
■7・20嘉手納基地を27500人が包囲・クリントン来沖
■7・15緊急沖縄県民総決起集会
■7・5サミットに関する沖縄弁護士会からの声明
■6月、名護「ヘリ基地反対協」からのメッセージ
■4・27、沖縄県議会議員へ公開質問状!
■4・17、沖縄民衆平和宣言
■4・6、「一坪反戦地主」排除で沖縄県議会へ抗議FAX
【平和と人権のための市民行動名で】
■4・1、「一坪反戦地主」の声
■3・30、反戦地主排除に緊急抗議集会
■3・30、沖縄緊急事態・一坪反戦地主の声明

嘉手納基地包囲行動成功
2000年7月20日・21日クリントン来沖


| 20日、サミット直前に、沖縄県民は、嘉手納基地を3回目となる基地包囲・人間の鎖を実施し、27000人余が基地を包囲し、基地撤去を県民の声として世界にアピールした。 そして、翌日、米国大統領・クリントンが来沖した。 以下「転載です」 「平和の礎」で、クリントンは「琉球王国」「命どう宝」にふれた。しかし、根底にあるのは「日米軍事 同盟」のもと「米軍基地」の重要性を訴えることだった。武器・武力によらない平和をアジアの海洋国 家として求めた「琉球王国」の理想も、反戦・反基地の闘いのシンボルだった『命どう宝』も、大田前 知事のつくった「平和の礎」も、クリントン(そして、自ら軍事基地を求めた稲嶺知事)によって換骨奪 胎されつくした。 そのことだけは、忘れないでほしい。 嘉手納基地包囲行動の参加者のアピールは、想像してごらん基地も戦争もない21世紀をと結ばれ ている。サミットが終わり、また再び本土の日本人が沖縄に無関心となる日がすぐくるだろう。 沖縄平和行進・ピースステージなどに参加して米軍基地に圧倒されたあなた、「悲惨な」戦争の悲劇 を「体験」(?)したはずのあなた、まだ、なにもしないのですか。 そして、相変らず、沖縄のひとびとに選択を迫る国家の共犯者でありつづけるのですか。 だとすればあなたは沖縄で何も見なかったのです。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ わたしは、過去四十年間で最初に沖縄を訪れたアメリカ大統領であることを光栄に思っております。 アメリカの大統領として八回目、そして最後の参加となりますG8サミットにおいて、今週、各国首脳が 集い、未来について多くのことを語り合うことになります。 しかし、私は、過去について静かに、そして最も力強く語るこの場所をまず訪れることが重要だと考 えました。 私たちは、半世紀前、この沖縄で命を落とされた人々を追悼し、その人々の今はの際(きわ)の願い、 つまり自らが被った体験や犠牲を将来の世代が強いられるようなことが二度とないようにとの願いに 敬意を払うためにやってまいりました。 こうして今日、東シナ海の沸き立つような海を見下ろすこの地に立っておりますと、かつてこの空が、 息苦しくなるほどの硝煙で暗く覆い尽くされたことがあったとは想像しづらいことです。 また、生き残るための最後の絶望的な戦いに投げ込まれた兵士や平和を愛しながら十字砲火に捕 らわれた人々の気持ちを想像することも難しいことです。 しかし、周知の通り、この土地は、あの長く血なまぐさい戦争の中でも最も長く、最も多くの血が流され た戦場の一つでありました。 歴史には、「沖縄戦は八十日以上にわたった」と記録されていることでしょう。しかし、私は、その戦闘 を生き抜いた人々、家族が傷つき失われ、人生が永久に変わってしまった人々にとっては戦火の傷痕 は今日もなお痛んでいることを理解するものです。 この激しい三カ月間で、十万人を超す日本の兵士が戦死し、そして一万人以上のアメリカの兵士が命 を落としました。 しかし、沖縄県民の悲劇はそのようなことでは到底説明がつくものではありません。 戦いが終わってみると、この島のおよそ三分の一の人々が帰らぬ存在となってしまったのです。 生き残った人々の九割は家を失いました。これらの人々もみな、今の私たちのように、家族もいれば 友人もいて、愛や希望、そして夢のある人生を持ち、もっと良い世の中であれば、順調に進んだはずの 人生を送った人々だったのです。 「沖縄戦」は最も悲惨な戦闘でした。その戦闘を悼(いた)んで建立された記念碑は最も強い人類愛を 示しています。この「平和の礎」の素晴らしさは、すべての人の悲しみにこたえているところです。 たいていの記念碑は戦争で亡くなった一方の側だけの追悼を行うものですが、この礎は戦った双方 の人々、そしていずれの側にも戦っった人々を悼むものです。 それは単に一つの戦争の慰霊碑という以上に、あらゆる戦争への慰霊碑なのです。 こうした共通の犠牲を追悼することにより、礎はまた、そのような悲劇が二度と人類に降りかかること を防ぐための私たちの共通の責任を想起させてくれてもいるのです。 過去五十年間、日米両国は、この礎の心を持って協力してきました。同盟関係の強さと友好関係の深 さは、二十世紀の偉大な物語なのです。 今日、アジアがおおむね平和であるのは、日米の同盟関係がこの大陸のすべての人々に平和が堅持 されているという信頼感を与えているからです。日米両国は、この記念碑に決して新たな名前が刻み込 まれぬよう、また、新たにこのような記念碑を建てることがないよう、共に努力してきました。 まさにそのために、日米の同盟はあるのです。 そしてだからこそ、この同盟は維持されていかなければならないのです。 もちろん、沖縄は、この同盟維持のために、不可欠な役割を担ってきました。私は、沖縄の人々が、進 んでこの役割を果たしてこられたわけではないということ、そして、時には、沖縄の皆さま方自らがアジア の平和のために重い負担を担ってこられたように見えることも分かっております。 