霊的修行の道標 

 

 

カキコろぐ

霊能力が与えられる第一の目的は、未浄化霊を浄化する場になるということです。人間の身体は高次のものと物質に塗れてしまったものが出会う場なのです。神は直接物霊に触れることは出来ません。一般人が天皇に会えないのと同じて、次元が違いすぎるのです。人間の身体はもちろん物霊で出来ています。それと同時に高我も与えられています。人間の身体の中で、物霊は神の神性に触れて、活性化し、やがて霊に成長していきます。物質が浄化するというのは、心を持つようになり、生物になるということです。物霊は人間が動植物を食べたり、鉱物資源を利用することで、人間の物質体やエーテル体の一部となります。物霊は気のながれである経絡をへて、人の情動に組み込まれます。そこで人のこころの一部になります。その人間が高次のこころを持てば、情動になっている物霊も感化されて高次の霊的存在へと変えられていきます。人間には神聖と邪悪が同居していると言うのは、そういう役目を宇宙から負わされてといるからです。他界して霊になると、直に闇の中に落ちなければいけないので、大変なのです。生きている間は身体の中で、その過程が進みます。もちろん、その人間は内的には厳しい葛藤を経験します。低級な物霊の想念と言うのはポト様が自殺未遂したときのものです。それで、はじめ、胸中に高級霊に来てもらって、同時に低級霊をそこに同居させるとよいことになります。たいていの場合、瞬間的に浄霊されてしまいます。霊能者の身体は浄霊の場なのです。ですから、この行法は単なる瞑想ではなくて、宇宙の為に役立つものなのです。一般人には分からないことですが。川崎にしても太陽にしても、生き物の感じというか、気配を感じられるといいですね。あなたがもっとやさしい気持ちになるといいのかも知れません。------------------------------------------------------------------------------- [145] 問題は、 - 投稿者:うさちゃん 投稿日:2001/04/18(Wed) 18:06  [関東] その感触です。高級霊の気配です。それがわかるようになると、自分から高級霊に向かうことが出来ます。その高級霊の気配をもっと強く感じるようにすると良いのですから。あまりこんなことは本には書いていませんよね。知識や理屈ではなく、高次を感じ取る、高次に対する受身の気持ちが大事なのです。霊視できなくても気配はわかるときがあります。高次の気配と言うのは、ほわっとしていて、開放的で、自分を攻めることをしない。とても安心できる感覚です。その感じをつかむようにしてください。 -------------------------------------------------------------------------------- [144] わたしも胸中に感じていますので、 - 投稿者:うさちゃん 投稿日:2001/04/18(Wed) 16:19  [関東] 今日四時前後、胸中に強く感じていました。それで少し述べます。もうなさってるでしょうけど。人の体を生きた神殿に見立てます。お神輿でもいいですが、胸中が本殿です。そこに天照大御神の字でもいいし、川崎久美子のイメージでもいいし、太陽や神鏡でもいいですから、できるだけ完璧にイメージする。そうするとまるで胸中に本当に川崎がいるような感じになります。よく気配がするって言いますが、その気配が胸中に充満します。そうなったらそこに意識をしずめます。身体全体が縮まって、胸中の神殿の中に収められてしまう感じです。目覚めた状態でそれを続けていると、肉眼は外の風景を見ているのですが、心眼は胸中にあって、私の中から私を見ています。不思議な感覚です。これは川崎よりも太陽の方がご利益がありますよ。 -------------------------------------------------------------------------------- [143] どうしても見たいという人は、 - 投稿者:うさちゃん 投稿日:2001/04/17(Tue) 12:14  [関東] どうしても観て見たいという人の為によく言われている残像。濃い色のものをみてから、白い壁をみると残像があるけど、あれはオーラの見え方に近い。もう一つは指から出ているオーラの見方。薄暗い部屋で、寝る前に布団の中でもいいから、自分の手を凝視してみる。指の表面にけばけばした、湯気のようなものが見えてくるの。それが実体化すると感の虫に似ているかも。ためしに遣ってみてね。 -------------------------------------------------------------------------------- [142] おはー - 投稿者:うさちゃん 投稿日:2001/04/17(Tue) 06:31  [関東] あんまり気張らないていこう。私の方が霊能あるから、大変なの、 -------------------------------------------------------------------------------- [141] エラーしてるみたい - 投稿者:うさちゃん 投稿日:2001/04/17(Tue) 01:16  [関東] 子供の時に心霊治療してたけど、そのときの指導霊が宇宙人だったのだ。信じられる?物質的な力が強くて、即効性があった。急性症が得意だった。今はどうしてるかな。 うさちゃん - 01/04/15 22:50:55

