第四十三幕






7月23日



午後になっていた。
強烈な日差しがアスファルトを焼き付けて、その反射熱が街を熱していた。
駅へと続き大通りを男が歩いている。
年齢は20代半ば程で、身長は周囲より若干高めの正体不明の男は、スーツの下にショルダー・ホルスターと拳銃を隠し、腰にはナイフを備えている。
名前の無いその男が神無木玲だ。
俺は駅に直ぐ近い、ハンバーガー・ショップの前に来ていた。
馨からの情報によれば、ハンバーガー・ショップの2階に伊達和弥はいる。
一人の人間を殺す為、俺はハンバーガー・ショップに入った。
カウンターの前を素通りし、2階に上がる。
窓際の席に伊達和弥はいた。
俺は故意に伊達和弥の背後に立って声を掛けた。

「相席してもかまいませんね?」

ボンヤリと窓の外を眺めていた伊達和弥が、その声にビクリとして振り返って俺を見上げた。
敵を見るほどにあからさまではないが、伊達和弥の視線には不信感があった。

「かまいませんよね?」
「空いてる席は他にあるだろう?」
「そうなんですけど、他の席に座ったら貴女とお話しが出来ませんからね」
「あんたが俺と話を?」

伊達和弥の視線は一層強力な不信感を輝かせ、敵対心も露わにしてきた。
相手が誰であるか、感づいたと見て良いだろう。
俺は少し満足した。
そして伊達和弥のその強固な視線に微笑んでから、席に座った。

「ねえ伊達和弥さん。お昼がハンバーガーじゃあ、ちょっと心細くありませんか?」

紳士的で敵意を全く含まない笑みを浮かべながら、貞淑なご婦人のように俺は言った。
その言葉は穏やかな春が極寒の暗闇を吐き出す、呪いの言葉であることを俺は知っていた。
伊達和弥の全身が凍り付くのが、ハッキリと解った。

「お前がか。お前が神無木玲か?」
「如何にもその通りです」

紳士の言動の物真似をしながら、俺は少しだが興醒めしていた。
伊達和弥の口から出てくるのは、呪いの言葉か地獄の憤怒でなければならないはずなのに、実際に出て来たものは直立歩行した猿のような愚鈍さだ。

「貴方がここ数年ずっと探し続けていた憎き仇敵、神無木玲です。どうも始めまして」

邪心など込めずに、俺は左手を差し出した。
当然、伊達和弥はその手を取らなかったので、俺の左手はジャケットを捲ってショルダー・ホルスターと拳銃をちらつかせた。

「ねえ伊達和弥さん。最後の食事になるかもしれないのに、ハンバーガーというのは運がなかったですねぇ」
「そんなこたァどうだって良い。テメェ、何しに来やがった」
「水沢琴子さんのことについてちょっと話にな」

伊達和弥は敵意を剥き出しにしていた。
しかし僅かな脅威すら感じることはない。

「彼女はもうそろそろこっちにいてもしょうがないから、あんたに返そうと思ってね」
「返すだァ?」
「予想外か? 俺はもう充分満足したからもういらねぇんだよ。だから返す。とても筋道の通った行動だと思わねぇか?」」
「満足? 何をした」
「ちょいと慰安婦になってもらっただけだ」
「慰安婦だと?」

伊達和弥の顔に憎悪と憤怒が刻まれていく様を、俺は薄ら笑いを浮かべて眺めた。
だが俺は伊達和弥を笑ったわけではない。
ただ、自然と薄ら笑いが浮かんでいたのだ。

「彼女の穴は充分に働いた。ま、それだけだ。もういらねぇ。返すから付いて来な」
「返すだと?」
「信用出来ないだろうけど、じゃあどうするって事だ。ここで殺すか? 俺を」
「……いや」

伊達和弥は考え込んでしまったのか、歪ませた顔はそのままにして止まってしまった。
伊達和弥は直ぐに答えを出さなかった。

「どうするんだよ? さっさと答えろよ」

そう言ってから、俺はテーブルの上にあったゴミの置いてあるトレーを床にぶちまけると、立ち上がって自分の座っていたパイプ椅子を伊達和弥に向かって投げつけた。
椅子は伊達和弥の頭上を飛んで行って、テーブルにぶつかった。
トレーとパイプ椅子をぶちまけた音がフロアーに響いて、客達が俺に視線を向けてきた。
俺は彼等を極上の殺意をタップリ含んだ視線で睨み付けた。

