ソラ伝「みんなの掲示板」(心 編)2002/6-8 保存版
みんなはどう? 知りたい、聞きたい、消滅したい! 気になることはココに書こ〜♪ 匿名オッケー♪
>眠れない時いろいろ想像するのは楽しいけど、余計眠れなくなるわね。
本当ですね!(苦笑)
昨日、ごうやさんのまとめてくださったリンク集を見てました。
その中で(ごうやさんのサイトかな?)星の宮神社の写真があって・・・。
星の宮神社から見た周りの風景の写真もあって、
「あぁ〜、なんて心が和む場所なんだろー!」って、1人で感動してました。(笑)
色々想像しました。
星の宮神社のまわりをもっとキレイに立派にして
宇宙の神さまがいらっしゃるにふさわしい場所にしたいなぁ〜とか、
ソラ仲間でたまに集まったりして、出来たらすぐそばに住んで、
毎朝清掃活動をしたり、輪になって食事をしたり、畑仕事に精を出したり・・・。
(・・・って、畑仕事をやったことがないので、あまり自信はないのですが
ご指導くだされば、一生懸命にやります!)(苦笑)
お料理は、得意じゃないけど割と好きなので、私がやります!
あ、そう言えば、ミイさんも「お料理、作ります!」って言って下さってました!
本場イタリアンが星原で食べられるかも・・・。(笑)
「お金があったらなぁ〜」ってよく考えます。
そうしたら、第三集にかかる費用を出して、
星原にもみんなで集まる家を建てて(もちろん、昔ながらの“お口のある家”が良いなぁ)
それから、星の宮神社をキレイに立派にするのになぁ〜・・・。
ただ今、こちらでは、
ジャックポット(だったかな?)という大当たりの宝くじが販売されてるみたいです。
でも、もし当たっても、アメリカ国内で使わないといけないらしく・・・役に立ちません。やはり日本で宝くじを買うしかなさそうです!
来年から宝くじにトライします!(来年、日本に帰られたら・・・だけど。)(苦笑)
ゆかさん、
本当に本が売れたらなんて言っていたら、いつになるかわからないけど、星原に家は建てないわね。
以前の計画はやはり私の家でないので、無理だったけど、何とかいつでも行ける所がほしいと思っています。
ただし、私お料理苦手だから、勝手に作って食べてもらうのであれば大歓迎ね。
眠れない時いろいろ想像するのは楽しいけど、余計眠れなくなるわね。
キャーキャー、ミイさぁ〜ん、おかえりなさぁ〜い! \(^0^)/
ずっとずっとお帰りをお待ちしておりました!
何度もメールを送ろうとしたんだけど、送信できなかったの。(クスン)
ご旅行はどうでしたかぁ〜?
I'm sure you and your family had a good time!
さてさて、
昨日、ペパさんが考えるのに良い話題を提供してくださったので
私は「生きる」ことについて色々と考えました。
死ぬことって悲しいことじゃないのに、なんで大好きな人が死んじゃうと泣いちゃうんだろうなぁ?
・・・そう思いました。(苦笑) もう、胸が張り裂けそうなくらい悲しくなっちゃう!
で、さきほど、ふと思ったんです。
「あっ、そうか! その人のことを五感で感じられなくなっちゃうからだ!」・・・って。
その人のことを見たり、その人の声を聞いたり、匂いを嗅いだり、
その人のことを触ったり、その人と一緒に何かをして楽しんだりすることが
もう出来なくなるからだ・・・って。
勿論、生まれ変わった時にまたその人に会えるかもしれないし、
霊界に行ったら、いつもその人と一緒かも知れないけど、
今、自分が知っているその人じゃなくなっちゃうんですよね。
それが悲しいのかな? 失う悲しみってヤツですね。
(これもまた、人間だからこそ味わえる体験なのかも知れませんけれど・・・。)
私はペパさんともコスモさんともミイさんとも、まだ一度もお会いしたことがないですけど
なんだか変な言い方になっちゃうかもしれませんが、「姿をもたない皆さん」と
PCでは何度も何度もお会いしているんですよね。
しかも、姿を持たない皆さんが、いつもすぐ目の前にいらっしゃるような気がする。
恐らく、私が想像している皆さんのお顔は、実際の皆さんとは違うかもしれないけれど
うつむいていたり、泣きそうな顔をしていたり、怒っていたり、微笑んでいたり、涙を流していたり
結構色々なお顔を見せて頂いているような気がするんですよね。
それはきっと、「文字を通して皆さんを見ている」からだと思います。
今「会えている人」と、二度と会えなくなるのはすごく辛いです。
特にソラ仲間のように、
自分の想いをストレートにぶつけられるような大好きな人たちと会えなくなるのは
自分の身体の一部がもぎ取られるくらいの「心の痛み」です。
ソラに還ったら、大好きな皆さんとずっと一緒に居られるのは嬉しいけれど
姿をもった皆さんとお会いしたり、美味しいものを食べたり、歌ったり抱き合ったり、
そういう楽しみはなくなっちゃうわけで・・・。
だから、ペパさんが死にたいと思ったときに死んでなくて、本当に良かった!
もしも今生きてらっしゃらなかったら、
私たちがこの人生で出会い、手を取り合って喜びあえる機会は二度とないですからね。
生きているからこそ、皆さんとお会いして楽しく過ごすことが出来る!
それを考えると、ワクワク・ドキドキ・ジタバタ(違うか・・・?)。(苦笑)
是非、いつか皆さんと実際にお会いして、五感をフル活用して喜び合いたいですね!
いつか、みんなと星原で会いましょ〜!
お金を貯めて、星原にいきましょ〜!(笑)
ありがとうございます。
もし、ずっと前に「死にたい」って思ったときに本当に死んでしまっていたら、「ソラ物語」に出会えなかったですからね。生きていてよかった、って思います。
今は、がんばって生きたい、って思っています。
似ているゆかさんへ。
>近くには心から相談できるような人は居ないけど、こうやってPCを見ればすぐそこには
なんでも相談出来る仲間が居るんですよね?
本当にそうですよね。 ミイさんも「体があるって」ってやっぱりすごいんですよね。いくつもの細胞さん達が一生懸命に働いてくれてるんですものね。
最近ではごうやちゃんがうれしいニュースをくれましたけど、本当にすごい!!
文句なく、うれしいですよね♪
このパワーってとってもいいパワーだと思うんで、どんどん出してもらいましょうよ!!!
このパワーで続く人が出てくるかもしれませんよね? そんな話聞いた事ありますよ!! ホント! どんどん出してもらって幸せのおすそ分けしてもらいましょう!!
生きていれば、皆さんともいつかあえる日が来るかもしれませんよね? 絶対楽しみにしています!!
ゆかさんの下のコメントには、本当に感動しました。
ゆかさんは、本当にいつも思いますが、
とってもパワフルで、あったかくて、正直で、一生懸命で、
大好きです。そうですよお。ペパさん(こんにちわ。)
人生は、とっても素敵です。ソラ伝に会ってから、
本当にいままでは考えもしなかったなんてことない出来事が、
とってもいじらしく、心があったかくなったりします。
体があることって、本当にすごいことだなあと
感じます。
>私は死が終わりでないことを知っているので、死を考えている時でも、だからこそいっそう、まわりの人にやさしくしようと思ったりしました。
でも、私の場合、よく死にたくなってしまうことそのものが問題かもしれませんね。
ペパさんのおっしゃってること、たぶん理解しているつもりです。
ちょっとお尋ねしますが、今でも死にたくなる時、ありますか?
これは私の意見なので、そのおつもりで聞いてください。
確かに「死が終わりではない」ですよね?
でも、死後の世界のことを考えて死にたくなるのって、すごくバカらしいと思いませんか?
だって、放っておいてもそこには行けるんですよ? その時期が来たら・・・。
私たちは「肉体を持っているからこそ体験できること」を体験しに、
人間として生まれて来たんですよね?
死んで霊の世界に行ったとしても、今私たちが体験していることは体験出来ないんですよ?
それってなんだかつまらないと思いませんか?
人間が生きている本当の目的は「五感をフルに使って楽しむこと」です。
私は死後の世界のことも知っているし、死ぬことも怖くない。
けれど、死ぬのは嫌です。
今のこの人生をもっと楽しみたいし、今の人生で知り合えた家族とか親戚とか友人とか
そういう人たちのことをもっともっと愛したいし、もっともっと一緒に居て楽しい時間を過ごしたい。
涙が溢れてくるくらい嬉しいこと、楽しいことを、もっともっとやりたい!
それに、私、まだまだやり残していることが山ほどあります。
私はそれを叶えたいし、叶える努力もしたい。この人生で叶えたいんです!
だって、他の人生のことは忘れちゃってるし、だからどうだったかわからないけど、
この人生では確実に「ソラ物語」と出会ってるし・・・。
私ね、やっぱり自分の赤ちゃんが産みたいんですね。
そしてソラ物語を聞かせて育てたい!
赤ちゃんが産まれて、ある程度大きくなったら、
絶対に赤ちゃんを連れてタエコさんに会いに行くんだぁ〜!(笑)
それから、星原の星の宮さまにもご挨拶に行きます。 女王さまにもご挨拶に行きます。
フランスとイタリアにも連れて行きます!できたら、王様にもご挨拶をしに行きたいです。
もう夢がイッパイなんですよ!(お金はないけど・・・。)(苦笑)
というわけで、
私には、まだまだやりたいことがたっくさんあって、死んでいるヒマがないんですよね。(苦笑)
私ね、今回、下のような「小さな告白」(っていうより懺悔ですけど)(苦笑)をしたとき、
「あぁ、こんな風に自分の気持ちを“どのように思われるだろう?”って考えずに
なんでも相談できる仲間が居るって、本当にありがたいことだなぁ〜」
って思ったんです。
近くには心から相談できるような人は居ないけど、こうやってPCを見ればすぐそこには
なんでも相談出来る仲間が居るんですよね?
それって素晴らしいことだと思いませんか?
ペパさん! 人生ってスゴイです!
どうせなら、この人生を思いっきり楽しんでから、次の人生に行きたいと思いませんか?
私は望みも捨てないし、この人生を120%楽しんで
「この人生を生きられて良かったよ。これでもう、充分に満足した!
やれるだけのことは一生懸命にやったモン。 もう、思い残すことはない!」
って言ってから死にたいなと思っています。欲張りでしょーか?(苦笑)
さきほど下記↓のスーパーにバッグ代を支払いに行ってきました。
今回は、さすがに前回の「お客様カウンター」での出来事があったため
お客様カウンターに支払いに行く気にはなれず、
ちょうどキュウリが安売りになっていたってことで、
安売りのキュウリ2本を持って、その分と一緒にレジで支払うことにしました。
レジでキュウリ代を支払う時に
「一昨日、ココでこのバッグを買ったのですが、レシートにこの代金が含まれていません。」
と言ったら、レジのお姉さんは一瞬混乱したような顔をして
「え〜っと・・・では、このバッグをどのようにしたいのですか?」
と尋ねてきました。それで、
「私はこのバッグの支払いをしたいのです。」と言うと
"Oh, Thank you! How honest of you!"
という言葉がお姉さんの口から飛び出してきました。
(訳すと、“まぁ、ありがとう!なんて正直なんでしょう!”って感じでしょうか。)
私はこの"Thank you"という言葉をお姉さんの口から聞いた時、
本当に涙が出るくらい嬉しかったです。(実際、ちょっとウルウルきました・・・。)
「ありがとう」って言葉が、これほど嬉しいものだとは思いませんでした。
身勝手な私の行動から生じた出来事だったので、
私の中は自己嫌悪や罪悪感でイッパイになっていましたが、
お姉さんの言葉でいっぺんに楽になって、本当に救われた思いでした。
私の方こそ、レジのお姉さんにお礼を言う立場の人間だったんですよね。
最後に私は
「これが最初じゃないんです。前回もそうだったの。
どうか、また同じことが起こらないように気を付けてください。」
と伝えました。
すると、お姉さんは「そのようにします」と言ってくれました。
とりあえず、皆さまにご報告!
はぁ〜、自分の中のモヤモヤがスッキリしました!(苦笑)
私も二度と同じことを起こさないように気を付けます! 反省、反省!
たぶん(というより、まさに)私の在り方だったんでしょうね。
あ、スーパーのことですが・・・。
最初にバッグを買って、その値段がレシートに入ってないと気づいたその時に
すぐにお店に引き返して、バッグの分のお金を支払うべきだった。
それをしなかったのは私の怠慢と身勝手でした。
反省して次の日支払いに行って、
ところがお店の人は私が期待していたような態度ではなかった。
これが自分でもすごく意外で・・・そこで頭にきた。
頭にくること自体、すごく身勝手ですよね? そこには
「良いことしてるのに、正しいことしてるのに、なんで正当に評価されないの?」
っていう、すごい身勝手な思いが生じていたワケです。
もしも「よく正直に支払いに来てくれましたね」という態度だったら
きっと「やっぱり正直になるのが一番ね!」って素直に思えただろう・・・って。
でも、よくよく考えてみると
誰かに評価されるとか、そういうのを期待するのって身勝手ですよね。
自分の行動や態度を評価するのは、自分ですよね。 他人じゃない。
そりゃあ、色んな言い訳になるような偶然が重なったとしても
お金を払ってないで、また、それに気づいちゃってる私は
結局は「盗み」をしているのと同じなんだから
「やった、儲かっちゃった!」じゃーね、自分が情けない。
今回のことは
そのことを学ぶために、おソラの皆さんが与えてくださった良い機会だったと思いました。
すごぉーく情けないし恥ずかしいですけれど、
自分の中で葛藤があったんですよね。
「やったね!タダでもらっちゃお〜!」っていう気持ちと
「ダメだよ。早く支払わなきゃ!」っていう気持ちと。
意地になったって言っても、それは私の身勝手さから来た意地であって、
これだけ支払いのことが気になるってことは
私の中の霊さんは「早く支払いに行きなさい」って言ってるんですよね。 きっと。
小さなことかもしれないですけど(私の中じゃ、すごく大きなことなんですが)
すごぉーく罪悪感を感じてしまっているので、午後一番に支払いに行きます。
また、あんな態度をとられたとしても、
「自分は正しいことをしている」って思えることのほうが重要ですよね。
今回、大反省です。
スーパーのお話ですが、お国柄を感じるエピソードだと思いました。
多分日本なら、そこまではいかないかもしれませんね・・・
私も、お金というものについてつい最近までピンと来ませんでした。
実はこの度、実家でいろいろな事があり、タエコさんに教えていただいた事もあり
お金の存在についてようやくすっきりと分かることが出来ました(と自分では思っていますが)。
このスーパーの人たちのように、ゆかさんの真剣な気持ちにもかかわらず
お金にマヒ(?)してしまっている、というか
頭の先までどっぷり浸かってしまっている人が
今の世の中大半なのでしょうね・・・
本当に悲しい事だと思いました。
ゆかさん。
次はスーパーのお話ですね。
私も、善意でやっているつもりが、相手の方に誤解されてしまう、ということは、よくあります。
最近は、そういうのは難しいですね。
もし昔の八百屋さんや肉屋さん、魚屋さんとかだったら、すごくお礼を言ってもらえたでしょうか。
どこか、今の時代の難しさを感じます。
ゆかさん。
まず、「生きる」についてです。
日常では普通のことでも、入院とかしていると、ちょっとしたことが大きな喜びになる、ってことがあるのかもしれませんね。
死というのは、本当は終わりではなく、次の始まり、ということがわかれば、死期の近い人でも未来に希望が持てるのではないでしょうか?
私の場合は、子供のころから「死にたい」ということがよくあって、そのこと自体が問題かもしれませんが。(嫌なことがあって死にたくなる時もあれば、死んだあとの世界へのあこがれの時もありました。)
私は死が終わりでないことを知っているので、死を考えている時でも、だからこそいっそう、まわりの人にやさしくしようと思ったりしました。
でも、私の場合、よく死にたくなってしまうことそのものが問題かもしれませんね。
下に書きました
>でも、あの、人間ってみんな心の中に光の部分と闇の部分はあると思うんですね。
のところの「闇の部分」って言葉。
なんか、人間の闇の部分って言い方すると、すごぉーく怖くありませんか?(苦笑)
私が言いたかったのは、らむねさん同様、
妬みとか恨みとか、あとは、争い事なんかを起こすようになった原因になる心の部分のことで
「闇の部分」というと、なんだかちょっと行き過ぎちゃうような気がして
訂正させていただくことにしました。
闇の部分というよりは、「弱い部分」でしょうか?
自分が見たくないと思う部分。自分で汚いと思う部分。自分ですごぉーく嫌になる部分。
そういうつもりで書きました。
この世には
自分の中のそういう部分に気づいていて、でもなおかつ直せない人も居れば
そういう部分に全然気づいて無くて、直す気もない人も居るようです。
一番良いのは、自分のそういう部分に気づいて、すぐに直せる人なんでしょうけれど
私はどーだろーなぁー? あまりそういうタイプではなさそうです。情けないですけど。
長く入院している人たちの多くは、季節の移り変わりに敏感でした。
「また今年も家で年を越せない」なんてポツリと話したりして・・・。
みんなそれぞれに落ち込んだりしてたけど、でもどうにか自分の力で立ち直ろうとしてました。
「今日はちょっと気分が優れないから」と言ってカーテンをひいて泣く人も居ました。
でも、次の朝にはいつものように「おはよぉ〜!」と明るい声で。
その、いつもは明るく陽気な人が、
放射線の治療が始まりグッタリしている様子を見るのは、すごく辛いものがありました。
う〜ん、何を書こうとしたのか忘れてしまった!(苦笑)
でも、あの、人間ってみんな心の中に光の部分と闇の部分はあると思うんですね。
必要あるとかナシとかじゃなくて、実際にある。
きっと闇の部分なんて全然ない100%完璧な人間なんて居ないと思うんです。
なのに、
死期が近く、もうどう考えても未来に希望を持てないような人が、他人に優しく出来るなんて
これはもう「一体、どういうことなんだ?!」としか、未熟な私には思えません。
それでも、他人に明るく優しく接することの出来る人が・・・実際にいる。
私はまだまだ未熟なので、その人たちがどうしてそうできるのかはわからないのですが
想像では、
きっとそういう人たちは、今の自分が楽しいと思うことにしか
目を向けないのじゃないかと思うんです。
不安を感じること・嫌だなと想うことは、なるべく考えない・目を向けないようにしている。
だって、そこを見ちゃったら、そこから抜け出すにはすごぉーくエネルギーが必要だから。
彼女たちは、自分に許された生活の中で、ほんの小さな楽しみに目を向けて生きている。
毎朝6時半に、面会室にお茶とお菓子を持っていき、そこで30分ほど仲の良い数人の入院仲間とお話するのが、彼女たちの楽しみ。
月に一度くらい、週末に遠くに暮らす家族が面会に来る。その家族に会うのが楽しみ。
病室の窓から見える、移りゆく景色や行き交う人々を眺めるのが楽しみ。
そんな、普通の人たちにはなんてことないようなことに、
彼女達は一番の楽しみ・喜びを感じて生きている。 私にはそう思えました。
案外、生きるって、すごぉーくシンプルな楽しみを味わうためにあるのかも知れませんね?