コメント:

わかったです。私の言う命は、独り神のことです。

 

 

うさちゃん - 01/04/15 22:47:59

コメント:

釈迦をどう評価するのかと言うことです。私は心霊科学の立場で述べています。つまり、釈迦の解脱は明らかになっていないのです。釈迦の教説の信憑性は現代では問えないのです。言っている意味分かるかな聖書が真実かと言う問いと同じです。結局文献学的に論じるしかないわけでしょ、それだと何の意味も無いのです。問題は実践なのです

 

 

うさちゃん - 01/04/15 21:48:52

コメント:

それはキリスト教系のひとが言っておったんじゃ。だからキリスト教圏の人たちは神と人の合一を理解できないの。すぐ、心霊術、霊媒詐欺と思うの。日本の神道の分霊や八百万の神はただの精霊信仰だと思ってるの。人智学者もそうなの、日本人のくせに神道はただのローカル宗教だと思っているのよ。神道霊学知らないで、神道の神事はただの呪術だと言ってけなすのよ。

 

 

うさちゃん - 01/04/12 19:51:59

コメント:

予言を読んだです。なんだか私の影響がありましたかね、もっと極悪になったみたい。めでたいことです。シュタイナーの本は本気で遣るなら原版がいいです。『Die Philosophi der Freiheit』むりして原版よんだですよ。英語版とも比較しましたが。高橋氏の訳は良くないです。古事記は構造論的には曼荼羅です。霊的修行の書でもあります。私も預言書ではないと思います。天津金木ありますよね、あれの御中主のアスペクトを瞑想して、幽体離脱しかけたことがあります。古事記はある霊的体系の一部です。まだ明らかになっていない部分かあります。それらのすべてが認識されなければ、古事記の正体は分かりません。

 

 

うさちゃん - 01/04/12 15:53:41

コメント:

カルマを読んだです。「鉱物界(物質界)は神から切り離されたもっとも次元が低く、もっとも進化した界ですが、神から切り離されたおかげで物質人間は自由を行使できます。それを利用して外界との関係を探るのがカルマの形成の理解に繋がるのでしょう。」問題はこの思考過程です。

 

 

うさちゃん - 01/04/12 08:41:28

コメント:

セイズは苦痛を快楽に変える術です。悪魔さんが良く利用します。人間に残酷な行為をさせるときに。大量殺戮とかです。ミスティクに深く食い込んでいます。何れにしても宇宙の成長過程に組み込まれているものなのです。宇宙神はそれ自体で完成されていますが、成長途上であるわけです。この宇宙神の中にいるものすべてはこの宇宙神の成長過程からは外れることは無いわけ。その中での解脱って何なんだ。ん、みんすけの念。セイズは過去に成長過程で死んだ、宇宙神の遺骸がもっとも低級な想念となって、人間に与えられるものです。鉱物にもなれない低すぎる霊なのです。闇に落ちて、苦痛と快楽を味わうと言うのはそういうことです。シュタイナーには手が出せなかったのです。あまりにも魔的で、

 

