連載:リスク感覚論(2003/9/16掲載、2003/11/2更新)
「安全」の問題を議論する際、「絶対安全(リスクゼロ)」は本来達成できないことを前提として、むしろあらゆる事象について回る「リスク」を正当に評価し、その「リスク」を適切に制御することこそが正しいアプローチであるとする考え方が一般的になりつつあります。このような考え方は近年、それまで「安全である」、「信頼できる」と考えられてきた様々な分野で発生した事故・事件により、「安全神話の崩壊」と言われるような事態の中で広がってきたものと考えられます。しかしながら「リスク」は工学的・数学的に計測可能な側面と、感覚的・心理的な計測困難な側面の両面を持っており、しかもそれらがお互いに関連性を有していて、同じリスク数値に対しても異なる感覚・評価が存在するところに問題を複雑にする原因があるように見受けられます。
このようなリスクの感覚的・主観的側面をできるだけ客観的・数量的に把握しようとする努力が「リスク心理学」と呼ばれる一連の学問的成果を生み出しました。この連載ではリスク心理学の成果を用いて「リスク」の様々な側面についてご紹介していくとともに、クイズ形式のアンケートにより、皆さんのリスク感覚がどのようなものであるかを明らかにしていくことに迫っていきたいと考えています。
なお、この連載は月1回(メールマガジンの号数としては1号おき)にお送りする予定です。
第1回 「百万分の一」について
「リスク」について議論する時に頻繁に引用される数字が「10の−6乗」又は「百万分の一」です。
例えば、手元の参考文献を開けば各国におけるリスクの基準として以下のように記述されています。
〔以下引用〕
多くのリスクに関連当局は、許容できる個人リスクの基準を年当たり10-5〜10-6と定めている。
例えば、25人が住む10件の家に対し、HSEの基準は:
本質的リスク(HSEが勧奨する) =10-5/年
無視できるリスク(HSEは反対しない)=10-6/年
1993年にAleは現在のオランダのリスク基準について次のように述べている:
個人リスク: 新設プラントの上限基準値は、年当たり10-6に定められている。
(略)
集団のリスク: (略)上限が年当たり10-5(10万年に1)の1事故に対して10人の死亡者数を定め、無視できる下限値は年当たり10-7(1千万年に1)とした。
NSW*の受容可能な個人リスクの基準は:
感度の高いもの(病院、学校)
5×10-7/年
居住区、ホテルなど
1×10-6/年
商業地(小売業、オフィスなど)
5×10-6/年
(Robin
M. Pitblado, リスクアセスメントの国際動向 原理と実際,
化学物質総合安全管理のためのリスクアセスメントハンドブック 第13章,
1998 丸善)
〔以上引用〕
*オーストラリア、ニューサウスウェールズ州(筆者注)
また、米国では1973年にはFDA(食品薬品庁)が食用動物に与えられる薬品の些細(de minimis) なリスクとして一旦は生涯リスク1億分の1を提案しましたが、1977年には生涯リスク百万分の1を指針として制定し、同年のサッカリン禁止に際してこの水準を用いて説明しています。(Rob P. Rechard, Histroical Relationship Between Performance Assessment for Radioactive Waste Disposal and Other Types of Risk Assessment, Risk Analysis 19(5), 763-807, 1999)
この「10の−6乗」又は「百万分の一」については余りに多くの場合に引用されるために、産業界からはしばしば、「10の−6乗よりも低いリスクであるのにそれが許容されないのはおかしい」とか「10の−6乗よりも低いリスクは認められるべきだ」という主張がされるほどですが、それではこの数値は一体何に由来するものなのでしょうか?
高名なリスク学者のRaoは以下のように述べています。
〔以下引用、下線は筆者による〕
些細原則(de minimis principle)とは、小さすぎて気にする価値のないレベルのリスクがあることを意味している(すなわち、法は些細なことには関与しない)。魅力的な考え方ではあるが、社会の全体に受け入れられる些細なレベルを定義するのは難しい。監督官庁は受容できるリスクについて明らかにしたがらないが、一般市民に対する100万分の1のオーダーの生涯リスクは、産業界の多くでは受容できるとされ、EPA、FDAおよびCPSCにより使用されている。「100万分の1」の受容可能リスクの出所やそのようなリスクの意味するものはあいまいなままである。
私たちの調査でも、1960年代のメリーランドくじにおける100万ドル獲得のチャンスのようなものとか、リスクが小さすぎていずれにしても誰も気が付かないだろうという考えから思いつかれたかもしれないという以外、多くを明らかにすることはできなかった。
(中略)
これと対極にあるのが、明白リスク(de
manifestis risk)、すなわち、経費にかかわらず管理しなければならない明瞭なリスクである。1000分の1以上の生涯リスクがこの領域に属し、ほとんど間違いなく法的規制の引きがねになる。
(Rao
V. Kolluru, リスク評価と管理 統合的なアプローチについて,
化学物質総合安全管理のためのリスクアセスメントハンドブック 第1章,
1998 丸善)
〔以上引用〕
1969年、Starrは自然災害の死亡率を下限とし、長期間の努力によっても殆ど死亡率が減少していない疾病の死亡率を上限として、その幅の間にリスク=F(便益の3乗)のS字曲線を描いて、そのS字曲線よりも下の領域(リスクが低い)は許容できる領域であり、上の領域(リスクが高い)は許容できない領域であるとすることを提言しました(図1−1参照)。
この時に用いられた自然災害の死亡率が人口100万人当たりの年間死亡率=1であり、上限の疾病死亡率が年間死亡率=10000でした。
また、便益との関係では人口一人当たりの便益が100ドルを少し超えたところで境界曲線が自然災害死亡率=1の水準と交わり、便益100万ドルのあたりで疾病死亡率の水準に達していました。
(この部分の記述は、広田すみれ他著,
心理学が描くリスクの世界 行動的意思決定入門,
pp 8-9, 2002, 慶應義塾大学出版会 を参考としました。)
これはすなわち、便益が非常に低い場合には10の−6乗がリスクの許容下限値となり、便益が多くなるとそれにつれてより高いリスクが受け入れられるようになる、ということを主張するものでした。