この島は、日本の国土の一%以下の面積でありながら、米軍基地のための土地の七五%を提供して います。 私は、ここで先ほど稲嶺知事のおっしゃったことを私が確かに承ったということ、また、私は、皆さまのご 懸念を理解させていただいているということを皆さま方にお伝えしたいと思います。 だからこそ、私は五年前に、ここ沖縄の米軍基地統合プロセスを始めたのです。 その際、皆さまに二十七項目の具体的な約束をいたしました。これまでに私たちは、その半分以上を達 成いたしました。今日、私は次のことを再確認させていただきます。 われわれはすべての約束を約束どおりのタイミングで果たします。 われわれは、沖縄における米軍の足跡を減らすために、引き続きできるだけの努力を致します。 またその一方で、平和と繁栄の恵みをこの沖縄にももたらすため、私たちが協力してできることはまだ まだあります。私は、世界の人々が、沖縄を過去の戦場としてではなく、「万国津梁」すなわち、国々の間 に架かる橋、として見て欲しいと思います。 五世紀前、尚王朝の黄金時代、この島は、アジアを流れるすべての貿易の交通路として活躍していま した。そして、私は、二十一世紀の情報化時代において、沖縄が、日本にとって世界に向けた門戸になれ ると信じております。 ここ一年間に、二十社以上の日本のIT企業の後を追い、アメリカのフォーチューン誌上位五百社のうち 三社が、この島にそれぞれ事務所を開設したのは喜ばしいことです。 また、今夜この放送をテレビで見ておられるアメリカ、ヨーロッパ、そして全世界の人々に次のように伝え たいと思います。ここ沖縄は、素晴らしい場所です。ここに来て、ぜひ沖縄が将来を築くのに協力していた だきたい、と。 私は、また、琉球大学設立五十周年にあたるこの年に、沖縄を訪問したことを特にうれしく思っておりま す。アメリカは琉大の設立に当たり主要な役割を果たしたことを誇りに思っています。 また、ガリオア・フルブライト・プログラムを通して、非常に多くの沖縄の若者たちがアメリカで勉強された ことも同様に、誇りに思います。 この素晴らしい両国間の伝統にのっとり、本日、私は、以下の通り、発表いたします。 日米両国は、若い沖縄の大学院生のハワイの権威ある東西センターに派遣するため、新しい奨学金プ ログラムの設立を決定しました。このイニシアチブは、私の良き友人でもあった故小渕恵三前総理にささ げさせていただきます。前総理が一生懸命に努力された、日米間の友好と理解の促進を、学生たちがこ れからさらに進めてくれることを心から願っております。 今週、森総理のもと、沖縄に集まったG8の首脳たちは、最も富める国と最も貧しい国の格差を縮めるた めの新しい政策を探求します。われわれがここ沖縄で集まるのは偶然ではありません。 われわれのパートナーシップはかつてなく固く結ばれており、沖縄は、日本を新世紀に導いていく気構え に満ちています。どうか両国のこの友情が変わらぬものでありますように。 五十五年前には、この島の方々は、アメリカの大統領が、友人としてこの地に迎え入れられる日がくるこ とを想像するのは難しかったかもしれません。今日の両国の揺るぎない友情―そしてこの美しい礎に込め られた希望と和解のメッセージ、これは世界にとっての模範でなければなりません。 一八七九年に、最後の琉球王である尚泰王は、首里城を永久に後にしました。王として最後に詠(よ)ん だ詩には未来への希望が託されています。そして世代を超えて私たちに語りかけています。 「戦の時は終わりゆく。平和は遠からじ。あきらめることなかれ。命こそが宝なり」。 尚泰王の歌がここにいる私たち全員の祈りであり、目標であります。願わくばかけがえのない宝であるわ れわれの友情と平和の心が今後、何カ月、何カ年にわたって道案内をし続けてくれることを。 結局のところこれこそが、この「平和の礎」に名を刻まれた方々にとって、われわれのなし得る最良の追 悼となりましょう。(米国大使館報道室訳) 稲嶺知事あいさつ ウィリアム・ジェファーソン・クリントン・アメリカ大統領閣下、厳しい日程の中、ここ「平和の礎(いしじ)」を 訪れていただき、心から感謝申し上げます。 閣下のご来県に際し、この場所を訪れていただくことが、多くの沖縄県民の願いでありました。 その願いがかない、私は今、感無量の思いであります。 紺碧(こんぺき)に輝く海と緑豊かな台地が広がるこの一帯が、五十五年前、日米両軍の最後の激戦地 でした。この間の戦闘で沖縄は焦土と化し、一般住民を含む二十万人余のかけがえのない生命と多くの 貴重な財産を失いました。 この「平和の礎」には、沖縄戦で亡くなったすべての人々の氏名が刻まれています。 一人ひとりが、国籍や軍人、民間人の区別なく追悼されているのです。 私たちは、すべての御霊を慰めるとともに、平和の尊さを再確認し、世界の恒久平和を祈念してこれを建 立いたしました。 私たちは、このアジア太平洋地域においても、平和と安定に向けての動きが一層進展することを願うとと もに、沖縄の米軍基地が整理・縮小されることを心から望んでいます。 私たちは、閣下が、そうした方向に向けて第一歩を踏み出されたことを承知しております。 私たちは、真の平和は、国際社会の安定と繁栄を通じて実現されていくものと考えており、今回の首脳会 合開催を機に、世界の人々と連帯しながら、さまざまな課題の解決に取り組んでいく決意であります。 そして、この場所から、世界の恒久平和と一層の繁栄に向けて、閣下の力強い決意が示されることを心 から願っております。 