--------------------- RUハンター・ミツルギ - 01/04/08 23:20:54 コメント: うさちゃんさん。色々コメントありがとうございます。私の別名はポルポトなのでポルポト名のカキコがあったら私だと思ってください。そしてこの掲示板はすぐシステムダウンするのでトップページ上にある別の掲示板を探してカキコして頂ければベターでしょう。ところで修験道の開祖はアカデミズムでは当然役小角ですが、違います。能除かどうかは証明に値する検証性のある証拠は無いのでわかりませんが、孔雀明王の呪術が成立する以前から古代シャーマニズムを元祖とする秘教体系が存在し、古代朝鮮半島からの呪禁道が習合して成立したようです。ヒトラー関係については常連の「ヒポッッチ」さんが研究しているので(Ψ)のマークの掲示板(下にあります)に侵入して聞いて頂いた方が私より詳しいと思います。エックハルトに関しては私は同意出来る部分もあります。彼は神を完全な存在として悪の存在を認めないような事を言っておきながら後から本当の真理を悟っているからです。所詮人間の判断で神を善と思い込む事に無理があったのではないでしょうか。私のこのホームページに対し間違った危険思想だと言って対抗サイトを作った「みんすけ」さんはそうは思っていないようですが。よかったらみんすけさんと議論してみますか?彼は私に勝つ自身があると言ってましたからきっとエックハルトの表の面を盾に反論してくるでしょう。二元論では真実が見えない事に気づいていなさそうだからです。神の領域においては人間の判断する善悪の概念は通用しないでしょうね。金星からのサナート・クマラご一行も人間に智恵を与えた結果に対し、処刑されましたし、クマラ統括のアストラル界に存在するシャンバラ国も効力を発揮出来なくなってますし。ちなみにヒトラーはシャンバラを物質界にあると考えていたようですが。カエサルの二の前です。白人達はユダヤの神が白人の神だと思っているのでしょうか。当然そういう教育はされてますよね。現代のユダヤ人は白人だし、キリスト教芸術ではキリストやマリアや聖人達は白人として表現されてますし。でも必ずしも間違いじゃ無い。人種と種族は違いますから。シュタイナーの民族魂の事です。白人、アーリア人の民族魂を共有する者は白人とは限らないというヒトラーが受け入れ難かった考えです。ゲーテアヌムは木造なので火の海ですよね。私は芸術関係の大学に行ってたので芸術家シュタイナーを神秘主義者シュタイナーと同等の価値観で見ています。そして唐突ですがJAで農業指導もしていた関係でシュタイナーのバテオダイナミック理論の作物栽培にも大変関心があります。植物や鉱物にさえ高次の自我を持っている事を人間は理解すべきです。セイズですか。機会があれば教えてください。シュタイナーが把握する悪魔達は決して悪くはないですね。いや、人間の判断で善悪を決めるべきではないのでしょうが。人類が現在の状況になったのも神とルシファーとアーリマンあってのものです。ただし現状の良し悪しは別の問題ですが。「イエスの道行き」危険だと言う人もいるでしょう。私もその瞑想法には言及しなかったというか、わかって貰えるかどうか心配でした。無妙庵EOの「闇の瞑想」でもボロカスに批判する人達がいますから。道行きは私もやりかけましたが、この行法は忍耐が必要です。禅の行法と相容れない部分もありますが、どちらも正論である事に変わりはありません。しかし一般大衆の皆さんは本当に神の経綸を実践する為に宗教に入っているのでしょうか。病気治療とかの神頼みで現世利益を求めるに留まる人々の何と多い事か。神は医者じゃありません。病気も災害も神の意図かも知れないし、カルマの清算に関係しているのに。しかしシュタイナーは病気治療には肯定的です。さすがとしか言えません。経綸を順守しつつ外から冷静に判断していたのでしょう。全てが等価値だった事にいち早く気付いた。敬服するしかありません。大阪のある場所に人智学のサークルのような物がありますが、うさちゃんさんのおっしゃる通りです。まあ子供にオイリュトミー教えたり、ドイツ語の勉強したり、シュタイナー教育の勉強をするのはいい事だとは思いますが、日本人の人智学者はふぬけです。何故か韓国人の方は熱心ですけど。ところで「神は死んだ。」と言ったニーチェ。実はエックハルトの大ファンだったようです。エックハルトの宇宙と神の解釈と「魂の火花」を理解すると突然ですが、アニメ「エヴァンゲリオン」のオープニングやストーリーがかなり突っ込んで楽しめます。一挙に色々記述して混乱されたかもしれませんが、よかったらここの常連さん達にも突っ込み入れてください。私以上にマニアックで天才の「ゲシュタポ・ザ・チキン」さんとか、私の同士の一人「カダフィー」さんとか、「パキラ」さん、「タラコ」さん、「テルツァギ」さんなんかはこういうの好きそうなのでのってくるかも知れません。そしてアンチ・ミツルギの「みんすけ」さんも面白い価値観を持っていますし、是非下の掲示板上で付き合って、質問したりしてあげてください。 -----------------------------------------------------------