「どうすんだ!」

俺は叫んで、手の届くところにあったパイプ椅子を目の前のテーブルに叩きつけた。
派手な炸裂音を上げて、丸テーブルにはヒビが入っていた。

「解った。付いてく」
「さっさとそうすりゃいいんだよ」

伊達和弥の答えに、俺の怒りと苛つきは幾分か落ち着いた。
落ち着けたのはそれだけではないが、兎も角、俺は興奮状態から回復した。

「ちゃんと付いてこいよ? 変な気は起こすな? こんな街中でやり合うってのは、俺は別に構わないけどな」

ケーブルを蹴飛ばしながら階段へ向かう。
その後ろに伊達和弥は付いてきた。
階段を降りた。
階段を降り始めてからは、俺は何も投げたり殴ったり蹴ったりはしなかった。
ハンバーガー・ショップを出て、向かった先はビジネス・ホテルの前だ。

「ここだ。だけど部屋鍵は俺が持ってる。他にも色々持ってる。さァてと、どうする?」
「どうするかだ?」

殺意を剥き出しの伊達和弥は、腕組みをしてビジネス・ホテルの前の柱に寄り掛かった。
俺はゲシュタルトを爆弾を仕掛けた部屋に出現させると、触手を使って爆弾を隠したベッドをひっくり返した。
視認出来ない位置への顕現は、場所が解っていたので、少々神経を集中させる程度で済んだ。
それだけに全神経を向けるような状態にはならなかった。

「鍵が掛かってようが、関係ないような気もするけど、一部屋一部屋調べるんなら、勝手にやってくれ」
「なら勝手にやるぞ」
「勝手にやってくれ。そんでもって、三年前みたいにホテルごと爆発しちまえよ」
「ここに爆弾を仕掛けたのか?」
「ちょいとRDXと可塑剤の混合物を、効率よく瓦礫の山を作れるほどの量をな」
「テメェ」

伊達和弥は柱から背を離して、俺に近づく。
俺は伊達和弥に会わせて数歩下がると、手を前に出して伊達和弥を制して、ズボンのポケットから起爆装置を取り出した。
起爆装置は、ディスプレイがあり、数字の印刷された9個のボタンと他に幾つかのボタンがあり、携帯電話の形をしていたがそれよりも少しだけ大きかった。
俺は起爆値を入力をして、ディスプレイを伊達和弥に見せる。

「押すだけ。後は押すだけ」

伊達和弥の腕が動いた。
俺の手の中の起爆装置は、しかし伊達和弥は手にすることは出来なかった。
伊達和弥に盗られる前に、俺は起爆装置を伊達和弥の前から引っ込めている。
また伊達和弥の腕が動いたが、起爆装置は俺の手の中だ。

「神無木くん!」

突然の叫び声だった。
俺は叫び声のした方を向いて、そこに月宮あゆがいたのを見て、それから直ぐに起爆ボタンを押した。
頭の上の方で物凄い爆音が炸裂する。
快感絶頂モノの耳をぶち抜く爆音の次には、目の前を無数の輝くガラスの破片が現れて、直ぐに消えてしまった。
ガラス片は地面に突き刺さり、コンクリートをぶち破っている。
俺はショルダー・ホルスターからサウンド・サプレッサー付のグロック17を引き抜いて、一発だけぶちまけた。
弾丸は、俺の狙ったとおり伊達和弥の体には当たらなかった。

「生首でも降ってこねぇかなァ」

空を見上げると、ビジネス・ホテルの一室から黒煙が流れ出ていた。
目を伊達和弥に向けると、伊達和弥の顔は状況を把握していなかった。

「慰安婦の生首でも降ってくれば、お前はそれにフェラでもさせてみたらどうだ? 元々はお前のなんだし、口でも首でも好きな方の穴に突っ込んでみたらどうだ? そっちはまだやってないらしいじゃねェか」

