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C O L U M N   L I B R A R Y

「LEGEND OF IDEON」
2005/12/25





 先ずこのCDジャケットの絵を見て頂きたい。濃紺の空と暗く沈んだ水面、その間でオレンジ色に輝く雲、非常に渋い。何かのバロック音楽のCDジャケットに打って付けの雰囲気ではないか。
 そして次にタイトルを見て頂きたい。「LEGEND OF IDEON」とある。なんとこのCDは、あのイデオンのテレビ版・映画版のサントラをリスニング用として再構成したものなのだ! 著者としては、やはりジャケットの絵は的確に内容と一致し、全く違和感なくパッケージされたCDだと感じている。
 発売は2005年9月22日、つい最近である。イデオン・ファンにとっては20年以上も前に局地的に、瞬間的にヒットした、今となってはマイナーと言って差し支えないイデオンの関係のニューCD発売は、格別の望外の朗報に違いない。勿論、著者も御多分に洩れず買った。
 曲の感想としては、全体に少し軽いかなという感じがした。いや、リスニング用としての構成なのだから、このくらいが丁度良いのかも知れない。ストレートにイデオンの世界を堪能したいのなら「映画版発動編のサントラ集」や、「交響曲イデオン(小松一彦指揮/東京フィルハーモニー交響楽団)」のCDを聴けばいい。
 今回の「LEGEND OF IDEON」では、プロデュース/アレンジの大塚彩子の女性らしい側面から見たイデオンとしての新たな一面が楽しめるだろう。著者は、イデオンの物語を思い出しながら8曲目「シング・トゥ・ザ・ユニヴァース」のあどけない子供達の歌声を聴いて、目がうるうるになった。この曲にも女性らしさが光っている。
 大塚は次のように語っている。

 「「弦楽器とリズムセクションの融合・ジャンル何でもあり」をコンセプトにPRISMIXを立ち上げ、ライブ活動を始めたのは2002年のことでした。なぜ弦楽器とリズムセクション(いわゆる”バンド”のこと)の融合なのか。それは二つの違った性質を自在に組み合わせることで、人間の悲喜こもごも・いのちの躍動感から、ある種天上的な高み・宇宙的な広がりまで表現できると思うからなのです。
 このアルバムは1980年代にテレビ放送されたアニメ「伝説巨神イデオン」(富野由悠季・監督/すぎやまこういち・作曲)のサウンドトラック盤を元に、純粋にリスニング用として楽しめるようPRISMIXテイストで再構成したものです。(略)
 そして、そこに響く「イデ」のメッセージを何かしら聴き取って頂けたなら、PRISMIXとイデオンのコラボレーションはなかなか良好、と言ってもよいかもしれません。イデオンを知る方も、そうでない方も、まずはどうぞ気軽に楽しんで下さい。
」ジャケット内表紙より

 街は今、赤と緑の色でいっぱいになっている。赤と緑はヒイラギやポインセチアの色を表し、キリスト教において親しまれ、クリスマスのイメージカラーとして現代に至った。
 赤と緑と言えば、イデオンを粉々に粉砕した最終兵器ガンドロワの巨大加粒子砲の閃光も赤と緑の二色で表現されていた。イデオンは、赤と緑の光の中で散っていったのだ。しかし、それは完全な終わりではなく、新しい生命の誕生の瞬間でもあった。
 十字架で散ったイエス・キリストも、復活の奇跡によって新しい伝道をはじめた。そのイエス・キリストの誕生を赤と緑の光で祝う。意味深い、味わい深いことではないか。
 この季節、映画と共に音楽としてもイデオンを味わって頂きたい。イデオンはクリスマスに相応しいから。







「バットマン −ヒロイズムとメシアニズム−」
2005/6/25




映画パンフレットより


 読者は、先ずこの画像から何を連想されるだろうか。夜な夜な美女の寝室に現れては、生き血をすする吸血鬼ドラキュラ。或いは、今話題の悪の側に身をやつしたジェダイの騎士ダースベーダー。富野アニメに精通している人だったらダンバインの黒騎士。それともオーソドックスにホラー映画の怪物。しかし、連想ゲームだったら彼の内実も含めて、次の面々のほうが正解に近い。長井豪のデビルマン、ガッチャマンのG2号コンドルのジョー、北斗の拳のケンシロウ、セーラームーンのタキシード仮面、人生経験の長い人だったら、香港映画のドラゴン、子連れ狼の拝一刀、そして、不動明王。そう、彼バットマンは悪党を震え上がらせるためにコウモリのコスプレをした正義のダークナイトなのだ。
 バットマン=ブルース・ウェインは、分かっているだけでも南北戦争時代から代々莫大な財産を慈善活動に投げ出してきた一地方の名士の家系の御曹司である。本人も犯罪者の心理を知るために監獄で囚人と生活し、チベットの山岳で過酷な武者修行をした。その後、相続した財産を惜しみなく投入して悪党と戦う(金も使いようなのだ)。
 バットマンは、見かけは悪魔的に厳めしいが内実は正義感に溢れている。しかし、皮肉っているのかも知れないが、物語の中にはこんなエピソードがある。
 ブルースは、昼間は大財閥の御曹司、夜は悪党と戦うバットマンだ。だから生傷を作って朝帰りということもあった。それを見て執事は「その傷の対外的な理由がないと不審に見られる」と進言する。そこでブルースはスポーツカーを乗り回し、女遊びをしているふりをすることにした。しかし、ある日その姿を幼馴染のガールフレンドに見られてしまう。