川満町華さんメッセージ ただ今ご紹介をいただきました、沖縄県立宮古高等学校三年の川満町華です。私はクリントン大統領に お会いできて、とても感激しております。心から歓迎申し上げます。 私は、沖縄戦で犠牲となられたすべての人々のみ霊を慰める思いと、世界の恒久平和を願い、沖縄全戦 没者追悼式で「祈り」という自作の詩を朗読いたしました。 これは日常の中にある平和への切なる思いを詩にしたものです。沖縄から発信される平和メッセージが 全世界の人々の心に届くことを願っております。 ただ今から、クリントン大統領に、私たちへ向けてメッセージをお願いしたいと思いますが、その前に私が 持っているこの花を差し上げます。これはストレリチアという花で、花言葉は「輝かしい未来」です。 それではクリントン大統領、輝かしい未来へ向けてのメッセージをよろしくお願いします。 歴史に触れ有意義/稲嶺知事 稲嶺恵一知事は平和の礎(いしじ)を離れるクリントン大統領を見送った後、礎の前でコメントを発表。 「沖縄の平和の心を象徴する平和の礎に足を延ばしたことは有意義だった」と訪問を評価、「大統領に はさらなる基地の整理・縮小を望む」と負担軽減を期待した。 大統領の演説内容については「基地の整理・縮小に努力することに触れたが、今後もさらに努力してほ しい」と希望。「沖縄の心を理解して、過去の歴史に触れたことは有意義だった」との感想を述べた。 また、「多くの遺族に会い、触れ合うことで、沖縄の人がいかに平和を望んでいるのかを確認したと思う」 と平和の発信ができたことを喜んだ。 一方、中東和平交渉の難航で前日まで大統領の日程が流動的だったことから、知事は「沖縄の平和の 心を目で見、肌で感じていただけるのは平和の礎であり、ぜひ訪れてほしいと、一年前から言い続けてきた。 実現できて良かった」とホッとした表情。大統領の案内役という大任を果たし、緊張がほぐれた様子だった。 礎の前で遺族と対話 クリントン米大統領は二十一日午前九時すぎ、当初の予定より一時間近く早く、専用機で那覇空港に到着。 専用ヘリで糸満市の平和祈念公園内特設ヘリポートに午前十時五分、一人娘のチェルシーさんと一緒に降り立った。 出迎えた稲嶺恵一知事がエスコート。途中、県遺族連合会の座喜味和則会長(73)=那覇市、宮城篤正常務理事(58)=嘉手納町、連合会会員の平川信子さん(62)=石川市、又吉元亮さん(64)=那覇市=に声を掛け、又吉さんの肉親三人の名前が刻まれた刻銘板の前で約七分間、対話した。 平川さんが身ぶり手ぶりで礎を説明すると、大統領は自ら握手を求め、平川さんが涙ぐむ光景も。 六月の全戦没者追悼式で、平和の詩を朗読した宮古高校三年生の川満町華さん(18)が「沖縄から発信される平和のメッセージが全世界の人の心に届くことを願っています」とのメッセージを朗読。「輝ける未来」の花言葉のあるストレリチア一輪を大統領に手渡した。 大統領は「大変素晴らしい。どうもありがとう」と握手と笑顔でこたえた。 スピーチ後は、招待客の前をゆっくりとした足取りで歩き、手を差し伸べる人と気軽に握手したり、「ハロー」「サンキュー」と声を掛けるなど、和やかなムードで対面した。 同公園は午前六時から一般客の立ち入りを禁止。平和祈念資料館で、招待客約五百人や報道関係者をチェックしたほか、警察のヘリ三機が上空を警備した。 解説・県民負担理解求める クリントン米大統領は「沖縄はアジアの平和に決定的な役割を果たした。(日米同盟の)継続は必要だ」と述べ、県民を前にあらためて在沖米軍基地の駐留意義を強調した。 地理的条件から「太平洋の要(かなめ)」と位置付けられてきた沖縄の米軍基地。 米ソ冷戦の終結、朝鮮半島の雪解けなど、アジア和平に静かな足音が聞こえる中、大統領は「われわれは沖縄の負担軽減のために今後もできる限りのことを続ける」と、日米特別行動委員会(SACO)合意の実施に決意を示したが、難航する普天間飛行場問題をはじめとする施設返還の具体的な方策には踏み込まなかった。 米軍統治二十七年、施政権返還後二十八年が経過しても変わらぬ基地の重圧に対し、県民は「整理・縮小」を望んでいる。二十日の嘉手納基地包囲行動に二万七千人の人々が結集したことでもその意思は表れている。 稲嶺恵一知事も大統領に対し、整理・縮小の必要性を直接訴え、「(大統領が)そうした方向に向けて第一歩を踏み出したと承知している」と期待を込めた。 しかし、大統領がアジアの地域安定に向けた沖縄県民の貢献に感謝を示したことは、アジアの利益を大義名分に県民負担のさらなる継続を求めたとも言える。 県民に不信感を増長させている米兵の事件に対する直接的な言及もなく、沖縄側の思惑とはかけ離れたものとなった。 大統領は、平和の礎(いしじ)で先の大戦で家族を失った遺族たちに言葉を掛け、耳を傾けた。 過去、来沖した米要人たちが戦略的な重要性だけを強調し、住民への関心を置き去りにした経緯を踏まえれば、その意義は大きい。しかし、それに実行が伴わなければパフォーマンスに終わる。 期間中、クリントン大統領は森喜朗首相、ロシアのプーチン大統領との会談が予定されている。 しかし、その中身は基地の整理・縮小を望む県民の気持ちとは裏腹に、米国のアジア戦略における沖縄の位置付けに変化を生む可能性は極めて低い(政経部・石川達也) 平和の礎(いしじ) 太平洋戦争中の沖縄戦の戦没者23万人以上の名前を刻んだ記念碑で、糸満市の摩文仁の丘にある平和祈念公園内につくられた。放射線状に広がる黒御影石の碑には戦没者の名前が敵、味方、国籍に関係なく刻まれている。 沖縄戦終結50周年の1995年6月、総事業費約19億6000万円をかけて建立された。 