| 第弐話「男気を科学する」
今、この文章を読んでいる貴方は女性ですか?それとも男性ですか?
もし男性ならば、一度は男気について考えたことがあるでしょう。
義のために生きるという生き様はとても美しく清々しいものです。
男気がよく判らないという貴方の為に例文を用意しました。
「早く行け!!ここは俺がくいとめる、おまえをこんなところで死なす訳にはいかねえ!!」
「気にするな、いいってことよ。ところで田舎のおふくろさんは元気か?」
上の2文はかなり男気が高いレベルにあると言えます。
男気には人を惹きつける力があります。
当然、魅力が売りの芸能人などにとっては欲しい要素のひとつでしょう。
JSA(Japan Samurai Association)では毎年その年にもっとも男気にあふれた芸能人を表彰しています。
受賞者は以下のようになっています。
1997〜1999年 千葉真一
2000年 加藤豪
2001年 名高達郎
いずれも劣らぬ猛者たちとなっています。
とくに開設以来3年連続受賞者である千葉真一さんの活躍は今でも記憶に新しいものです。

<3年連続受賞者 千葉真一さん>
千葉真一さんの活躍から毎年、千葉県の勝浦海岸では「ビバ!!漢祭り」が開かれるようになりました。
全国各地から若者からお年寄りまでそれぞれがそれぞれの方法で男気を見せ合います。
去年はゲストに竹中直人さんが来て下さり、大いに盛り上がりをみせました。

<新人賞 宮路大輔さん 漢の空>

<危険な行為をする若者>
新人賞を取った宮路大輔さんの「生き様」は、一瞬の滑空が永遠に感じられるほど見事な雄大さを体現していました。
しかし大変残念な事に、度胸だめしと男気を勘違いした若者が多く見られたことも事実です。
これはマスコミが誤った男気を報道していることが一因であると考えられます。
これから男にとなっていく少年達のためにいち早い改善を心から望みます。
さて、話の本題にはいります。
みなさんはいままで数多くの科学者たちが、このカタチのない男気について調べているということをご存知だったでしょうか。
ドイツの精神学者ミュラーは早くから男気の眉毛の関係について説いていました。

<精神学者ミュラー 独1906〜1987>
男気と眉毛の太さが正比例するというのです。
もちろんその説は、発表したその年の学会であっさりと否定されることになります。
「ただ単に、見た目でそんな感じがするだけだろ!!」
この言葉はミュラーの説が否定されるきっかけになった言葉ですが、
実はこれを言った人物は学会にこっそりと忍び込んでいたミュラーの息子ゴーディスだったと言います。
彼はのちに日本に移住し、九州の鹿児島県に「男塾」を開きます。
九州男児が男らしいというのはこの「男塾」からきていることはみなさんご存知のところですが、
こんな裏話があったことはたぶん知らなかった事でしょう。
現在学会では、男気を測る単位として「soul」を使用しています。
しかしもともとカタチのない男気を科学で説くことは大変難しく、19世紀後半で足踏み状態であるのが悲しい現実です。
クラスのいじめられっこが出す突然の男気!!
この不確定な要素が男気を解明することを難しくしてきたのです。
私は精神学は専門ではありませんが、昔からこの「男気」については大変興味があり独自に研究してきました。
いき詰まりかけていた私の研究でしたが一枚の写真がキッカケとなり私なりの説が完成しつつあります。
下の写真はある少年にトラウマ(心の傷)ができる瞬間を収めたものです。

<トラウマのできる瞬間>
私は偶然にもこの写真に写っている少年に会うことができました。
いえ、現在彼はもう少年ではなく立派な男気あふれる人物へと成長していました。
そして今、彼は私の研究を手伝ってくれています。
そうです「薬局の息子」その人です。
彼は辛いトラウマを乗り越え立派に成長を遂げました。
男気は目に染みるほど出ています。
トラウマを受けた直後の彼は先端の尖ったものを見ると体が震えだし、その場からしばらく動けなかったと言う事です。
何がきっかけで彼はトラウマの呪縛から逃れることが出来たのでしょうか?
かくゆう私も前回お話した事ですが、顔のことで小さいころに大きな心の傷を負ったものです。
しかし、今ではちょっと?個性的な顔ということで自分で納得しています。
私は大きな心境の変化はきっとなにかしら体の変化があるはずだと思いました。
そして今現在トラウマを抱えた人たちと、トラウマを克服した人たちに協力してもらい、それぞれの体を調べました。

<現在もトラウマを抱える男性s氏>
そして双方の体にある共通点を見つける事が出来ました。
それは場所でいうと内臓器である胃の右下にあたる肝臓の位置にありました。
肝臓というと「肝が据わる」という使い方もされる、内臓一男気あふれる臓器。
内視鏡でその存在を確認することができましたが、
それは肝臓内をかなりのスピードで移動しているためはっきりと形を確認することができませんでした。
小さな器具しか持たない私の研究所では体を傷つけずにそれを捉えることは不可能でした。
それから数日が過ぎました。
私の研究所に一人の老人が尋ねて来ました。
老人は私の男気の研究の噂を聞いて駆けつけてきたとのことです。
話を聞いてみると老人は前回研究に協力してもらった、
現在もトラウマを抱える男性s氏の父親だということがわかりました。
そして老人は自分は末期のガンでもう先が長くない、
40歳を過ぎてトラウマから抜け出せずにいる息子を残して逝くことが気がかりで、
もし私のいう「それ(男気)」があるなら自分は死んでもかまわないので息子に移植してやって欲しいというのです。
私は大変困惑しました。
それの存在自体は確認したのですが、それがどうゆう働きをするのか、
体への影響などまったく解っていなかったので当然です。
本来、雲をつかむような無茶苦茶な話です。
しかし私は老人の男気あふれるその視線を無視することができませんでした。
私は少し老人に待ってもらい、友人の外科医に相談の電話をしました。
事情を話すと学生時代から情にあつい彼が受話器に向こうで泣いているのが判りました。
彼は涙声で、
「たしかにその男気、受け取った!!何も心配するな!!俺にまかせろ!!」
と言い責任は自分が持つから今から老人を自分の大学病院に連れてくるよう言いました。
私はs氏親子と薬局の息子を連れて彼の大学病院に向かいました。
今思い出してもあれほど男気があふれた一日はなかったでしょう。
世界でモチロン初めての「男気」の移植手術は成功しました。
男気を抜かれた老人は穏やかな表情を浮かべゆっくりと息を引き取りました。
s氏も少しづつではありますが、社会復帰しつつあります。
私は「男気」の正体をこの目で見ることができました。

<男気の素>
しかし、あの男気があふれたあの一日で、解ったことがあります。
男気には形があってはいけない、男気とは理由とか訳とか意味とかそうゆう次元の物ではないということが分りました。
今回の研究結果はすべて処分しました。
学会にも当然秘密にするつもりです。
今年の夏もまた千葉県の勝浦海岸では「ビバ!!漢祭り」が開かれます。
全国から男気あふれる馬鹿野郎どもが集まる事でしょう。
この清々しい空間が荒らされることなく永久につづくことを祈って・・・。

<男気あふれるウチの犬>
平成14年5月15日
|