”者論”のおっさんが
何でイエス様を信じたのか?
写真は東京にやってきたときに者論、パクドン(中央)、私(はた)で撮影したものです。
”はた たかし”から 最初に言わせて!
”者論”を最初にみたときに「このおっさんをホムぺにしたらおもろいかも知れない」と思いました。理由はありません。何か「このおっさん」が神様に愛されていると思ったのです。そんなでこのホームページを企画・制作しました。金沢と大阪での宣教旅行中に撮影した写真です。
”者論”の小さい風体のイメージ(ごめん)が”ザアカイ”ぴったりだったのです。木に登らせて写真を撮りたいくらいです。そこでトップページはあの通りです。”者論”も僕と同じで多弁で熱くなりやすいところが似ています。僕が”者論”に負けるところは”者論”は神様を愛していて、イエス様に従順だと思いました。”者論”とは初対面の日には数時間しか会っていませんが、その数時間において大きいことがありました。幽霊聖公会員である僕が厄介になっている教会(ペンテコ・カリスマ系)にお連れしました。そこで”者論”はその祈りのときに泣いていたのです。ティッシュペーパーで目をこすっていました。僕は「このおっさん神様を愛しているんだな」「このおっさん愛されているんだ」と思いました。まさにザアカイのような従順さでした。人には悪くいわれても神様に対して従順であり、食らいついていく姿勢は尊敬します。その証として”者論”は地元の教会の教区でやったワークキャンプで「名誉の負傷」の足の痛みが「癒しの祈り」を境に癒されました。”者論”は会ったときは足を引きずっていました。ヨドバシカメラ本店前でドリフのコントのように豪快に転びました。でも、そういった状態が実際に癒されたのです。まじで「このおっさん!うらやましい」と思いました。神様に従順な人って福音書や使徒書みたいに実際に癒されるんです。ホントです。韓国やシンガポールやアメリカの一部、アフリカの聖公会では実際にやっているとききます。
こんな”者論”ですが、みんなで楽しんでください。
トップへ