それは「何かをする」楽しみというよりは、
「それを出来る自分がココにいる」ってことを味わう楽しみなのかも。
わかんないけど・・・。(苦笑)
自分が苦しい時でも他人に優しく出来る人たちは
きっとそれに(頭では理解してないかも知れないけど、心で)気づいた人たちなのかもしれませんね。
らむねさん、ありがとうございます。
先日、こちらで配られている日本の芸能・スポーツニュースや日本人向け求人広告などが載っている無料の新聞を見ていましたら
書籍情報のところに、乙川優三郎さんの直木賞受賞作『生きる』の一文が書かれていまして、
その文を読んで「あぁ、そうだな」と思いました。
ちょっと書いてみますね。
『いつでしたか、奥さまがこう申されたことがございます。何を幸せに思うかは人それぞれだと。
例え病で寝たきりでも、陽射しが濃くなると心も明るくなるし、
風が花の香を運んでくれば、もうそういう季節かと思う。
起きあがり、その花を見ることが出来たら、それだけでも病人は幸せです。』
私はきょうだいの中でも一番に風邪をひくような人でした。
妹も弟も入院や手術の経験なんてないのに、私だけ幾つもあって。
だからかな? 風邪で学校を休んだり、手術が終わって病室で寝ている時なんか、いつも
「あぁ、身体が健康ってだけで、本当にありがたいものなんだな」
と思っていました。でも治ったら、そういうことなんてコロッと忘れちゃうんだけど。(苦笑)
病気の時は、健康で日常生活になんの支障も無いときよりも、ずっと心が敏感になるようです。
一緒に入院していた同室の人たちの中には色々な人が居ましたが、その殆どは癌でした。
入院患者さんの中には、病気に対する不安からなのか、単なる好奇心なのか、
同室の人の点滴されている薬や飲んでいる薬の名前から推測して、
「あなたも癌でしょ?今どのくらい?何回放射線やった?」なんて聞く人も居ました。
悪気じゃないとは思うんです。「自分と同じかな?」なんて思ってたんだと思います。
でも、そんな風に聞かれるのを嫌がって、
その聞いてきた人の具合が悪くなった時にネチネチとその人を攻撃する人も居て
「なんてトコロだ!」と思ったこともあります。
逆に、13年も入退院を繰り返し、今回もまた辛い放射線治療のための入院なのに
新しく入ってきた同室の人にも、また他の部屋の人にも
「娘が持ってきたお菓子なんだけど、食べない?」なんて優しい声をかけてくれる人も居て。
私はこれらの人たちを見ていて、人間の強さってなんだろう?って思いました。
なんで自分も辛いのに、他の人たちに対して優しくなれる人とそうでない人が居るのだろう?と。
そして
その今の状況を受け入れて、その中で出来る精一杯をして時間を過ごそうとする人が
人に対して優しくなれる人なのじゃないかと思ったんです。
そういう人たちは、自分を他の人に置き換えて考えたりはしない。(たまにはするかも知れないけど。)
みんな、「こうだったらな。あれが出来たらな。あれをしたいな。」なんて話したりはしますが、
なんていうか・・・悟ってる。「今の自分はこれだから仕方がない」って思ってる。
その中で自分が出来ることをしようとしている。
人に対して嫌なことを言ったりしたりする人は、
「自分が一番可哀想」と思っている人のように、私には思えました。
「なんで私がこんな病気にならないといけないの?私が何をしたの?」
なんて、今の自分の状況をいつまでも受け入れられない人たち。
(私もその中の1人でしたけど・・・。)
もっともっと辛い人たちは、まわりに沢山居たけれど、その人たちのことを考えるだけの
心に余裕がなかったんですね、きっと。
大体そういう人たちは、病歴も浅く、今回が初めての入院とか手術とか
そういう人たちが多かったように思います。
初めてのことでパニくってたんでしょうね。(中には長い闘病生活をしている人も居たけれど。)
つづく
人が作る闇の思いを 考えてみました。。身近な争いごと・戦争・嫉妬・恨み・・・
反対に光りの部分というと・・・愛すること・いたわり・素直な心・・・
闇も光りも 人が作り出すものだということですね。それで 闇は 必要ないんですね。そう感じました。
何日か前に 思いついていたことです。闇がないと 光れない。。。もっとものようですが・・・これは 闇を肯定してるということでしたね。
それで 思ったのですが 人の思いについてです。。闇=苦しみとすると その中でも 希望を持って生きることも 絶望して生きることも 人の思いに かっかっているということですね。。どんなに困難な場面でも 明るく希望を持って生きてる人は 世の中には 沢山 いらっしゃいます。。光を見つめ。。というのは そういうことではないかなと。。
闇を作るのも 切り裂くのも 自分の心次第。。ということになります。苦境にあって 心を切り裂くというのは 大変なことだとは思いますが。。
そのおつもりで読んでください。
まず、花さんが書いてらっしゃる「編集に参加して良かったね!」というのは
私もすごく感じたことでした。
編集をしていて、特に文の読み直しをしていて、
自分が本当にソラ物語を理解しているのか?・・・を再確認出来たと思います。
タエコさんがソラの者達から伝えられた言葉は、確かに一部わかりにくかったりしますが、
それを自分なりに
「これはどういう意味だろうか?ここに繋がるのだろうか?それともここだろうか?」
と考えることによって、あやふやだった自分の中の情報を再確認し、
間違って解釈していたところは訂正し、正しく受け取っていたところは確実に脳にダウンロードし、
情報を以前にもまして、より深く理解することが出来ました。
何度も何度も読み返すことによって(学校の勉強の復習も同じですが)
それは、より確かな認識に変わります。
そういう意味でも、やはり本の編集のお手伝いが出来たことは、私自身、すごく有益なことだったと
そう思っています。
らむねさんのお書きになった「表裏一体」。
本物と偽物はいつも隣合わせ・・・というのは本当だと思います。
なぜなら、Mはそうやってイシカミたちのことを封印していったからです。
私が最近思いますのは、
Mがしつこく封印したところは、逆にイシカミの存在を強く感じさせるところだったのじゃないかと。
今、世界の色んな場所を見渡して
「まさか、こんなのがイシカミの存在の証明だって言うんじゃないだろうなぁー」って
ソラ物語を知らない誰もが思うような、
例えば人々が「人力でも作れるだろう?」と思うような奇岩の存在なんか、そういうものは、
割と手つかずで封印もあまりなされていないような気がします。
(勿論、イシカミやソラのものたちを封印するための、Mが作った嘘の情報は
支配した人間に確実に流させていたように思います。だから歴史は嘘が多いのだと思うのです。)
放っておいても人間はイシカミに気づかないだろうと思われる場所は、「やや封印」くらいで、
けれど「これは放っておいては人間はイシカミの存在に気づくだろう」と思った場所、
またはイシカミを信じる者たちが多く居た場所などは
徹底的に封印されているように思います。
また、光と闇ですが、光は闇が無くても見えると私は思います。
周りが全部光でも、より大きく光る光は際だって見えます。
光の色が全部同じだとは限らないのではないかとも思いますし。
闇の中でしか光は見えないという、その発想はMにより教え込まれたものだと思います。
なんにしても、人間が「わかる」と思っている範囲は、実はすごく狭いもので
人間がわかっていないことの方が、この宇宙にはより多くあるのだと私は思うのです。
だから、人間が頭で理解しようとしても、それが出来ないことだってすごく多くあると思います。
その、「人間が頭で理解できる範囲」ってのを利用しようとしたのがMだと思います。
人間が持てるだけの想像力を思いっきり使って(それでも人間には限界があると思いますが)
「宇宙には、別次元には、もっと可能性があるのかもしれない。
今、人間がこれだけしか出来ないと思っていること以上に
宇宙はもっと大きな可能性をもって、それを実現出来る力を持っているのだ」
って思えば、今、私たちが「出来ない」と思っていることも、ホントは容易に出来るかもしれない。
私は三次元に生きる身体を持つ人間ですが、
気持ちだけは、今よりもっと広く、大きく宇宙に広げて生きてみたいですね。
自分の枠に限界を設けるのも、その枠を取っ払うのも
可能性を広げるのも潰すのも、全部自分次第ですからね。
この 本物と偽者に 悩まされています。。何処に行っても 表裏一体というのでしょうか。。表裏一体ということを 叔母に言われた時 それが なんなのか聞いたことがあります。。そしたら 手の平の たとえで。。。表も真実なら 裏も真実と。。。意味が 分かりませんでした。。ある意味 本物と偽者は いつも隣合わせですよ。。という意味なのかなとも とれます。こえは 神社に祭ってあるものにも それが 刻銘に出ています。
弁天=M でも 水分=ノアの息子? といった具合に どちらも水の神さまなのですが Mと真実だったりします。。見分けが なかなかつきません。。
起こってくることが お知らせなのか Mのエネルギーなのか これまた 区別が つかなかったりもします。そこには なにかしらの迷いが あるからだとも思います。
迷いが なくなると かなり楽に 過ごせるのですが そうも行きません。。
また 宇多田ヒカルちゃんの 「光」という歌の歌詞の中に 闇があるから 自分が光ってることが 分かるんだよ。。。という くだりがあります。これも そうのような そうでないような 不思議な感覚だと思いました。これは 空物語として 受け入れていい歌詞なのかどうかと この間は迷っていました。。いつも この辺りで ひっかかっているんです。。。
それと その叔母に 私が以前 見た夢を聞いたことがあって 「素直な心で戦う」というくだりですが。。。これは どういう意味なのかと。。聞きました。そしたら それは たとえば 一人ぼっちになったとしても 不安や心配にならず 空と会話する。。と、、それが 素直な心だと言っていました。。ということは 自分が一人でなはいということを 本当に知る。。ということとも 取れます。どうでしょうか。。まとまりませんが。。
思ってても、どのように言葉にすればいいんだろうと考えていた事でした。
ゆかさんがとても分かりやすく書いてくださって、
もやもやが少し形になった感じです。。
ソラ物語をよく理解していないと、危うく進んでいる道を踏み外しそうな
本当にこれは思いました。。
毎回なんというか、まだ理解出来ていないところを突いてこられるようです。
その度にソラのモノに必死でついていく感じです。。
この間夢の解釈で、編集に参加してよかったね、とあったのですが
私はほとんどお役にたてませんでしたが、
編集に少しですが参加して、ソラのお知らせをじっくり考えながら
見れたことはとてもよかったです。。
そういう意味の夢のお知らせだったんじゃないかと思っています。
悪いお知らせでも、それで間違った方へ進んでいる事がわかるのですから
私にとっては必要なお知らせで、そうやってなんとか
やってこれています。どのようなお知らせも意味があるんですよね。。
ゆかさんが書いてくださって、もう一度自分自身色々考える事が出来ました。。
昨日、編集の見直しをしていたときのこと。
>「プラスとマイナス」や「光と闇」といった相反するエネルギーの概念と善悪の概念を同一視させるなどの知的で巧妙な手法を用いて、他者への支配を正当化させようと誘導していました。
というこの部分が、概念的でわかりにくいとのことで、
これをどのようにわかりやすく説明したらいいかを考えていました。
私は元々、精神世界にはあまり深く踏み込んではいなかったのですが、
ソラ物語に出会う前に、少しばかり本を買って読んだりはしていました。
ソラ物語に出会ってからは、
それらの本は棚の奥のほうにしまい込んで、手に取ることもなかったのですが・・・。
昨日は「Mがどのようにうまいことを言って、人間を支配したのだったろうか?」と、
それを調べるために、ひさしぶりに何冊かの本を手にしました。
なにしろ、精神世界がどんなことを言っていたのかなんて、
覚えていたくもなかったし、「関係ないね!大嘘だもんね!」と思っていましたからね。
でも、いかにMがうまいこと言いくるめて人を支配していたかを調べるには
精神世界の書物が一番わかりやすいと思ったんです。なんせ、モロMですからね!
久しぶりに精神世界の本を手に取り、思ったのは、
精神世界のチャネラーたちは「限りなくソラ物語に近い」つまり「紙一重」の言葉を用いて
全然逆のことを言っている・・・ということでした。
ソラ物語をよく理解していないと、危うく進んでいる道を踏み外しそうな、
それくらい危うい罠です。
Mというのは、非常に利口です。
ソラ物語の中で言われているようなことも含めながら(だからよく理解していないと誤解しやすい)
曖昧であやふやな言葉で善悪の区別をつきにくくする。
「光があるためには闇が必要なんです」といったことを平気で言う。
つまり「善だけではこの世はなりたたない。必要悪もある。」みたいなね。
もしくは、「良い悪いなんていうのはない。あるのは動的な力のみ」とか。
非常にあやふやでしょ?
このような言葉を用いて、悪の存在の正当化をしようと図ったのです。
こういうのにまんまと乗せられるのは、
「自分はもしかしたら悪かもしれない?」と心の奥底で自信のない「自信家たち」。
自分が存在していても良いんだ!と言ってくれる存在には、ヘコヘコしますよね。
一方、ソラ物語は「間違ったものは間違っていると言う!悪は必要ない!」と言っている。
で、そういう人たちは「じゃあ、自分は居たらダメなの?」と思いこんでしまう。
だからソラ物語を受け入れることが出来ない。
確かにソラ物語も精神世界も「出所は皆同じ。宇宙の大元から出たもの」だと言っている。
けれど、「悪だって出所は同じなんだから、悪があっても許される」というワケじゃない!
頭の良い利口な人たちは、実は、奥底んトコでは自信がない。
その弱点を上手く利用した教えなワケです。
霊とか何かの意識体とつながることのできる、いわゆるチャネラーは
「自分が通じてる存在に間違いない」と思いがち。
でも・・・それって、本当? 絶対?
案外、あなたのそういう弱さを逆手にとって、相手はあなたを利用してたりして?
ソラのものたちじゃないものを信じている人には
きっとお知らせは繰り返されると思います。
昨日、編集の見直しをしていたときのこと。
>「プラスとマイナス」や「光と闇」といった相反するエネルギーの概念と善悪の概念を同一視させるなどの知的で巧妙な手法を用いて、他者への支配を正当化させようと誘導していました。
というこの部分が、概念的でわかりにくいとのことで、
これをどのようにわかりやすく説明したらいいかを考えていました。
私は元々、精神世界にはあまり深く踏み込んではいなかったのですが、
ソラ物語に出会う前に、少しばかり本を買って読んだりはしていました。
ソラ物語に出会ってからは、
それらの本は棚の奥のほうにしまい込んで、手に取ることもなかったのですが・・・。
昨日は「Mがどのようにうまいことを言って、人間を支配したのだったろうか?」と、
それを調べるために、ひさしぶりに何冊かの本を手にしました。
なにしろ、精神世界がどんなことを言っていたのかなんて、
覚えていたくもなかったし、「関係ないね!大嘘だもんね!」と思っていましたからね。
でも、いかにMがうまいこと言いくるめて人を支配していたかを調べるには
精神世界の書物が一番わかりやすいと思ったんです。なんせ、モロMですからね!
久しぶりに精神世界の本を手に取り、思ったのは、
精神世界のチャネラーたちは「限りなくソラ物語に近い」つまり「紙一重」の言葉を用いて
全然逆のことを言っている・・・ということでした。
ソラ物語をよく理解していないと、危うく進んでいる道を踏み外しそうな、
それくらい危うい罠です。
Mというのは、非常に利口です。
ソラ物語の中で言われているようなことも含めながら(だからよく理解していないと誤解しやすい)
曖昧であやふやな言葉で善悪の区別をつきにくくする。
「光があるためには闇が必要なんです」といったことを平気で言う。
つまり「善だけではこの世はなりたたない。必要悪もある。」みたいなね。
もしくは、「良い悪いなんていうのはない。あるのは動的な力のみ」とか。
非常にあやふやでしょ?
このような言葉を用いて、悪の存在の正当化をしようと図ったのです。
こういうのにまんまと乗せられるのは、
「自分はもしかしたら悪かもしれない?」と心の奥底で自信のない「自信家たち」。
自分が存在していても良いんだ!と言ってくれる存在には、ヘコヘコしますよね。
一方、ソラ物語は「間違ったものは間違っていると言う!悪は必要ない!」と言っている。
で、そういう人たちは「じゃあ、自分は居たらダメなの?」と思いこんでしまう。
だからソラ物語を受け入れることが出来ない。
確かにソラ物語も精神世界も「出所は皆同じ。宇宙の大元から出たもの」だと言っている。
けれど、「悪だって出所は同じなんだから、悪があっても許される」というワケじゃない!
頭の良い利口な人たちは、実は、奥底んトコでは自信がない。
その弱点を上手く利用した教えなワケです。
霊とか何かの意識体とつながる・
こんなお話しだったんですね↓ 今日の夢が気になって 調べてみました。
チルチルとミチルの寝室に妖婆のベリリューヌがやって来て青い鳥を探しに行ってくれるよう二人に頼む。
そしてチルチルに「今まで見えなかった本当のものがはっきり見えるダイヤモンド」のついた帽子を渡す。
チルチルがダイヤを回すと、部屋のあちらこちらから、妖精たちが飛び出してきた。
パン、水、牛乳、火、犬、砂糖、猫、そして光の精が…。
<たかったアリを全部除けて、大きなマッチの箱に綿を詰めて、その中に入れました。
そしてそのスズメの赤ちゃんを「チュン」と名付けました。
うーーんっ 思わず泣ける話です。。スズメと聞いて 私は 祖父を思い出してしまいました。ゆかさんの お話は 感動的なのに 私の場合は。。。
実は 祖父宅の窓ガラスに スズメが ガラスが無い?と 思ったのか 思い切り ぶつかって 気を失ってしまったんです。祖父は それを 拾って。。^^:ここまでに しておきます。
母方の曾祖母が生きている頃、
曾祖母の部屋の縁側そばの電線に、沢山のスズメが集まっていました。
その下の道路にも沢山居て、たぶん誰かがお米かなにかを投げていたのかも知れませんが。
曾祖母の部屋に行く度、スズメの鳴く声を聞いていたのを思い出します。
昔、私が小学校2・3年の頃、
当時社宅だった家の庭に、スズメの赤ちゃん(羽が全然生えてない赤ちゃん)が
落っこちていました。
どこから落ちたのかわかりません。巣らしきものがある木も無くて・・・。
周りには沢山アリがたかっていて、私と妹・弟は急いで母を呼ぶと
たかったアリを全部除けて、大きなマッチの箱に綿を詰めて、その中に入れました。
そしてそのスズメの赤ちゃんを「チュン」と名付けました。
私たちきょうだいは、スズメの赤ちゃんがどういうものを食べるのか知らず、
牛乳をお皿に入れてみたり、ご飯粒を潰して置いてみたり。
でも、何をあげても食べません。
すると、母が「生きた虫を食べるんじゃない?」。
「あっ、そうか!スズメは生きた虫を食べるんだ!」と思った私たちきょうだいは
すぐに虫取り網を持って、それぞれに分かれて虫取りの作業。
でも、結局捕まえたのは小さい蜘蛛が一匹だけでした。
それをチュンの口元に持っていったところ、チュンはその蜘蛛を食べました。
私たちきょうだいにとって、それはすごく嬉しいことでした。
それから私たちは、虫を捕ってはチュンの口元に運びました。
ちょうど次の日から2日間、祖父母の家に行くことが決まっていた私たちは
チュンも連れて行くことにしました。
段々声が弱まっていく中、私たちは祖父母の家でも虫取りに勤しみました。
けれど、祖父母の家から自宅に戻る日、母が暗い顔をしてチュンの死を告げました。
私も妹・弟もすごく泣きました。なんとか助かって、大きく育って欲しかったのにと。
チュンは自宅に連れて帰り、自宅の玄関の横に埋めました。
スズメを見ると、
曾祖母の部屋から見た・聞いたスズメの姿や声と、チュンのことを思い出します。
>何個かは、思っていた味と違って、ああ、思い出のままおいておけばよかった。。
と思った物も。。。
そうですよねぇ〜・・・そういうの、ありますよねぇ〜・・・。(しみじみ)
幼い頃は、なけなしの金で「憧れの駄菓子」を買っていました。
小さい子がもらえるお小遣いの額なんて、タカがしれてるし、
その中から貯金箱に幾ら貯金して・・・なんて思っていたら、使える額は知れたもの。
その少額でいかに自分のお気に入りの(または食べたい)お菓子を買うかとなると、
♪あれも欲しい、これも欲しい、もっと欲しいもっともっと欲しい・・・って
そういうワケにはいかない。
限られた中でどれだけ満足を買うかというのもあったので、
「あれも食べてみたいけど、美味しくなかったらどうしよう?」なんて悩んで
そんでもって、やっぱりいつものお気に入りの駄菓子を買ってしまったなんて経験も多々あります。
たまに思いきって「やっぱり買ってみよう!」と思って買って
でも美味しくなかったり・・・「くっそぉ〜!でも、良い勉強になったな!」なんて。(苦笑)
それの繰り返しで・・・。
でも冒険して、たまに美味しいのにも巡り会えたりして、
だから買う駄菓子の範囲はすこしずつ広まっていって・・・。(なんの話なんだか?)
幼い子供にとって、限られたお小遣いの中で買った駄菓子の有り難みって、
なんか、かなり大きなものだったんじゃないかと思います。
今は、買おうと思えばある程度買えるだけのお金がお財布に入ってるけど(駄菓子ならね!)
その分「やっと買えた!」っていう、手に入れた時の有り難みが薄れたような気がします。
プラス、
最近では物欲があまりなくなっちゃって、欲しいと思うモノがあまりないし、
欲しいと思っているけど、それが買えなくっても「まっ、いいか!」で終わっちゃうこともしばしば。
すごぉ〜くすごぉ〜く欲しくって、ようやく手に入れた時の嬉しさとかって
なんだか最近味わっていないような気がします。逆に、
「欲しい・買いたいって思うのって、所有欲でしょ?それって支配に通じるのかしらん?」
なんて、変に考えすぎてたりする自分がいます。
「ほら、だって、自分が欲しいと思って買い物するそのお金があったら
助かる人たちは世界に沢山居るわけで・・・。
自分の欲のために買い物をしようとしているあんたは、すごく自分勝手なんじゃない?」
なんて思ってしまうんです。
オシャレもしたいとは思うけど、無駄遣いに思えたりもして・・・。
先日、珍しく「欲しいな!」って思える可愛いバッグを見つけたけど、
3時間悩んで買わなかった。(苦笑)
「これはどうしても要るものかっ?!」と自問自答して、
すぐに「要らない」って答えは出てたけど
それでも可愛いと思って、3時間店の中をウロウロ、バッグを持って鏡から鏡に渡り歩きました。
3時間の幸せ・・・。(笑)
ちなみにお値段は、日本円で2300円くらいでした。(苦笑)
バッグ・・・で考えれば安い値段でしょうけれど、
要らないものを買う・・・と考えれば、高い値段なんですよねぇ〜。
自分に降りる霊達のことを考えると、「オシャレなんかも楽しみたいんだろーなー」なんて思うけど、
そこんところの兼ね合いがわからず、私、悩んでます。(苦笑)
きまじめさん、そうなの、スズメって本当に野性的(って当たり前!?)
子供の頃、家の押入れに突如飛び込んできて、なんとしても手乗りスズメにしたい!
と意気込んで、鳥かごに入れたんですが、全く隙を見せませんでした。。
えさをあげようと、ほんのちょっとかごを開けたら、逃げました。。
駄菓子屋さん、家の近くに問屋街があって、今でも懐かしいお菓子が
いっぱい置いてあります。。
子供より私の方が懐かしくて、買ったことがありますが、
何個かは、思っていた味と違って、ああ、思い出のままおいておけばよかった。。
と思った物も。。。
あとラムネですが、昔は中に入っているビーダマって色がついていて
すごく綺麗だったんですが、今のは透明な強化ガラス?のような感じで
味気なかったです。。これも親の私がワクワクしながら買って
中のねー、ビーダマがきれいなんだよう、と息子に言いながら見たら
色がついていなくて、きっきれいでしょ!?ねっねっ!?と
強引に納得させたのでした。。
私も駄菓子屋さん好きでした。
サイコロキャラメルも好きでしたよ。
最近、駄菓子屋さんも空き地もなくなってきているので、どこか寂しく思います。
ちなみに、前世、アメリカの女の子だったときは、男の子っぽかったです。
野球が好きでしたし。
今生の子供のころも、なぜか野球だけは好きだったのですが、逆に野球がほんとうは、そんなに好きではなかったけれど、参加せざるを得なかった、という人の話をよく聞きます。
そういう人の気持ちも理解できますね。
これは一度どこかで書いたけど、レンガを4個組み合わせて米粒と小枝を使えば簡単にスズメが取れる。
立て掛けたレンガを枝で支えておくだけで1羽とれる。
何羽か捕まえて昔は木のリンゴ箱が簡単に手に入って、金網を張って水も用意して餌を入れたけれど、
あれは頑固だわ!、絶対に食べない。飲まない。逃げることしか考えない。
心配していたら翌朝一つ小さなタマゴがあった。
うぅぅ、ごうやちゃんゴメン。
それをですねー、父が聞きつけて 私の目の前で何も言わずに逃がしてしまった。
何てぇー親だ!ってもね、それが一番であることは悔しいけれども、いまだに、あの残念は残っている。
結局、卵が一つ残って、しばらく懐で温めたけれど、フライパンで目玉焼き。
うずらの卵よりまだ小さいのだから大体は見当がつくと思うけど小さすぎて味も分からなかった。
我が生涯で鳥を飼ったような風なことは、それが最初で最後になってしまいました。ふぅーっ。
ドブネズミは身動とれないような小さなビンの中でも餌を食べるヘンな奴でした。
スズメの方が偉い?
あれは殆どオスメスの区別がつきません。スズメから見れば人間も分からない?
まぁー何かが びみょぉぅに違うンでしょうね。
子育てに対する姿勢かな?
男がじれったいと思うとは限らないことを、女性は丹念にするとも限らないし・・?
そー言えば年頃になって胸が膨らんだ時は魂消た!ビックラこいた。今は毛が生えてるけど、。
うわーっ!懐かしい&おいしい話題で盛り上がっていますね♪
ゆかさんや まじさんが書かれてるの みんな知ってます。駄菓子屋さんに行くの ほんとに楽しみでしたよね。私は よくビンに入った コーヒー牛乳や黄色のフルーツジュース?を買うのが楽しみでした。ビンで飲むと(昔はビンしかなかった)おいしいんですよね。今でも そんな気がして 時々 贅沢してビンのを買います。
私は もっぱらアトムが好きでしたので シールが入ったマーブルチョコを買っていました。いろんなところに 貼るのが楽しいんですよねぇ。
それと 昆布飴かぁ〜 最近でも セブンイレブンで酢昆布とボンタン飴は売っていますね。ボンタン飴は パッケージが ちょっとおしゃれになっています。
それと 丸くて鈴の形をした カステラのようなお菓子 知りません?あれも 今だにあって 時々 買ってます。
後 最近まで 福岡は その駄菓子(特に すずめの卵)と一緒に 麦に埋まった 赤卵を売ってる お店があったのですが それも無くなってしまいました。麦に埋まった卵って 何故か おいしい気がしますよね?(笑)
駄菓子屋さんは、母から「行っちゃダメ!」と禁止されていた場所でした。
母曰く、「身体によくないお菓子がイッパイあるから」とか。
スルメに味がついたものなどは「カビが生えたものを、カビをとって売ってある」とか、
きれいな色のお菓子は「色がつけてある」とかで・・・。(ホントかどうかは知らないが。)
母は手作りのお菓子や果物などを「おやつ」として、私達子供に与えてくれていましたが
子供は「ダメ!」と言われる物に、なんとなく興味を惹かれるもので・・・。
私の妹は特に、この「駄菓子」の虜でした。
私が一生懸命お小遣いを貯めていた貯金箱から100円、200円失敬すると、
この駄菓子屋さんに飛んで行っていたようです。
後に、重たくなっているはずの貯金箱が異様に軽くなっているのを知った私は
この、妹の横領を知ることになるのですが・・・。(苦笑)
(それから、バカらしくなって貯金はしなくなりました。
そして、それまでの私の貯金は、全部レコードに化けました。)
サイコロキャラメルは、食べるのが大変だったのを覚えています。(笑)
本当に、一個で口が一杯になってました。
柔らかくなったら、歯にくっついて大変でした。
ラムネは、飲むラムネも、固形のラムネも大好きでした。
(人間のらむねさんはもっと好き!)
それから、糸がついている(クジ付き?)円錐形の、砂糖がまぶしてあった赤い飴も好きでした。
確か「イチゴ飴」とか呼ばれていたような。
一個で口の中が一杯になるような飴玉も好きでした。色んな色があって。
それから黒砂糖味の麩菓子も割と好きでした。
ただ一つダメだったのが「都昆布」。
子供の頃は、コレが全くダメでした。今はまぁ食べようと思えば食べられますが。
大学の頃に住んでいた寮の寮祭で、「駄菓子屋」をすることになった私たちは
日暮里だったかな?の駄菓子の問屋さんに行ったことがあります。
子供の頃に好きだった駄菓子がまだ売られているのを知って、すごく興奮したことを覚えています。
なんだか食べたくなってきた・・・。
帰国したら、アメ横の仁木の菓子に行こぉ〜っと!