グロック17をホルスターに収めて、伊達和弥を見下ろしながら俺は言った。

「ああ、あとな。見れば誰だって解るけど、瓦礫の山が出来る量ってのは、ありゃウソだ。見れば誰だって解るけどさ。でも人の真ん前に置いときゃ、吹っ飛ぶぐらいはあるけどな」

伊達和弥に話しかけながら、俺は伊達和弥の顔に徐々に生気も殺気も戻ってきているのを感じた。
そして伊達和弥が立ち上がるのは案外早かった。
両眼が確かな怒りで形を歪めるのと同時に、伊達和弥は立ち上がった。

「ここでやっても、俺は別に構わない。俺はその方がやりやすいからな」

伊達和弥との距離を充分に開けてから、俺は背中を向けて歩き出した。
正真正銘、世界一優れた感覚で伊達和弥の位置を知っているから、俺は伊達和弥が行動を起こしても十分に対処可能な位置を歩いている。
伊達和弥は俺の後ろを付いてきていた。
俺達は駅前の大型スーパー・マーケットに入った。
2週間程前に爆撃された大型スーパー・マーケットだ。
1階から入って、エスカレーターを使って2階に上がる。
2階には幾つかの専門店があり、スポーツ用品店の前で俺は止まって、伊達和弥のいる後ろを向いた。
伊達和弥を見て、エスカレーターの少し前にいた月宮と相沢を見る。

「よぉ、相沢」

相沢に声を掛けてから、俺は伊達和弥の方に視線を戻して、ホルスターからグロック17を引き抜いた。
銃口は顔を向いている。
数歩後退して、銃口を伊達和弥の顔から逸らしてから、2発撃った。
弾丸はショー・ウインドーのガラスを破壊し、甲高いガラスの破壊音と空薬莢が床に落ちた小さな音が響く。
音を聞きつけたのかそれとも偶然か、10代後半ぐらいの女が2人、スポーツ用品店の中から出て来た。
俺は数歩下がり、2人の女に銃口を向けて、2人の女に当てないように狙って撃った。
弾丸のパワーを殺す乾いた音と空薬莢の落ちた音だけがした。
一発だけ撃って、銃口は直ぐに伊達和弥に戻した。

「次は当てる、かも」

2人の女は漸く悲鳴を上げて逃げ出した。
背中に銃弾をぶちかましたくなるような、耳障りな悲鳴だったから、銃口は直ぐに背中を見せて逃げる2人の女に向いた。
しかしグロック17の照準が2人の女に向いたのと同時に、伊達和弥が動き出したので、銃は弾を撒き散らすことなく再び伊達和弥を向く。
俺はまた数歩後退した。

「神無木!」

伊達和弥が叫ぶ。
俺は苛ついてトリガーを引いた。
炸裂したのはガラスの割れる弩派手で鋭い音だ。
これで残りはあと13発だ。
苛つきを押さえながら、スポーツ用品店の中に入る。
あまり広いわけではないスポーツ用品店の中で、商品の間を抜けて俺は走った。
そして沢山の商品の中から、野球のコーナーで見つけた鈍い銀色の金属製のバットを持って、俺を捜す伊達和弥を待った。
身を低くして、商品の隙間から伊達和弥の足を探す。
注意深く探すまでもなく、伊達和弥は俺の眼前で背中を見せて、俺を捜していた。

「伊達さん」

月宮の声に、俺は彼女を一瞬だけ見て、金属バットを構えた。
ボールをかっ飛ばすように、脳髄にぶちまけてやるのだ。

「伊達さん!」

金属バットは伊達和弥の右側頭部を強打した。
伊達和弥の頭は吹き飛びそうなほどに揺れて、体は床に倒れた。
床に倒れてからは、微かに痙攣するだけだ。
右側頭部からは流血がある。
金属バットに付着したのと同じ、濃くて粘り気とツヤがあるゼリー状の血液だ。
頭部を殴るならば、花瓶かガラス製のごつい灰皿の方が良かっただろうか?
金属バットと言えば、初めてレイプした女を襲撃した時に使ったのも、金属バットだった。
その女は自分と同じ年齢で、中学生だった。
昔を思い出しながら、俺は叫び声を聞いた。
声は20代前半ぐらいの男が上げたもので、俺はその男に向けて、ホルスターから取り出したグロック17の銃口を向けて、一発だけ見舞ってやった。
男は震え上がり、逃げ出した。