もっとも、Starrが依拠した数値は当時としては安定した(変化しない)と考えられる数値として提案されたものでしたが、これについても、「自然災害の死亡率」は災害に備える社会の様々な装備や技術により低下し得ますし、「(これ以上低下しない)疾病の死亡率」もその後の遺伝子工学の変化等の技術進歩により低下し得ます。また、「便益が高くなればより高いリスクを受け入れる」という関係も一般論としては変化しないとしても具体的な関数の形については社会のリスクに対する認識の変化により、どちらかといえば許容領域を狭めるような形で変化することが予想されます。すなわち、科学技術の進歩はより高い安全を容易に達成できるようにしますが、同時に、安全への要求水準もまた高められることになるものと考えられます。(厳密に言えばStarrはこれらの数値を技術的な限界値として用いた訳では無く、長期間にわたって死亡率が低下しないのは社会が死亡率低下のために更に努力をしようとしないという意味で社会的にその水準の死亡率が「受容」されている、との考えによるものでしたので、社会の認識が変化すれば許容水準も変化するという可能性も意識されていたものと考えられます。)
いずれにせよ「百万分の一」が許容されるべきリスクの水準であるというのはこのStarr論文あたりにその起源がありそうに思えますが、Raoが述べているように「社会の全体に受け入れられる些細なレベルを定義するのは難し」く、また、今後紹介していきたいと考えている各種の研究結果にも示されているようにリスクに対する感受性は人間の様々な属性によって大きく変化するものであり、これまで考えられていたほどは「百万分の一」に依拠することはできないと考えた方がよさそうに思えます。
とはいえ、長年にわたり人々が信頼してきた「百万分の一」という数値にはそれなりの重みがあり、例えば「百万分の一」という数値を具体的な各種の人間の活動に翻訳するとどうなるのかを示す次のような数値も得られており、これはこれでリスクを身近に感じさせる指標として有用なものです。しかしながら、このような数値を不用意に用いて相手を説得しようとすると思わぬ反発を受けたりすることもあるわけで、そのあたりについては別の機会に触れたいと思います。
表1-1 年間100万分の1ずつの死亡リスク増加をもたらす活動(前掲Rao論文 p.26)
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活動/暴露 |
リスクのタイプ |
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1.4本の紙たばこ喫煙 |
発ガン、心臓病 |
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炭坑で1時間過ごす |
黒肺病 |
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ニューヨークかボストンで2日間暮らす |
大気汚染 |
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自動車で300マイル走行する |
事故 |
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自転車で10マイル走行する |
事故 |
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ジェット機で1000マイル飛行する |
事故 |
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ニューヨークから休暇で2か月間デンバーに滞在する |
宇宙放射線による発ガン |
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たばこ喫煙者と2か月間暮らす |
発ガン、心臓病 |
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優良病院で胸部X線撮影を1回受ける |
放射線による発ガン |
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ピーナツバターを小さじ40杯食べる |
アフラトキシンによる肝臓がん |
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ダイエットソーダ12オンス缶を30本飲む |
サッカリンによる発ガン |
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原子炉から5マイル以内に50年住む |
放射線による発ガン |
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出典:Joseph
Rodricksにより引用されたRichard Wilsonのデータ」1992年、Edmund
CrouchとRichard Wilson「リスクと利益」1982年 |
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(第1回了)
連載第2回(人類は何時から「リスク」を意識するようになったか?)へ
〔あなたのリスク感覚は?〕
ここでお聞きする質問は、これまでリスク心理学の研究において用いられてきたさまざまな質問をまとめたものです。質問は必ずしもプラントの安全に関係するものではありませんし、一見すると「リスク」と関係がなさそうな質問もありますが、あなたのリスク感覚が過去の研究で明らかになった結果と比較してどのような位置にあるかを考えていただく手がかりとなるものです。過去の研究でどのような結果が出ているかは次回にご披露します(この質問は広田すみれ他著「心理学が描くリスクの世界 行動的意思決定入門」より著者の許諾を得て利用しています)。
なお、この質問にお答えいただいても当方には個々の回答者のメールアドレス等は分かりません。また、回答は統計的にのみ利用され、最後の自由回答以外は個々の回答が明らかにされることはありません。
このクイズへのアクセスは集計作業のため、10月13日をもって締めきらせていただきました。集計結果及び解説は下記をクリックしてご覧ください。。
また、引き続き10月16日より「リスク感覚クイズ(その2)」を実施中です。11月8日まで回答を受け付けておりますので、多くの皆様の参加をお願い致します。集計結果は回答締め切り後直ちにWeb上で公開致します。解説は11月16日発行予定の「プラントの安全を考える」第10号及びWeb上で公開の予定です。
(小島直樹:(社)化学工学会安全部会、チャンス&リスクマネジメント研究会)
(以上)
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