あ、ちなみに、
ココ・アメリカでも、飲む(または食べる)ラムネとボンタン飴は
日本人スーパーで売ってます。
(たまに買います。)
駄菓子屋と呼ばれたような店が今でも有ります。いろいろ置いてあるのですが、何だかなー。
それよりアメ横の仁木の菓子などに行くと昔菓子がケッコーあります。
まつたけの形のお菓子、昆布飴、豆菓子、イモケンピなど有る所には有るのでしょうが、キャンデー類など1kg袋で売ってます。
それを小分けにして子供に売る・・うーん、好きでなければ出来ない。
でも、お金が有るとカバンが一杯になるほど買ってしまう。○さんならリュックかな?
ちょっとしたパーティー用に来るお客も多い。
量販店もそうですが、客引きに子供の目を引く物、昔懐かしい物などを置いています。
それが再び一般化する中に森永ミルクキャラメルを昔の箱に入れたもの、サイコロキャラメルを5個まとめた物もあって、買ってはみるのですが・・何だかなー。
サイコロキャラメルは子供の口だと一杯になったけど、今は2〜3個いっぺんに入れる?、やっぱオカシイです。
チュウイーとか見ないなぁ。ボンタン飴は今でも駅頭(キオスク)で買えますが。
>グリコのオマケって昔からあります。けっこう美味しいし。
私もグリコのキャラメル、好きでした!
ランニング・短パン姿の男の人が、両腕あげて、片足あげてるものですよね?(笑)
一粒250mでしたっけ?「なんか知らないけど、スゴイんだ?」と思った覚えがあります。
>それよりサイコロキャラメルとか、ウィンターキャラメルは知らないでしょうけど、おまけは無かったけど美味しかったなぁー。
知ってますよぉ〜!
サイコロキャラメルは、サイコロの形をした箱に大きなキャラメルが2個入ってるものですよね?
私が小学生の頃は1個10円でした。
ウィンターキャラメルっていうのは、確か雪の結晶の絵が箱に描いてありませんでしたか?
他のキャラメルより甘さを控えたマイルドな味って印象を持っていました。
私が小学校3年生くらいの頃、
チョコボールの「金の箱・銀の箱」に憧れて、
それがどうしても欲しくって、一生懸命にお小遣いで買った覚えがありますが、
(お小遣いが少なかったので月に一つとかの割合でしたが)
全然金のマーク・銀のマークを手に入れることは出来ませんでした。
あと、お菓子はなんだったか忘れたけど、
なにかの切り抜きを送ったら操り人形があたるというので
一生懸命送った覚えもありますが、それもあたりませんでした。
昔からそういう運はまるっきりないほうで・・・。(苦笑)
いつもこんな風なので、なにかたまたま当たったりしたら、
「えっ、本当に良いの?」と、なにやら変な罪悪感を感じてしまったりして。(苦笑)
きまじめさんのお祖母さまは、お話しを伺うたびに本当に素晴らしい方だと思います。
器が広いというか、器の域を出てしまっているような自由な発想やおおらかさをお持ちだなと。
私の父方の祖母も明治生まれでした。
夫が残してくれた商店を切り盛りし、女手一つで6人の子供を育てた気丈夫な人でした。
私が知る限りで言うと、明治生まれの女性は、
今の私たちの世代の女性に比べて、ずっと働き者で、強くて、本当の意味で優しくて、
弱音を吐いたところなんて一度も見たことなくて、
女として、人間としても「全然かなわないな!」と思ってしまいます。
きまじめさんもそうでしょうけれど、私もギリギリ
そういった尊敬出来る素晴らしい女性(であり人間)に出会う機会がありました。
最近は、私自身を含めて、女性の質が落ちてきたような気がします。(情けないですけど。)
昔の女性はすごく大きかった。我慢強いし、頑張り屋だし、恥じらいや品もあった。
それを考えると、良いお手本を知っている私たちが、
これから先の女の子たちにお手本から習ったことを受け継いでいかないと、
日本の女性の持っていた良さは段々と失われていくでしょうね。
ん〜、きまじめさんのお祖母さまや祖母のような女性には
ちょっとやそっと頑張ってもなれないだろうけど、
なんか「頑張ってみようかな」と思い始めました。(苦笑)
「男らしく」というのは、実は自分の言葉ではなかったのです。
世間で言われる、子供に対する風習で・・固定観念に近いものでしょう。
武士は武士らしく、百姓は百姓らしく、職人は職人らしく、商人はそれに徹してという、
士農工商の階級精度を維持する為に必要な社会規範のようなもので、型にハマらなければならなかった時代の残像・幻影でしょう。
そういう風潮の中では、子供もそのようであろうとして、少し違えばイジメが発生したりする。
それは矯正という名の強制で、その時代には社会の安定の為に大切なことだった。
まぁ見方によっては、初めから就職先が半ば決まっているのだから、それなりに楽だったし、霊の段階から自分の好みで宿る先を決めれば良かった。
その風習を、自由社会になっても続けようとするから、どうしても表面的なことになり勝ちで混乱した。
私の祖母は自由な心を持った人で、
ゆかさんが日本に帰った時に祖母の祖霊祭(←神道の言葉)に参加して丁寧に四角い箱を供えた夢を私は見た、その明治の人ですが、
まだ野球が男のものである時代に、息子が野球部に入っているからと、六大学野球の応援に駆けつけた。
これは珍しい!と、カメラマンに写真を撮られてスポーツ新聞に載ってしまった人です。
本当に周りに写っているのは男ばかりでした。
まぁ周りの人が何を言おうと頓着しなかったンでしょうね。
自分の論理体系に確たるものが有るから、口で負けることも無かったし。
えー、いわゆる男と女に就いては昔から分からないことになって居りまして、
霊的にもある方向性が有るようだし、
肉体的にも、まだ胎内の或る時に、脳の中で神経細胞の一部が場所を移動するらしい。
アメーバと言うか、白血球のような移動能力を一時的に持つらしい。
その移動先が微妙に狂うと言うか、予定の行動なのか、色々な(男女の違いも含めて)個性の違いとしても現れるらしい。
そうしてまで、人は霊的な目的を持って人生体験をしようとする?
それは、霊が細胞にお願いして頭の働きを変える事と理解してのことですが・・。
その本来の自分の目的というものが有って、それにプラスして世間との関係がある。
世俗的だと自己が強くなってしまって、自分がないがしろにされる。
自己の働きが自分にとってプラスであれば良い訳で、そのトータルなバランスを体験学習するのでしょう。
お爺さんは山に柴刈りに、、男は高みを目指す。何かを極めようとする。
女性は流れて来るものを取捨選別して受け入れを決める。
そこに先入観が強いと、間違えて登る事も、間違えて受け入れる事も起こる。
そうすると不幸が生ずるから、その対策がいろいろ、その色々の中には間違いもある。
中にはトンでもない間違いを利用して生きる人がいて、これは間違いを助長しさえする。
それはいけないと人を叩くのでなく、間違いを叩くのでもなく、
間違いはこれを認識して、より正しい在り方を明らかにすれば自然に、穏やかに解決に向かうでしょう。
グリコのオマケって昔からあります。けっこう美味しいし。それよりサイコロキャラメルとか、
ウィンターキャラメルは知らないでしょうけど、おまけは無かったけど美味しかったなぁー。
母は絶対に買ってくれなかったけど、父も買ってくれなかったけど、
つまり、子供が親に注文することは出来なかったけど、
父は気が向くとお土産として買って来てくれて、それは月に1〜2回だけど嬉しかった。
それは夜だったから、夜も好きだった。虫歯にもなったけど。
>数年前のこと、小学校と中学の教科書を全部見たけど、昔に比べて難しくなったのは社会科ぐらいのものだった。
あれは学習以前の段階で地理感覚や、歴史に対する興味を与えておかないと辛いものがあります。
子供が口で町を説明できるようにするとか、歴史小説を与えておけば済みそうだけど、
ふつーの親子の対話があれば、それも不用かも
誠にお恥ずかしい話ですが、私はソラ仲間の皆さんと出会うまで
愛知県がどこにあって、青森県がどこにあるかというのさえ知りませんでした。(苦笑)
何度地図を見ても忘れちゃうんですね。
今も、日本のどこに何県があるのか、ちょっと自信がありません。(苦笑)
ソラ仲間が住んでいる場所だけは、しっかり覚えているんですけど。 不思議ですね。
歴史に対する興味も、まるっきりありませんでした。
私の父は無類の歴史小説好きで、彼の書庫には沢山の歴史小説があります。
「お父さん、○○ってだぁーれ?」
と聞くと、父はその場で説明せずに、なにやら難しい本を持ってきて、それを手渡し、
「これを読みなさい」って・・・
あーた、小学校低学年に、それはちょっとじゃない?って感じなんですけど。(苦笑)
それで私が読んでいたら、今頃ちょっとは違う人間になっていたかも知れないけれど、
読めない漢字が沢山出てくる本を読む気にはなれず・・・。(昔から根性なし。)
父方の祖父は、父が幼い頃に亡くなったため、父は父親として子供にどう接すれば良いのか
よく解らなかったようです。
ですので、私たち子供はまるで「大人」のように扱われました。
弟と父がキャッチ・ボールをした時も、
まだ幼稚園生だった弟に、父は大人に投げるようなボールを放って、
それが取れないと、「なんで取らないんだぁ〜!」と怒り出し、
全然キャッチ・ボールにならないから・・・と止めるような人でした。
弟は父とキャッチ・ボールをするたびに泣いて帰ってきて
「もうお父さんとはキャッチ・ボールをしたくない」と言って。
それで小学校にあがったら、野球部ではなくサッカー部に入りました。(苦笑)
母は、元々子供はあまり好きじゃなかったらしいです。
子供のために手作りのお菓子などを作ったり、洋服を作ったりはしていましたが、
今思うと、それは母の趣味の一つだったような気がします。
すごくサバサバした人で、私が大人になった今ではすごく付き合いやすい人ですが
子供の時はちょっと冷たい感じがしていました。
母は、私と同じで、地理も歴史も大の苦手なので(苦笑)
母に何かを聞こうとすると
「あ、お父さんに聞きなさい!」・・・と言われていました。(苦笑)
面白いと思ったのは、小学校の4・5年の頃、
いつものように図書館から借りてきた本を読んでいると
それまでは本を読んでいるというだけでよしとされていたのに、
「本ばっかり読んでいないで、お勉強しなさい!」と叱られたこと。
どうやら、母の言うお勉強とは「学校の教科書を読むこと」だったようで。
今、両親に感謝していることは、
父は「自分で調べる」っていう姿勢を教えてくれたことです。
母は・・・母は旅行がすごく好きで、自然もすごく好きで、
だから幼い頃から「兼高かおるの世界の旅」や「驚異の世界」のような番組を見せてもらえたこと。
あのような番組を見て、私は不思議な世界にハマっていったような気がします。
ウチはきまじめさんトコと違って、顔を見る度「勉強は?勉強は?」って言われて
(それだけ勉強しなかったってことだけど)(苦笑)
でも、「なるほど・ざ・ワールド」なんかの番組だけは見せてもらえてました。
番組が終わったら、「さっ、さっさと勉強しなさい!」って言われてたけど。(苦笑)
私は5歳くらいまで、自分のことを男の子だと思っていました。(笑)
3つ違いの弟が生まれた時、私は
「なんで弟にはおちんちんがあるのに、私にはないのだろう?」
とすごく不思議であり不満でしたが、
「きっとそのうち生えてくるだろう」と思っていました。(苦笑)
また、スカートを履くことを極度に嫌い、毎朝母と格闘していました。
当時、タンスの私の引き出しには、半ズボンか長ズボンしか入っていませんでした。
近所に住む同じ年の従兄弟を子分に引き連れて、裸足で小石の道の上を歩いては、
「これくらいの痛みは我慢できねば。男の名誉は・・・」
なんてことを言っていました。
(自分で「名誉ってなんだろう?」って思いながら・・・。)
ファースト・キスの相手も女の子だしね。なぜか。(苦笑)
あの時は、きっと違う霊さんが降りていたのかな?(苦笑)
それから1年か2年後には、自分を男の子だと思うことはなくなってました。
ただ、性に関しては疑問が多くありました。
お母さんにはないのにお父さんにあるものがあって、
父とお風呂に入ると「お父さん、うんこがついたままお風呂に入ってるよ?」と言っては
父のものを引っ張ったりしていたらしく(全然記憶にございません!)(苦笑)
私が小学1年生の頃、父はとうとう
「もうゆかとお風呂に入るのはイヤだ!」と母に言ったらしいです。(苦笑)
生まれてこのかた、女の子っぽくしたことなんて一度もありません!
中学の時も、女の子をいじめて泣かしていたクラスメートの男の子の胸ぐらつかんで持ち上げて、
往復ビンタをくらわせたこともありました。
「あいつは女じゃねぇ〜!」
と男子からは怖がられていましたが、だから悲しいってこともなかったです。
(好きな男の子の前では、とりあえずは大人しくしていましたし。)
そんな性格だったからか、当然、クラスの女の子からは人気が出ましたし、
告白されたのも、男性からは一度もなかったけど、女性からは幾つかあった。(苦笑)
大学時代は、電車の中で、見知らぬ女の子数人から
「男の人ですか?女の人ですか?」と聞かれたこともあったけど(苦笑)、
でも、どんなに私が男っぽかったとしても、私は男にしか興味がなかったしぃ〜。(笑)
女の子を好きになることはなかったんで、自分では安心してました。(苦笑)
性に固執する(男は男らしく・女は女らしく)といったような考え方が大嫌いだったので
髪を染めて化粧をしているロックバンドに入れ込んでた時期もありました。
でも、あれも今考えると、「そういう、青春の一時期」なんでしょうね。
人によって、どういう異性(または同性?)が好きかなんて違いますし、
好みのタイプも、年と共に変わってくるような気がします。
学生の頃の私は、「限りなく男に近い女」だったので、
逆に、色が白くて知的で女性っぽい美しい顔立ちの男性に惹かれていました。
案外「女性っぽい優しい人」が大好きって女性も、結構居るんですよ?
最近は、年をとったせいか、「息子にしてみたいタレント」に目が行きますけどね。(苦笑)
きまじめさん。
私も子供のころ「男らしくしなければ」って思っていました。意味は少し違うかもしれませんね。
「男らしく」というより「男の子っぽく」でしょうか。例えば、グリコのおまけでも「女の子向け」のようなものが好きで、とにかく女の子っぽかったんです。(例外として、野球だけは大好きで、そのおかげで男の子の中でも、なんとかやっていけました。)
女の子っぽかった私は、「こんな男の子、生きていてはいけないのかな?」なんて思ったこともあったのです。
無理に男の子っぽくしようとしたけれど、やっぱり無理が出ちゃいましたね。
昔、精神のバランスがガタガタだった頃は私も「男らしくせねば」なんて思ってたようだけど、
それではメタメタだということに自分で気が付かないくらいガタガタだった。
でも、
有り難いことに、その高校時代は時間的な余裕があるから何をしても、模索していても良かった。
他の人と同じ事をしていたら、とても適わない事も分かったから徹底して自分が好きな、やりたい事をするように、
そりゃ、親の小言となすびの花ということも有るから、血縁の言葉も忘れないようにして、
それが最も良く個性を育てる早道で、楽で楽しい - 基本的人権の尊重さるべき中心だった。
若い頃の私は自己確立が出来なくって、小学校でも休み時間によく図書室にいたもの。
小さい3才くらいの頃から記憶が残っていて、木製のトラックに紐を付けて引っ張ってドングリを拾いに行ったことを覚えている。
アリンコの行列を1時間でも眺めていたと言われて、ふつーではなかったらしい。
あまり人間には魅かれなかった?
でも、職人技には興味しんしんで、大工のカンナがけ、魚屋の包丁さばき、畳表の縫い付けなど飽かず眺めていた。
あまり喋りは得意ではなかったけど、これは良かったと思う。
先に現実を認識して、後から言葉を覚えることは間違いが少ない。
その順序が逆だと、言葉だけだと分からなくて誤解して、自分の中にトラブルを作ってしまう。
その良い(良くない)例は校歌とか国歌など繰り返すから覚えてしまうこと。
私の場合は「勉強しなさい」とか一度も言われなかったから本当にしなかった。
それで成績も悪かった。社会・歴史を除けば、そう難しくも無かった。忘れてるワケではないけれど思い出さなかった。
その証拠に、一度読んだ本はどのページを見ても1行読めばすぐに読んだことがあると分かった。
だから、まぁ成績が悪くても気にならない変な子。
それでも受験の頃は古い教科書を見なおして、事のついでに予習をちらっとしたら、それがたった5分でも授業までの間に(考えてはいない筈なのに)咀嚼が済んでしまって、教室が遊びになってしまった、あれは不思議な経験でした。
遊びと言っても、私は「まじめ」だったから、試験のときに思い出せるように記憶し直したり、耳で聞きながら別のページを参照・対比して確認したりと、余裕杓々で復習の必要が皆無だと思った。
出来る奴の気持ち、「彼らは楽しんでいるな」と分かった。
子供の成績を良くするなら朝30分早く起きれるように配分して10分で良いから予習させれば簡単。
復習はTVとか気になるし、さっき聞いたことをもう一度するのは誰だってイヤで、極めて効率が悪いから、本人が望まない限りさせない方が身のため。
だから宿題は無い方が良いけれど、チラッと見て簡単なら朝に廻した方が(本人も気分転換になって)良いでしょう。
数年前のこと、小学校と中学の教科書を全部見たけど、昔に比べて難しくなったのは社会科ぐらいのものだった。
あれは学習以前の段階で地理感覚や、歴史に対する興味を与えておかないと辛いものがあります。
子供が口で町を説明できるようにするとか、歴史小説を与えておけば済みそうだけど、
ふつーの親子の対話があれば、それも不用かも。
我が家はふつーでなかったから、本が代理親だった・・・。
みなさん、ありがとうございます。
自分や自分の体さん、細胞さんを大切にして生きていきたいです。
今日も、野木のクロップサークルに行きました。
なんと! 倒れていたのが、元通りに立っていて、さらに、すごく成長していたのです。
すごく感動しました。
元・彼は、私より年が5つも下でした。
優しくて素直な良い人だったけど、
ルックスなんて長瀬智也か坂口憲吾バリの男前だったけど、
結婚しませんでした。
なぜなら、私の霊さんが「ダメよ、結婚したら。」と言ったからです。(ホントよ、ホント!)
まっ、声は聞こえなかったんだけど(苦笑)、でも本当に「ダメ!」って言ってるように思いました。
私が主人と結婚したのは、色んな霊さんがGoサインを出したからでした。
それはもぉ〜、すごい数の霊さんが「いけいけぇ〜っ!」って。(笑)
ぶっちゃけて言うと、好きなルックスでもスタイルでも性格でもなかったんだけど(苦笑)
周りがすごい乗り気で、それに押されて・・・。(笑)
「タイミングが良いってこういうのを言うのかな?」と思いました。
それから、赤い糸ってワケじゃないけど
独身の頃、なぜかすぐ目と鼻の先に住んでいたこと。(知らなかったけど。)
同じ日に東京・原宿に行っていたこと。(これも全然知らなかったけど。)
同じレストランがお気に入りだったこと。(そこで会ったこともないと思うけど。)
・・・などなど、沢山の偶然が重なっていたことに気が付いて
なにやら気持ち悪くなった(笑)・・・のも一つの理由です。
「ここで一緒にならなきゃ、一体いつまでそんなのが続くんだぁ〜?」と。(苦笑)
結婚した後、急に催眠術から目が覚めたように
「なんでこの人と結婚したのかなぁ〜?」
って思うことも多々ありました。(苦笑) それもやっぱりタペストリー?(笑)
一つ自信を持って言えることは、
元・彼と結婚していたら、たぶんソラ物語とは出会えなかったってことです。
今の主人がインターネットの使い方も教えてくれて、昼間のヒマな時間も与えてくれたので
私はソラ物語に出会えたのだと思います。
そういう意味では、主人は、私のソラ活動の隠れサポーター?(笑)
感謝せねば!(笑)
私も同じようなことで何年か前苦しんでいました。
でも、幸いなことに自殺は一度も思ったことがありません。
私は子どものころから、俗に言ういい子ちゃんを演じていましたので、しっかりしている
手のかからない子だと言われてきました。人に言われると余計に外れないように頑張って
たと思います。
そのせいで、いつも母親の顔色をうかがいびくびくしてました。
学校でも図工の時間はいつも時間内にはできず、作文は何にも浮かばず苦になってしまう
ようなとろい子どもでした。
そんな感じで、大人になっても人に対してびくびくしてたようなところがあって、自分という
ものが全くなく、人に合わせてばかりで、自己主張も全くできず、理解するのも人より時間が
かかるので、組織の中で働いているときは疲れ果てていました。
私の悩みの根本が両親とのことだったので逃げることもできず、重くのしかかってました。
高校生のころから自分を変えたいという思いが出てきて、自己主張はできない私でしたけど、
社会に出てからは何でも親には事後承諾でやってきました。
親に事前に話しても、どんな反応が返ってくるか予想つくし、嫌な思いをするだけなので
話しませんでした。
それに私の望んでいることは、どういうわけか全部親の望みとはまるで反対のことばかり
でした。
だから、20年以上親との葛藤はすごかったです。途中で自分でも窒息しそうになって
アパートを見つけて飛び出して、その間もいろいろありながらも、仕事も自分のやりたい
ことで今何とか食べていけるようになったので、今はすごくいい状態です。
そこに行くまでに、ペパさんと同じように、あまりにつらくて、早くこの世を卒業したいと
思ったことがありました。(自殺という意味ではなく、やることをやってしまって)
そして、自分をひとかけらも残らず消してしまいたい、人の記憶からさえもきれい残らず
消してしまいたいと思ってました。
3年くらい前に大きな転機があって、昔の自分を卒業でき、仕事の面でもようやく
マイペースでできるようになり、人との出会いも変わったし、何よりも一番変わったのは
自分で自分のことを受け入れることができたことです。
それからホントに仕事も生活も楽しくなり、自己主張もそれなりにできるようになってき
たし、人との出会いが楽しくなりました。
40歳になったころ、あるきっかけがあって、親とのことはほっといて、まずは自分を
立て直すように専念しようと思って、実家には用事がない限り帰らず、距離を置くことに
しました。それからどんどん変わっていくことができて、自分自身が変わることで、
結果的に親も変わってきたように感じています。どうしようもなくいがみ合ってるような、
暗い夫婦でした。今年のお正月実家に帰ったとき、居心地の悪さが薄くなって、2、3日
前に帰ったとき、親に対するわだかまりが消えたような気がしました。
初めて笑って話すことができました。
父は毎日卓球に行って、時には中学生の相手をしたりして楽しんでいる様子を話して
聞かせてくれましたし、今まであまりなかったような気がします。
私はもともと楽天家らしくて、本来の自分になれて、昔とは生まれ変わったくらいの違い
です。自分を変えていくにはものすごいエネルギーが要りますけど、いつかは笑って話せ
るときが来ますよ!必ず。
ソラの仲間が応援してますよ〜〜〜!!
「最近、なんかすごく仲良しさんだわ!」
と思っている時に限って、すごくつまらないことで喧嘩してしまう。
これもタペストリーのため?(苦笑)
なんて題だったか忘れたけど、
仲の良い貧乏な夫婦が、お互いにクリスマスだかなんだかのプレゼントをしようとする。
夫のほうは、髪が長くてきれいな妻のために、
自分が大切にしていた懐中時計を売って高い櫛を買う。
妻のほうは、夫が大切にしている懐中時計を無くさないようにと、
自慢の長い髪の毛を売って、懐中時計の鎖を買う。
お互いがお互いを思って買ったプレゼントは、結果的には役に立たないが
夫婦はお互いの気持ちを確認して、ますます仲良しさんになる・・・という物語。
でも、我が家の場合、途中まではまるで同じなのに、なぜか最後が
「なんで余計なことするんだよ!あ〜あ、こっちはせっかくあなたのためを想ってやったのに!」
「・・・。(ムカッ!私だってそうだよ!もぉ〜!)」
現実は物語のように仲良しさんにはいかない・・・。(苦笑)
ペパーミントさんは、黙ってたって絶対に自殺なんか出来ません。(・・・と私は思う。)
だって、ソラ物語と出会ってしまったからね。
自分をいじめることは出来ないと思う。
首を吊ったら、首の細胞さんが痛がるだろうし、手首を切ったら、手首の細胞さんが痛がるし。
クスリを飲んだら、身体の細胞さんが悲鳴をあげるだろうし。
私も同じ理由で、痩せ薬なんか飲めません。(飲まなくて良かった!飲んでたら、死んでたかも?)
