薬局の息子の能天気絵日記

 

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平成十四年五月十五日

昼過ぎに起床。
紫煙をくゆらせたりして暫くのんびりと過ごす。
目が完全に覚めていくのと同時進行で腹の虫も活動を開始しだす。
布団から這い出して台所に向かうことに。
本日は仕事が休みということで、一人で遅め昼食を優雅にとることに決定。
昼食をとりながら溜まっている本を読破しようなどと考える。
折角の休日なのに寂しい過ごし方だと思われる方もいるかもしれません。
私だって年相応にお付き合いしている女性はいるのですが、たまには一人の時間も必要だと思います。

さて、昼食とはいってもこれから自分で作るのですが。
冷蔵庫を覗き、鶏肉のトマトソース煮込みに献立を決める。
鶏肉と一緒に煮込もうと思った丸のままのマッシュールムを手にして何かに似ているなと思う。
なんであろうか?

・・・・・?

?????

あっ、何となく火星人に似ている!
火星人か・・・、少し無理があったかもしれません。
まぁ、でも宇宙に思いをはせてみるのもまた一興。
この際火星人は置いておくとして、料理をしている最中のせいか宇宙食が頭に浮かんでくる。
宇宙食というとパックに口をつけてチュウチュウ吸うようなものを最初に想像してしまう。

ユーリ・ガガーリンが人類で初めて宇宙に出たのが一九六一年のこと。
その十年も前からアメリカや旧ソ連では宇宙での人体の影響などが研究されていた。
なによりも関心があったのは食事が出来るのだろうかということ、だッたといいます。
確かになにも食べることが出来なかったら餓死してしまいますから。
人間が何か食べ物を口にすると食堂や胃の蠕動運動によって上から下に運ばれます。
重力の無いところでそれが行われる保証はありませんでした。
様々な論争がされましたが結局は決着がつかずに、宇宙飛行士の身を以って答えがだされました。
それから技術も進歩して色々な宇宙食が開発されました。

私が印象に残っているのは、一九九四年のスペースシャトル「コロンビア」のことです。
このシャトルには日本人の向井千秋さんが搭乗していました。
このとき「向井さんの宇宙料理コンテスト」なるものが行われました。
日本全国から一般公募した料理で機上和食パーティーを宇宙で行うという内容のものです。
試作はマルハが行い、最終的に選ばれた作品は「肉じゃが」や「五目いなり」など九点。
もちろんそのままでは宇宙に持って行けません。
保存性や軽量化に加えて無重力、温度変化、振動などの環境に耐えられる加工が行われました。

基本的には凍結乾燥と加熱加圧殺菌という方法で加工されました。
フリーズドライとレトルトと言ったほうが分かり易いかもしれません。
加工することによって歯ざわりが落ちたり、色が褪せないようにするために随分と苦労したそうですが、
「菜の花のピリカラ和え」などは水を注ぐだけで鮮やかな緑色になり見た目だけでなく味も良かったそうです。
「旬の果物幸せ煮」という料理では超高圧殺菌という新技術が使われました。
これは海底四万メートルと同じ四千気圧もの超高圧をかけ、熱を使わずに殺菌するという方法です。
この方法によって形も崩れず生とほとんど変わらない香りと味が再現できたそうです。

このように宇宙食というものも常に進化していってるのです。
良かったら皆さんも一度食べてみるといいかもしれません。
どこで売っているのかは現在調査中ですが、きっとNASAに行けばお土産で売っているかもしれませんね。

ところでここでとても大変なことに気が付きました。
なんと鍋で煮込んでいた鶏肉がすっかり焦げ付いてしまいました。
一生懸命宇宙食のことを書いていたらこんなことになるなんて。
まことに残念です。
昼食どうしよう・・・。