摩文仁の丘は、米軍に追い詰められた日本軍兵士や住民らが近くの断がいから飛び降りて死亡した場所。 刻銘者は2000年6月現在、米国、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、英国、台湾出身者を含む23万7969人の戦没者。 嘉手納基地包囲行動成功! 平和実現求め「人間の鎖」/嘉手納基地包囲行動 ![]() 21日から始まる沖縄サミットを前に、極東最大の米空軍基地・嘉手納飛行場を「人間の鎖」で包囲する嘉手納基地包囲行動(主催・基地はいらない人間の鎖大実行委員会)が20日午後、実施された。 2万7100人(主催者発表)が同基地の周囲約17・4`を人間の鎖で結び、包囲に成功した。 基地の重圧に苦しむ沖縄の実情を訴えるとともに、不戦と基地縮小を願い、21世紀の平和発信の拠点として脱皮することを望んでいることを、強く世界にアピールした。 また、県内移設で揺れる普天間飛行場代替施設の名護市への建設に対しても「ノー」の意思を表した。 県内全域と県外やサミットを機に来県したNGO(非政府組織)など、参加者は嘉手納基地周辺に結集。 午後2時から三度、手をつないで包囲行動に臨んだ。 各地点の結集状況にむらが出たため、午後2時、2時半の包囲は北谷町砂辺付近でつながらず失敗したが、午後3時には全員の手がつながり、嘉手納基地を完全包囲した。 嘉手納基地包囲行動は1987年と90年にも実施されているが、今回はサミット開催直前の実施に成功を危ぶむ声もあった。 しかし幅広い市民層から、過去最多の2万7000人が結集した。 終了後、実行委は「県民の意思と共鳴する世界の人々が結んだ『人間の鎖』を、軍隊などあらゆる暴力をもってしても断ち切らせはしない。沖縄をアジア・太平洋の軍事拠点から、平和拠点の島にするまで」と宣言した。 県民大行動実行委メッセージ 私たちは宣言する。戦争のための基地はいらない。 私たちは今日、アジア・太平洋の米軍事拠点・嘉手納基地を2万7100人の「人間の鎖」で包囲した。基地の島から、平和の島へ代えるために。 沖縄戦から55年目の夏、そして戦争の世紀といわれた20世紀最後の年に私たちは21世紀に向けて平和を発信する。 沖縄を知っていますか。 太平洋戦争では地上戦が行われ、20数万人の尊いいのちが奪われた。人が人でなくなる悲惨で汚辱にまみれた戦争だった。 私たち県民がこの戦争で学んだことは、「戦争を起こすのも人間だが、戦争をなくすことができるのもまた人間だ」ということ。 しかし、戦後の平和の訪れもつかの間、沖縄は米軍事戦略上、太平洋の要石として、巨大な米軍基地を背負わされた。 土地を奪われ、人権を奪われ、いのちをも奪われながら、米軍支配の中、そして祖国・日本復帰後もあわせて半世紀以上にわたりこの異常さはいまだ終わらない。 終わるどころか、日米両政府は「アジア・太平洋の平和と安定」のためと、この沖縄に新たな基地を建設するという。 米海兵隊普天間基地の名護市への代替基地は、運用40年、耐用年数200年のとてつもない基地建設である。 半世紀以上におよぶ沖縄県民の人権抑圧の上に、これ以上私たち県民にどう耐えろというのだろうか。 私たちは提唱する。サミットでは、軍事によらない人間のための安全保障の確立を議論すること。 国と国、地域と地域、人と人が、対話による平和的外交解決の促進を。G8という世界のトップリーダーたちにはその責務がある。 私たちは、県民の意思とそれに共鳴する世界の人々が結んだ「人間の鎖」を、軍隊などあらゆる暴力をもって断ち切らせはしない。沖縄をアジア・太平洋の軍事拠点の島から、文化が息づく平和拠点の島にするまで。 想像してごらん 基地も戦争もない21世紀を 2000年7月20日 基地はいらない人間の鎖県民大行動実行委員会 画像の一部を緊急にアップしました。 アドレスは以下です。ぜひご覧ください。 なお、画像はご自由に転載してくださってけっこうです が、メールでご一報を! http://www.asahi-net.or.jp/~lk5k-oosm/oic.html アメリカのメディアも、大きく扱っていますね。 [ABC] Crowds for G-8 Summit: Thousands Show Up Not to Cheer, But to Protest <http://www.abcnews.go.com/sections/world/DailyNews/okinawa000720.html> [NBC] Mass protest against U.S. in Japan: Human chain rings base (REUTERS) <http://www.msnbc.com/news/389845.asp?cp1=1#BODY> [USATODAY] Protesters ring U.S. base ahead of summit <http://www.usatoday.com/news/world/nw1.htm#g8> [CNN] Beginning of economic summit in Japan met with massive protests: Okinawa residents form human chain around base <http://www.cnn.com/2000/ASIANOW/east/07/20/g8.summit.02/index.html> [N.Y.Times] Protesters Rally Before G-8 Summit 参加者数は 25,000以上[ABC] [USATODAY] 27,000近く[CNN] 27,000以上[NBC] 数万[N.Y.Times]と報じています。 