コーヒーは飲んじゃうけど、一日一杯と決めてます。ゴメンねって謝りながら。
全てのものに意識があると思ったら、ちょっと周りに気を遣い過ぎちゃうようになって
自分がやりたいことが出来にくくなったトコロがあります。(苦笑)
なんか、最近、「ごめんね、ありがとう。ごめんね、ありがとう。」の繰り返しばかり
やたら多く言うようになりました。
今朝、玄関を出てすぐにソラを見上げて(毎朝恒例)主人が居る前で
「おはよ〜!ありがと〜!」と、もう少しで声に出して言うところだった!
(手は小さく振ってしまった!・・・でも、見られなかったと思う。)
危ない、危ない・・・。
心で思っていることを、最近知らず知らずのうちに声に出している自分が居ます。(苦笑)
ペパーミントさんのおっしゃっている事って、
誰でも一度くらい考えた事あると思うんです。
私も生きていても仕方ないと中学くらいの時から、考えたりしてました。
頭痛も同じです。これも中学くらいからずっと続いていて、
きつい頭痛薬が欠かせませんでした。めまいもあって、
立っていられない程ひどい時もありました。。。
これも今はお知らせだったと思っています。
あんまりいいお知らせではなかったようですが。。。
タエコさんがおっしゃっているように、人間として生きるのって
ただただ面白いことだけじゃないですよね。
個人個人で様々な悩みや苦しみもあると思います。
でも、それがいい事か悪い事かは、終わってみて
タペストリーを見てから分かる事なのかなと、思っています。
誰でも欠点とか、突かれたくないことってありますが、
傷つけたくないと、放っておくほうが良いとは限らないですよね。。
大事な人だったりすると、なおさらきつい事も言わないといけないこともあります。
単純になにか言っちゃったのなら、あやまればよい、なんて
おおざっぱでしょうか!?
今皆ペパーミントさんのように
これでいいのかな、と悩んだりしながら、生きているんですよね。
よく考えれば、人間として生きているってすごいことではないでしょうか。。
自分の体にもものすごい数の細胞ががんばっているんですよね。。
ゆかさん、足、今は大丈夫です。ありがとうございます。
私の右足は生まれたときからおかしくて、生後1才の時に手術したんです。
激しいスポーツとか、長距離を歩くのは止められていましたが、
普通に生活している分には大丈夫でした。
どうも右足が痛くなるのは、霊さんのお知らせのようで、
進んでいる道が間違っていたり、M関係がくると、痛くなります。
これは、ソラの話を知る前からで、ずっとそうやって
間違わないようにお知らせしてくれていたんですよね。。
そのお陰で、ここにたどりつけました。。
ああ、人のこと言えないんですけど、書いちゃった。。
私も悩みシンクロです。。。
皆さまのレスを読んでいて思ったことを幾つか。
自分が作家だったら「色々あって幸せになる主人公の物語を書こう」とするだろうと思いました。
でも、自分が主人公だったら「幸せなことばかりが起こる物語を生きたい」と思うだろうと。
その一方で、
「幸せなことばかり起こる人生は、幸せに飽きちゃって面白くないかも」と思う自分も確かに居ます。
昔、私は「私が生きてるからいけないんだ!」と自分を責めて拒食症になりました。
それで病院通いもしました。
でも今思うと、「私がいけないんだ」の言葉の裏に「私がいけないんでしょ?私が全部悪いんでしょ?」
と相手を常に責めている自分が居たように思います。
あの頃の自分は、
その状況を変えようとするのじゃなく、そこから逃げだそうとばかりしていました。
辛いと思う状況を打破するのじゃなく、その辛い状況の中に留まって
「私がこんなに辛いのは、あなたのせいよ!」と相手に見せつけていました。
毎日毎日「私ってこんなに可哀想!」と自分を慰め、相手を責める言葉ばかり思って生きていました。
自分に同情してくれる人の気持ちを食べて生きていました。
叱咤激励する人たちには
「私の立場になったこともないくせに、あなたに何がわかるっていうの?!」
と思っていました。 お〜、コワ! まるでオニです。
ある時から3ヶ月くらい、必要に迫られて家を出ました。
頭で色々計算することなく、自分がやらなきゃいけないことだけを精一杯やりました。
きつくて楽しくないことばかりのようにも思えたけど、
誰かのために自分が役立っていると思うことが、こんなに嬉しいことだとは
自分でも思いもよらない発見でした。
本当にきつかったけど、あれは自分のためだったんだなと思います。
あのことがあったから自分も変われたし、周りも変わったのかもしれません。
もしも、何か「抜け出したいのに抜け出せない」と思うことがあったら、
いつもとちょっと生活を変えてみて、自分のことは考えずに人のために働いてみることって
案外良いかもしれないと、ちょっと思いました。
一度、腰がすごく痛くて起きあがるどころか、寝ているのも辛い状態がありました。
たった一日だけだったけど、本当になんにも出来ませんでした。
主人にパンやほか弁やウーロン茶を買ってきてもらい、ずっと寝ていました。
あの時、私の霊さんはきっと「生きていたくない」と思ったのじゃないかと思います。
でも、こうやって今でも生きているってことは
生きるってこともまんざら悪くないって霊さんが思い直したのかしら?
>ゆかさんに見られる強さ、これは誰もが持つ強い個性の一つです。
そして、それとバランスする個性もちゃんと有りますから心配ないのです。
きまじめさん、ありがとうございます。m(__)m
この言葉にすごぉ〜く救われました。 良かった、良かった、嬉しかった!
眠くて頭もぼーとしてうまくいえませんが、思った事。
何故相手の事ばかり考えているのですか?
とくめいさんの言われるように、何故もっとご自分を大切にしないのですか?
私はこのようになってから、言いにくいこともはっきり言うようになりました。
勿論悪意があって言うのはいけないと思いますが、良かれと思って言ったりする事なら、それで結果がどうなろうとそれは必要があってなったことと思います。
悪い結果になろうと、後から見るとそれでよかったと、それから学ぶ事ができたと、ポジティブに受け止めていけば良いと思います。
最近スポーツをちらちら見ていてつくづく思います。
優勝すれば良い。勝てばよいとその時は思っても、長い人生後から思うと必ずしもそうでもないと思えます。
人生何も問題なくすらすら進めると楽ですが、霊さんはそう思っていないようですね。
だから少しくらい問題が起こっても、最終のタペストリーがきれいに織り上がれば良いのでないでしょうか?
それには変化があったほうがきれいな模様ができるから、霊さんは変化を求めるのではないかと最近思っています。
だからデン!!として【なるようになる】としていれば良いのでないでしょうか?
勿論するべき事はしなければいけませんが、、。
わたしも、ソラ伝を知ってからも
ふと自分なんて生きてていいのかなって思うこと
最近はなかったけれど何回かありました。
でも、、そのとき、こういうこと
考えたら、自分の体さんの一生懸命
分裂して頑張ってくれている細胞さんたちは、
どんな気持ちなのかな、どんなに
悲しくなるだろうかって、、思うんです。
なんか他にも書きたいけれど、うまく
まとまりません。
ソラ伝のお知らせで私
読んで何回も涙が出てきたのはちょっと文が
違っているかもしれませんけど
「自分をよく頑張っているねと自分でほめてあげてください」です。
な@さん。
不定愁訴かもしれません。
毎日、頭が痛くて体がだるくて疲れやすいのですが、病院に行っても「異状なし」なんですね。
でも、毎日、頭がクラクラするんですね。
花さん。
なおしてほしい、というよりは、「ほんとうは、なおりたくない」のかもしれません。
ちょっと問題ですね。
ゆかさん。
「ミニモニ」になるチャンスは、「お医者さん」の次に確率が高いです。
「モーニング娘。」のオーディションに合格したら、もしかしたらなれるかもしれませんね。
私もまた「ソラ物語を世に広めること」で、どこか「逃げていた」ところがあったと思います。
私の場合、言葉だけを書いてしまうと、慌てる方もいるようなことです。
生きるのがつらい。
あっ、心配しないでくださいね。そういう意味ではありませんので。
でも、寝る前いつも、「もうこの世で目が覚めないで、あっちの世界に行けますように」なんて思ってしまうのです。
でも、「ソラのために生きてるんだ」って思うことによって、無理に「生きる目的」を見つけようとした、というところでしょうか。
前、一度、生きること、死ぬことの話になったことがあったと思うのですが、私もすごく悩んだりします。
「自分が存在するだけで、誰かが迷惑するのでは?」
「自分なんて、いないほうがいいのでは?」
なんて、思うことがよくあります。
誰かを傷つけるのが、すごくつらくて。
でも「何もしない」、ということも、これまた誰かを傷つける。
もちろん、自殺なんかすると、それでまた誰かを傷つける。(ご安心ください。しませんので。)
みんなが幸せになるように、っていつも思ってて。
でも、自分のやったことは、悪気がなくても、結果として相手を傷つけてしまう。
だから自分なんか、いっそのこと消えちゃえば、なんて思うときもあるのです。
繰り返し言いますが、決して自殺しようとしている、とかではありません。
ご安心ください。
きまじめさん。
私は「良い大人」になろうとしたのだと思います。
しかし、それがどうもうまくいきません。
相手が喜ぶと思ってしたことが、かえって相手を傷つけることがよくあるのです。
もっと努力しなくてはならないのかもしれませんね。
少しドキッとさせるような内容を書いてしまいましたが、「心の掲示板」ということで、おゆるしくださいませ。
これは医学用語ではありません。
科学と云うものは、先に現実があって、それを確認する作業だと思います。
昔からリンゴが上に落ちる事はありません。
ニュートンは、この上・下でなく、重力加速度Gを表現したと思います。
実際にはGは、数値の他に方向があります。
このように、次第に事実を説明するのが科学だと思います。
さて、
昔から言われる「隔世遺伝」ですが、不思議だなと思いました。
今はソラからの伝言で納得していますが、
それだけでもないと思います。
家族のように一緒に生活する者はお互いに助け合います。
そこには自然な役割分担を生じ、
Aの子は、それを補佐するaになって、次のaを補佐する孫はA'に成る。その先でa'になれば、
いわゆる隔世遺伝です。
これが上手く行く為には、それぞれの自主性を最大限に尊重すれば良いので、
ゆかさんの場合ですが、いくら誘導しても頑として聞かないタイプの子供なら良いのです。
ゆかさんに見られる強さ、これは誰もが持つ強い個性の一つです。
そして、それとバランスする個性もちゃんと有りますから心配ないのです。
もし子供がおソラから見て待っていれば、それに答えれば良い。
「良い人」とは?・・自分がしたい事を自分でする人です。思った事を人にさせるのは良くない。
「良い大人」は?・・相手がしたいことをよく見抜く人です。それを、それとなく助ける人です。
世の中に、その反対の事が行われているからといって、それと対決するのでなく、
そのような糾弾に時間を浪費するのでなく、
あるべき頭の使い方を教え、そのようにすれば自然に人間関係の問題が消滅してしまう、自然との対決も解消してしまう、
それがソラからの伝言・イシカミからのメッセージ
政治はそれを取り込もうとするでしょう。宗教も然り。
吸収して良いものに変わる振りをするであろう組織ですが、実は組織そのものは心を持ちません。
敢えてその動向を言えば、参加メンバーの欲望の平均値でしょうか。
人は、それぞれなら精神のバランスを取れるけれど、その弱さが誇張されて、組織の強さに依存すると1つの歯車になって全人格性を失います。
まだまだ強いものにアコガレる人は多いけれど、組織が強いほど、相対的に人は弱くなり負けてしまう。
問題は、敗者を作り出すような強者意識と、それを容認する法令にあるのでしょう。
歴史に散った数々の一時のあだ花と、まだ残る古い価値観は散り行くもので、
その認識を加速するのがウェッブでしょう。
これまで、一方向的な情報伝達によって生き長らえた支配意識は、新しい双方向通信によってチャラになる。
まだ老人の参加は少ないし、幼児が直接参加する手段は開発されて居ないけれど、
日木流奈クンが小さかった頃に母親が代弁したような、間接的に参加する方法を含めて、もっと色々と出てくるのではないかと思います。
編集済
個人的なことになりますが、スミマセン。 ちょっと愚痴らせて。
今まで私は「ソラ物語を世に広めること」が自分のなすべきお仕事だと思ってきました。
ホントはね、私がそんなに気負わなくても、広まっていく時は広まっていくと思ってるんですよ。
でも、「私が頑張らなきゃ!」って思わないといられないところってあったんですよね。
最近、それがちょっと重荷になってきちゃったんですよね。自分のその思いこみが。
うまく説明できないんですけど
自分に子供が出来ないことを、
ソラ物語を広めることで忘れようとしていたところがあるように思うんですね。
「これが私の仕事だから、私は子供が出来ない道を選んだんだ!」ってね。
でも、ホントのところは自分でもよくわからないんですよ。
私ねぇ〜、こんなんですけど、幼稚園の先生になりたかったくらい子供が大好きだったんですよ。
結婚前も子供英会話の講師をしてましたしね。
とにかくずっと幼い頃から、自分と愛する夫の子供を産んで育てるのが夢でした。
(勿論、子供はオモチャじゃないですから、私に親になる適性が備わっているかっていうのは
また別の話なんですけど。)(苦笑)
今は正直言って、子供のことを考えるのがコワイです。 欲しいけどコワイ。
この年(37歳)まで全然でしょ?
「もし、この年で出来たとして、果たして私は産んで育てられるのだろうか?」
とか考えると、もぉ〜コワイです。(苦笑)
結婚する前は「結婚したら、赤ちゃんが出来るのは当たり前!」って思ってたところがありました。
だから、「そのうち出来るだろう」ってなモンで。
でも、世の中ってそう上手くはいかないですね。
「なんで私?」って思って泣いたことも数え切れないくらいあります。
「私、なにか悪いことしたのかなぁ〜?やっぱり前世の行いが悪かったからかなぁ〜?」って。
私の大叔母は、やはり子供が出来なくて、養子をとって育てていたんです。
私は幼い頃から彼女を見て、「どうかおばちゃんのようにはなりませんように」って
ずっと思っていました。
だからなのかな? そのツケがまわってきたのかしら?
世の中、なんでもかんでも思い通りになんかいかないですし、上手くもいかないんですよね。
わかってるんだけど、割り切ったつもりなんだけど、やっぱダメですね。
最近、一生懸命にやっても報われないことってあるんだなって、つくづく思います。
ソラ物語を広めて御利益を得るつもりなんて全然なかったんだけど、
今のこの落ち込みようは、心のどこかに「そういう気持ちがあったのかな?」って
自分でも情けなくなってしまいますね。
最近、同じアパートの隣人たちが、好意から雑誌の切り抜きを持ってきてくれたり、
不妊治療のお医者さまや養子縁組みの紹介をしようか?と言ってきてくれたりします。
どうしたらいいのかなぁ〜、自分はどうしたいのかなぁ〜って思います。でも、わかりません。
ただ、一つわかることは、私が望んでいることはそういうことじゃないってことです。
でも、私が望んでいることは、この先どうなるか全然わからないことで・・・。
要するに、人生ってそんなモンなのかもしれませんね。
cosmosさん、
エドガー・ケイシーは名前だけ知ってます。
ご紹介くださったような方ということも聞いたことがありますが、
私は彼の本を読んだことが一度もありませんので(苦笑)
彼に関してのコメントは差し控えさせて頂きますね。
病気を治す・・・というのは、シリウスの力によるところが大きいようですね。
あ、でも例外として、ムーノイアのイシカミ?王さま?もそういう力を持っていたようですが。
(確認しておきますね。)
私の知っていた人で、やはりシリウスの力を持っていた人が居ます。
(今は連絡をとっていませんので、まだそうなのかはわかりませんが。)
すごく心の優しい方で、病気の人を治してあげたいと思っていたようですが、
どうもシリウスに利用されていたようですね。
その方のように優しい良い方でも、その霊はどうかわかりませんし、
その方を知っている当時、まだ私はソラ物語を知らなかったので、
エネルギーで病気を治すことは良いことだと思っていたのですが、今はどうかと思います。
病気はその人の霊さんからのお知らせですからね。
それを本人がわかろうとしないで、他人の力で治してしまっては、
霊さんのお知らせの意味がなくなってしまうし。
ペパーミントさん、
「ミニモニ」ってアイドル・グループなんですね? 教えてくださって、どうもありがとうございました。
それじゃあ、姪っこ、「ミニモニ」になるチャンスがあるかしら?(苦笑)
お体の具合はいかがですか? まだクラクラしたりしますか?
もしかしたら、なにかのお知らせかもしれませんね?
私も目眩がしていた時は、毎日時間がある限りコンピューターに向かっていましたが、
今は熱くなりすぎないように(苦笑)外に出たり、ウィンドウ・ショッピングをしたり、
気分転換を図っています。
要するに私の場合は、霊的なことばかり考えすぎて、現実生活が疎かになっていたみたいです。
つい最近まで、編集作業に一生懸命になりすぎて、自分の気持ちや考えだけに囚われて周りが見えず
まるで「自分の奴隷」みたいでした。
「これではいけない!」と思い、気持ちを切り替えることにしまして、
「私が世界をまわしているワケじゃないんだから、私がいなくったって世界はまわっていけるわ!
だから気負うことなんかないんだわ。のんびりいきましょ!」
と編集作業をペース・ダウンさせ、いつもは行かない場所なんかにも足を運ぶようになりましたら
目眩は全然しなくなりました。
そこで私が学んだこと!
「ソラ物語」を世に広めるのもとても大切なことだけど、
人間として生まれた自分の生活を楽しむことも同じくらいとても大切。
ペパーミントさんも思い当たることがあったら、それをやってみて現実生活を楽しんでみてください。
案外すぐに治るかもしれませんよ?
な@くん、
不定愁訴なんて言葉を知ってるんですねぇ〜。いやぁ〜、ひさしぶりに聞いたわ!
私がまさにその「不定愁訴」でした。あははは。(苦笑)
アカシック・レコード・・・って、ホントにあるのかしらね?
アカシック・レコードって、今まであったことの記録が全部なされている図書館みたいなモノなんでしょ?
言ってしまえば、霊界自体がアカシック・レコードなのかもね。
ペパーミントさん“も”・・・ってことは、な@くん“も”不定愁訴なの?
あらら、みんなそうなのね? 私だけかと思っていたわ。(苦笑)
ねぇー、ねぇー、ところでな@くん、私に暑中見舞いのメールくれた?
な@くんかな?と思ったんだけど、見覚えのないアドレスで、おまけに名前が書いてなかったの。
もし違ってたらごめんね!でも、もしアタリだったら
「暑中お見舞い申し上げます!メールありがとね!嬉しかったッス!」。
花さん、
歩くのが辛いくらい痛みがある時があったのですか? 今は大丈夫ですか?
ちょいシンクロですねぇ〜!
私も実は昨日「歯はイシカミが作ったんだったわねぇ〜」と、
左下の歯がうずいた気がした時、ふっとそう思い出したんですよ。
お子さんの「カニさんみたい」って、ホントいいとこついてますよねぇ〜。
カニって、漢字で「蟹」って書きますよね? 「解る虫」?
イシカミのことが解る虫ってことかしら?
・・・ところで、カニって虫なんでしょーか?(笑)
不定愁訴って難しい言葉を知っているじゃあ ありませんか。。
ペパーミントさんはどこか治して欲しいところがあるんですか??
私は右足が痛かったですが、ソラのもののお知らせと分かりました。。
今もお知らせの時は痛くなりますが、以前のように歩くのが辛いのは
なくなりました。。
歯もイシカミさんのお知らせのようです。。
子供っておもしろいですよね。。
今日は蜘蛛が駐輪場に2匹いたのですが、その蜘蛛を見てなぜか
カニさんみたい、と言ってました。
いいとこ付いてるー、と勝手に思ってました。。
アカシックレコードを読みとることをいうんじゃないんですか?
ソラからの伝言に出会う前に読みましたが、それから一度も読んでません。
アカシックレコードなるものがあるのかどうか今は興味ありません。
ペパーミントさんも不定愁訴?
私が子供のころ、なりたかったのは、プロ野球選手にパイロットに電車の運転手です。
昔の男の子の定番ですね。
でも、前世、アメリカの女の子だったときも、なりたかったのは、大リーガーに宇宙飛行士と、男の子みたいでした。
宇宙飛行士、パイロット。
もちろん実現はしませんでしたが、ソラとつながった今、もしかしたら、ある意味「宇宙飛行士」なのかな?なんて思ったりもします。
cosmosさん。
エドガー・ケイシー知ってますよ。私も治してほしかったな、なんて思ったりします。
でも私の場合、頭がクラクラしたり、疲れやすかったりすることそのものに意味がありそうな感じもするのですが。
ゆかさん。
「ミニモニ」はアイドルグループです。「モーニング娘。」のメンバーの中の4人が、さらにそういうグループを作っているのです。
お医者さんですか? すてきですね。やさしい心、いつまでも持ち続けてほしいですね。
皆さん、エドガー・ケイシー、知ってますか? 「眠れる予言者」「リーディング」です。
一応、お金は一切もらわないで、病気で苦しんでいる人達をリーディングで治したそうです。
イエスの時代には弟子のルカだったりとか、エジプトのピラミッドの時代にもいたらしいです。 アトランティスの事もリーディングしていて、結構当たっているみたいです。 抽象的でよくわからないところもありますが…。 人間の大事な事は、誠実さだとか、子供に対しても、「霊に話かけるといい」などと、言っていたそうです。 どうでしょうか?
ちっちゃい子はなんか本能的にずばり、言うんですよね♪ 本当に大人がびっくりするくらいにね。 娘とシンクロしてると感じる時もありますもん。
昨日書いた姪のことですが、
姪は「お医者さん」の他にも、
「トトロ」、「おじゃまじょどれみ」、「ミニモニ」になりたいそうです。
「あまりスゴすぎるとコワイと思ったけど、それを聞いて安心したわ」と
妹が話してました。
でも、お医者さん以外は、どう頑張ったってなれないと思うんだけど・・・。
ちなみに私は、この「ミニモニ」というのがどういうのか知りません。
心や体とは全然関係ないと思ったけれど、とりあえずココに。
昨日は母の誕生日だったので、久しぶりに電話をしました。
その時話題に出たのが、2歳になる私の姪のこと。
まだ2歳だと言うのに、「私は大きくなったらお医者さんになって、困った人を助けるんだぁ〜」と
なんとも大人びたことを言うらしいのです。
それを聞いて驚いたのが妹夫婦と、同居しているご主人のご両親。
誰もそんなことを話したり教えたりしていないのに、「なんでそんなこと、言うんだろう?」。
テレビの影響だろうね・・・と話しているらしいですが、
この姪の言葉を聞いて、私の父は目尻を目一杯下げて嬉しがっているらしい。(苦笑)
私はその話しを聞いて思った。
なんだか亡くなった母方の祖父が言いそうなこと。
「まさかね」とは思ったけれど、もしかして生まれ変わり?(苦笑)
なんにしろ、小さな子どもが言うことには驚かされます。
でも・・・ホント、頑張ってお医者さんになって、困った人を助けてあげておくれ!
オバチャンは応援しているぞっ!
皆さま、どうもありがとうございます!m(__)m
とりいそぎレスをば。(苦笑)
またまた週末で、主人が家に居りまして・・・
まぁ、ちょっとPCから離れて頭を冷やすには丁度良いかもしれませんが。(苦笑)
cosmosさん、らむねさん、どうもありがとうございます!