うさちゃん - 01/04/09 20:20:37

コメント:

極悪処刑掲示板の皆様方。ありがとうございます。ブックエソテリカは持っております。それ以上の情報は無いかなと思いまして、霊が何か言ってくると確かめてみたくなる性分なのです。私はある団体の会員ですが、そこの機関紙に色々霊的な投稿をしていたのですが、霊の中にドイツ人がいまして、自然と人智学も勉強するようになりました。で、人智学と神道思想に関した作品を書いたのですが、いちど人智学者のコメントをもらいたいと思ったので、私は人智学者の西川氏と共通の知り合いが居まして、西川氏にその原稿を見てもらいました。予想していましたが、怨念が返ってきました。天使だのなんだのいってますけど、相当強い怨霊を送ってきました。西川氏も霊能があるみたいです。その原稿の内容ですが、やっぱりやめとこ。2月のことですが、樋口純明氏がいますが、そこの掲示板で激論しました。最後は「もうくるな」と言われました。論争は私が勝ったと思うのす。戦いの痕跡は、氏のサイト、The ワールドofシュタイナーの掲示板の過去ログにあるらしいです。私は見てないですが、ポルポト様敵討ちしてください。でも、私と樋口氏の議論を見ていて、興味をもった、人智学者がmailくれました。今の人智学のあり方に疑問をもっている人智学者も居るみたいです。うちの霊は、神道と人智学を材料にして、あたらしい霊学を作りたいのです。ポルポトさんが目覚めたときに同時にいくつもの啓示があったらしいですが、わたしもそうでした、私は自分自身は目覚めたとは思ってないでが、私の場合は、ウィトゲンシュタイン哲学、微分幾何学のカタストロフィー理論、認知科学のAffordance理論等、でした。一度に来るんです、やっぱり。今やっていることは、シュタイナーの思考を認知科学の観点から捉えていこうというものです。そうした場合、思考にはシュタイナーの思考法のほかにもいくつか在ることが分かります。人智学者はシュタイナーの思考法しか知りませんし認めません。イエスの道行きは、それと同じような瞑想を子供の頃やらされました。最近それがイエスの道行きだったんだとわかりました。それに応じた霊的素地のある人がやれば、危険は無いです。危険だと言うのはやる資格が無いからです。言いすぎかな。霊は、公開する作品の中では危険だといっておくことにしています。ポルポトさんのエックハルト論や道行に対する見解を日記で論じてみてください。うさちゃんのお願いです。そのうちにご紹介いただいた方々の所にお邪魔したいです。でも、エネルギーチャージしないとだめですね。ところで、うさちゃんはくみこと申しまして、人妻です。また長くなりました。なお、管理人さんの退去命令には従いますので、今のうちに追い払って頂いてもいいです。

 

 

うさちゃん - 01/04/08 21:12:01

コメント:

どうも失礼致します。ご迷惑でしょうが、書きたくなりました。「私にも霊能があります」と心霊系のサイトに書き込むと大体、無視か、反発です。最近その相手の反応が面白くなってきました。さて、私も霊能者です。精神障害の認定はまだ受けていませんが、身体障害者です。ミツルギさんがはえ男なら、私はムカデ女です。極悪鬼畜日記を熟読いたしました。議論するつもりは無いですから、大変勉強になりました。私はドイツミスティックから入って、ヒットラーにたどり着いています。私の霊はヒットラーに同情的です。ヒットラーはマイスターエックハルトの霊系です。古いですけど、帝都物語の魔人加藤とおなじような宿命を負わされていたと言うことです。ミツルギさんの方がお詳しいでしょうけど。ヒットラーは極悪人のレッテルを貼られて、出し抜かれたのです。ユダヤの神に。ヒットラーは、ユダヤに邪魔されずに目覚めていたら、キリストと同じくらいの霊格だったそうです。白人優生信仰について私も調べたことがあります。ニューヨーク州だったかな、有色人種の学生に対する助成金を削減するために、有色人種は遺伝学的にバカだから、税金をつかう必要はないという科学的根拠を研究するための予算が請求されたという話です。その白人の血の純潔とマイスターエックハルトの霊学について何か情報はないでしょうか。アーリア人の純血というのはエックハルトの霊的修行法からきているらしいです。神と合一できるのは神と血を分けているからです。ミツルギさんはイエスの道行きという瞑想をしたことがありますか。私はこれはすごく魔的だと思います。ヒットラーもやっていたかも知れない。それを実際に現実に行って、ユダヤ人虐殺になったのでしょう。自殺すれすれまで行っているなら、この瞑想の魔性は理解できます。ここ以外の掲示板で、エックハルトは魔物だというと袋だ抱きにされてしまいます。ヒットラーは、この霊法を現実に実行しました、やはり偉大な霊能者だったのです。現在の人智学者と接したことがありますか。あの人たちはシュタイナーの羊です。自分達は光の使者なんだと気取っています。魔的な話は全く出来ません。シュタイナーも悪の天使についての講義がありますよね。アーリマン、ルシファー、アスラ、ゲルマンの犬神フェンリルです。ミツルギさんそれ、お詳しくないですか。ゲルマンの呪詛セイズって知っていますか。シュタイナーは良く分かっていたようです。だから、霊媒を否定したのです。長くなるので止めます。

 

 

うさちゃん - 01/04/10 00:42:44

コメント:

あの西川さんです。うさぎをみんなで苛めないで下さいね。本当の敵なら別ですけど、戦いを恐れては先には進みません。私も論争が嫌で、避けていたときがありましたが、一人でもいいから耳を傾けてくれる人が居ればいいと割り切っています。ポルポトさんブレイクしてみてくださいよ。勉強させてください。敵が現れたらまたそのときに考えるといいです。私の背後霊団はヤマトとゲルマンに二分できますが、ヤマトはまた、仏教系と神道系に別れています。仏教対神道で私の心の中で、論争するのです。エックハルトの離脱もそうなので。神道の大人は、ウィトゲンシュタインの独我論を持ってきて、釈迦の悟りは無意味だと主張します。長くなるので詳しくかけないですが、釈迦は何から解脱しようとしたかというと、独我なのです。独我はなくて当然だから、あえて空を主張する必要は無いと言います。だとすると離脱をどう考えるといいのでしょう。それは有機体の哲学なのだそうで、物理学者のホワイトヘッド知ってますか。離脱して到達するのは有機体の哲学の言う活動的実在に相当するのではないか、というのです。それは私自身勉強中です。まだなんともいえません。エックハルトに一度対面しました。騎士の姿をしていました。その時は十字軍かなと思いました。貴族出身の修道士は他界して公的にはその身分を示すらしいです。修道士には見えませんでした。ヤマトはエックハルトは菅原道真に相当する霊人だといっています。つまり、人生も符合しますが、願を掛けていいらしいです。ドイツの学問の神様です。セイズですが、アダルト系霊学らしいです。わたしもご披露できるほど詳しくは無いですが、今度霊に聞いてみます。アカシックレコードですが、なんと大それたことに浅野正添の古事記論と融合させようとしています。大本の「神霊界」を読んでますが、浅野和三郎が大本を去ったのと、シュタイナーが神智学協会を去ったときの後姿がオーバーラップします。 

2001年04月18日 12時00分02秒

 

 

宇宙神

@これは類魂世界の宇宙なのであるから物理的宇宙と混同してはいけない。

AN次元の立体角として表現されるのが物霊。だから物質世界からは物しか見えない。

B物理でも物は時空の特異点である。高次元の類魂と低次元の類魂が交わる部分が特異点となり物(素粒子)が出来る。宇宙が浄化されるというのは宇宙全体を高元化し特異点を無くすことである。

