にいやい

 
●古代クメールの運動会

ニイヤイ
 クメール・トムの都を、異民族の手から奪還する事に成功したガンバルマン七世は、千手観音に感謝するお祭りを開催しました。そこで行われたのが世界初の「パン食い競争」
 それ以前は、捕らえた敵兵の心臓を使っていたそうですが、敬虔な仏教徒の国王は無用の殺生をさけ、パンで代用することにしたそうです。心臓がパンに変わっても、競技の名称は以前のままで「ニイヤイ」と呼ばれていました。(犯人二号)


●宇宙人のしーくれっと?

ニーヤ・イ
 ワレワレ ハ ウチュウジン ダ。「ニイヤイ」ハ ワレワレノ ヒミツノコトバ。しーくれっとデアル。ケイコクスル。ニイヤイ ニツイテ ツイキュウ シテハ イケナイ。ケイコク ヲ ムシスルト シヌ ゾ。(モニャルトリラー星人)
 

 みなさん、静粛に……って誰もさわいでいませんね。おほほほ。ざまあみなさい、宇宙人よ。わたくしたちに宇宙人のおどしなど通用しないのです。さっさと宇宙にお帰りなさいっ!!

 ところで、宇宙人の出現で思い出したのですが、わたくしの本当のふるさと(それはレムリアから南にちょっと行ったところにある)には、「ニーヤ・イ来たりて笛吹けば、ヌゥ・イェーは鳴くなり月の神殿」という言葉が伝わっています。
 かつて月の神殿の巫女は預言しました。
「大いなる大地が沈みし時から二万の時流れ、空より恐怖の王あらわる。だが人よ、おそるるな。ニーヤ・イの笛の音により月神の子ヌゥー・イェーは目覚めるであろう」
ヌゥー・イェーは、月の神殿の守護聖獣ですが、ニーヤ・イについては、何者なのかわかっていません。あるいはモニャルトリラーなる宇宙人がいう「ヒミツ」とは、ニーヤ・イに関することかもしれませんね……(珍獣ららむ〜)


●仏教あるいはキリスト教用語

新弥愛
(1)
 新弥愛:にい-いや-あい(にいやい)
 新(にい)は新しい、
 弥(いや)は弥栄(いやさか)の弥でますますという意味、
 愛(あい)はふつう仏教用語では煩悩を表す言葉だが、ここではそのまま愛の意味、まぁ新婚生活で愛が益々深まっていくことですな。
 書いててはずかしくなるよ。だれ?こんな問題出したの(骸骨和尚)

(2)
 新弥愛は新婚ではない!
 たしかに愛(あい)は仏教用語では煩悩を表す言葉ですけど、キリスト教では慈愛の意味になります。
 新弥愛(にいやい)は、聖子代贖(キリストが処刑されたこと)により、新しい世界が始まったことを表す、たいへん有り難い言葉なのです。すなわち愛とは神の無限の愛、神の愛が降り注ぐ世界に私たちは生まれたのです。(rev.)


●お見合い・夜ばいのいいわけ

新合い
 お見合いのことを新合いって言います。「にいあい」なんだろうけど「にいやい」って訛ります。(広義解釈人)


兄屋居
 村の若い男達は夜になると兄屋に集まる。馬鹿っ話しに興じたり、酒盛りをしたり、少年から青年に変わるための基礎知識もここで身につける。大抵深夜には家に帰るが、家に帰らず他所に行って、朝方兄屋に帰りさも兄屋に泊まったような顔をする者が居る。
 三本松の息子は兄屋居だったそうだよ。と言う会話が為されるとしばらくして祝言の知らせがあるらしい。(ひろこ)


●いきもの

二位やい
 所謂『女房ことば』で、猫を指す言葉です。漢字をあてるとすれば『二位やい』となりましょうか。

 御供所天皇の御世、宮中にてそれはそれは寵愛されました猫君があらせられました。あまりに主上がお可愛がられになりますので、その御名を呼ぶのも憚られたため、『二位殿』と呼び習わすようになったとか。(そう、猫であっても二位の位を授けられていたのであります。いかな御寵愛振りかうかがわれましょう)後世、女官の間では、この二位殿に限らず、猫一般を『にい』と呼ぶようになったのですが、二位殿と他の猫を同列に呼び習わすのを遠慮した為か、はたまた、女官から後宮の女房らへと伝播するにつれ、気安くなっていってしまったのか、『にいやい』と言うようになったそうです。開国して後、明治天皇の御世には、針金で作られた鼠捕りも『にいやい』と呼ばれていたとか。この言葉は、他の女房ことば同様、昭和天皇が御位に御着きになられた後は、御勅命によって使用を禁じられ、知る者は少なくなりました。(ひぞび)