「言ったり書いたりするのは、言わされたり書かされたりしていると思って・・・」と
タエコさんにも慰めの言葉を頂いたのですが
やはり自分では、この「熱くなりすぎて一つのことしか見えない自分」というのを克服しないと、
次ぎの段階には行けないような気がします。
言い方にしても、言葉をもっと選ぶことも出来るだろうし、
手段にしても、違う手段をとることが出来るだろうし、
そこのところをもっと冷静に考えて、感情に流されない自分にならないと、
次ぎになすべきお仕事が出来ないような気がしています。
・・・とかなんとか言いながら、同じようなことを何度も繰り返している私は
ほんとーに学習能力がないようです。(苦笑)
きまじめさん、
税金の方は主人の担当で、私はこちらにきてノータッチなのでよくわかりませんが、
こちらで税金を支払う際、幾つかの慈善団体に寄付をすると、その分税金が免除されるという
そういうシステムがこちらではあるようです。
あと、税金とは関係ないのですが、
ちょっと前に話題になったのが、小・中学校(高校も入るのかな?)の朝礼の時、
アメリカの国旗に向かって手を挙げて「国と神に誓って(云々)」というお祈りをするらしく
この場合、「国」というのはなんら問題はないらしいのですが、「神」というのが問題で、
それは「教育と宗教は切り離すべき」という考え方に反するということで、
「“神”という言葉を使わないようにすべき」という議論がなされていました。
“神”という言葉から人々が感じる複雑さや、またその重みをつくづく感じます。
(神さまが色々と分かれているから、問題ありなのよねぇ〜!)
記憶が、良い風呂加減なのですが、今は暑いから水風呂が良くて、30分も漬かっていると多少はふやけますが、体温が下がって2時間は涼しい顔をしていられます。
で、記憶の続きですが、
ドイツだったか、納税の時に10%がところ宗教にも支払うこと(主にキリスト教に配分)になっているそうで、
アメリカ事情ばー教えっ呉れんかのー。
いっちょ調べっと
第1条
連邦議会は法律により、国教の樹立を規定し、もしくは信教上の自由な行為を禁止することは出来ない。
また言論および出版の自由を制限し、或いは人民の平穏に集会をし、また苦痛時の救済に関し政府に対して請願をする権利を侵すことは出来ない。
あ〜ゆかさん メールを書こうと思っていました。必死になってる ゆかさんのことが とてもとても そうなんだなって 思っていました。私も別の 意味で そんなとこありますので よく分かります。でも そんな時は ゆかさんが いつも助けてくれたり アドバイスしてくれて 今なんとかなっているんですよね。
今日は そう思ってメールをしたいなと 思ったんです。
でも ゆかさんのことだから 自分で気づいて 落ち込んでないかなって。。。心配になっちゃいましたよ。私は 気づかずに ギリギリセーフで みんなに助けられていますので・・・やっぱり いろんなことを 調べられたり シンクロしたり ヴィジョンを見たりするのも 自分一人の力でないなと ほんとに感じます。
それぞれが パズルの一枚なんだなって。どれが欠けても 完成できないってことですね。
私も いつもいつも 失敗ばかりで それでも ごめんなさいと 心で思うと いつも空のみなさんは 許してくれると信じています。
もう 気にしないで くださいね。
ゆかさん…、反省なんて、そんな…。
情熱、とってもよく伝わりますよ。 ほんとです。
編集や、ソラに関する事に携わる人達は、ひとえにソラを広めたい一心からですから。 それは皆さん変わりませんよ!!
ゆかさん、情熱をもって携わってされているのですから、表現は違っていても心は一緒です!
強さも絶対に必要です!!
コ・・・さんにはエラソウなことを言っておきながら
自分がそのような態度をとっていたことに気づき、
今、メチャメチャ反省しています。
現在、第3集の編集のお仕事をしているのですが
未だかつて無いくらい必死です。(苦笑)
なんとか、この本でソラ物語を世に広めたいという思いが強く、
頭の中はいつも、世界中の人たちがその国の言葉に訳されたこの本を
楽しそうに読んでいる場面ばかり思い浮かべています。
私は、「ソラ物語を世に広めるのが自分の仕事」と思っている部分があります。
「だから、ソラ物語を世界に広めるまでは、他のことは出来ない」と
決めつけているところもあります。
「ソラ物語が世に広まったら、仕事もして、子どもも産んで・・・」みたいな
世の中で“普通”と思われていることをしてみたいな、と
そう夢見て思い描いているところがあります。
だからなのか、必死になってます。
でも、自分がどういう思いであろうと、
人になにかを要求するのはおかしいと思いました。
編集に携わってらっしゃる皆さまは、それこそ、みんみんさんを始め皆様方、
本当に一生懸命で、「早く世に広めたい」と強く思ってらっしゃる方々ばかりです。
エラソウなことを言ってしまってごめんなさい。m(__)m
まだまだな私です・・・。
ピン・キリって、賭け事の言葉というよりは「カルタの言葉」なんですよ。
下に参照サイトを載せておきました。
語源はポルトガル語の「1」を表す「ピンタ」から来ているそうですが
私がこの「ピン」という言葉を使ったのは(夢・ヴィジョンの方に書いてましたね)
「父の口癖である」というのも理由ですが(聞き慣れているので、おかしいと思いませんでした)、
日本でも普段、そうしょっちゅうではありませんが、使われているからです。
ピン・・・と聞くと、大抵の人が思い浮かべるのは「麻雀」でしょうね。
イーピン、リャンピン・・・とかね。この場合は「筒」の意味があるようですが。
私は麻雀は全然知りませんが、父も主人も出来ますので、言葉だけは耳に残ってますね。
私は基本的に賭け事は好きではありません。
ラスベガスに行っても、ひどい頭痛がして部屋で寝てましたし。
でも、ゲームをするのは好きです。お金を賭けるのが嫌いなだけで。
勝ち負けについても、そりゃあゲームをしている最中は勝ちたいと思いますが、負けてもどうってことありません。楽しけりゃ、それで良いんです。
話しは全く変わりますが、
賭け事をするかしないか、好きか嫌いか・・・に関わらず、世の中には色んな人が居ます。
自分と全く違う考えの人だって居ますし、自分には理解できない考え方をする人も居ます。
そういった場合は、その人に自分の意見をハッキリと伝えた方が良いですね。
その人に意見をハッキリと伝えて、その人の意見も聞いた方が良い。
一番避けて欲しいのは、相手を見下したりバカにしたりすることです。
人間はソラの者達から見ると、人間は皆同じで、
誰が優っていて誰が劣っているなんてことはないのです。
それを知っておいて欲しいなと思いました。
世の中にはソラ物語を非難したり、攻撃したりする人たちも居ますが
私は彼らをバカにはしません。
ただ、悲しい気持ちで眺めています。
そう言えば、ちょっと前に日本史の校正をしているとき、坂本龍馬を校正したのですが
そこに「同じ道を歩んでいた者が道を分かれようとしたとき、敵になる」みたいなことが書いてありましたね。
けれど私は思います。
それは同じ道を歩んでいたのではなく、双方の考えに「同じと思っている誤解」があったのだと。
本当に同じ道を歩んでいるのならば、敵になりようがない。
なぜならそこには、共通する“成し遂げるための終わりなき仕事”というものがあると思うからです。
敵になるとすれば、そこには「同じと思っている誤解」があるのでしょう。http://www.kbc.co.jp/radio/powershovel/consult/20020304.html
ピン・キリって賭け事の言葉じゃないかなあ、違う?
感謝…。
はっ…。
私流のを 今日 見つけました。。
以前から思ってたけど 感謝は 私にとっても 4つ目の鍵です。というか もう最高の鍵です。この言葉に 当てはめてみました。
きっと 霊さんが教えてくれたのだと思いますが 1個目”おのが心を見つめ”2個目”おのが心を解き明かし”3個目”おのが心を解き放て”
そして4個目の鍵は”感謝”
自分の心に向かう鍵です。でも 分かった!と思ったときは すでに 分かっていなかったり 心って ほんとに流動的で 別の生き物のようですよね。
私の中には2通りの感謝があります。
「自然と湧き出てくるような感謝」と「自分で気をつけて感謝しようと思う気持からくる感謝」。
前者の感謝の気持ちが沢山ある人は、本当に素晴らしい人だと思います。
でも私のように、「感謝すること」を努力する、
つまり感謝の気持ちを自分で思い起こし、作りだそうとする人間は
本当の感謝の気持ちっていうのとはちょっと違う気がして
「やっぱりまだまだだな」って思ってしまいます。
本当は自然に心の底から色んな人やモノ、おソラの皆さまに対して手を合わせて感謝出来るような
そんな人間になりたいのですが、今の自分はそこまでの器ではありません。
それでも毎日感謝する訓練をしていると、
徐々に「あぁ、ありがたいなぁ」と自然に思うようになれる気がします。
私の祖父母がそうであったように、自分もそんな感謝する人間になれるんじゃないかと
そのように期待している部分があります。
私は、それこそ20代の頃は、非常に高飛車で生意気で傲慢な人間でした。
「やってもらって当たり前」というか、そういう考えがどこかにありました。
自分がどれだけ周りの人に支えられ守られているか、全然気が付きませんでした。
いえ、気付こうと思うことすらありませんでした。
今そのことを思い出すだけで、情けなくなってガクーンと落ち込みます。(苦笑)
私は、たぶん今でも、他の方よりもずっと感謝の気持ちが足りない人間だと思います。
だからこそ、自分で努めてその気持ちを奮い起こすようにしています。
そのうち、条件反射のように、他者に感謝することが心の底から出来るようになったら
今の私のこの訓練の成果が出てきたと思えることでしょう。(苦笑)
今はまだまだ発展途上です。(苦笑)
鍵のシンクロで いろいろと考えて 外ばかりを見ていましたが これは 自分の中にも求めることも必要なかと思いました。祖父の日記を何気にめくってたら 心の鍵。。と出てきました。なんのことかなと 思って見ると 感謝という心の鍵を開けると また次の鍵を。。。探す?なんか そのようなことが 簡単に書かれてありました。
外ばかりでなく 自分の中に目を向けるということを 忘れていたなと 思いました。
感謝ということは 簡単なようで 一番 難しいことでもありますね。
人生は道場のようなもの、でしたね。。
平和って何も考えずに生きていくのとは全然別ですもんね。。
無駄な争いがなくなるように、ソラの話を応援しています。。
と言いたいのでした。
以前とてもよくつながっていた時、とても贅沢をした女性3人のうち1人が、次回はインドの貧民窟で生まれ変わります。と言って来たので私は本当と思っています。
(コウセイ、イメルダ、チャウシェクス?だったと思う。)
その人は両極端の体験をしたい霊なのだと思っています。
私は嫌なのでほどほどの人間体験で良いとその時思いました。
自分の望み。。ですか。。
昨日の夕刊に空爆のことが載っていて、子供や赤ちゃんなども亡くなられたようです。
自分に子供がいるから余計かもしれませんが、
幼い子供がその様な目にあうことにどうしても慣れません。
同じ人間として生を受けたのに、なぜこのようになるのか、
一方で食べるものもなく死んでいく人もいれば
湯水のように無駄なお金を使い、贅沢三昧に暮らしている人もいます。。
どこで進む道が違ったのか。。
一人ではなにも出来ないかも知れません。。
でも想うことが大事、嫌な事ばかり考えていればそのような世界になっていく。。
沢山の壊れ物を捨てて、皆が平和に暮らしていける世界になれると信じているから
ここにいます。。
ソラの話はというより、今までの考えをすてるのは
思っている以上に難しいかもしれません。
でも、少しずつでも進んでいければいいと思っています。。
私はたまたま過去生のようなものをビジョンなどで見ましたが
それも何か意味があって見せてくれたのだと思いました。。
その事だけを拡大して考えるのは違うと思いますが
大きな流れのなかの一つの出来事、と解釈しています。。
どのような入り方でも、そこからつながっていけば、
その人の意識が広がっていけば
道は開けるかな、、と考えていたところでした。
ペパーミントさん ごめんなさい。無理を言ってしまって。。後で あーっ 思い浮かぶまで 考えていらっしゃるのでは。。と思い うかつなことを 書いてしまったかな。。とも思い。。でも やっぱ聴いてみたいよね。。とも思い。。。はっきりしませんで。。
m( _ _ )m タエコさんが 書いて下さっていましたし。。とも思い。。
提案、ということで お聞きしてもいいですか?
らむねさん、宇宙の始めの部分ですよね。
どのような表現がいいか、いろいろ考えています。
そうです。トーマの心臓は萩尾望都さんです。「ポーの一族」などと並ぶ代表作です。
大きな間違いを・・・落とし物でなく 壊れ物でしたね。この言葉 普段 あまり使わないので 間違ってしまいました。ほんとに 何も関心の無い人(霊とか。。)に 伝えるのは難しいなと 最近 思ってしまっています。
人が三位一体だよっていうことも 関心のない人にしか わかってもらえないのかなと。。それで わざわざ 遠回りしながら?(歴史などを解明しながら)
歴史も 間違ったものを あがめてることの間違いを 伝える手段として調べているつもりで。。。今 中指の先が 信号のような痛みが。。きっと このままで いいんですね。
(一人で納得しまっていますが)(笑)どうも 歴史の封印を解いてるつもりが 実は 自分の封印も一緒に 解かれてると 最近 思えてきました。
それで 人のためといいながら 自分のためでもあるな。。と 感じています。
精神世界の言葉は
耳ざわりの良い、心地よくなるような「催眠術」のような言葉ですが
「愛」だとか言っていても
所詮はMの支配の仕方を形を変えて紹介しているだけだということを
多くの方はおわかりにならない。
精神世界は、まるで子どもを甘やかすお母さんと一緒。
お菓子を与え、思いっきり優しい言葉で甘やかして、いっつも抱きしめて、
子どもを、母親が居ないと何も出来ないような「独り立ち出来ない人間」にしようとしているのです。
それは明かに「支配」です。
私は、タエコさんと出会ったとき、
タエコさん(を通してソラの者達?)から
「今までの考えをなくしてください」と言われました。
それがどういうことだか、当時私にはよくわからなかったのですが
今はなんとなく、ホントになんとなくですが、わかります。
自分で自分の価値を見いだせないタイプ。
全ての責任から逃れようと、なんでも人に責任をなすりつけるタイプ。
「これをやったら・・・」と、見返りを期待するタイプ。
こういうタイプはソラ物語を解ったとは言えないと私は思います。
それぞれが他人に頼らない独立した人間でないと、ソラ物語を理解し広めるお仕事は務まらないと思うからです。
ソラ物語を広めたいと心から思う人間は
地球の平和やみんなの健康や幸せを何より願う人であって、
だから期待することは「人類皆愛・皆兄弟・皆平和」なのであって、自分の利益ではありません。
自分に関わることばかりに関心を持つのでなく、遠く広く世界の人々のこと考え、関心を持って頂きたい。
皆さまの視点をもっと上に向けて欲しいのです。
もしも、あなたの頭の中が、ご自分の霊や過去世のこと、
もしくは自分の望みを叶えることばかりならば、
あなたはソラ物語を理解したとは言えないでしょう。
それは魚釣りの「水の中で泳ぐ魚を見かけた」だけのことです。
ソラ伝の掲示板にも色々なお仲間が増えましたよね?
最近、掲示板などを見ていて、ふと思うことがあります。
今日はそれを書いてみたくなりました。
皆さまにもう一度立ち止まって考えて欲しいという思いもあり
また、自分自身の確認の意味もございます。
かなり辛口かもしれませんが、お付き合いくださいませ。
ソラ伝は基本的に
「来る者は拒まず、去る者は追わず」という個人の意思を尊重するものですが、
これを「見放された」「私は必要ない人間だ!」と勘違いなさる方も多いようです。
なにを隠そう、この私もそうでした。
けれど、この「来る者は拒まず、去る者は追わず」の言葉には、
「それぞれの意思に任せますよ」
つまりは、
「判断し、決めるのはあなた!自分で自分の生き方・選択に責任を持ちなさい」
ということでございます。
本当の、何者からも束縛されない支配されない自由とは、つまりは
「自分で自分に責任を持つ」ということだと私は思うんです。
ソラ物語は精神世界のような
「うわべだけの綺麗な甘い言葉」で出来たものではありません。
それをよくご理解頂きたいと思います。
最近、ソラ物語を
「知っているというだけで“わかっている気になっている人”」
が、私を含め、多く見られるようになったと思います。
その多くは以前から「不思議大好きだった人」。
(まぁ、ソラ物語に出会ったのは当然不思議が大好きだったからでしょうが。)
そして、その多くは、
ソラ物語に出会う前に、精神世界の息のかかった書物やサイトに影響を受けている人が多いように思います。
だから、未だに精神世界の影響を引きずっている人が多いワケです。
本を一度か二度読んだくらいではわからないのがソラ物語です。
ましてや「掲示板を読んでいるから」、「HPのお知らせを読んでいるから」・・・くらいでは、まったく理解できない。
だから、2001年7月10日のお知らせにもございましたけれども、ソラ物語は「魚釣りと一緒」なんです。
私も本当は皆さんにこんなにエラソウなことを言えるほど
ソラ物語をキチンと理解しているとは言えないのですが、
とりあえず気になったことだけ。
私は「落としもの」=恨みとは思っていないのです。
落としものは、イシカミの体から落ちたものであって、
それは恨みとは違うのではと思います。
確かに動けなく、食べ物もろくになかったので辛かったでしょうが
イシカミは恨みを持っているとは思えないのです。
恨みは「落とし物」ではなく「壊れ物」です。
それを手放して欲しいとソラの者達は思っているとは私も思います。
なぜなら、人間の壊れ物は、Mの真似をする想念を呼びますから。
私が落とし物を追い求めるのは、
そこにイシカミが居たということを知るためです。
人のために尽くしてくれたイシカミがそこに居た・・・それに感謝したいと思うからです。
ゆかさん 沢山 書いて下さってありがとうございます。私は 自分の霊さんを無視してしまい。。。自分の中の大切な物を 見失ってる時が多く それで 不安が多いような気がしています。それと 過去の人の思い(顕在意識)が 自分の潜在意識の中に入り。。。これは 同じ気持ちになってしまってる。。という風に 自分では 感じています。
夢を見たり ヴィジョンで見たりという現象はありますが、現実に霊を感じたり見たりということは無いので 普段まったく このことに気がつかないで 過ごしています。
今回は タエコさんに お聞きして どなたの思いが 私の潜在意識の中にあったのか わかりました。
タエコさんが その方に お話して下さって 全く 前とは違う気持ちになりました。。とても不思議でした。。
自分の気持ちだけでないな。。と気づいたのは 普通に生活してて とても いたたまれない気持ちになったので おかしいなと。。
自分の霊さんの気持ちと 過去の人の気持ちが いったい どのようにマッチングしたのか 分かりませんが こんなこともあるんだ。。と。
また 振り回されては いけないのだなと・・・でも 本人は気づかないままなもので。。
この方との出会い?は 最初に聞いた 何処からともない声?で。。。「そちが 分かってくれて嬉しい!」これです。。何を そんなに分かって欲しかったのかと。。。その時は なんだろう?くらいで 済ませていました。声を感じるのは わりと 切羽つまった。。お互いに?そんな時のようで 亡くなった母親の写真を見て 出かけようとすると 後ろから「いってらっしゃい!」という言葉を感じ 驚く。。。ということがありました。
次に そち・・・という方の言葉を感じたのは 「行くがいい!」でした。。思わず 何処へ行くのか 分からず。。それでも 思うままに行ったのは いつも行く店の屋上でした。
屋上に上って 空を見ていました。。3年も前ですが。。その方は 空を教えてくれたんです。。それと 流れるような綺麗な詩を詠んでくれました。それは とても優しく慈愛に満ちていました。。その時は 誰かとも分からなく 神という存在かなと思っていました。悲しい時には このような愛に包まれることがあるのかなと。。それで 霊さんと離れられないという感覚は あまりなく。。自然にしてるつもりだったのですが 段々 着物の匂いなども感じたりするようになって。。。どっちかというと 彼に対する憧れのようなものはあって 想像を膨らませていることは 多々ありました(笑)
ということで 私と別の霊さんとの 関わりは こんな感じでした。
そこで 今度は 霊が持ったまま死んでしまった 顕在意識の中で 「うらみ」(落し物)が強い場合 やはり それは残って行くと思いますが。。。たとえば 何も悪いことをしていないのに いじめられてしまったりとか。。このこと自体は(人をいじめるということ)とても悪いことだけど それでも 「うらむ」という落し物は いけないのですね。
この うらみを 解消する為に 学ばないといけないのですね?
それは うらみ=落し物 は 空のみなさんにとっては 悲しくて 心に持っていて欲しくない部分ですよね。。過去を知って学ぶとするなら この「落とし物」を 解消するのが 目的ですよね?その為に 学んでいるのでしょうね。。
うらみ=思いは 行動そのものよりも もっと力のあるものとなるのですね。。
ゆかさんの言っていること、本当にその通りだなって
思います。今日も感じたことは、他人のふりみて、我ふり直せ。
ということでした。個々を尊重して、みんながそれぞれ違うという
ことを、認めて、自分のはかりで、他人を計らないことなんだなと
思いました。誤ったことを素直に反省して、次に過ちを犯さないように
することが学ぶということなのでしょう。とても考えさせられる
1日でした。
らむねさん、どーもです。(苦笑)
でも、お嬢さまにお伝え下さい。「私はそんな相談してもらえるような人間ではありません」と。
実は以前私は、自分の霊さんを敬愛し、いつも「ユメサン、ユメサン」と霊さんの名前で呼んでは
精神的に自分の霊を頼っておりました。
それでか、私の霊はいい気になって、
「星物語を背負って立つのは自分だ!」と増長してしまったのです。
そして私がすごく欲しがっていた子どもですら
「私の子どもは星物語!」とキッパリ拒絶したそうなのです。
そのことをタエコさんから聞いた私は、泣く泣く自分の霊とお別れしました。
つまり「霊の入れ替え」をおこなったのです。
私は、その霊さんが、私を星物語に出会わせてくれたことをすごく感謝していたのですが
自分が人の上に立ち、星物語を引っ張るとかいう大それた思いを持っていることに
正直、驚くと共に腹が立ちました。
と同時に、そのように霊さんを増長させてしまったのは自分自身だったことに気付きました。
それからです。
「自分の霊が必ずしも自分と同じ想いを抱いているのではない」ということ、
それから「霊に甘えず、頼りすぎないで、自分の意志をハッキリ持つことが大切である」ことを
私が学んだのは。
また、私は以前、自分の過去世を非常に気にしていました。
1年半ほど前、過去世を見れるというチャネラーにわざわざ会いに行ったほどです。
過去世を知ることは、自分を知ることだと思っていました。
私はそれほど自分自身にすごく興味がありました。
どこから来て、どこへ向かっているのか、自分は過去にどういう人間で、どういうことをして、どういうことが得意で・・・そんなことを知りたかったのです。
今思うと、それを知ったからといってどうなる?それで今世が変わるのか?と思いますが。
タエコさんから、私が以前「ホピ族の酋長の娘」だった前世を持つとお聞きしてから、
私はホピ族に興味を抱き始めました。
そして何ヶ月か前に「ホピ族のHP」に
「私の前世はこういう者だと言われたのですが、どなたか私の父もしくは私を知りませんか?」
と、とんでもない書き込みをしたのです。(苦笑)
そして一昨日、それは突然起こりました。
私の過去世がわかったというのじゃなく、私の過去世に似た「自分もホピだったと言われた人」から
なんとメールが届いたのです。
私は今、その彼女に返事を書こうかどうしようか迷っています。
返事を書いて、その人が過去世にのめり込むのは避けたいなと。
過去世を知って良いこともあるかもしれませんが、悪いことだってあると思うのです。
一番悪影響だと思うことが、「過去世に囚われ振り回され、今世を一生懸命に生きないこと」です。
けれど、「こんなことを考える自分はキチガイだと思っていたのです」という彼女に
「それは違います。こういう今までの常識と言われるものとは違う本当の世界、見えない世界もあるのです。」と教えたい気持もあります。
恐らく、私は彼女にソラ伝の英語版のことを教えると思います。
それで彼女がどう思うかは、彼女が決めることです。
ただ、この出会いも「タダの偶然」ではないことを、勇気を持ってメールしてくれた彼女に
伝えたいと思っています。
私たちは過去に生きる生き物ではなく、今に生きる生き物です。
これは皆さま既におわかりだと思いますけれど。
私が皆さまに望むのは、過去の自分に、自分の霊の過去に囚われるのではなく、
今世で自分が何をしたいのか?