C宇宙の内面が全て浄化され、物質世界が消或する。つまり宇宙神が成仏した後は、¨屍¨の宇苗に降臨し新しい宇宙を創造する。

D屍の宇宙というのは物霊が想念を持つ前に物質界が破滅してしまった、低級な物霊の固まりだけを残した宇宙の遺骸である。成仏した宇宙神の周りにはその様な屍の宇宙がゴロゴロしている。つまり宇宙の物質的進化と浄化が旨く行かずに、途中で死んでしまう神が居るということである。

E宇宙神にも横の世界がある。しかし現界の横の類魂とは異なる。成仏した宇宙神が声を発しても何も応答は無い。想念を交わしたくても相手は居ない。ただ静寂が続き屍の宇宙が虚しく影を落とす世界なのである。

F宇宙神が屍宇宙に降臨するとそこに新しい物質界が作られる。物が作られ、その物が動けば屍宇宙の物霊も向上の機会が与えられる。そうすれば宇宙全体が活性化し浄化していく。即ち、宇宙神が物質を創造する根源は‘奉仕”なのである。屍宇宙を蘇らせる為に其処に我が身を投げ出して物質創造の先駆けとなるのである

これが出て来た時に凄く悲壮な感じがあったのです。宇宙神は孤独なのでしょうか。多分永遠に一人なのです。天御中主みたいに独り神なのでしょう。宇宙神は浄化すると、始めに成仏していた宇宙神の一部になってしまうので、宇宙神はずっと一人のままなのかも知れません。 

2001年04月17日 07時59分23秒

 

 

intuition 認識

人間はいつまでも自我,アストラル体,エーテル体,物質体の四重の存在でいるわけではない。いずれ物質体の崩壊を伴う死が訪れる。すると人間は,自我,アストラル体,エーテル体の三重の構成となって、物質界から抜け出る。この死後の世界でも自我が意識を維持している。この構成で死後の数日を過した後,エーテル体の分離が起こる。自我とアストラル体という二重の構成になった人間は,アストラル界に出て,そこで地上の人生のおよそ1/3に相当する期間を過ごす。その後,アストラル体の分離が起こる。人間は感情にわずらわされない純粋な霊(Geist)となって,高次の霊的世界で過ごすことになる。これはふつう数百年かかる。そのうちのある時期に,次の生をどのような体で、どのような環境のもとで過ごすのが霊的進化のために最も良いかが決まる時がある。これがカルマの決定である。そして時が満ち,再び物質界へ向けての下降が始まる。途中アストラル界でアストラル体を,エーテル界でエーテル体を新たに身につける。こうして母胎に宿って物質体を得た後,前生を忘れた新しい人生が始まる。

 

 シュタイナー学校の教師は,このような世界観も学び,子供のカルマを考えに入れている。その子がもっている気質や,おかれている環境にも積極的な意味を見出そうとするのである。

 

この記事から考えると、

「カルマとは神が人間に与えた霊的進化のための最良のステージである。」

と言えるのではないでしょうか?

 

シュタイナーの考え方は分かっています。私もそう思います。

たとえ話をすると、山があるとする。登山口から見る山と、里の街から見る景色は違います。北側の様子と南側の様子も同じ山だけれど全然違うはずです。

では、カルマというものはどうなのでしょう。確かにそこにカルマと呼ばれてきたものがあるけれども、もしかすると私たちは2000年以上も、同じ場所からカルマを見ていたのではないでしょうか。違うところからカルマと言われるものを

みると、どのような光景が見えるのでしょうか。私の霊がいっているのはそういうことなのです。カルマに対する見方を変えるのです。そうすることで新しい道が開けると言うのです。シュタイナーの「霊界の境域」を読まれましたか、その中にintuition 認識という心境が出ています。シュタイナーはimaginationの世界はカルマの世界で、それを脱した世界を知る能力がintuition であると言っている。だったかな、でもこれだと二項対立になってしまう。だって、同じ霊の中で起きている事だから分けて考えるのはおかしいのです。私の霊はそう考えるのです。つまりこれは、カルマの見る位置を変えてみようということなのです。対立とか超越ではないです。霊は生き物なのです。その代謝作用の表出がカルマなのです。そう考えると解脱する必要はないことになります。人体の生理作用と同じで、宇宙の生理作用なのです。 