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平成十四年五月十四日

本日も一人で店番。
今日一番印象に残ったお客様は、OL風の二人組。
お買い上げ頂いたものは目薬を一つ。
お二人ともとても美しい脚をしていらっしゃたので印象に残っている次第。
脚ばかり見ていては私の人間性が疑われる恐れがあるので、視線をそらすことに。
ふと目に止まったのは宝石や金銀などでできたアクセサリー。
なかなか高価そうなものを身につけていらっしゃる様子。
男にでも貢がせているのだろうかと下世話なことを考えながら思い出したのが錬金術。

錬金術とは古くは紀元前一世紀ごろエジプトや中国、十四世紀ごろにはヨーロッパでブームになった学問。
その内容は不老長寿の薬を作り出したり、銅や鉛などから金を作り出すといった少々妖しげなもの。
果たしてそんなことが可能なのだろうか?と誰しも疑問を抱くとは思います。

中世ヨーロッパの文献には実際に錬金術師というものが記録されています。
一三一七年にはローマ法王ヨハネスが錬金術師を国外追放する布告を発していますし、
一四〇四にはイギリス国王ヘンリー四世が黄金を製造する者は国家的大犯罪の刑を下すとの
法令を出しています。
これは錬金術によって金が大量に生産されその価値が暴落するのを恐れたからだといいます。
実際に錬金術師が金を大量に売り出したため金貨の価値が急落したという記録もあります。

ロンドン大英博物館には一八一四年に錬金術師が鉛の弾丸から金に変化させたという、
黄金の弾丸が展示されています。
ウィーン歴史博物館にも一六七七年にウェンツェルという修道士が銀から金に変成させたという、
上部三分の一ほどが金になっているメダルが展示されてもいます。
傲慢にして天才的な医師であり錬金術師のパラケルスス、
何百年の時を生き非常に博学、現在でも生きているのではといわれるサン・ジェルマン伯など、
幾人もの錬金術師の記録が歴史的な記録として残っているのも事実です。

さて私のわかる範囲ではありますが少し科学的な目で錬金術を考えてみたいのですが、
不老長寿の薬については薬局の勤務の私でもさっぱり想像もできないので、
他の金属から金を作り出すという点だけに絞ることにします。

金という金属は鉱物として発掘される際には、もともと多少の銀を含んでいます。
これはエレクトラムや琥珀金と呼ばれる合金です。
古代メソポタミアやエジプトなどでは装飾などに使われていた様です。
また銅と金の合金の烏金(赤銅)と言うものもあります。
これらの金合金から金だけを取り出したとしても、それは他金属から金を生成したとは言えないでしょう。

海水に塩酸、テルル、ヒドラジンを加え沸騰させ、濾過すると微量ながら金が抽出できます。
しかし、東京ドーム4〜5杯分の海水から、やっと1gの金が採れる程度のものです。
地球全体の海水では約50億トンの金が採れますが、途方も無い話しで現実は出来ないでしょう。
この方法にしてもあくまで抽出ですし、他金属を変成している訳ではありません。

科学の授業などで習った元素記号というものがあります。
金はAu、銀はAg、銅はCu、鉄はFe、鉛はPbなどといったものです。
これを見ても判る様に、金と銅や鉛といった金属は全く別の物質です。
どの金属にも比重というものがあり、それすら全く違うのです。
他金属から金を作るためには原子レベルでの変成が必要ということになります。

現代の科学でも不可能な錬金術を行うために、錬金術師達は賢者の石というものを使ったとされています。
賢者の石がどのようなものかは解りませんが、それ自体が練金の秘術によって作り出されるのだそうです。
一三八二年にフランスのニコラ・フラメルという人物が、
ユダヤの始祖ラビ・アブラハムが記した「アブラハムの書」や「アッシュ・メザレフ」というものを参考に
生成に成功したという話しも残っています。
一四一七年にフラメルはこの世を去っていますが、
その後三世紀半たった一七五二年にフラメルの旧宅が徹底的に調べられたそうです。
しかし其処からは文献やメモ、古文書などなにも発見できなかったそうです。

ここまで書いてきて結局私に言えるのは、錬金術なるものが実在するのか判らないという事だけです。
何百年も昔の記録がどの程度正確なのかも判りませんが、その記録全てが偽りだとも思えません。
そこにはきっと何かしらの秘術めいたものが存在しているのではないでしょうか?