「おまえ神無木なのか?……おまえ」
「そうだけど。それが?」

相沢の質問に答えてからグロック17をホルスターに仕舞い、金属バットを振り上げる。
振り下ろした金属バットは、伊達和弥の左腕前腕部にぶち当たった。
骨は折れたに違いない。

「やめてよ!」
「嫌だ」
「死んじゃうよ」
「死んでくれるととても助かる」

伊達和弥の体を蹴飛ばして仰向けにする。
金属バットを逆さに持ち替えて、すぐ下にある伊達和弥の右手に向けて、全力で下ろした。
右手人差し指の爪が潰れた。
爪は割れて滅茶苦茶の血まみれで、骨も砕けているだろう。
爪は、陰嚢に数十の釘や針をぶち込み直腸を焼いてエクスタシーを感じていた者ですら手を出さなかった部分だ。
苦痛は想像を絶するというものだろう。

「脚が震えてるのな、月宮。見てる間に何か出来たかもしれないのに。例えば、俺を焼き殺すとか、こいつを守るとか、出来たのかもしれないのに」

金属バットを投げ捨てて、俺は月宮に近づいた。
店内アナウンスと、遠くからの人のざわめきが無視出来なくなる頃だ。
俺は彼女を見下ろした。
月宮は恐怖の中にいるに違いない。
有り得ないことは、俺に対して致命的な事をしてくれるということだ。
彼女は俺かこの状況かのどれかに、きっと恐怖している。
月宮を少し見ただけで、俺は伊達和弥の前に戻った。
上着の襟を掴んで、伊達和弥の体を持ち上げる。

「何する気だ?」

相沢の呟きに、苦痛を与える幾つかの方法が浮かんでは、消える。
伊達和弥がまだ苦痛を感じる体だとは、思えなかった。
恐らく、俯せに寝かされた伊達和弥は、自分の顔にくっつく床の温度を感じることもなければ、シースから取り出したストライダー・マーク1Aで右耳が切り取られたことも感じてはいなかったはずだ。
切断面から吹き出た血液が左手に付着した。

「ごめんな。グロいもん見しちゃって……こいつもう死んでるかもな。全然動かないし」

左手とストライダー・マーク1Aに付着した血液を伊達和弥の着ていた上着で拭き取り、ストライダー・マーク1Aはシースに収めて、再び月宮に近づく。

「もう此処にはいない方がいいな」

彼女の後ろに立って、恐怖で混濁したような目で俺を見上げる彼女の背中を俺は押した。
為されるがままに月宮は店の外へと向かって歩き出し、俺は月宮の後ろを2人に挟まれて歩いていた。

「まぁ、何にもなかったわけだけど。相沢も何もしなかったのな。結局、そういうもんだけど」

店から出ると、エスカレーターを上がってくる制服警官が目に入った。
数は1人だけで、俺はショルダー・ホルスターからグロック17を抜き取り、ヒップ・ホルスターに手を伸ばした奴に向かって撃った。
弾は警官の腹に食い込み、血と絶叫を噴出させる。
その様を見ていた月宮も相沢も、何もすることが出来ない。
だがそれで当然なのだ。

「月宮も相沢も俺から離れろ。後で面倒だぞ」
「あ、あぁ……」

気のない返事は相沢だった。
警官に2発撃ち込む。
2発目は左肩、3発目は左上腕に着弾して、警官は腹を押さえて俯せに倒れた。
幾つかの視線の中、俺は倒れた警官に近づき、ヒップ・ホルスターからS&W M36 チーフス・スペッシャルを抜き取り、シリンダーをスウィング・アウトさせてエキストラクター・ロッドを叩く。
4発の弾丸が床に落ちる。
弾の無くなったS&W M36は投げ捨てた。
かすかなざわめきが起こる。









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