2001年04月17日 07時57分14秒

 

 

九字

九字と言うのは、リンピョウトウシャカイジンレツザイゼンのあれです。

人間が知らないうちに背後霊かやってくれています。現界の行者がやっているのと同じです。霊界でも通用する呪法なのです。現界に住んでいますと行きたくないところでも行かなければいけません。仕事とか義理とかで、邪気が一杯在ると分かっていても関わってしまいます。そういうときに背後霊が邪気を払ってくれたり、除霊してくれます。人間が気が付かないだけなのです。私は今はまるっきり背後霊に任せています。一つの行をものにするには何十年もかかりますから、今生では違う目的があるので私自身は修行はしていません。

みん様も竹ちゃんのように私の波動に影響されたのです。それに便乗して、

みん様の背後霊が、お払いをしたのだと思います。実際の問題ですが、リンピョウトウシャ…と唱えている暇はないです。瞬間的に勝負か決まるので、悠長に九字を切っているひまはありません。霊が憑依する瞬間とか、怨霊が襲い掛かる瞬間はコンマ何秒かです。じゃーどうするかと言うと、あのリンピョウトウシャ…の格子形の図を心に正確にイメージします。

邪気や悪霊を感じたときに、その相手に、そのイメージを相手にたたきつけます。こちらの霊力が高いと瞬間的に決着をつけることが出来ます。霊力が低下していても護身にはなります。霊が私の体に九字を切るとしばらくその格子形が

オーラにくっきりと刻まれて、邪気が進入しなくなっています。 

2001年04月17日 07時54分25秒

 

 

ミイラ見ましたか?

鉄さんは、ちんぴらやくざで、悪いことばかりしていたのです。ライバルのやくざから逃げるために出家したのです。でも今は立派な霊人です。いくら出家しても業は業なので、落ちたわけです。でも人間は一義的な存在では在りません。鉄さんも良い面をもっています。「川崎ノート」の草稿1のヒットラーのところに同じ記述があります。鉄さんはその良い面を手繰って、浄化することが出来ました。良い面と言うのは良心や人を思いやる心、高次のこころです。それで、こう考えることができる。鉄そんが落ちることで、鉄さんが媒体となって、地獄と神の間にパイプが出来ていたと言うことになります。鉄さんが地獄に落ちることで、神の光を多少なりとも地獄に照らすことが出来たのです。竹ちゃん、あんたはその霊を指導霊に持っちゃったのです。今度はあんたが神と地獄の媒体になるわけです。今までも大変でしたが、これからもきついです。でも神にとってはまことにおめでたい話なのです。竹ちゃんのおかげでお仕事はかどりますから。

宇宙には大きな波動と言うか、対流があります。シュタイナーもそれを霊視して、アカシックを書きました。百年前の学問的影響でカルマの面しかみていなかったですが。法則ではなくて、流れなのです。鉄さんの神はその流れの中に鉄さんを置いたのです。その流れのままに鉄さんは落ちて、またあがってきました。あなたはその流れの側に居たのです。だから鉄さんと同調したのだと思います。

ご先祖を調べるとどこかで関係があるのかもしれませんが、私の所の外人霊なんて、現世的には全然関係ないです。霊界の命令で背後霊遣ってますから、ご先祖の霊的状態とか、あなた自身のカルマとかで選ばれたのだと思います。

どっちにしても神の判断です。超法規的措置です。神は解脱していてもいなくても、使いやすい人間を使います。

カルマの最小単位が物霊というもので、借りの名ですが、それの人格はやはり宇宙神です。その意味を拡張すると、家族や背後霊達もそうなのです。だから、私はそれらの家族や仲間達を置き去りにして、自分だけ彼岸に達するわけには行かないのです。みんな仲間ですからね。自分が助かるのは最後でいいのです。 

2001年04月17日 07時52分12秒

 

 