朝日新聞は「主催者の発表で約2万7100人」を取っています。 <http://iij.asahi.com/paper/okinawa/index.html> 我部政明琉大教授/サミット越えた人間の鎖 沖縄の米軍基地の象徴である嘉手納米空軍基地を包囲し、基地の整理・縮小を求める人間の鎖が成功したと判断される条件は、四点ある。まず、17・4`で人の手がつながることだ。 それだけでなく、幾重もの輪ができることが望ましい。つまり、多くの人の参加が不可欠である。 次に、整然と行われることだ。混乱や暴力は避けるべきである。自覚されてはいないけど、沖縄の平和運動が非暴力であったことの遺産の継承でもある。戒厳令下を思わせる厳重なサミット警備体制下では、小さな騒動でも人間の鎖の目的が損なわれてしまう。 そして、国内外のメディアが報じてくれることである。 この報道が、直接的な目標の実現を支えるのである。沖縄から「基地にノーだ」というメッセージを運んでくれるからだ。 最後に、メッセージはシンプルなほど良い。なぜなら、基地の存在は沖縄社会、日常生活、人々の考え方に50年以上にわたり組み込まれているからだ。複雑な説明より、参加する自身の日常から生まれる言葉がより説得力をもつ。 今回の人間の鎖は、以上の点でまずまずの成功を収めたと思う。2万7000人余による輪は、沖縄の外に向けてだけでなく、自分たちの存在を実感し、自身を鼓舞したに違いない。 だが、いうまでもなく、人間の鎖そのものの成功が基地の整理・縮小へと直ちに結びつきはしない。 基地問題の抱える課題は、サミット後に、さまざまな政治過程の中でこれから展開していくのである。 具体的には、政府の計画する普天間の代替基地は、実際に建設へと動き出すのか、に集約される。 県内移設の承認プロセスが1999年だった。それから7月末までの2000年前半は、凍結された時期だった。「対」とされた承認と凍結は、増幅反応をみせて最大の圧力となり、昨年12月末の名護市長の移設受け入れ声明まで生み出した。 サミットが終わると、県内移設計画は凍結解除前の2000年1月の時点に戻るのか。 この人間の鎖の成功によって、戻ることはなくなったといえるだろう。むしろ、新たな基地の受け入れ承認によって生み出されていた地域の亀裂が深刻化する。 たとえば、宙づりになる稲嶺県政の15年使用期限要求、工法の具体的検討によって利害関係が明らかになる賛成派、内容の追いつかない北部振興策の露呈など。環境保全に注目を寄せる国際NGO(非政府組織)や国際世論の前で、基地建設に向けた環境アセスメントはクリアされるのか。 最大の推進力を担う日本政府に「締め切り」のない中、移設を実現しなければならない意欲と力があるのか。6月に行われた総選挙において、中・北部の選挙区で移設て正当性を獲得してきた県内移設計画を揺るがす。 反対を訴えた東門美津子氏が当選したことは、地方議会、知事、市長らからの承認を得て正当性を獲得してきた県内移設計画を揺るがす。 11月の那覇市長選挙、来年7月の参議院議員選挙を控えて、政権与党に政治決定が行えるのか。 また、サミットより中東和平を重要と考えるクリントン政権の寿命は短い。新しい決断は次の政権にゆだねざるを得ない。 移設計画が宙に浮こうと、米海兵隊は普天間基地を維持できる。 客観的に見て、「今」でなければならない圧力は米政府内にない。 今回のサミットの国内政治利用により政府は県内移設計画で得点を稼ぎ、事務レベルでの実施へと移る予定だった。だが、人間の鎖の成功によって普天間問題は再び政治決断の場に引き戻された。(国際政治学) 「県民の総意ではない」/スミス基地司令官が会見 嘉手納基地のジェームス・スミス司令官は20日夕、嘉手納基地内で記者会見し、嘉手納基地包囲行動の成功について「抗議は沖縄の意見として大切にしなければならない。 県民の多くの声を反映しているが、唯一の声だとは思っていない」と述べ、基地包囲で基地の整理縮小を発信した主張は県民の総意ではないとの認識を示した。 また嘉手納基地の役割について「冷戦時より、むしろ今の方が前方展開基地として嘉手納基地の果たす役割は大きい」とし、今後、軍事拠点としてますます嘉手納基地の存在が不可欠であることを強調した。 会見は1時間以上にも及び、国内外の記者から質問が相次いだ。 スミス司令官は「抗議は民主主義の過程の大切な一部であり、合法的な主張をする人たちの意見は聞くべきだ」としつつも、「必ずしも米軍が同意見を持っているとは限らない」と述べた。 在沖米軍兵士によるわいせつ事件や、ひき逃げ事件が相次いでいることについて「空軍では各部隊ごとに教育訓練している。 いくつか最悪な事件はあるが、兵士には行動が地元に与える影響は大きいと説明している」と、良き隣人政策で綱紀粛正を図っていることを説明。「米軍の犯罪は沖縄の犯罪の八分の一であり、どこまで減らせば目に見える結果といえるのか。 基地を刑務所みたいに閉鎖すればそれでいいのか」と語気を強めた。 新刊紹介 沖縄、基地なき島への道標 大田昌秀 集英社新書660円 |