もしもソラ物語を広めたいとお思いならば、ソラ物語を広めるために、自分は何が出来るのかを
出来たら過去世や霊に関心を持つよりも、もっと関心を持って考えて欲しいなということです。
だって、ソラ物語というのは、一人で広めるものではないと思うからです
ペパさん 編集の 0番 宇宙と地球・・・のカテゴリーで 宇宙の始めの部分。。そのぉ出だしですが 説明のトップになるものと思われます。この辺りは タエコさんの壮大なチャネルの内容を しかも 宇宙や星という ロマンティックな それでいてスケールの大きな内容を 表現する言葉として 流れるような文が必要に思えます。
小説のような 何か 良い表現はないでしょうか。。
それそれ 大好きです。トーマの心臓でしょ♪懐かしいなぁ。「萩尾望都」←漢字これでしたか。。さんですよね。私も大好きでした。ストーリーは 忘れてしまいましたが^^:
潜在意識と顕在意識についての 分かり易い 本の紹介ありがとうございます。ほんとに そうですね。。タッチも そうでした。。そっかそっか。。
ありがとうございます。
ペパさん とても分かり易いです。柔らかな表現ですね。タエコさんに お聞きして それを編集に使わせてもらおうかな。。。
それと ゆかさんのレスも 娘に読ませました。ありがとうございます。実は この質問は 娘が言い出したものです。私は気づかずに 読んでしまっていました。。というか 分かってないのに。。。です。 でも 意見が聞けて 勉強になりましたし 人に伝えるときの いい参考になりますね。
それで 相談するなら ゆかさんと きまじめさんに い・「ろ聞きたいと 言っていました。 私は感覚的にしか説明できなくて。。。彼女も いて座から来たのかもしれませんね
霊を「想い」と勘違いしてしまうと、説明がつきにくくなると思うのです。
霊もあなたなのです。
普段は意識して感じることのできない部分の、そしておそらく人格の違う「あなた」・・・です。
霊の仕事とは
過去世の「叶えられなかった想い」を今世で人間に降りて解消することではなく、
その人間の進むべき大まかな道から外れないよう導くことじゃないか、と私は思います。
つまり「カルマの解消」と「過去世の想いを叶えること」とは全くの別問題であり、
それをゴッチャにして欲しくはないなと私は思うのです。
自分に降りる霊が、ソラ伝に出てくるような「歴史上の人物」だったりすると、
そこから関心が離れず、その霊ばかりに執着し、
その霊を「自分より偉い者」と思いがちになりますが、
それは要注意です。
今までのソラ伝をキチンとお読みになって頂けたらおわかりになるかと思いますが、
例えば、タエコさんは畑仕事がお好きで、
けれどタエコさんの霊だったミヨは畑仕事が好きではなくて、
「そんなことをしているヒマがあったら、ソラ物語を世に出す仕事をしてください」と
タエコさんは何度も「お知らせ」をされたりもしていました。
けれど、タエコさんはキチンとご自分の生活や意思を尊重していらっしゃいました。
私事ですが、私は実はタエコさんの反対の立場で
自分の霊を敬愛するあまり、霊をかばい、霊のいいなりになり、
いい気になった霊を増長させてしまったのです。
その挙げ句の果て、私は霊とお別れをしなければならなくなりました。
(つまり霊の入れ替えです。)
皆さんはどうですか?
自分に降りている霊や、その過去世に囚われてはいませんか?
霊や過去世を美化しすぎてはいませんか?
そうであれば、ソラの者達より、なんらかのお知らせがなされると思います。
今世では、自分がやるべきことをしっかりやれば良いのです。
霊と自分を別個の存在として切り離して考え、霊の言葉に振り回されるのじゃなく
(つまり、自分の想いを横に置いて、霊の想いばかりを叶えようとするのじゃなく)
それを聞くべきかどうか、自分はどうするべきか、どうしたいかはご自分で判断してください。
それが「三位一体のバランスのとれた人間」と言えるのじゃないかと
私は思うのです。
過去世とか霊とか、そういうものは単なるきっかけで、
今世をどう生きるかは、今生きている自分が決めれば良いと私は思っています。
ちょっと私の考えを書いてみます。
これはあくまで私の考えですから、そこのところをご了承ください。
まず、らむねさんのおっしゃっている「潜在意識と顕在意識」ですが、
これは「霊と人間」ということを説明したいワケですよね?
それでしたら、私だったら、このように説明すると思います。
人間の意識には二通りあり、
一つは、普段私たちが生活している中で、
「考える」「思う」「感じる」などの
自分の脳で考えや感情の発生元を「自覚できる意識」。
これを「顕在意識」と呼ぶ。
もう一つは、
例えば「胸騒ぎ」や「虫の知らせ」などの
「意図せずして突然表れる、または説明のつかない込み上げてくる感情・想い」、
もしくは
「健康体であるはずの肉体に感じる突然の痛みや違和感」、
これらの、感情や感覚の発生元を自分の中に「自覚出来ない意識」。
これを「潜在意識」と呼ぶ。
また、この潜在意識は、脳の中で言語化されるよりも先に
「感覚部分での咄嗟的な認知」がなされ、
その原因とされるものが認識できない場合が多い。
頭で考える以前に「とっさに感じる」もの、
これがいわゆる「霊によるお知らせ」となる。
本当かどうかはわかりませんけどね。(苦笑)
霊を「想い」と勘違いしてしまうと、説明が付きにくくなると思うのです。
霊は霊・・・です。
よくわからない説明ですが・・・。
霊もあなたなのです。 意識できない部分のあなた・・・です。
ちょっと私の考えを書いてみます。
これはあくまで私の考えですから、そこのところをご了承ください。
まず、らむねさんのおっしゃっている「潜在意識と顕在意識」ですが、
これは「霊と人間」ということを説明したいワケですよね?
それでしたら、私だったら、このように説明すると思います。
霊とは
人間を作り上げている三つの要素「肉体・霊・魂」(三位一体)のうちの一つで、
人はその存在を“胸騒ぎ”や“虫の知らせ”などの
「突然、意識することなく込み上げてくるような感情・想い」や、
「突然の肉体のある一部の痛みや違和感」
にて認知(意識)することが出来る。
これが本当かどうかはわかりませんけどね。(苦笑)
確かにタエコさんは霊を「潜在意識」という言葉で表現していらっしゃいましたが
この「潜在意識」というのは、
人間が「意識して」考え、認知することが出来ないから「潜在」なのであって、
意識して考えることが出来たら「顕在意識」になる、と私は思います。
人間の意識とは、頭の中で「これはこうで・・・」と考え得る部分です。
では、潜在意識と言われる「霊のお知らせ」はというと、
それは「咄嗟的な感覚の認知」から来るもので、
頭で考える前に「とっさに感じる」ものだと私は思うのです。
あと、私は
過去世の「叶えられなかった想い」を解消すべく、人間に降りるのが霊の仕事ではなく、
その人間の進むべき大まかな道から外れないよう導くのが霊の仕事じゃないかと思います。
霊と過去世を結びつけすぎると
「叶えられなかった想い・夢」というものに焦点をあてがちになってしまいますが、
私は必ずしも、自分に降りている霊が過去世に叶えられなかった夢や想いを
今世で自分が代わりになって叶える必要はないと思います。
過去世の想いばかりを気にしていては、霊に振り回されることになりかねませんし、
霊が過去に抱いた想いというのが、必ずしも良いものであったとは限りません。
第一、自分に降りる霊なんて数知れないのですから、それをいちいち叶えていては体が持ちません!
「カルマの解消」というのと「過去世の想いを叶える」というのは全く別物であり、
それをゴッチャにして欲しくはないなと私は思います。
今世で自分がやるべきことをしっかりやれば良いのです。
「霊」と「意識している自分」は
バランスをとりながら「一人の人間」として存在しているのですから、
霊と自分を別個の存在として切り離して考えるべきじゃないのじゃないか
(つまり、自分の想いを横に置いて、霊の想いばかりを叶えようとするのは本末転倒)
と私は思います。
ちなみに、私は色んな方のお導きと自分の霊の導きもあって、このソラ伝と出会いましたが、
ソラ物語を世に広めたいと思ったのは、他でもない自分自身です。
過去世とか霊とか、そういうものは単なるきっかけで、
今世をどう生きるかは、今生きている自分が決めれば良いと私は思います。
何事も、「〜ねばならない」というのはありませんから。
・・・なんてエラソウに言っていますが、間違っていたらごめんなさい。(苦笑)
> さて、今年の高校野球の予選では、女子野球部員が始球式をした県がありました。
> いつか、試合にも女子の出場が認められたらいいな、と思います。
>
> 「夢・ヴィジョン編」を御参照ください。
でも、私自身は、もういいです。
野木のクロップサークルを見たとき、いろいろな意味がわかりましたから。
クロップサークルのサッカー場では、どの国も優勝していたのでしょうか?
かなえられることのなかった、昔の人の夢を、今の人が受け継いで夢をかなえようとする時、過去の人の思い、過去の人の顕在意識が、今の人の潜在意識の中に存在する。
というような言葉はいかがでしょうか?
「トーマの心臓」と「タッチ」という、2つの名作漫画を思い出します。
「トーマの心臓」は。
心を閉ざしたユーリを救うためにトーマという少年が自殺した。
しばらくして、トーマにそっくりの顔をした、エーリクという少年が転校してきて、ユーリの心を救うことになる。
この場合、トーマの顕在意識がエーリクの潜在意識の中に生き続けていたわけですね。
「タッチ」は。
双子の弟、和也は優秀な高校野球のエースピッチャー。兄の達也は何をやってもダメ。
和也は予選の決勝の日に事故で死んでしまう。
のちに達也がエースになり、甲子園の出場を果たす。
この場合、和也の顕在意識が達也の潜在意識の中に入って、達也を甲子園に行かせたのでしょう。
さて、今年の高校野球の予選では、女子野球部員が始球式をした県がありました。
いつか、試合にも女子の出場が認められたらいいな、と思います。
「夢・ヴィジョン編」を御参照ください。
らむねさん、同じことを考えていました。。
それでHPのところに昨日簡単に書いたところです。。
私もどのように書けばいいのか難しいと思っていました。
三位一体の魂と肉体はなんとなく分かるのですが、霊のところだけ
自分もよく分かっていないので、あやふやな文になってしまいました。
霊は確か入れ替わったりしますよね。
達成できれば、出て行ってまた違う思いの霊が手伝ってもらうために
降りてくる、のでしょうか。。
ソラの話を信じている人には、応援している霊さんが、自分では気づかなくても
降りて手伝ってくれているんでしょうね。
私もどう書けば一番いいか知りたいです。。
潜在意識と顕在意識についてです。
よく理解できていないので 質問させてください。それと これを 文章で または 言葉で 誰でもに 分かりやすく 説明するには どうしたらいいのでしょうね。
それも まったく目に見えないものについて 考えたこともない人です。
たとえば みなさんを例にたとえると 過去世で イシ物語を伝えたかったにも関わらず その思いが達成させられずに 死んだとします。
この 死ぬ前に なんとか伝えたいという過去からの潜在意識は ”できなかった、でも今度こそ”という 顕在意識のまま 死んだとします。
すると 肉体がなくなっても この思い(顕在意識)は残っていますよね?
そうすると 人(たとえば 私に道真公が降りる)ということは 彼の達成できなかった顕在意識が 肉体を持つ 私に降りて この世で なんとか その思いを手伝ってもらおうとする。。。これが 霊が降りる・・・ということですよね?
如何でしょうか・・
そこで 話は戻りますが 思いを持って(ここでは 物語を伝えるという使命?)は 次に生まれて来るときに 潜在意識として 存在し いつの間にか この物語のある場所へ 引き寄せられて来る・・・といった感じでしょうか。。
この顕在意識と潜在意識の考え方は いろいろあるのかな?と 思って質問します。
それとペパーミントさん この説明を 誰でもが わかるように 書くとすると どんな風になりますでしょうか?
みなさん、たいへんみたいですね。
私も、前からずっと頭がクラクラしたり、電車が遅れたり、パソコンが動かなかったり、といろいろなことが起きています。
私もよくフリーズがありますよ。
レシートですか? 私も今度気をつけて見てみます。
ひさしぶりにこちらを拝見し、今タエコさんの書き込みを見て、
私も、今日の買い物のレシートを見てみました。
いつもポイとしちゃうのに、今日は何だか気になっていたもので。
値段はそのままでしたが、レジの係の人の名前がなんと、
「オウエンシャ」となっていました。
あーびっくりした。
私はレシートに他人の買い物の分が入っていてびっくり、
ロボットに怒って置きました。
そうでなくてもお金が要るのに、余分にいるようにするとはトンでもないと。
どうも人間の生活がもう一つわかってなく、何とかお知らせをしようというだけのようです。
今意味を内緒で教えてくれ私は納得できました。(笑)
皆様もレシートをちょっと気をつけてみてくださいね。
ゆかさん皆さまお疲れさまです。
ゆ、ゆかさんのフリーズ、な、なんか私のせいかなぁあ。 逆シンクロかあ?
思い当たる事があるんで。 でも誰も分からない事ですよぉぉお。
でもちがうかなあ?? なんか自分が壊れて来た…。
ペパさん ゆかさん 私も送ったメールが・・・自分のマイコンピューターですか・・それを全部 添付してしまい・・・送った方のメールに 添付になってしまってることに 今日 気づきました。。タエコさんに ご迷惑をかけてしまっていました。なんで あんなことになってしまったんでしょう・・それと 最近 掲示板のアドレスから メルアドを調べて ウィルスを送っている人?が居るようです。
私も 5通も送られていましたが これは また宣伝のメールかと(読むのがめんどくさい。。) と 開かないで 削除してたので助かりました。。後で知って えーっと慌てて。。。そうでもないかな。。(笑)家に送られてくる ダイレクトメールも見ないまま捨てる人です。。。その習慣が 良かった?
花さん! 私とcosmosさん、似てるって思いますぅ〜?やっぱりぃ〜?(笑)
私もそう思うんですよねぇ〜!
cosmosさん!応援はちゃーんと届いています!
一昨日も昨日も、体がキツイ時、
「cosmosさんも応援してくれているから、頑張らなきゃ!」って思って乗り切りました!(笑)
ほんと、感謝・感謝ですよぉ〜!
みなさまのおかげで、私はソラ伝のお仕事が出来ております。
ありがとうございます!m(__)m
ペパさん!
私は昨日、ワードで日本史の校正をやっていたとき、
押さえてもいないのに、勝手にカーソルが動きました。(ビビリ!)
まぁ、見えない世界を信じない人の気持ちになって考えたら、
「PCがおかしいんじゃないの?」・・・になるんでしょうが、
ぜぇ〜ったいにそんなことはありましぇ〜ん!
ちなみに、昨日は簡単な作業をしている時なのに、フリーズを4回もしてしまいました。
私の何がいけなかったんだろう・・・?
さらにハプニングが続いています。
まんが喫茶のパソコンがうまく動かなかったり…
みなさん、だいじょうぶですか?
cosmosさんって似てますよね。。なんとなく。
私は、2,3日前から歯が痛いです。右の奥歯ですけど、これもお知らせでしょうか。。
大丈夫ですかい? なにも手伝えない歯がゆさですが…。
気持ちだけは「応援!」なんですけども。
やっぱなんか体調、シンクロしてますよ。 やや悪し…。 昨日もわりと寝たんだけどね。
「シンクロしませんように」ってお願いすればいいかしら?
終わるまでだめなのかな? もう少しお待ち下さいって感じでしょうか? 皆様頑張ってますんで。
他の皆様は大丈夫ですかい? ぱぺおさんは? 不思議な事がつづいて、なんでしょうかあ??
昨日はちょっと英訳をサボってしまいました。
日本史の編集は、午前中にやれるところまでやったんですけど
英訳まで手が回らなかったんですよね。
午後から、こちらの知人のお誕生日のプレゼントを買いに行かねばならず、
そうこうしているうちに主人が早めに帰ってきてしまいました。
「英訳しなきゃ」と気がかりだったけど、
体調もあまりよく無かったので、ついつい「土曜日だから、ちょっと休ませて」と思ってしまって。
早めの夕飯と、最近はずっと控えていたお酒をちょっと飲み、ビデオを見て過ごしました。
そしたら夜中、頭がガンガンして起きちゃって。(苦笑)
たぶん、慣れないお酒とビデオの見過ぎで目が疲れたためとは思うんですけど
ひどい頭痛で眠れなくなり、トイレに行ったら下痢と吐き気でどうしようもなく(苦笑)
「これ、英訳サボったからお知らせなのかしら?」と反省しました。ごめんなさい。(苦笑)
今日も非常に体調悪し・・・です。
で、今日は昨日出来なかった英訳の方に力を注ぎたいと思います。ハイ。
こすもすさん、応援ありがとう! ガンバリマッス!(笑)
なんか私もたいした事してないのに、ぱっと仕事に必要な事とか探せる時があります。
「ああ、探してくれたの?」って思ってしまいますよね。
編集されてる方は特にありますよね。 皆さん頑張ってる様子が手に取るようにわかります。
私たちも応援しています。 スムーズに出来るように!!
ガンバレ霊的姉妹方!!
「死ぬ気になったらなんだって出来る!」
・・・って言葉を何度も聞いたことがあります。
今まで怠け者だった私が、一昨日・昨日と必死こいて日本史の校正や英訳をしているためか
おソラの皆さんはすっごい応援してくださってます。
(ま、能力の問題があって、目に見えて進むことがないのが辛いトコだけど。)(苦笑)
「あともうちょっと英訳したいのだけど、いつもなら主人が“お迎えに来て”っていう時間。
あぁ、でも、あとちょっとなんだけどなぁ〜」
なんて思っていたら、ほんとにその英訳が終わった頃に電話がかかってきたり。
好きなことやってるから、自分の仕事(家事)はサボれない。
でも、いつもなら「今晩のおかずはなんにしようかなぁ〜?」と悩むところが
ボンッ!と良いアイデアが浮かんできたり。
あと、アメリカのアパートは大抵ランドリー・ルームで洗濯するので、
日本に居た頃と違って好きな時に洗濯が出来ず、昨日も案の定、スムーズに洗濯することが出来ませんでしたが(順番によっては人が間に入ったりするから)
でも、その空き時間をうまく利用して校正・英訳をすることができました。
私はこの「時間の有効利用」というのが、もうすごく下手くそで
おまけに「あ〜あ、疲れちゃったなぁ〜!もう止めようかなぁ〜?」って感じで
すぐに止めちゃう怠け者さんなんですが
今回はおソラの皆さんや私・または主人の霊さんによって、すごく助けられています。(笑)
今日は気分的にはペースダウンの日なんですが(すぐに疲れちゃうから)
でも、「この期待を裏切りたくない!」って想いが、なんか自分を掻き立てるんですよね!
昔、一度だけ、「これ以上頑張れないだろう?」ってくらい頑張ったことがありました。
良いことも嫌なことも何も考えないで、やらなきゃいけないことを必死になって頑張りました。
今思うと、「よくあんなやれたなぁ〜」って自分でも感心するぐらいなんですが(苦笑)
でも、それがあるから、今も「負けないぞっ!」って思えるのだと思います。
たまに何も考えずに、自分のため・誰かのために必死になるのも良いのかもしれませんね。
よく「言うよりやれよ!」って怒られちゃう私ですが、
今は「ちゃんとやってるよ?!」って言えるので、なんだか嬉しいですね。(笑)
> いい「死」とは、良く「生きる」事なり。…? (どっかで聞いた)
こすもすさん、私もこの言葉、どこかで聞いたことがあります。
こんな言葉も思い出しました。
「あたし、死にたくないけど死にたい。死にたいけど死にたくない。死にたくない、もっと生きたい、って思いながら死んでいきたいの。最後まで思いっきり生きたいの」
今、テレビで偶然、いじめで子供が自殺しそうなシーンがありました。
自殺を思いとどまってくれました。
よかった… って思いました。
おととい、昨日、そして今日。
3日連続で電車の遅れに遭遇しました。
これは、もはや偶然とは思えない何かがあるような気がします。
今日の電車の遅れは「人身事故」です。
人身事故というのは、たいていの場合、「自殺」らしいです。
生と死について。考えてしまいますね。
これを書いている今、地震がありました。
いい「死」とは、良く「生きる」事なり。…? (どっかで聞いた)
そうやって、全感覚を磨いて、生きていきたいですね。自分自身も。
死ぬのって自分で選択できるものじゃなかったね。
俺は死なない。
まだそこまで、一生懸命になったことがないからかもしれませんね。
情熱大陸ってしってます?興味あるときは見ますけど、あの、プロのダンサー一生懸命だったなー。
レス、どうもありがとうございます。m(__)m(笑)
まず、カメさん。
私もごうやさんと同じで、カメさんのおっしゃりたいことはよくわかっているつもりです。
(カキコの量は多いけど、思い遣る言葉が少なくてごめんなさい。)
カメさんがおっしゃったことは、私もいつも気をつけていることで
で、私が気をつけているのだから、きっとココにお集まりの皆さんは当然おわかりだろうと
このように思いました。(苦笑)
カメさん、心配することはありませんよ。みんな、大丈夫ですよ!
でも、もう一度立ち止まって考え直す良い機会を与えてくださったと感謝しております。
な@くん、気にしないでね。 私はぜんぜん気にしてません。(笑)
ってゆーか、あやまらなきゃいけないようなこと、どっかに書いてた?
だとしたら・・・スミマセンが、どこだかよくわかりません。(苦笑)
それから、私はこの「なんでもありなのです」という言葉が一番好きです。
ただ、「なんでもあり」の中にも、入れてはいけないものというのはあると思いますけどね。
ルールなくしての「なんでもあり」ではいけないと思っています。
私は自分を強い人間だと思っています。(苦笑)
それは「逃げない」という意味で・・・です。(実際には「コワイ人間」かも。)(苦笑)
絶対に背中を斬られたくはないんですね。斬られるなら真っ正面です!(どういう意味だか?)
みなさんもそうだと思いますが、私にも色々なお知らせがなされます。
現に今、首や肩に痛みなんか感じちゃってたりします。(苦笑)
タエコさんにお聞きしたところによると、イシカミさまからのお知らせのようで
「お終い(死ぬとき)の時のように苦しい思いをさせているのは、
それくらいイシカミは一生懸命なのです。」ということだそうです。
・・・お終いって・・・あーた・・・。(笑)
これは私に知らされたお知らせですが、皆さんにもお伝えしておきたいと思い、ここに書いてます。
ちなみにこのお知らせで、私は「HPの英訳」をお願いされました。
どういう意味かおわかりですよね?
