The Journal of Neurosci. 23(36) Dec. 10, 2003, pp11342-11351
小脳の中央側部位は、プルキンエ細胞の「誕生日」で決まる

Mitsuhiro Hashimoto & Katsuhiko Mikoshiba
Lab. Dev. Neurobiol., RIKEN, Wako, Saitama, Inst. Med. Sci., Univ. Tokyo, Tokyo, Japan
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成体の小脳は、様々な特異的分子マーカーを発現する中央側部位(M-Lクラスター)のような機能的な集合体に区画化している。このM-Lクラスターは小脳機能の基礎的構築をしているように見えるが、小脳側部位の区画化についてそのメカニズムは未だ明らかでない。この疑問をもとに、Mikoshibaらは複製欠損アデノウイルスベクター
1)を用いて、M-Lクラスターの発生を調べた。アデノウイルスベクターは小脳神経細胞の前駆細胞が生まれたその日に、外部から遺伝子を導入するのに有効で、これによって誕生日が同じ前駆細胞2)の各集団が、自然の状態ではどのように振舞っているのかを調べた。胚発生期10.5日(E3)10.5)、E11.5、E12.5のマウス胚中脳室にアデノウイルスベクターを注入すると、プルキンエ細胞に分化する小脳前駆細胞にウイルス感染した。特にプルキンエ細胞は同じ誕生日を共有するM-Lクラスターという特別な集団を小脳で形作っていた。M-Lクラスターの各集団は巣篭もるように振る舞い、そして部分的には相互に譲り合ってパターンを形成し、このパターンは胚発生後期から成体になるまで変わらないことから、プルキンエ細胞の前駆細胞は、M-Lクラスターの特別な集団が作られた後のE10.5からE12.5の間に死ぬことを示している。これはプルキンエ細胞の発生を直接観察した最初の研究といえる。さらに彼らはengrailed-24)Wnt-7B5)L7/pcp26)各ドメイン、EphA4受容体チロシンキナーゼ7)といった分子の発現を目印として、M-Lクラスターと誕生日を共有するプルキンエ細胞との関係を示している。

注釈
1)アデノウイルスベクター:アデノウイルスとは神経細胞に特異的に感染するウイルス。ベクターとは運び屋の意味。このアデノウイルスベクターに目的の遺伝子を組み込んで感染させると、神経細胞だけに目的遺伝子が挿入される。
2)前駆細胞: 機能の決まった細胞になる前の、特別な働きをまだ持たない、分化前の未熟な細胞のこと。
3)E10.5: 胚のことを英語でEmbryoといい、胚発生期10.5日のことをEmbryonic day 10.5、頭をとってE10.5と呼ぶ
4)engrailed-2: 胚発生の際に発現する、あらゆる脊椎動物種で見られる共通の遺伝子。特に頭部形成、眼球形成時に発現が見られる。
5)
Wnt-7Bengrailed-2同様、胚発生の際に発現する、あらゆる脊椎動物種で見られる共通の遺伝子。胚発生の背腹軸形成時に発現し、マウス脳では背側ではなく腹側に発現が見られる。
6)
L7/pcp2: L7は小脳発生の際に、小脳プルキンエ細胞に特異的に発現する遺伝子として注目されている。L7/pcp2とはL7からpcp2を経由する経路を示す。
7)
EphA4受容体チロシンキナーゼ:engrailed-2同様、胚発生の際に発現する、あらゆる脊椎動物種で見られる共通の遺伝子。最近、興奮性ニューロンの集団がこの受容体を発現することから、この分子と発生との関連に注目されている。

コメント 脳の中でも特によく調べられているのが運動能力を司る小脳と、記憶を司る海馬だろう。理由は解剖学的構造が特殊で分類しやすく、大きな細胞があるため電気生理学的実験がしやすく、なおかつ機能がわかりやすく実験モデルが立てやすいためであろう。小脳が脳の中でも最も良く調べられているとはいえ、その構造がどのように運動を司っているのかは分かっていない。胚発生から我々は脳から指令を受けて手足を動かすことが出きるようになり、生後から、外部環境に応じた運動機能を身につけ始める。この時期までの小脳は盛んに電気配線を構築していることから、この発生の仕組みが機能と同時に明らかになることは、様々な小児医療の基礎的知見となるだろう。