| 「米兵によるわいせつ事件糾弾及び連続する事件・事故に抗議する緊急県民総決起 大会」の抗議・要求決議です。 抗議・要求決議 私たちは、去る7月3日に発生した在沖海兵隊兵士による女子中学生に対するわ いせつ事件に満身の怒りをもって糾弾し、目に余る米軍関係の事件・事故の連続発 生に重大な危機感をもち「口先だけの綱紀粛正・再発防止」を絶対に許さないとい う強い決意をもって、本日ここに集まった。 今度のわいせつ事件は、1995年9月の少女暴行事件の悪夢を再び呼び覚まし まし、家族や関係者だけじゃなく、全県民に激しいショックを与えた非人道的な蛮 行である。また、同じ日に、器物損壊犯の米軍人の逃亡を米海兵隊員がほう助する という事件も発覚した。 沖縄県警によると、1986年から1999年の14年間の米軍関係凶悪犯の検 挙件数は、全国の50.1%、九州の84.7%を占めている。今年に入ってから も、1月の婦女暴行未遂事件をはじめ、強盗・窃盗事件などの凶悪犯罪が続々と発 生し、刑法犯検挙者は昨年同期の2倍という増え方である。米軍戦闘機やヘリコプ ターの墜落事故、油もれ事故、民間地への不時着、民間地域への流れ弾、昼夜を問 わない離発着訓練に伴う騒音被害、水陸両用車による珊瑚礁破壊と漁場荒しなどの 事故も発生している。特に、県下各地で沖縄戦で亡くなった方々を慰め、不戦と平 和を誓う慰霊祭などを行なっている「沖縄慰霊の日」に実弾演習を強行し、山火事 を発生させている米軍の行為などは占領意識丸出しそのものである。 連続発生の事件・事故に対する県民の怒りの行動に対し、7月7日(七夕)に在 沖米4軍調整官と米国総領事がそろって「綱紀粛正」を表明したが、その直後の9 日には、基地内で酒を飲んだ米兵が、酒気帯び運転で道路横断中の日本人男性をひ き逃げした後、虚偽の申告をしていたことが発覚するという事件が発生している。 この事実は、沖縄市議が全会一致の決議で「米軍の言う綱紀粛正は空手形である」 と断言していることに代表されるとおり、「口先だけの綱紀粛正」であることを証 明するものである。 私たち沖縄県民は、世界一強い軍隊と言われている米軍と50年以上も付き合わ されてきた。この長い体験を通じて、いくら綱紀粛正を唱えても米兵による犯罪や 事件・事故はおさまらない、という軍隊の本質をどこよりもよく知っている。また、 再発防止と称して行なわれる兵士の夜間外出や飲酒を禁止する封じ込み対策が、結 果として、県民対立を生みこそすれ何も解決しない、対症療法では解決しないとい うことを、この間の体験を通じてよく知っている。 日本政府は、「政府がどうこういう話じゃない、処理は海兵隊が考えること」と いう認識を改め、「なぜ米軍の事件・事故が後をたたないのか、どうすれば防げる のか」ということを、基地を提供している側の責務として米国政府と交渉すべきで ある。また、日本国民である沖縄県民が、基地の重圧に耐えながら切実に叫んでい ることを真剣に受け止め、口先だけの綱紀粛正や再発防止対策ではなく、基地の整 理縮小を含む具体的かつ明確な対応を示すべきである。 私たちは、本日の緊急県民総決起大会の名において、次の4項目を日米政府に対 して要求し、両政府及び関係機関の迅速な行動によって解決が図られるよう強く求 めるものである。 記 1.米軍人の綱紀粛正と人権教育を徹底し、犯罪及び事件・事故の根絶に向けた具 体的なプログラムを沖縄県民に明らかにすること。 2.被害者とその家族及び関係者に対する謝罪と誠意ある対応と行動をとること。 3.米軍基地の整理縮小を促進すること。 4.日米地位協定の抜本的な見直しを早急に図ること。 以上決議する。 2000年7月15日 米兵によるわいせつ事件糾弾及び連続する 事件・事故に抗議する緊急県民総決起大会 |
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会 長 談 話 2000年(平成12年)7月5日 沖 縄 弁 護 士 会 会長 亀 川 榮 一 7月21日から沖縄県で開催される「サミット首脳会議」に関し、本土を含めて 2万人を超える多数の警察官が沖縄に集結し、過剰な警備体制がとられ、とりわけ 、名護北部地域、空港周辺地域、首里地区では、交通検問や、多数の警察官の立哨 警備がおこなわれ、まさに、町が警察に制圧されたと言わざるを得ない異常な状況 となっている。 本来、個人のプライバシーや表現の自由などの基本的人権は、人が人として生きる ための必要不可欠の権利であって、「警備活動の必要性」の名のもとにこれを侵害 することは許されないのであって、最大限に尊重しなければならないことは当然で ある。 しかし、本サミットにおいて、「サミット警備」の名のもとに、開催1ヶ月も前か ら、警察官の個別訪問による個人情報の聞き出しや、検問と称する車両の荷物検査 が行われている。 これらの行為は、これを強制する何らの法的根拠はないにもかかわらず、トラン クを開けなければ通行が出来ないかの如き威圧を加えて開示の強要がおこなわれ、 あるいは、情報開示が義務であるかのように報告を求めており、これらは、個人の プライバシー権に対する重大な侵害行為であると言わざるをえない。 九州弁護士会連合会は、2000年(平成12年)6月22日付けをもって、警察庁、九州 管区警察局、九州管内警察本部に対して過剰警備によって、市民に対する人権侵害行 為が行われないようにもとめるとともに、サミット開催にさいして人権擁護に格別の配慮 を要請する旨の要望書を発したが、今日の沖縄の状況は右要望が全く考慮だにされて いないことを示している。 「サミット警備」の名の下に、過剰警備、過剰捜査を押しつけることは、市民の基本的人 権に対する重大な侵害行為であると言わざるを得ず、以下の述べる如き過剰警備、過 剰捜査をもって市民の基本的人権侵害が行われないよう強くもとめるものである。 