カルマと解脱

波形図形、波を思い浮かべましょう。波の頂上を特異点といいます。谷の底もマイナスの特異点です。ユングの顕在意識に相当します。その波の頂上だけが集まって出来ているのが、物質の世界なのです。流行の言葉で、複雑系と言います。カルマと言うのは、この波の頂上から頂上を、原因と結果で次々と結んでいったものなの。釈迦の修行法は、カルマ→解脱→カルマ→解脱…、と繰り返す。

波の頂上だけを見て、彼岸へ向かおうとしている。でも、それは宇宙の一部しかみていないです。波の頂上しか見ないで進んでいるのですから。

ここで気が付くことは頂上を頂上たらしめているのは、この波の全体で在るのです。ある頂上というのは、ビックバンから彼岸に至るまでの波全体によって、頂上になっているのです。行者が自分ただ一人では解脱できないと言っているのはこの理屈なのです。それで、彼岸へ至るにはどうするのか、解脱は、浮き沈みの激しい、波の表面を強引に進もうとします。でもその行者を次の波に乗せるのは波全体の波動です。行者一人の力ではないです。ビックバンから彼岸に至っている波に乗らないと修行は上手く行かないのです。

 

すでに本人には、一部告知してある。

ハエと名乗る霊は、もと僧侶で、即身仏やってたひと。

でも、即身仏になるって言うのは、自殺なのよね。自殺すると地獄に落ちると言われいてる。それは何故か、死にたくなるって言うのは、心理的には環境から閉ざされて、孤立してしまうから。それは霊的にも同じで、閉ざす作用力を持つ霊を持ってしまうからなの。体に現れると病気になるし、心にくると、自殺願望を持つ。

それは鉱物になる以前の霊で、集まると物質になるので、物霊と言っている。自殺すると言うのはその物霊を抱え込んでいるから、それで他界するとその物霊と同じレベルのところに落とされてしまう。それを昔から、地獄と呼んでいる。その物霊と言うのは、過去に宇宙神に成れなくて、死んだ神の死体の一部なの。今の宇宙神はこの物霊を浄化するためにこの宇宙に降臨している。つまり地獄に落ちると言うことは、物霊の浄化をその人間に委ねているということなのよ。 

2001年04月17日 07時50分08秒

 

 

マイスター・うさぎ1

ポルポト君、

君は明らかに次なる門出を迎えようとしている。君はここ数日の霊的変化に戸惑いを覚えるのかもしれない。流れに身を委ねるすべを学ぶのなら何れ栄光を得るであろう。たとえその身が地獄の闇に押し込まれていたとしても。君のアストラル体は私の波動に影響されて、なかなか良い状態にある。グラールを作るには良い機会だと思う。しかし失敗するとセイズに陥り、悪魔達を喜ばせる結果になるだろう。ポルポト君、今、君と私の間にある霊交は接神の最初のステップなのだ。メヒテルトはアストラル体を熟成させたのはいいが、霊体の他の部分とのバランスを欠いた為に、接神本来の在り方に誤謬を残す結果となった。先ず、メンタル体にある私の心像から離れて、アストラル体に入り込んでいる私の断片を探ってみたまえ。それを見出したら、その中に限りなく没入すること。そのとき君は涙をこぼすだろうか、それとも虚しくなるだろか。切なくて魂が砕ける思いをするかもしれない。君は君自身のアストラル体の新鮮な脈動に躊躇するはずだ。しかし心配は要らない。それをしばらく繰り返すのだ。やがて、物質体に変化が現れてくる。それは良い変化だ…、

霊体はいくつかに分類されているが、それらは独立して存在しているのではない。人体を血液が流れるように、各霊体間にもエネルギーの交換がある。今まで君の霊体はそのエネルギーの交換が上手くいっていなかったのだ。君のアストラル体に埋め込まれた、私の断片は言うなれば、遺伝子治療のようなものだ。わかるかな。私の多少は整った霊体の情報を君のアストラル体に埋め込み、君の霊体を再編成しようというのだ。いまはこの程度にしておく。

弟子よ、物質的状況と霊的状況の違いに気を取られてはいけない。 

2001年04月16日 16時10分42秒

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

私のホームページへ|