本当にイシカミさんたちは「ソラ物語」を世界中に広めようと必死だということです。
私はその一生懸命さがあったかなぁ〜?・・・ってあらためて大反省しました。
ここのところ、イシカミさまの気持が自分に届いたのかどうか、それはわかりませんが
自分がいつ死んでも良いようにしておきたいと思うようになりました。
らむねさんには話したけれど、「私の後釜にはcosmosさんになってもらおーかなー?」と
考えていたくらいでして・・・。(霊的に近いものを感じたから。)
死というものを真剣に考えました。
でもそれは「死ぬ」と意味ではなく、「死ぬギリギリまで生きる」ということです。
で、昨日から生活を変えました。
日常の自分の仕事はしっかりとやりますが、昼も夜もソラ物語の仕事に携わることにしました。
言い訳しないで逃げないで、しっかりとやることにしました。
だって、自分はそれが出来る人間だって信じたいじゃな〜い?(笑)
明日死んでも良いようにねぇ〜!(爆)
<宮崎の高千穂が 天津神の降臨の場所とされていて 宮崎の日向が神武天皇の里となっていますが ひょっとして 宮崎でなく沖縄だった。。
あ、これ。。神武天皇が 自分も 同じ宮崎の出だとしたのかなと思ったんです。。
心配して下さったのですね。私も霊さんに振り回されてた感がありますので 自分の体のメンテナンス?をしていました。沢山 寝ましたぁ。
ここに しばらく来ていませんでしたね。。。ところで 話は それてしまいますが まじさんが お調べになってた 下のアドレス。。沖縄の赤椀?の世直し。。これ 興味深いですね。
アメノウズメというのは たしか ヒミコの娘のことでもありましたよね。。それと たしか お知らせにあったのですが 娘が隠岐に居た頃 南の島で地震があったらしく いろんな物が 流れてきたと。。ありました。それを 思い付きました。。沖縄に この頃 大きな地震があったのかなと。。あるいは 九州かもしれませんが。。海流に乗って 流れて来たのかなと。。。
宮崎の高千穂が 天津神の降臨の場所とされていて 宮崎の日向が神武天皇の里となっていますが ひょっとして 宮崎でなく沖縄だった??
神武天皇の東部討征については いろんな説があって 史実でも はっきりしていません。
何処から 東部だったのか・・・奈良のキトラ古墳が 神武天皇のものでしたよね。。。
とりとめもなく書いてみました。http://www.setouchi.ac.jp/~dnagoh/kantouzusetu/zusetu%206.html
みなさん、ごめんなさい。
どうも言葉足らずだったようで・・・。
書きたかったことはきっと。。
色々報告しあうのが好きじゃないって
ことじゃなくってタエコさんが
書かれたことと似てて?
調子が悪くて現実の生活を
送るのに支障が出たりするので
あれば。。だいたい
原因がわかっていたら
その情報や掲示板やあるいは
PC自体から離れてみて、
気持ちを切り替えるというか
立て直しては?ってこと
なのかなー?と私なりに解釈して
読んでました。
カメさんどうでしょか。。
管理人さんってゆかさんだったのねー・・・。
俺の消してもらおうと思ったけど、しゃーないな。
ごめんなさい、ゆかさん全然悪気はないんですよ、逆のつもりです。
一つの言葉からいろんな解釈がいっぺんにできる人なんていない?よね。
皆さん書いて下さってよかった〜。 カメさんがおっしゃってた事、この間私と話てた事ですよね? 「危ないHPらしきものだったら予防して入らないのも手…」っていう事ですよね?
ガンバローっていう気持ちも大事ですしね。 「気から…」でしたら、分かち合って「うんうん、そう」って事で気持ちが落ち着けば、それもまた良し!ですしね。
頑張る気持ちと癒す気持ち。 両方大事ですよね。
ゆかさんがわざわざ「心の悩み」を作って下さったんですからここでは思いっきりぶっちゃけちゃいましょうか〜〜〜。 で、また新たに頑張る!! でどうでしょうか?
前を向き、たまには心とも向き合って、ってのはどうですか? 皆様。
私の場合、Yahooだけではないと思いますが、このあいだ「書くのはやめた」って皆さんおっしゃってから少し体調はよくなった気がしました。 わかんないですけどね。 闘って下さっているのになんですが。
ではでは、またがんばりましょう〜〜〜。
(あ、ぺぱさんがシスターズに入りたいって言ってました…。 いいですよね? 私は一体何を聞いてるんでしょうか(笑い)
ここを作って頂いてとても助かってます。。
小さな事って気になっても書けなかったりがあったのですが
あとでその小さな事がお知らせだったり、大事だったりで
書けばよかった、と思う事がありました。
霊さんや体の細胞さんは、やっと分かってもらえた、
自分達の存在を理解してもらえた、と喜んでいるのでは?
それで張り切ってお知らせしてくれているのかも知れないですよね?
だったら私もちゃんと聞きたいなって思います。
Mがきた時は、来てるよ、消滅ね!とか
イシカミさんからお知らせよ、とか
人間同士のようにお話できないので、体を通して色々話してくれてると
思えば、おろそかには出来ないなあと思いました。。
あと、意外と体の症状もシンクロしてたりするのかあと
そういうことも分かるので良かったと思ったのですが。。
わたしもまったく同感。。。
あと、体が具合がわるいときって、
なんで!!!ってなにかのせいにしたくなるときって
ありますよね?でも、ずっとずっと生きてる間、
内臓さんや体の細胞さんたちに感謝するってことも
とっても大切ではないかと。
わたしは、とくに胃が弱いのですが、
たしかに、胃さんは、休むひまなく、ずっと働きっぱなし。
いつも、働いてくれてありがとうって思う。。。
これもきっと体調がよくなるのを助けてくれるのでは
ないでしょうか。。。
「何でもありなのです。」っていわれるの好きじゃないでしょ・・・?
ゆかさん、自分がどう思われてもいいとか犠牲になってもいいとかってどうなのかな?ちがうな・・・・。
どうすれば、ゆかさんのように長い文が書けるのでしょうか?(いやみじゃないよ)
俺、短すぎ?
ぜ〜んぶひっくるめるとゆかさん、こわいよ?ってことじゃない?ちがうな・・・・。
あとはですね、
病気になったり具合が悪くなるのが、全部「気の持ちよう」ってワケでもないと思うんですね。
私の場合は特に
やる気は充分!ってゆーか、「よぉ〜し、やったるぞぉ〜!」って時なのに
本当に突然に吐き気が襲ってきたりするんですよね。
勿論、吐きながらも「負けねぇ〜ぞぉ〜!」って思ったりはしてるんですけど。(苦笑)
最初はね、
吐き気をもよおせば「食べたものが悪かったのかな?」って思ったし、
ひどい肩こりや首の痛みがあれば「姿勢が悪かったかな?運動不足かな?」って思ったし。
症状がひどい時は自分で気になったところを直して、
ホント、下手にくよくよ気にしないように心がけてきたんですよね。
でも、そういう症状って、また突然やってきたりするんですよ。
体も心も何ともないのに。
それでタエコさんにその意味をお聞きしたら、自分が考えていたことと全然違ってて
突然のそういう症状にも大きな意味があったりしたんですよね。
今までの、普通の人間の感覚とかじゃ気が付かない、
見えない世界を意識しないままだったら絶対に気付かないような「霊からのお知らせ」や
「エネルギー体からの攻撃」なんかがね、あったんです。
もしもエネルギー体からの攻撃だったりしたら、気が付かないフリなんかしてちゃダメですよ!
「消滅!」させなきゃね。
ヨセミテの時だってそうでした。
体調は万全でスタートしたはずだったのに、あんなに辛い旅になった。
「何が悪いの?どうしてなの?」ってメチャ悩みましたよ。
気にしたくなくったって、気になるんですよ。 まったく動けないんですから。(苦笑)
食べたくない。飲みたくない。動きたくない。
旅行に来ていてこれはかなりキツイですよぉ〜?
「必ずなにか意味があるはず!」って思いません?
私なんか、思わず
「ヨセミテのイシカミを封印していたM系のエネルギー体が襲ってきたんだわっ!」
なぁ〜んて思いましたよ。(苦笑)
だって、まさかヨセミテのイシカミさまがいっぺんに何人も私の体に降りてきたとは思わないでしょう?(苦笑)
ソラ物語に関わる人たちには、今までよりも余計に霊さんが
みんなに色んなことを伝えたくて、知らせたくてお知らせしてるような気がします。
私はそれも立派な大切な「お知らせ」だと考えているんですね。
だから「私はそれを聞きたいわ!」と思ってココを作ったんです。
今悩んでいる人のために。そしてこれから先、同じ症状や悩みを抱える人のために。
ちゅーことで、書き込みたい人はドンドン書き込んでください。
その手の書き込みを読んだら具合が悪くなる・・・という方は、読まないようにして下さい。
それは各自の判断にお任せ致します。
ただし、ここは「壊れ物を手放すための掲示板」だということをお忘れなく!
この掲示板に限っては、
「人に迷惑をかけちゃ悪いわ!」なんて考えは一切抱かないようにして頂きたいと思います。
あ、それから、きまじめさん!
きまじめさんのせいではありませんよ。気にしないで下さいねぇ〜!
ちなみに、私の肩こり・首の痛みは
「日本史を編集しないで、英訳をしてくれよぉ〜!」
というお知らせだったようです。(苦笑)
ということで、編集をして下さってる皆さま、昨日から英訳に取りかかり始めました。
スミマセンが、ご迷惑をおかけ致します。 申し訳ない! m(__)m
皆さん、最近お体の調子がいま一つのようでお見舞い申し上げます。
編集作業に携わりの皆さま。 お忙しい中、お体ご自愛くださいませ。m(__)m
カメさんがおっしゃることは確かだと思います。
一つ一つ細かいことに拘っていては、かえって病気になっちゃう場合がありますよね。
けれど、それはたぶん、ここにお集まりの皆さんは既にご存じだと思うんですね。
ここの皆さんはきっと、
「気力は充分! なのに、なぜかこういう症状になった。こういう悩みが出てきた。
どうしたらいい? みんなも同じ?」
そう思うから書くんじゃないでしょうか?・・・と私は思うんですけどね。
確かに「体の具合がどうのこうの」と言うのを聞くのが好きじゃない方もいらっしゃるでしょう。
私はそんなに嫌じゃない。けど、「他人の掲示板に愚痴を書くのは嫌だな!」と思ったので
自分でこの掲示板を作ることにしたんです。
私はこの掲示板を「ソラ仲間の心や体のお悩み相談場所」として作ったので、
悩みや気になることは好きに書き込んでもらって良いと思っています。
ソラ仲間の皆さんは、少々体調が悪くてもみんなに黙っていたり、
ソラ関係のことで何か悩みがあっても1人で抱え込んだりするタイプの人が多いんです。
「こんなことを言ったら、みんなに迷惑をかけちゃうんじゃないかな?
変なものを呼び込んじゃうんじゃないかな?」って
周りの人のことをすごく心配して
誰にも言えずに辛い想いをしている人は、過去も現在も、結構居るんですよね。
そしてね、挙げ句の果て、誰にも言えずに、だけどその辛い状況にも堪えかねて
「こんなに辛い想いをするくらいだったら、ソラ物語から離れる!」
・・・って言って離れていった人も居るんですよ。
私は、誰にも話せずにそんな想いをしている人が、悩みをココでぶちまけて、
ちょっとでも楽になって、ソラ物語を広めるお手伝いを一緒に続けて下されば・・・と思って
この掲示板を始めたんです。
というのも、ソラ仲間の悩みって、けっこう共通する部分があるからなんですよ。
「あ、この人も私と同じ悩みをかかえていたんだ!」
ってわかったら、ちょっとは安心でしょ?
つづく・・・
きまじめさん、ピカってた、ピカってた!(笑)
>記紀神話におけるサルタヒコの死は、日本本土における真正ヤマトの滅亡を象徴する。ホトを突いて死ぬ倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)の伝説も同様である(巻頭図説-7参照)。「世直し」と「女性の政治的・宗教的権威」(オナリ神)を尊重する真正ヤマトの思想は、日本本土では「死滅」した。しかし唯一沖縄においては、後に「伝わった」仏教をもかたくなに拒否しつつ、神歌と神祭りの形で原初ヤマトの思想を今日もなお保持し続けている。
・・・の部分なんて、頷いちゃったモンね!
確かに文字として残されたものには「書き換え」や「でまかせ」が大量に含まれているのですが
Mのやり方としては、その中に「ほんのちょっとの真実」を織り交ぜている場合が
結構あるように私には思えますねぇ〜。
ただ、私はこの「沖縄」の伝えている神歌と神祭りの形というのが
一体どういうものなのかよく知りませんので、これが本当にソラ物語に沿うものなのかは
どうなのか・・・。
面白いと思うのは、沖縄や北海道のアイヌの文化に
ソラ物語によく似ていると思われる教えが残っていることですね。
逆に言うと、仏教というのは本当にソラ物語の封印に使われたってことですね。
7/1頃から「ご意見板」なる掲示板に出入りしカキコをしています。
それは、ヤフーの宇宙探査の連中が、ヤフーの外に作ったもので、
いわゆる掲示板荒らしを堂々と行っている一人の人と戦っているようです。
あの「◎クロップ・サークル・フォーメーション◎」ではありません。
もっと大物。
私は大物には興味がなく、勝手にカキコですが、、つまり、正体が見えないから構うことが出来ない。
どうもMか、Mに乗っ取られているのが2人ほど
・・・・・どうしましょぉー。
個人的には、
人々の意識が世の中を変えると思うので、だから、やたら斗争的に走るものではない。と
まー、やんわりと。
その意識の運びの方法に関しては、人々に「空からの伝言」を読んで貰うのが早道だけど、
学生や、学校を出たばかり、また、仕事に追い回されている人たちは、そこまで来ていない。
すると、
荒らしに遭っても安易に追い出しにかかる。
それは、本来なら分野の年長者の仕事だけれど、その手法は従来型の法律頼りで、裁判による制裁、脅し。
それはそれで、これからは新しい国際法と国内法が考えられなければならない、その予兆のような前提をチラホラ。
まー、イタズラ書きですがね。
でも、それが現実になるとMは消滅を免れないから必死かもね(消滅=必死だけど)
それが誰とは、件(くだん)の「貴方の宇宙を語ってください」のように一見紳士風、話しても紳士風で判らないのも居ますからネェー。
話は違うけどユカさん↓ここ読んだ? ピカってると思わない?http://www.setouchi.ac.jp/~dnagoh/kantouzusetu/zusetu%206.html
もちろん、自分で対処するのは大事ですね。
私の場合は最近の事なので、(この間くらいから)本当に体調が悪いのか、はたまたシンクロしているのか、お知らせなのか、判断がなんとも言えない事もあるんで。
カメさんのように昔から「そんなような体質…」だったらわかりますけども。
私はてっきり、寝違えだとばっかりだと思ったもんで。
知らずに舞い込んで来た、って事もありますからね。 いい事も悪い事もエネルギーが来てしまったってこともありますよね。
いやだなって感じだったらすぐ引き上げましょう。 自分のエネルギーをあげるのも大事!!
思ってることが消えないので書かせていただきますね。
もし皆さんの気に障ることがあったらごめんなさい。
よく体調が悪くなったり、気分がすぐれないということがあるようですが、
あまり一つ一つ気にしない方がいいのではないでしょうか。
見えない世界のことにかかわっていると、よからぬもの?を呼び込んでしまう
危険性がありますので、ちょっと気にかかることがあったとしても、知らないふりというか、
素通りさせた方がいいと思います。
何か調べものをしたり、HPなどを見たり、ある場所に行ったりしてイヤな感じがしたときは
霊さんが教えてくれていますので、その直感は無視しないで素直に従ってほしいと思います。
このことは皆さんも十分ご承知でしょうが、改めで自覚する意味で・・・。
イヤな感じがしたときは、すぐ引き返してください。
ふだんから、気分がすぐれないとか体調がよくないことに気を向けるのではなく、
自分は何が来ても大丈夫、変なものはよせつけない、というくらいの強い自分を
イメージしていくことが大事ではないでしょうか。
私自身が昔から人ごみや仕事に行くと何か変なものをくっつけて帰ってきたりして、
どうも頼られやすい体質なんですが、この間は居心地がよかったらしくなかなか出ていって
くれなくて大変で、対処する方は怖かったと言ってました。
こういう体質は自分ではどうしようもない部分もありますが、幸いなことに私は一々気にして
いませんので寝込むこともなく、普通に仕事をしています。
確かに、急になんか気持ちが落ち込んでるなとか、お腹がはるなとか、ちょっと調子悪いな
とかちらっと思うことがありますが、もともと気にしていないので気がつかずに済んでいる
ことがたくさんあるようです。
触らぬ神に祟りなし、病は気から、ということは本当にあると思いますので、
ご自分の気力、エネルギーを高める方に気を向けた方がずっといいと思います。
ちょっと危ないなと心配になりましたので、生意気なことを書いてしまいました。
ごめんなさい。
みなさん、クラクラ目眩ですか?
そう、私もまさに「寝違え」ですよ! ゆかさんもとは…。
今朝は電車の荷台から人の荷物が落ちて、直撃されてしまいましたし、もーーーぅ!
pcから離れるか、台風にも意識を向けるかですね。 両方かな?
でも本当に水不足は台風頼みとか聞きました。 有り難いですよね。
おっ、ぺぱさんも霊的体調シンクロシスターズに仲間入り? ですか?(わかんな〜〜〜い)
体調もシンクロなんですねぇ〜。
頭がくらくら・・・とは目眩でしょうか?
私もそれっぽいです。
今朝は体が重たくて起きたくありませんでした。
夢も見たのですが、殆ど覚えていません。
胃が重たく、吐き気があります。
またヨセミテのイシカミさまたちかしら・・・?
(思い当たることは一つありますが・・・。)
突然右肩が引っ張られるようになり、今はいきなり「寝違え状態」です。
またまた首の後ろに「漬け物石」が乗っかっているみたいです。(苦笑)
朝から編集の仕事をしようと思っていたら急の仕事が入り、
それに手間取っていたら、今度は主人が「今日は午後から仕事がありませんので、お昼はお家で」
といきなり電話。
誰か、編集の仕事をやらせないようにしているのじゃないのぉ〜〜〜〜!!!?
・・・と言いたくなります。
そうこうしている間に、背中まで痛くなってきた。(苦笑)
一体これは何?
編集の仕事やりたいんだから、邪魔しないでぇ〜〜〜〜!!!
私もです。。シンクロですねえ。。
頭がくらくらしてます。。。なんでだろ?
コスモスさん、だいじょうぶですか?
私は、さっきから頭がクラクラしています…
腰が痛うおます…。
これは知りませんでした。
Sはそうでした、シリウスでしたね。
あはは、どうもスミマセン。 すごく不親切でしたね。
匿名希望さんがおっしゃるように、アメイシさまは「アメリカのイシカミさま」のことです。
ちなみにフライシは「フランスのイシカミさま」、イタイシは「イタリアのイシカミさま」です。
SはMの仲間で「シリウス」のことを指し、PはやはりMの仲間で「プレアデス」のことを言います。
精神世界ではSやPは良い存在のように言われているみたいですが、
(「悪をも認めよ」とかいった言葉は完全にMの言葉です。
精神世界のチャネラーたちはMの仲間に良いように利用され、
それらの言うことをまともに信じて、いろんな人たちにSやPが良い存在のように伝えています。
なかには神のように崇めている人たちも居るようです。
ちなみにネイティヴ・アメリカンの神話などにもPやSが出てきます。
このことから、かなり古い時代からMの仲間たちが人間を支配し、利用してきたことを
物語っていると思います。)
みんな本当のこと(ソラ物語)を知らないばっかりに、良いように利用され、支配されてきたのでしょう。
考えてみると、Mの仲間を信じている人たちもMの支配による被害者ですよね。
えぇーっと、Yoshiさんのおっしゃることはなまじ外れていなくて、
ヨセミテに居る時の私は、非常に気分が優れず、自分勝手になりがちで、
すごくSっぽかったです。
あと、大元の弟が私の体の細胞に隠れていたみたいで、それも関係するのかな?と。
(それに気付かない私って一体・・・?)
とにかくひどい吐き気で、
(汚い話しで申し訳ありませんが)吐いても真っ黄色な胃液しか出てきませんでした。
それくらいひどかった。
ベッドの横になっていても天井がグルグル回るし、それが余計に吐き気をもよおす感じで。
あの時は完全にMの想念が影響しているのじゃないかと思っていました。
まさかヨセミテのイシカミさまたちだったとは・・・。(苦笑)
ちなみに、「アメイシ」であるヨセミテのイシカミさまたちは
なんと、7〜8人が集まってヨセミテにいらっしゃるそうですよ。
(夢・ヴィジョン編 7月6日付け タエコさんの夢の解釈より)
はアメリカのイシカミさまのことだと想います。
Sは悪いもので、Mの仲間です。
アメイシさまって、前どこかで読んだけどなんでしたっけ?。
雨乞山と関係あります?。辞典でも検索でも出てこないんで教えてください。
それからSっていうのはソラのものってことですよね?。ヨセミテではSだった?。
これイシカミとはまた違うんですか?。すいません教えて。
私が目眩に悩む時は、アメイシさまが降りている時らしい。(苦笑)
ついでに吐き気なんかもあったりする。
Sの時と同じように吐き気があるので、ごっちゃになってわかりにくい。
アメイシさまも色々と人間の体験をしたいだろうから、
出来れば体をお貸しして、思う存分体験して欲しいけれど、
アメイシさまが降りた時は必ず、気分がメチャメチャ悪くなるから、私の方が楽しい体験が出来ない。
ごめんね、アメイシさま。 体には降りないで! 目だけにしてね!
皆さん体調がよくなられてよかったです。私も悪いというより
ぼーっとして(と言っている割にはらむねさんの調べ物に興味が出てきて
調べたりしてますけど)いくらでも寝れます!って感じです。
霊さんが休養したいのかも!?
今日鏡をみたら、自分の顔がいつもと違うように感じました。
少し落ち着くというか、角がとれたような。。
こすもすさん、私も昨日は全然痛みがなかったですね!
ミイさんもチョット回復したみたいだし、こすもすさんも痛みなし。
花さんはどうですか? イイ感じ?(←ちょっと若者っぽく言ってみました。)(笑)
ホントに、いいぞ!って感じです。
ミイさま、花さま、ゆかさま、体調どうですか?
なんか私は昨日・今日と背中は痛くないなーーーーーと感じております。
みなさまはどうでしょーーー♪ なにも付いてないって感じです。 いいぞって。
大丈夫。元気です。本当にありがとう。。。
昨日まであった右足首のあざも今日は消えました。
こころもなんとか元気です。
まだ戸惑いもありますけれど、
がんばっていこうとおもいます。
今日になって主人の右腕の内側にまん丸の蕁麻疹があるのを
見つけてしまいました。これってトビヒっていうらしいよ、という
主人を見ながら大笑いしました。。
主人の霊さんは仲間に入りたいらしいので、
よかったねえとこっそり言いました。。
右目、私もものもらい?と思うときがあります。
あと、歯が浮いた感じになったり痛くなります。
今日は口を思いっきり噛んだのですが、言うべき事ってなにかなあと
思い当たる事を考えていました。。
実は私も昨日、右目に何かが入ったような感じで「チクッ!」としました。
ホントをいうと、私、今まで「右目のごろごろした感じ」というのがわかりませんでした。
全然ゴロゴロしている感じじゃなくても
イシカミさまは入っていたみたいだけれど・・・。(苦笑)
やはり私は鈍感なんでしょうか?
最近は、右目(に限らず左目の時もあるけど)にものもらいが出来たように感じる時があります。
関係あるかわからないけど、右目の上まつげの根元にはイボのようなものが出来ています。
いつのまにか出来てました。
( 心編 ではなく、体変 に変えた方が良いかしら?)(苦笑)
本当に体がつらく、大変でしたが、
今日は元気です。昨日は、右足首の周辺に
赤い湿疹が突然でていて、大きなものは、
三角形の形になっていました。右の耳がつんと痛くなったり、
右目が突然ちくっと痛くなったりしていました。
今日はうそのようにまったくなにもありません。
本当にありがとうございます。
なにかおかしいとずっと思っていましたが、大元の弟だったのですね。。
思い返せば随分長いこと支配されていたように思います。
それでもイシカミさんが守ってくれていたから、この程度ですんだのかもしれません。
私も危機一髪だったようです。。
ゆかさん、ご主人は右足の湿疹ですね、私はしばらく前から両足に出来て
すごい勢いで広がっています。痒くて眠れないのですが、
ああ、なんのおしらせでしょう?直してくださいませ。。
それとついでなのでちょっとここに書かせて頂きます。
昨日見たビジョンですが、大きな丸に足?のようなものがついています。
ふちを飾るように、真っ直ぐでなく少し弧を描いていて、丸の周囲に
均等に少し重なってついています。
その横に小さな丸があって、その小さいのが大きな丸の中に入っていく?