我々は、「サミット警備」の名の下に市民の人権が侵害されることを許さず、市民の立場 にたって、権力の濫用に対する監視と、侵害された人権の回復のための弁護士として の職責を尽くすものである 記 1 職務質問や所持品検査、車両検問を不当に実施したり、強制処分でしか行えない捜 査を令状なしで行う等、任意捜査の名の下に市民生活に不当な干渉をすること。 2 本来許可が不要である場合であるにもかかわらず、道路交通法上の許可を得てい ない事を理由にビラ配布その他の表現活動を妨害する等、道路交通法の恣意的運用 によって道路上での各種権利行使を制限すること。 3 条例や捜索差押を濫用し、これを、反対運動に対する事前取締目的に利用すること。 4 反対運動が公共施設を使用することに不当な圧力を加え、その使用を妨害すること。 過剰警備に関して、これを批判する沖縄弁護士会会長談話がありました。 2000/7/11 三 宅 俊 司 米軍の綱紀粛正と米軍人による犯罪の再発防止を求める会長声明 去る7月3日未明、米海兵隊普天間基地所属の上等兵が、沖縄市内のアパートに 侵入し、就寝中の女子中学生にわいせつ行為を行い、現行犯逮捕される事件が発生 した。 これは深夜に家の中で就寝していた何ら落ち度のない未成年者が性犯罪の被害者 とされた悪質な事件であり、基地と隣り合わせの生活を強いられるわが県の現状を 象徴する事件である。 さらに右事件に対する世論の厳しい批判のさめやらぬ中、7月9日未明には、同 じく沖縄市内で、米空軍嘉手納基地所属の三等軍曹が、自動車で会社員をはねてけ がを負わせ、その場から逃走するというひき逃げ事件が発生した。 わが沖縄県は復帰後28年を経た今なお、米軍人軍属の事件事故の発生が一向に やまないという、悲しむべき状況にある。とりわけ九州沖縄サミットを直前に控え たこの時期に、開催地の沖縄県でこのような悪質な事件が相次いで発生することは 、米軍当局の綱紀粛正・犯罪再発防止に対する態度の真摯さを強く疑わせるもので ある。 当会は、犯罪が直接的な人権侵害であるとの認識の下、県民の人権を擁護する見 地から、長年に渡り、かつ多数回に渡って、米軍人軍属による事件事故の再発防止 と綱紀粛正を求めてきた。しかるにここに至り、またもこのような犯罪が続発した ことに対し、強い怒りを禁じ得ない。 当会は、米軍当局に対し、あらためて綱紀粛正と犯罪の再発防止への真摯なる取 り組みを強く求めるものである。 2000年(平成12年)7月11日 沖 縄 弁 護 士 会 会 長 亀 川 栄 一 7月1日、沖縄の読谷村で開かれた「平和サミット」(財団法人 わびあいの里主催)で採択 された平和宣言を転載します。 「平和サミット」では大田昌秀前沖縄県知事、平岡敬前広島市長、宮良ルリ元ひめゆり学 徒隊員、山内徳信元読谷村長、筑紫哲也氏らを迎えパネルディスカッションが行なわれま した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 平和宣言 花は土に咲く 私たちの住む沖縄は、美しいさんご礁に囲まれ、緑の木々、たくさんの動植物の住む島 です。 この美しい島は55年前、戦場となり、20数万人もの人間が、殺されました。赤ん坊も、年 寄りも、若者も、戦争は、人間だけでなく、この島の美しい自然をもことごとく破壊しました。 この悲惨な戦争を起こしたのは、人間であります。敗戦後日本国民は、二度と再び戦争 を繰り返すまいと誓いました。 戦争が終わり、ようやく平和が訪れると、誰もがそう思っていた頃、完全武装の米兵300 人が、伊江島へやってきました。彼らは、家を焼き払い、島の 人々を縛り上げ、追い出し、 その土地をフェンスで囲い、米軍基地を作り上げ ました。 命を育む大地を、戦争のための基地としたのです。伊江島の平和を願 う人々は、接収以 来今日まで、その不当性を訴え、用地の返還を求めて闘いつ づけてきました。 しかし島の人々の願いもむなしく、今なお、在日米軍基地と して接収されつづけているの です。 伊江島だけでなく、沖縄には在日米軍基地の75パーセントが集中するという異常な状態 が今も続いており、戦争が終わり55年の歳月が経過した今日でも、数え切れないほどの米 軍による事件事故が起こっております。 復帰時の核ぬき本土なみ返還という約束も守られることなく、基地の強化が進み、今で は、基地の整理縮小という名のもと、普天間飛行場の県内移設として、名護市辺野古での 新たな基地を建設しようという暴挙がまかり通ろうとしているのです。 聖書には「剣を持つものは剣にて滅ぶ」と書かれています。「武器を持つ国は武器にて滅 ぶ」歴史はそれを証明しています。武器によって守られる平和ではなく、人間の良心によっ て守られる平和を、私たちは望んでいるのです。 「他を責めない、愛を持って友と友が、人と人が、国と国が、不義を正し、世界中の人々と 仲良く、譲り合って、助け合って共に生きる。」これこそが、真の平和であり、幸福であると 私たちは、信じているのです。 さあ、今こそ、私たちは、武器を捨てることを危ぶむよりも、武力による破壊の危険を捨て る勇気に目覚める時です。 21世紀を目前にして、私たちはこの沖縄から、世界中が、武器を捨て、基地をなくし、ほん とうの平和という大輪の花をこの大地に咲かせようではありませんか。 本日、民衆による平和サミットに結集された、全ての人々の願いと共に、ここに高らかに 平和を宣言します。 1、私たちは、過去の戦争体験に学び、その反省を教訓とし次の世代に平和の心 を継承する。 2、私たちは日本の平和憲法を世界の憲法とし、核をはじめとする、あらゆる兵 器の廃絶を訴える。 3、私たちは、軍事基地の存在自体が世界を滅亡させる第3次世界大戦を準備す るものと認識し、基地の廃絶を訴える。 