これには理由があるんだ!
 彼女は言った。
いいえ、人間の内面の心が、実際の行動に表れるのよ
 ブルースは絶句した。
 しかし、物語のラストで悪党を倒し、彼女を救った勇ましいバットマンに彼女が問い掛ける。
せめてあなたの名前だけでも教えて下さい!
 バットマンは答えた。
人間の内面の心が、実際の行動に表れる
 彼女はその正体を知った。
 にくい演出ではないか。誤解もあるだろう。感情論もあるだろう。しかし、いつかは真実が明らかになるのではなかろうか。
 実はバットマンこそがイエス・キリストに似ているのではないか。ヒロイズムはメシアニズムに通ずる面がある。ヒロイズムに見られるヒーローの日常と非日常の大きなギャップの起源が、イエス・キリストの日常(乞食のような外見のイエス)と非日常(キリストとしてのイエス)のギャップだったのではなかろうか。


 ところで、バットマンは典型的なアメリカン・ヒーローだが、しかし、彼は決して超人的なスーパーヒーローではない。キャストの一人モーガン・フリーマンは言う。
 「バットマンは超人ではない。まさに、それが一番の魅力だよ...私が小さな子供だったときは、バットマンは大ぜい揃っていたスーパーヒーローたちの中のひとりに過ぎなかった。だが成長するにつれて、バットマンのことがとりわけ好きになっていったんだ。彼はスーパーパワーを持たない普通の人間で、一生懸命にトレーニングして、犯罪と戦っている。そこが好きになったんだよ。
 ジャパニーズ・ヒーローの代名詞と言えば、ウルトラマンが真っ先に挙げられよう。数あるエピソードの中でも著者の記憶にあるのが、ウルトラマンレオのエピソードだ。レオはなんと毎回必ず怪獣に敗れる。しかし、彼はセブンとの厳しい特訓によって技を編み出しリベンジを果たす。
 仮面ライダー(V3頃)にもこんなエピソードがあった。
 ある正義感の強い少年が仮面ライダーに向かって言った。
僕も改造人間になって、あなたと一緒に悪と戦いたい!
 仮面ライダーは言った。
バカヤロー! 改造人間になることがどれほど辛いことか、君は理解していない!
 映画版「キャシャーン」にも、超人的な肉体を手に入れた主人公が叫ぶ。
俺はもう人間じゃないんだ!
 勿論、古今東西の多くのヒーロー達の中には超人もいる。しかし、シニアにまで受け入れられ、心に感動を与えるヒーローは、かえって人間的である。
 そう考えると、長い間美しい伝説の聖人・神の独り子として語られてきたイエス・キリストが、今日多くの学者によって神秘のベールを丹念に剥ぎ取るようにして人間化された現実も肯定的に受け止められる。すなわち、イエス・キリスト、メシアは超人である必要はない。内に秘めた内容が重要なのだ。ヒーロー達は、それを現代人に教えてくれているのではなかろうか。


 ところで、バットマンの映画には登場人物が泣きながら何かを訴えるという場面が少なかったように思えた。勿論、クールなダークナイトが駆けずり回るアメリカン・ムービーに、お涙ちょうだいシーンは無用かも知れないが、イデオンで目が肥えた者にとっては、かえって寂しい感じがする。やはり映画というものは、主人公が泣き叫びながら一つのメッセージを訴えるのがよい。そして見終わった後にも、その言葉が一ヶ月間は「こだま」していなければならない。イデオンならば次の主人公の言葉が挙げられる。
なぜ殺す!なぜ戦う!...イデの力が解放したら...貴様達が責任をとってくれるのか、貴様達が!
 以前、「泣く宗教」と呼ばれているものがあるという話を聞いた。最近はあまりそこを協調されていないようだが。だとしたらイデオンは「泣くアニメ」と呼べようか。イデオン、特に後編・発動編では最初から最後まで登場人物達が代わる代わる泣き叫んでいる。最初は主人公コスモだ。ある移民星の少女が、コスモ達がこの星に来なければ戦争に巻き込まれることはなかったと訴える。コスモは少女に自身達も親や兄弟を殺されたことを伝える。少女は次第にコスモに心を開いていった。しかし、その直後、敵の攻撃で爆風と共に少女の首だけが吹き飛ばされた。それを間近で見たコスモが泣きながら叫ぶ。
バッフクランめーーー!」(敵の名前)
 敵に怒りをぶつける壮絶な場面だ。しかし、同様の場面が最後まで頻発する。バットマンとイデオンとでは物語の舞台のスケールが違い過ぎる。一都市の人々の運命と、500万光年の大宇宙に及ぶ三つの全人類の運命とでは数的に比較にならない(命の重さは、1も100も同じだが)。戦局が悪化し、和平の道も一つ又一つと絶たれてゆき、追い討ちをかけるように彼らの母星や幾つかの移民星から流星の直撃のために壊滅、滅亡の情報が届いてくる。彼らは全員、帰るところを失った。これも悲惨な話しだ。自ずと深刻さも増し加わる。最後は全員何らかの形で死ぬ。この時点で出てくる言葉は一つしかない。「もうダメだ。」もしこれで物語が終わればイデオンファンの心は動かせなかっただろう。
 物語はその後、綺麗な宇宙のような霊界へと移り、敵味方なく皆が和気藹々と語り合う。
 コスモとカーシャに向かって、かつて敵だった者が親しく話しかける。
この者がイデ発動の中心にいた者達です
善き男女という訳だな
そんな...俺達は単純なだけで...
いや、この世は単純だ。単純であらねばならぬ
 感慨深い。
 子供達は、メシアの誕生と人類の新しい出発を祝ってハッピーバースデーの歌を歌う。要所要所、節目節目でこの歌を歌うことは素晴らしいことだ。敵味方なく皆が和気藹々と語り合う場で、それをどのような言語で歌ったとしても、著者はイデオンのこの場面を思い出しては感動している。言うまでもないことだが...。
 映画のフィニッシュは、壮麗なバロック、カンタータ風、宗教音楽風「海に陽に」(映画挿入歌)が流れてENDマークへと滑り込む。
 なかには、「このBGMを日本の一アニメに使うのはもったいない」と苦言を呈する人もいるかも知れない。しかし、宗教的、予言的な物語の背景を知れば、至って妥当な使用だったと思っている。皆さんはどうだろうか。