ように見えました。。
うっすらと見えにくく集中力が今全然ないので、自分でもあってるかわからないのですが
そんな様に見えました。。
ゆか殿、励ましありがとーーー!! 私もその頃ソラに巡り合ってたら(まだ早いか)違ってたかもしれなーーーい?かな? わかんないけども。 でも今は幸せですよ。 自由だし。 カメさんからチャンポンも送ってもらえるし?なんて。 ぶつぶつ交換するの、私達。 東京の物送るんですよ。 楽しみ〜〜〜♪ この輪を広げたい〜〜〜〜♪
御主人さまの、
>主人の右足(あれ?右手だったかな?)に出来たクロップ・サークルばりの蕁麻疹
>「ひょうたん状の大きなの」の周りに、小さな丸が右下に3つ、左上に2つ(だったかな?)>くらい
見てみたいですよーーーー!! こっそり撮ってほしいーーー!!
その名を子供に付けた大間違いもあったけれど、
我々の周りにも「ちょっとぉ、置いて行かないでぇ!」という、足を引っ張る意識が存在します。
Mならずとも、ヨーロッパのイシカミにしても、肉体を持って三位一体を得ないと自力での精算はムズカシイのかも知れません。
ならば、そのような意識は消滅することが親切というもの。
相手が巨大でも、巨大であるほど困窮も巨大でしょうから。
我々が
お風呂に入って体を流す。トイレに行くことと同じかも。
ところで、「きまじめ」のクロップサークルのページがようやく検索対象になりました。
約1ヶ月半・・・・普段から更新していないから Googleの周回も後回しにされる?
ちなみに
800KBに及ぶ画像は本元のDIONから拾い、キャッシュは文字だけのシステムになっていました。
ウェッブ上のルール(この場合、直リンク禁止)も変化しています。編集済
ごうやさん!同じ、同じぃ〜!(笑)
そうそう、そうなんですよ!
頭に空気がたまってるような感じなんです。
私も脳みそ、スカスカだからかなぁ〜?
最近昼間、車を運転するとき、必ず目眩を感じます。
ヨセミテに居た頃よりは軽いのですが・・・。
吐き気もまだまだ治まりません。おまけに背中もお腹も痛いでぇーす。
花さん、一緒ねぇ〜!(笑)
コスモスさん、色々大変でしたでしょうねー。
でも、今はソラ物語に出会えて、幸せで、本当に良かったですねぇ〜!
起こるべくして起こることもあるようですし、
私の場合は、あとちょっとで「じぇぇ〜ったい、別れちゃるぅ〜!」と思ってたところを
タエコさんに救って頂きました。
タエコさんからの
「ご主人の霊さんはあなたを助けるために一緒になった」という言葉を聞いていなかったら、
私は今頃、日本のソラの下で、アルバイトでもしながら両親と暮らしていたでしょう。(笑)
昨日の晩、主人の右足(あれ?右手だったかな?)に出来たクロップ・サークルばりの蕁麻疹は
非常にユーモラスな絵でした。(笑)
「ひょうたん状の大きなの」の周りに、小さな丸が右下に3つ、左上に2つ(だったかな?)くらいで
思わずカメラに収めたい衝動に駆られました。
「やぁ〜ん、この蕁麻疹、芸術ぅ〜! カメラで撮りたい〜!」
といったら、主人に嫌がられました。(苦笑)
キレイな○が描かれているのにはビックリ!(あ、でも、蚊に刺された時も出来るかな?)
主人曰く、「すぐに模様が変わっていくんだよ」(模様というあたり・・・)
まるでクロップ・サークルのような主人の蕁麻疹。
主人の霊さん、体の細胞さん、お疲れさまでございます!
でも、一体どういう意味なんでしょー?
私が主人にホシ物語を教えないからでしょーか?
毎晩声に出しておホシさまたちにお願いしている(また主人にもそう促している)のは
届いてますでしょーか?
昨日は一緒にお願いしたのですが・・・。
やっぱり彼が本気で信じないとダメなんでしょうねぇ〜・・・。
ホシ物語も「星からの伝言」一巻・二巻も、すぐ取れるように手元に置いてあるのに
全然読もうとしないんですよねぇ〜。
でも、たまに「星がどうの・・・」と言ったりなんかするときはビックリしますけど。
「イシカミさま」って「カミ=神」がついているのがどうもダメみたいです。
それで「宗教」って思っちゃうみたいで。
まだまだ先は長そうですが・・・頑張ります。
耳などはお知らせですので、もっと軽いお知らせにしてくださいとお願いしてくださいね。
花さん、私も昨夜夢うつつで足の付け根が痛いのは何故かと聞いていたら、支配されていた時が(大元の弟)とても霊は辛かった事を知って欲しかったといっていましたが、それだと思います。
ゆっくりお休みくださいね。
右耳がなんか飛行機に
のってるときみたいな
へんな感じ。
それにあたまに空気がたまっている
ようなへんな感じ。。脳みそスカスカだからかな・・
微妙な話になりましたねえ。。。うちはドタバタしながらやっていますが。。
今日は吐き気がして背中も痛いです。お腹も張っているような気がしますけど。。
右耳も痛くなったりして、霊さんは疲れているのでしょうか。。
なんだかやる気がおこりません。
ゆかさま!!
「この人が死んじゃうと保険が入るから、そのお金で本を・・・」 とは、「火曜サスペンス劇場」(火曜TV放映中)ばりですよ!!(笑)
でも、一度は皆考えるんですよね。
私は実行してしまいましたが…。 そう、'98より前、'86でしたか…。
もうすでに過去の事ですが。
だけど、一概にそれだけのせいにしてしまってもよくありませんしね。 お互いの責任ですよね。
・・・したかった時期もあったなぁ〜。(しみじみ)(笑)
今でも「宗教?」とか言われると
「おソラの皆さま、この人にきつーいお知らせを一発お願いします」
とか思ったりします。
たまに
「この人が死んじゃうと保険が入るから、そのお金で本を・・・」
なんてことを思ったりもする自分がコワイ!(苦笑)
でも、すぐ
「でも死なせるとか病気とか、そのようなことはしないでください。
あまり痛めつけないでください。」
と後で必ずフォローを入れます。(苦笑)
でないと、おソラの皆さま、すぐにそうしちゃいそうだから。
主人は最近、胃が痛い・・・と、吐き気を訴えています。私のが移った?
私は・・・今はお腹が痛いッス。排卵日かしら?(苦笑)
今日も主人は早く戻ってくるそうです。体調が悪いから仕方ないけど
編集、なかなか先に進みません。
おソラの皆さま、彼を元気にして家に早く戻ってこないようにしてくださーい!
離婚が98年以前か以後かで意味があると思います。
離婚したことが取り返しのつかない事ではないと思います。
本来私は困難が大きい場合、無理な結婚形態を続けるより、それぞれ個人を尊重した人間生活ができる方が良いとは思っています。
彼はとてもワンマンになりましたから、奥さんは大変だと思っていました。
私も未だに旧姓に戻ってほしいと、どたばたさせられるときがあります。
離婚した方は全部が全部分かれさせられたというわけじゃないですよね?
本当に良い人でしたが、美青年だったのにやくざのような顔になりました。
観音は女性が嫌いなので別れさせられたなと思いました。
プレアデスに支配された時、そこに行くようにいわれ続けました。
いまだ観音に変わったロボットを神と思い込んで支配されているのでしょうね。
本当にそうですね! ゆかさん、力強い!! 気持ちいいくらいはっきりおっしゃってる!!
またお悩み書こう。 お願いしまーーす。
タエコさま、神様がピンクのヘビだったのですか? ほんと可愛い感じですよね。 ちょっと見てみたいなと。
そうですか…、私も捨ててしまおう。 が、母の生きてる内はちょっと無理かもしれないけれど…、でも心はきっぱりきまりました。
タエコさまご苦労されたのですね……………。 お察し致します。 が、でもこれは他人にはわからない位大変な事ですよね。
霊能者さんは離婚されたのですね………………………?。 別に意味はありません。
パチ、パチ、パチ、
思わず拍手が出ちゃうね。
さすが名前どおりのゆかさんですね。(舞台の上で=ユ、力=力強く発言する)
私も20年以上お祭りしていた神棚を、ごみと一緒に出しました。
なんと言っても神様だと思っていたのが、ピンクのとても変わった蛇だったことに気がついたのです。
私は見ていないのですが、主人が見たのは、”ピンクで目が前についていて笑った目で、尻尾で立っていて”、目が会うとスルスルと隣の家のほうへ行ったそうです。
しばらくして隣の奥さんが蛇の脱皮したのがあると言っていましたが、その後どうなったかわかりません。
主人は蛇は大嫌いですが、あの蛇はもう一度あいたいような可愛い蛇だったと言っています。
ちなみに神と祭っていたのが、黒龍大権現、黒龍弁才天、という名前でした。
私は病気にさせられ当時20歳の若い男性の霊能者の所に行きました。
全てプレアデスによって計画されていた事がわかりました。
けれども子供は大丈夫かと聞いて、大丈夫を言われ2人生むことが出来たのは、まだ良かったと思っています。
霊能者はとてもいい人でしたが、観音に支配され今は離婚しています。
絶対世に知らせてはいけないと言われ今は離れました。
と言う事でごみで捨てても何ら怖くないのです。
でも気になるのならご自分の気のすむようにされたら良いと思います。
ゆか先生!ありがとうございます!
まだお悩みは尽きないわたしではありますが、大仏もいつかはすててしまおうと決心した私でした。
なんかそれが発見できただけでも大いに進歩した感じですよ。 またお答えくださいまし。
そう、それとお不動さんに母も行っているので御札もたしか…。
絶対それも捨てよう!!
御札・お守りもいわば封印ですよね? 人間を支配しようとした。 分かって来ましたよ。
そういえば宜保愛子さんもお守りを持ち過ぎると、原因不明の火事になったりするって言ってたし。
ちょっとリフレッシュしてきます。
この世には、様々なヴィジョンが見える人もいらっしゃれば
予言みたいなことがお出来になる方もいらっしゃいますよね?
けれど、それが出来ようが出来まいが、光が入ろうが入るまいが、
人間は皆、同じくらいに可愛いし、同じくらい価値あるものだと私は思っておりまする。
皆さんがこれから先、「この人、ソラ物語に関わりがある人かな?」と思われたならば
その人にソラ物語のHPの紹介をなさってみてください。
要は、その人(またはその人の霊さん)が「ソラ物語を本当と信じるか否か」であって
私たちは紹介するしか出来ないんです。無理強いも、脅迫も出来ない。
それをしちゃうと、支配になっちゃうからです。
ソラ物語を信じるか信じないかは、それを教えられた人だけが選ぶことができるんですよね。
もし、こすもすさんのお知り合いの方が「ソラ物語」に関心を持ってくれて
何かを見出してくれて、信じてくれたら
その時は、その方は「ソラ物語に関わりがあった人」ということになるでしょうね。
けれど、もしその方が見向きもしなかったり、逆に攻撃したりしてきたら
その方は「ソラ物語には縁がなかった人」ということになるのじゃないでしょうか?
まぁ、現実にはソラ物語を攻撃したり、脅迫めいたことを言ってくる人でも
その人の霊さんは「ソラ物語を信じて」いたりするので、
あとは「その方の霊さんの手腕にかかっている」という場合もありますが・・・。
(世の霊さんたち、頑張れよぉ〜!)(笑)
もしも、こすもすさんがその方のことを大好きで
一緒に真実の物語である「ソラ物語」を世に広めていきたいと思われるならば
ソラ伝の紹介をしたあとで、
その方ではなく、その方の霊さんに一生懸命話しかけてみてはいかがでしょう?
ひょっとしたら、その方の霊さんがその方に「ホントだよ!」って教えてくれるかもしれません。
私がそうだったように・・・。
私も、そういう神仏系とか宗教系のことに関してはド素人なんで
デカイ顔して「これはこうですよ」とは言えませんが、
まぁ、一言でいえば
「捨てちゃいなさい、捨てちゃいなさい!
それをしたからといって“祟られる”なんてことはありません!
もう、ソラとつながっているんだから自信を持って!」
・・・ってのが、こすもすさんへのアドバイス。
実は、私、大学時代の夏休み、アメリカにホームステイをしたんですけどね
そこのお家が(勿論れっきとしたアメリカ人なんですが)「草加○会」を信じていたんです。
私は「草加○会」が大嫌いでね。
なんでって?
「人の生き血をすするような宗教団体」って聞いていたからなんですよ。
でもね、そこのお母さんは「末期癌」でね、やっと生まれた赤ちゃんもまだ8ヶ月だったの。
で、「ゆかも一緒になって祈って!」とか言われちゃったら、もう何も言えなくてね。
あれよあれよという間に、「洗礼式」みたいなところに連れてかれちゃった。
でも、"I do."とかって宣誓しないといけないところ、私は口パクで言わなかったけど。(苦笑)
それから「ご本尊」とかいうものをもらってね、それがなんと
「息を吹きかけてもいけない。素手で扱ってもいけない。」という代物。
で、毎日朝・晩、「お題目」とやらを唱えなければならなくて、それはもう大変でした。
アメリカには約3週間ほど滞在しましたが、毎日それをやらされてね。
「嫌!」と言うことも出来たんだけど、やっぱり知らない土地で放り出されたらどうしよう?って
そんな気持が先に立ってしまって言えなかった。
「ま、いいや! 日本に戻ったらすぐに捨てちゃえば!」
そう思ってたんです。
ところが、あまりにその宗教を信じている人たちが「祟られる」だのなんだのって言うから
ちょいと洗脳されちゃって、捨てるのが怖くなったんです。
勿論、日本に戻ってからは、一度も「草加○会」の会合なんかに出ることはなかったけれど。
(日本のなんとか支部とか言う人たちは迎えに来ましたけどね。電話もかかってきたけど。)
だって本当に嫌だったんだモン。全然信じてなかったし。(苦笑)
なにより「お題目を唱えて、金を寄付すれば、願い事が叶う」って言うところが嫌だった。
「そんなことして、願っていることが叶うワケねぇ〜じゃん!
こいつら、バカじゃない?本気でそんなこと、信じてるのかぁ〜?
努力もしないで、神頼みかよ?」って。
正直、その宗教を信じる人たちをバカにしてましたね。
「私利私欲のためだけに一生懸命になって。自分さえ良ければ良いのか?」って。
だって、本当にそんな人たちばっかりでしたモン。
そんなに嫌っていたんだけど、けれど、その「ご本尊」とかいうのはどうしても捨てきれなかった。
その次の休みだったかな?
私は自分で処分できない「ご本尊」を実家に持ち帰って、自分の部屋に置いていたんです。
そしたらね、母に「これ、なぁに?」と聞かれて、それで全部話したんですよ。
母は「バカね!捨てれば良かったのに!」って言ってましたけど。
次の休みだったかな? 実家に戻ったら、あのご本尊がないんですよ。部屋に置いてたのに。
「あれ?どうしたかな?」と思って母に尋ねると、母は一言、
「ああ、あれ? 燃やしたわよ」。
もう唖然ですよ。(笑)「えぇ〜っ、燃やしたって・・・祟られるよ?」。
すると母は「何が祟られるよ。こうやってピンピンしてるわよ!」って。
・・・母は強しです。(苦笑)
そのあと、すごく反省しちゃいましたね。
「あぁ、お母さんに嫌な役をさせちゃったな。自分で捨てれば良かったな」って。
神さん・仏さん関係のものって、
つまりは「なんか障りや災いがあったりするんじゃないの?」と思うから
思いきった行動に出られないんですよね?
でも、もうMはいなくなったんですから、そんなことは無いんですよ。
もしも、何かが起こるとすれば、それは
「こうなったらどうしよう?ああなったらどうしよう?」って弱い自分の心の隙を
いたずらエネルギー体に利用されてるだけじゃないかな?
隙を見せたら負けですよぉ〜?
気になって「ヤだな!」と思っているものは、なにも怖がらないで捨てましょう!
ちなみに私の家族はこれまで何事もなくピンピンでございます。
癌になった父も今ではへっちゃらでございます。(笑)
ウチ(実家)には仏壇がありませんでした。(私が日本に居る時は。)
生まれてすぐに亡くなった私の兄の位牌は、居間の本棚の上に置いてありました。
私がアメリカに来てから、どうも仏壇を買ったみたいですが
その中には兄の位牌しかなかったです。(祖父の写真は飾ってあったかな?)
上の私の母の記述からもおわかりでしょうが、私の家族って神仏にすがる家族じゃないんですよねぇ。
メチャメチャ「なるようになるさのいい加減な家族」です。(苦笑)
ですね。私も気になってました。別の掲示板で少し前に太陽の話がありましたよね?
たしか太陽に関係のある人にお知らせしている?でしたよね。
それでその次の日かな、ウルトラマンのテレビの関係者が逮捕されたとニュースに
あって、それも太陽が関係しているように思いました。
それと新聞の社説?だったっけな、になぜか太陽という言葉が出ていて
これをたどっていけば、どこにたどり着くのかなと。。。
まだよくわかってませんが、シンクロですね。
それと、仏壇、ですねえ。
あの、人それぞれ感じ方が違うと思いますので、これは私の話ですが
少し前ですが神社で買った○よけのお札を家にはってあったのですが
これがかなり私にはダメだったようで、
体中痛かったです。捨ててから(気にせず捨てちゃいました)
少しずつ体の調子もよくなって、楽しく生活できるようになりました。
なんかね、うちの仏壇の中に大仏様がいるんですよ。そういえば小さいかんのん像も…。
いやですよね? とったほうがよいですよね?
でもゴミ箱に捨てるわけにも行かないですよね? やっぱり仏壇の中にいれちゃいけないものですよね?
あたくしのお悩みにもお答えくださいませ。
あのね、別のHPでやはり強いパワー?を持っているんじゃないかと思った人がいるのですが、その人、パワーというより色々ビジョンが見えて神戸の震災のビジョン、テロのビジョンが何年も前からみえたというのです。 が、なにか「昔若い時に額に輝く光が入ってきた」と書いてあるのです。子供の頃から家族に恵まれない方だったようですが天の父親(太陽)を感じたりするそうです。ピラミッドの設計図を感じたり。 彼女は普通かそれ以上にご苦労されてる方のようですが、「額に光」っていう所を読むとなんだろうか?と思ってしまします。
他にも経済の面からコラムを書いている人があり、その方も額に光が入ったと言ってました。 経済面で何とか世界に平和を、と働いている方です。 その人も「太陽のような心で日本人は…」と言っていました。ソラに関係があるような感じもしますが。どう思いますか?
「まともな人は、こんなこと信じるわけ無いジャン?」
そう思っていた私が、ソラ伝を心から信じるようになったのは、ある人が原因です。
そのある人とは、「ニニギの乳母」です。
この人、ヒミコの娘と「ある者」との間に生まれた、愛情に恵まれない子ども「ニニギノミコト」を
育てた乳母でして、
ニニギノミコトに「石物語」(つまりイシカミの話し)をして育てたため、
イシカミを封印しようとしていた「ある者」に股を刺されて殺されちゃったわけです。
私は幼い頃、毎年冬になると、原因不明の「局所の痛み」というものを患ってまして
いくら病院で調べても、その原因がわからなかったんです。
まだ小学校にあがったばっかりくらいの女の子が、産婦人科に行って足を広げるのって
本当に怖くて嫌でたまりませんでした。
けれど、原因がわからないから治療法もないんです。
私は2・3年、毎年冬になるのが怖くてね。「また痛くなるのかな?」って。
それはもう、突き刺すような痛みなんですよ。
痛みがあると、両親を叩き起こして、(両親は「きっと冷えたからだろう」と言っていたので)
母に抱かれながらコタツに入ってしばらく眠るんです。
すると痛みはすぅーっと消えていく。
けれど、また別の夜が来ると、その痛みはやってくるわけです。
それが数年続き、けれど、小学校の高学年に上がる頃にはそんなこともなくなり、
すっかり忘れていたワケなんですけど
あれから30年近く経って、ソラ伝のHPでその記述「股を刺されて殺される」というのを読んだ時
「あっ! これは私だ!」・・・と、直感のようなものを感じて、それが忘れられなくなったのです。
それから私は、そのHPの管理人であります「スニキ ミヨ」さんに早速メールを送りまして
「このようなことがあったのですが、このニニギの乳母という人と、何か関係はあるでしょうか?」
と尋ねたのです。すると、返ってきた答えは
「あなたさまの思ってらっしゃるとおりだそうです。」と。
不思議なことに、その返事を読んだとき、私は確信に近い何かを感じたのです。
「やっぱり!」・・・と。
それが私とソラ伝との出会いです。
人それぞれ、出会いというのはありますが、
頭が拒否しながらも、心は、いえ、心だかなにだかわからないけど、もっと奥底のほうでは
「これは本当かもしれない」
と思う何かが、このソラ伝にはあるのです。
頭だけで考えて、理屈や常識だけで考えていては決して理解出来ないでしょう。
あなたの心を解放してあげてください。
そうすれば、あなたは今まで以上にラクに生きていくことが出来る。
本当に幸せというものに出会える・・・私はそう思います。
ソラ伝のHPはこちら(↓)
私がソラ伝と出会ったのは、
ネット・サーフィンを始めた頃、「きまじめさん」と別の掲示板でお会いして
そのきまじめさんにご紹介頂いたからでした。
最初はソラ伝のHPを読む気にもなれなくて。
なぜって?
立ち読みは出来るけど、全部読むには、お金を払って「電子本」とか言うのを買わなきゃいけない。
私は専業主婦だから、そんな自由になるお金はあまりないし、
ましてや、この「電子本」とかいうのが一体なんなのか?・・・ホントわかりませんでしたから
「めんどくさいや!」が最初の感想。
でも、とりあえず尊敬しているきまじめさんにご紹介頂いたHPだったから
ま、一通り読んで、その感想をきまじめさんにメールするのが筋だと思ったワケです。
そうして、きまじめさんが薦めてくださったHPを読み始めました。(勿論、立ち読みの部分だけ。)
私がどうしても受け入れられなかった部分。それは「星同志が戦争をした」という部分でした。
私の中では「ソラに瞬く星に“良い星”も“悪い星”もない!」という気持があったため、
これを受け入れるのは至難の業でした。
それから、
「イシカミという、いて座からの大きな山のような存在が、
宇宙から人間をお腹の中に入れて連れてきた」というのも信じられなかった。
私は結構頭が固い人間でね。学校で教えられたこと以外を信じる気にはなれなくて。(苦笑)
「ばっかじゃない?こんなこと、まともな人が言うことじゃないよ!」
と思った。
でも、そんな私がなんでこのソラ伝を信じるようになったか?というと、
ソラ伝に出てきた、ある1人の登場人物の記述が頭から離れなくなったからです。
やはりココにはなかなかレスがないですねぇ〜!(苦笑)
やっぱ、悩みってみんなに知らせるモンじゃないのかも知れませんね。
書くのに勇気が必要だし・・・。
それでは、これから私が抱いた過去の悩みなどを
チラホラ書いていこうかと思っています。
もしかしたら、皆さまも
「あっ、私も同じこと、感じたことある!」
と思われるかもしれません。
その時は、良かったら参考にしてください。
新しい掲示板を始めました!ここは主に「心の掲示板」です。
「気になるぅ〜。けど、みんなに話したらみんなが嫌な思いをするかも・・・」
と思って話せないでいること。
「みんなはどうなのか尋ねてみたい・・・。
“私はそんなこと、ないなぁ〜!”って言われたら、なんだかコワイ」
そんな風に考えて言えずにいること。
なんでもいいから、ココで吐き出しちゃいましょー!
「お忙しいタエコさんに迷惑をかけちゃうから」
「敏感ならむねさんの掲示板で話したら巻き込んじゃうかも?」
「なにより、みんなに話してみんなの具合を悪くしちゃったらいけないから・・・」
そう思って誰にも話せないで居ることってありませんか?
そんなの気にしなぁ〜い!
なんでも書いて、みんなに相談しちゃいましょー!
もれなく私の「消滅〜!!!」がついてきます。(笑)
さっ、あなたが抱いている心の中の壊れ物、全て消滅!
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