C O L U M N L I B R A R Y
イデの純粋な母性愛
2010/5/23
イデオンの物語には「イデ」と呼ばれる人類の創造主が登場する。そのイデは、「子供や赤ん坊の純粋な自己防衛本能に感応してエネルギーを放出する」とされている。もともとイデオンのロボットのパーツがソロ星の地中から発見された際、大人の研究者らが、知恵を絞って起動しようとしたができなかった。それを彼らの子供や赤ん坊が乗り込み、銃撃戦のアクシデントによって恐怖心・自己防衛本能を発揮した時、それを感じたイデがイデオンのロボットのパーツを起動させた。イデが子供らの純粋な自己防衛本能を感じ取るということは、イデは純粋な母性本能を持っていたのではないか?
イデとは、数十億年もの過去の宇宙に存在した人類の「意思の集合体」である。そのイデに純粋な母性本能があるというのだ。そのイデが新しい人類を創造したのである。では私たち人類はどうだろうか? 今の私たち人類の意思が集合したらどんな代物になるか? 宗教、思想、民族、その熾烈なイデオロギー(ideologie)を持った人類が、そもそも集合すること自体が無理かも知れない。
いつか人類が成熟し一つとなり、集合して純粋な母性本能を持つ存在になり、新たな生命を生み出す。それはすばらしいこと(idea)である。理想(ideal)である。私たち人類の今後の目標である。
人類を愛する母性愛と言えばやはり聖母マリアではなかろうか。イデオンは実はそれを暗に示している。以前にも紹介した映画「THE IDEON」のパンフレットの表紙の絵を見て頂きたい。
人類を導く存在として主人公コスモにメシアと名付けられた赤ん坊と、その母親のカララ。その父親のベスは下の方になんとも小さく、存在感ゼロで描かれている。これは新約聖書にあるイエスと母マリア、そして夫のヨセフのコントラストと一致している。
以前、世界中の聖母マリア像から涙が流れ出るという神秘現象がニュースになっていた。勿論、その多くは幾つかの自然現象が重なって起こった偶然の現象(シンクロニシティ?)かも知れない。何を隠そう、イデオンの物語では、登場人物たちが特に後篇の発動編「Be
INVOKED」で終始「泣く」という描写をこれでもかと言わんばかりに見せられたが、それだけではない、母性本能のかたまりであるイデが宿ったイデオンも、なんと「泣く」のである。いや、泣いているように見えるのである。次の絵は、1982年イデオンの映画用ポスターと、2009年発売のCD「伝説巨神イデオン
総音楽集」の表紙だ。
映画用ポスター
CD「伝説巨神イデオン 総音楽集」の表紙
このポスターは、映画館の階段の壁に張ってあったのだが、当時、著者は「なぜイデオンの頭頂部から光の筋が天上へと伸びているのか」と怪訝に感じたのを今も覚えている。すぐに近寄って目を凝らしてみると、それは頭頂部から出る光ではなくて、イデオンの目から出ていたのだ。イデオンは前を見ているのではなく、天上を見上げていたのだ。天上を見上げる目から光が筋となって放出されていたのだ。無重力の宇宙空間で、人類を滅ぼす最終兵器を背後にしてイデオンの目から流れ出る光。まさにそれを見る者に「イデオンの涙」を感じされるに十分ではないか。映画の中では最終兵器の最後の発光によってイデオンの機体が粉砕される際に、イデオンの目から光の束が、体から魂が抜け出るように描かれた。イデオンの最期に目から出る涙のような光、それはイデオンの、否、イデの涙そして魂なのだ。イデの母性愛が発動(invoke)した瞬間なのだ。神の加護・救いを祈願し、霊を呼ぶ(invokeの訳/goo辞書より)瞬間だったのだ。
著者はこのアニメを「泣くアニメ」と評したが、登場人物は勿論、登場するメカがそして人類を母性愛で創造した神のようなイデ自身が「泣く」。それがイデオンというアニメだったのである。映画「2001年宇宙の旅」をアレンジして創られた日本のアニメが、そこにみごとに宗教性と母性愛、或いは親の愛を付加し、知的でありながら情的であり、人類のイデオロギー(ideologie)の問題と、向かうべき理想(ideal)の姿を描いていたのである。
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