丹生谷居(原人)
 1944年、群馬県で人骨の化石が多数発掘された。調査の結果、この人骨が発掘された地層は約230万年前のもので、これは知られているかぎり最も古い原人の発見である。
 丹生(にい)の谷で発見されたことから、丹生谷居(にいやい)原人と名付けられ、一部の研究家の間では「すばらしい発見だ!」「いや、これは測定結果のあやまりであろう」などと物議をかもしたが、当時日本は太平洋戦争のまっただ中にあり、この出来事は新聞の片隅に小さく掲載されただけで、一般には話題になることはなかった。
 丹生谷居原人の骨は群馬大学資料室に人知れず保管されていたが、終戦後に改めて調査しようとしたところ、資料室のどこを探しても原人の骨は見つからなかった。
 一説によれば、戦争中に、ある大学の教授に貸し出したまま、終戦の混乱で行方不明になったとも、なんらかの理由で米軍に接収されたのだとも言うが、真相は定かではない。(ぷろふぇっさー珍)


●枕詞

にいやい
 にいやいの わかみずをくむ にいづまの
 はつゆめやぶる ふるにょうぼうかな

 意:新居に新しく掘った井戸から新年の水を汲み上げる新妻、
 と言うお目出度い初夢を見ていたら古女房に起こされた。(ひろこ)


●古習俗

新屋衣
 文字通り、新屋(にいや=新居)に入るときに着る服装です。
 家を建てる際には、その地の神を鎮めるために祭りを行い、家が建ち初めてそこに足を踏み入れる際には、家の神に対する敬意を表して新屋衣をまとう。伝統的な家屋の建造時の行事でしたが、地鎮祭は残っていても新屋衣は現在ではあまり残っていないようです。
 その理由として、新屋衣があまりに奇抜な服装だったことがあげられます。どんな格好だったのかは残念ながら資料が残っていませんが……きっとものすごい格好だったんでしょう。歴史の闇に葬られるものというのは得てしてそういうものです。(ガンバ)


新爺居
 八重山諸島・符置島の古習俗です。
 近世まで母系相続制を保つなど女性上位の社会構造を有した符置島において、若い頃には母、結婚後は妻、老いては娘に従属するものとされ、常に女性に比べ高い抑圧を受ける男性ですが、孫ができた後は、その社会的制約が取り払われ、共同体の中でそれ相応の敬意を払われる存在へと昇格します。
 一般には初孫の初節句の際に「新爺」祝いの宴も共に開かれることが多く、赤ん坊を抱いた祖父がこの時初めて座る『上座』を特に「新翁居」と呼ぶのです。
 平均寿命の長い符置島では、晴れて「お爺さん」となれたとしても、年長者に頭を押さえられることにはかわりないのですが。
 自分の初節句に「新爺」を迎える祖父の膝に抱かれ、初孫を抱いて「新爺」を迎え、さらに長生きして孫息子が「新爺」を迎える祝いの宴にも「大爺」として同席する…それが符置島の男性の夢見る「幸せな生涯」のひとつの典型でもあります。(ぶっち)


 謎の宇宙人まで現れ、大変なことになっておりますが広辞苑による「にいやい」の解釈は……

にいやい 新饗
 ニイアエの訛。初魚の鰹を10尾ほどとっておいて舟宿に来合わせた者全員に切って分配すること。駿豆地方の漁村で行う。ねのよ(贄の夜)ともいう。

 と、いうことなのです。天下の広辞苑にそう書いてあるのだから宇宙人の「ヒミツ」などとは無関係なのですわかったか、宇宙人!!

(でも駿河のさちはるさんは「新饗」を知らないっていってるし、やっぱり宇宙人のしーくれっとなのだろうか??)


 
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