Megumi Kaneko & Alan Nighorn
Program Neurosci. Arizona Res. Lab., Div. Neurobiol., Univ. Arisona, Tucson
, Arizona, USA.
KanekoとNighornは、ガの一種であるタバコスズメガManduca sexta1)の一次嗅覚系神経経路発達において、受容体型チロシンキナーゼの一種であるエフリン2)受容体とそれに結合するエフリンの、可能性のありそうな役割について調べた。タバコスズメガManduca sextaのエフリン受容体(MsEph)とエフリン(MsEphrin)は、それぞれショウジョウバエのエフリン受容体およびエフリンの構造と類似していた。MsEphおよびMsEphlinの細胞外ドメインと免疫グロブリンIgGのFc部分を結合させたFcフュージョンプローブ3)を用いて生体内でラベルし追跡したところ、MsEphとMsEphrinは触覚葉一次中枢の神経成長時期に嗅覚受容体細胞(ORCs)の軸索に発現していた。興味深いことにMsEphとMsEphrinは別々の糸球体4)に存在し、MsEphが多く存在する糸球体にはMsEphrinが無く、またはその逆のパターンであったことから、ORC軸索の部分集合体が特殊な組み合わせの糸球体へ神経を伸展させて、エフリン受容体とエフリンの相補的発現パターンを作り出していると考えられた。対照的に、触覚葉の内部構造にはエフリン受容体とエフリンどちらも認められなかった。生体外での実験においては、エフリン受容体とエフリンの両方を同時に器壁に存在させると、嗅覚上皮からの神経成長を抑制した。さらに、対照群器壁の神経突起がエフリン-Fcを含むテスト器壁とぶつかると、その伸展が戻ったり止まったりするパターンがみられた。この生体外での実験結果から、MsEphrinはORC軸索に対して阻害・反発因子として作用することが分かった。これら生体内外での結果に基づきエフリン受容体とエフリンは反発性の軸索-軸索間の相互作用を通じて軸索選別や線維束形成を行うと考えられた。
1)タバコスズメガ:ガの種類の♂は大きな触覚を持つ物が多いが、その触覚を使って♀から発せられるきわめて微量のフェロモンを嗅ぎつけることができる。昆虫は哺乳類よりも単純な神経系を持つことから、ガは単純嗅覚系神経モデルの材料として着目されてきた。ガの中でも日本では伝統的にカイコBombyx moriがよく用いられてきたが、欧米ではタバコの害虫であるタバコスズメガが実験に良く用いられており、基礎的知見も多い。
タバコスズメガについて
2)エフリン Ephrin: タンパク質のアミノ酸のうちチロシンという残基にのみリン酸を結合させる酵素をチロシンキナーゼという。このチロシンキナーゼのうち受容体型チロシンキナーゼと呼ばれる種類の中で最も多いものがエフリンEphrinで、原ガン遺伝子として発見された膜タンパクである。EphrinAとEphrinBに大別され、EphrinAはその中でもEphrin-A3やEphrin-A5など様々なサブタイプがある。嗅覚系神経の発達においては特に多くのエフリンサブタイプが相互作用していることがわかっている。また最近ではエフリンは、ハゲにおける「発毛促進シグナル」として特に注目されている。
3)Fcフュージョンプローブ: 免疫グロブリンはいわゆる抗体のことで、その構造はY字型をしており、特定の抗原を捕まえる特異的なFab部(Y字のV部分)と、全免疫グロブリン共通の構造であるFc部(Y字のl部分)からなる。免疫グロブリンのFc部位とエフリンの細胞外ドメインをFabの代わりに結合させ、エフリンだけを特別に認識するよう改良したタンパク質のこと。この分子を目印に使い、生体内のエフリンと結合させてその動態を調べる。
4)糸球体: ガの嗅覚系の嗅覚系一次中枢(触覚葉)内にある多数の球状構造のこと。これは触覚葉内神経間がシナプスを形成する場所であり、匂い情報の変換と処理を行うことから匂い識別に重要な部位であるとされる。
コメント 昆虫の一種であるガのオスはその触覚できわめて微量のメスのフェロモンを嗅ぎつけることができる。この優れたセンサーを嗅覚系研究に用いない手はない。ガのなかでもスズメガは日本ではあまりなじみがないが、このタバコスズメガManduca Sextaは、欧米においてタバコの害虫として古くから良く知られている。ちなみに日本ではカイコのほうが伝統的にも広く知られているし実験にも用いられている。触覚の形状もどちらかというとスズメガより立派であろう。日本ではカイコ嗅覚系が主に研究されており、スズメガとカイコガの両者から得られた知見が統合されて、この分野の知識として蓄積されている。