 話しがまたイデオンになってしまった。そろそろまとめよう。
  結局、ヒロイズムとは現代の青年をメシアニズムへと引き上げるための階(きざはし)だったのではなかろうか。今、地球、人類は病んでいる。岐路に立たされている。自分にできることを真剣に考えようではないか。それが戦う者達の訴えなのだ。









「風になびくセーラー服の奥底から見えてくるもの」
2005/1/31




  昨年の夏、ある風の強い日、通勤途中に女子高生だろうか、彼女達のセーラー服が強い風になびく瞬間を見た。著者は思わず息を呑んだ 。そして次の瞬間、胸がいっぱいになり目に涙を溜めた。
 それはなぜか。常連の読者だったらピンとくるはずだ。そう、あのセーラームーンと、それに通ずる実際に存在した少女達を思い出したからだ。セーラームーンは第一部の最終回、激戦の末に力尽き最期の言葉をつぶやいて絶命する。
 「普通の女の子でいたかった」。痛恨の一言ではないか。セーラームーン(月野うさぎ)は、平素はゲーセンに通い、歩きながらクレープなどをほおばる、普通の女子中学生だった。しかし、悪者(妖魔)が攻撃を仕掛けてくる時、はからずもセーラー戦士としてそれに立ち向かった。そして最期の瞬間に心の内を明かしたのだ。
 以前にも書いたが、セーラームーンの物語にはモデルがあったと考えることができる。それがフランスのジャンヌ・ダルクや朝鮮半島のユ・ガンスン、日本のひめゆり部隊の少女達だ。勿論、彼女達にはセーラームーンのように最期の一言をつぶやく余裕すら与えられてはいなかっただろう。「事実は小説よりも・・・」というやつだ。
 著者は、セーラームーンの物語とは、現代に生きる軽妙な女子学生と、歴史の中に生き、戦って死んでいった少女達を絶妙に繋ぐミッシング・リンクだったと感じている。
 読者の方も、もし風の強い日に、町で女子学生のセーラー服が風になびくのを見たら、どうか思い出してやってもらいたい。歴史の中に 実際に必死に戦って死んでいった少女達がいたことを。セーラー服の奥底に刻まれた血の痕を。

 ところで、21世紀の現代には、必死に自らの信じるもののために戦う女性はいるだろうか。いる。いると信じる。いるとしたら著者は彼女達に篤いエールを送りたい。そして祈りたい。「彼女達の純真な願いが叶えられますように。神の光が前途を照らしますように。」と。



 最後はやはりテーマソングで締めくくりたい。この曲も、セーラームーンの置かれた立場や精神世界をうまく表現している。

「乙女のポリシー」
芹沢 類/作詞 永井 誠/作曲 京田誠一/編曲 石田よう子/歌
どんなピンチの時も 絶対あきらめない
そうよそれが カレンな乙女のポリシー
いつかホントに出会う 大事な人のために
顔を上げて飛び込んでゆくの
ツンと痛い胸の奥で 恋が目覚めるわ

☆怖いものなんかないよね
 ときめくほうがいいよね
 大きな夢があるよね
 だからピッと凛々(りり)しく

もっと大変な事 いっぱい待ち受けてる
きっとそれは 華麗にはばたくチャンス
みんな本気の時が とっても綺麗だから
自信持ってクリアしてゆくの
今は眠る未知のパワー いつかあふれるわ

  なりたいものになるよね
 頑張る人がいいよね
 涙もたまにあるよね
 だけどピッと凛々しく



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