しかしまだ二十歳を過ぎたばかりの私には本当のところ、
黄金よりも女性の美しい脚のほうが神秘的で価値のあるものだったりします。
さらに今回の日記は当サイトのテーマに沿って、
科学的でオカルトめいた内容になったと思うのですが、如何だったでしょうか?

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平成十四年五月十二日

初めての日記と云うことで少し緊張気味の薬局の息子です。

私の日記では、日記なのでもちろんその日の出来事なども書いていきますが、
このサイトの趣旨に合った話題に尽いても触れていきたいと考えています。
それでは初めての日記、御覧下さいませ。

薬局の息子というハンドルネームでも判るように、私の実家はあまり大きくない薬局を家族で営んでいます。
父と母、私と弟という四人家族です。
私は家業の薬局を継ぐ気があるわけではないのですが、
働きもせずにプラプラしていてもお金が入ってくるわけではないので、
とりあえず薬局を手伝うといった生活をしています。

今日も一人で店番をしていると男性のお客様が一人やってきました。
歳は三十代半ばといった感じで、心なしかソワソワした感じで落ち着きがありません。
「まさかいい歳して万引きでもないだろうな。」
などと考えながら念のため注意して見ていると、
意を決したように私のところに近づいてきてこう告げました。
「バ、バ、バイアグラはないですか?」
突然の大きな声に私は少々戸惑いを憶えました。

今日は母の日です。
父親にバイアグラを買っていき、
「母の日なんだから今晩は母さんにサービスしろよ。」
とかいって両親の仲を取り持とうというのでしょうか?
余計に夫婦仲がギクシャクする可能性だって否定は出来ないでしょう。
あまり粋なプレゼントとは言い難いのでは、もちろんネタとしてはありかもしれませんが。
それに、そんなことをして三十代半ばになってから弟や妹ができては、
いまの私以上にお客様自身が戸惑いを覚えること必死です。

私がそんなことを考えている間もお客様は真剣な眼差しでこちらを見つめています。
その眼差しからも、いかにこのお客様がバイアグラを必要としているか伝わってきます。
しかし、バイアグラは日本では認可の下りていない薬です。
皆様も知っての通り、普通の薬局では売っていないのです。
私もお客様にそう告げようと思ったのですが、あまりにも真剣な顔なので、
「はい、ございます。おいくつ必要でしょうか?」
そう言ってしまいました。
なによりも自分よりも少なく見積もっても十歳以上も年下であろう若造の私に、
バイアグラを下さいと言うのはなかなかに屈辱的だったであろうという気持ちが私に在ったせいもあります。
なにせ私にはまだそんなものは全く必要ではないのですから。
普通の薬局でしたら言ってしまってから困るところですが、
実は家の薬局にはバイアグラが置いてあるのです。
誰にでも売るという訳ではないのですが、他の人間に話さないと信用したお客様には特別にお売りしているのです。
もちろん違法ではありますが、口を糊にするためには多少のことは仕方ないと言うのが現実です。
もっとも一番利用しているのは私の父なのですが。

事情を説明してから、お客様の希望どうり一箱まるまるお売りしました。
お客様は何度も何度も、
「ありがとう、ありがとう。」
と私に感謝していました。
お客様に感謝されたときは流石にこんな私でも良い気分になります。
世の中まんざらでもないな、そんな気になります。
ただ値段があってないような商品なので、
私の懐に入る分だけ金額が上乗せされていることはお客様には内緒の話です。

少々長くなってしまいましたが、以上が今日の出来事で印象に残っていることです。
まったくオチもなにも無い普通の日記になってしまいましたが、
今回はこのへんで失礼させて頂きます。

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