進める。

講座 60点 3年講座を行う。問題は良くない。
        上位者への対応が不十分、中位者ぐらいか。
        やっと3学期ぐらいになり2次の問題を解くぐらいになり
        まともな講座となりえたのではないか。

進路指導部 1年の進路でしたが、未熟者なので大したことも出来ませんでした。
        模試を担当しました。データ−加工なども少しずつ学習したりしました。
        FINEやKNETが導入され始めました。
        それ以前はなんとワープロで夜12過ぎまでかかって進路検討会の
        資料やらを考えてました。思い出すだけでもゾーとする恐ろしい時代です。
        私としては進路の仕事はピント来ないというレベルでした。

 
’97 1年1、3、4、5組 2年3、4、7、8組 3年3、4、7、8組 
授業 1年 30点 少し慢心が出たのか、変な力が入る。
    2年 60点 偏ってこの学年に力点が行く(副担でした。)
    3年 10点 まだ受験まで対応できず。

講座 40点 2年を中心として講座を進める。内容は到って駄作。

進路指導部 進路だった事さえ忘れてますが、進路ニュースなどで
        確か幼稚に過激な事を書いていたのではないかと
        そう思います。若気の至りですが、講座を担当しました。
        副担ですので言いたいことはいくらでも言えます。
’96 1年1、3、6、8組 2年3、4、7、8組 3年3、4、7、8組
授業 1年 80点 基本事項、かつ厳しさもあり。
    2年 40点 内容の自分自身の学習不足。
    3年 10点 同上

講座 0点 対応できず。

生徒指導部 なんと赴任時は生徒指導部でした。見回りや生徒の聴取など
        をしました。文化祭体育祭担当は大変そうでした。
        部長のK先生宅でかに等をご馳走になったりしました。
        当然前任高よりは仕事は激減し、天国のような北斗高校でした。
        土日は暇で完全休業という夢のような日々を1年間すごした。
        教頭の「北斗に来たなら進路もやりなさい」という一言で
        何も知らない私は本当の話、騙されました。
        なぜ進路かというと忙しいのでなり手がいなかったのでは
        そう思いますが。
  


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