4、私たちは、アジアの平和と信頼、友好関係を民衆の立場で進め、共に生きる 平和を創造する。 5、私たちは、名護市東海岸辺野古への新たな基地建設に反対し、武器に守られ るのではない、墓地なき平和を求める。 6、私たちは、自然の声、声なき声に耳を傾け、花は土に咲くという最も確かな 真理を柱として平和を実現する。 2000年7月1日 沖縄 伊江島 財団法人 わびあいの里 「財団法人 わびあいの里」は阿波根昌鴻氏を理事長とし、伊江島の「反戦平和資料館 ヌチィドゥタカラの家」の維持・運営等を行なうとともに、平和思想の啓発と普及を行なっ ています。 同財団では「心の反戦地主」として会員を募集していますので、ご協力をお願いします。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『心の反戦地主』の会 会員のお願い アメリカ軍事支配下に置かれた沖縄は、本土復帰をして二十七年を迎えることになりまし た。その間、この小さい島は目覚ましく変わり、観光入域者数も年間三百万人を超えてい ます。しかし、その華やかなイメージのかげには、今日もなお日本全土にある米軍基地の 七十五%がこの島に集中し、ますます強化されています。さらに普天間基地の県内移設 問題によって、県民を二分させての戦いにまで及んでいます。去った戦争の後片付けも終 わってないまま日米両政府は、沖縄を半永久的に基地として利用するために、「人の心も 命も金しだい」という考えでやってきています。戦前は「命は鴻毛より軽し。 死んでお国のために戦え」と教えられ信じました。戦後、「命は地球よりも重く、この世の 宝は命である」と分かりました。しかし、今は命よりも経済が大事というところに来ています。 基地撤去の戦いが、いつのまにか自分にとって損か得かという視点にかわっています。 そのような中で今日まで一貫して反戦平和を訴え続けてきた阿波根も、今は満九十七歳 を迎えました。「基地は国を亡ぼす。沖縄の基地強化は世界を亡ぼす」と訴え、伊江島での 基地撤去運動の中心を担ってきました。日米安保条約のもとで、日本政府は、米軍基地の 安定使用をはかり、豊富な資金に物をいわせ、普天間基地の県内移設という県民無視の行 動が強められています。このようなことは、第二次世界大戦以上のことです。 阿波根は、すべてをかけて平和造りに専念してきました。これからの子どもたちに安全で 安心して暮らせる静かで平和な社会をつくらねば、と努力してきました。皆様の暖かいご支 援のおかげで、今年財団法人として沖縄県から認可を受けました。当法人は、平和思想の 啓発と普及を目的としています。この認可によって、法の上での平和運動を勇気と、自信、 誇りをもっていけるようになりました。これは皆様の暖かいご支援の賜物でございます。 心から厚く御礼申し上げます。 つきましては、この法人の平和運動の発展のために、皆様のお力をお貸しいただきたいの です。これまでも法人化にするために、『心の反戦地主』の会として、大いなるご協力を頂き ましたが、この名称をこのまま使用し、維持会員として年間一口一万円、賛助会員として一 口五千円を会費とさせていただきました。みなさまの心からのご協力をお願い致します。 一九九九年十二月一日 財団法人わびあいの里 阿波根昌鴻 当銘由金 井伊文子 石川洋 山内徳信 石原昌家 山城永盛 新城晃 久保田一郎 榎本恵 謝花悦子(順不同) 『心の反戦地主』の会 〒905−0502 沖縄県国頭郡伊江村字東江前2300−4 財団法人わびあいの里 電話 0980−49−3047 FAX 49−5834 郵便振替口座番号 02060−7−22354 口座名称 『心の反戦地主』の会 |
| 名護の「ヘリ基地反対協」から次のような知らせが入りましたので、ご紹介します。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 『ヘリ基地反対協・ホームページ』開設のお知らせ 拝啓 夏空に咲くイジュの花の白さがうれしい沖縄の6月、サミット準備とダブル選挙に追 われています。 みなさまいかがお過ごしでしょうか。 さて、この度下記のとおり『ホームページ』を開設致しましたのでお知らせ申し上げ ます。 沢山のみなさまからのご要望を頂きながら、永らくお待たせしましたことを深くお詫 び申し上げます。 当会は微力な市民グループでありながら、期待と責任を担わせて頂く存在となってお ります。 これは97年6月6日の結成から3年間、たくさんのたくさんの「まごごろ」のたま ものであり、そして今も「反対協」を支える様々な「ちから」によって育まれています。 今回もおおきなサポートを頂き開設することができました。どうぞ、今後とも宜しく お願い申し上げます。 ご多忙中恐縮ですが、このお知らせを、さらに多くの方々に転送頂けると幸いです。 敬具 2000.6月吉日 記 ・ヘリ基地反対協ホームページ http://www.yanbaru.ne.jp/~nago1221 (1221=市民投票97.12.21です) ・リンクのお問い合わせは miyagawa@yanbaru.ne.jpへご連絡下さい。 ・7月の企画『ヤンバル・ピース・ウエーブ』の詳細は近日HPでご案内します 海上ヘリ基地建設反対・名護市政民主会を求める協議会(略称:ヘリ基地反対協議 会) 沖縄県名護市大中3-9-1 〒905-0017 Tel. 0980-53-6992 Fax.0980-53-6993 |
| 沖縄県議会での一坪反戦地主排除を求める陳情裁決(3月30日)に対して、一坪 反戦地主会が県議会議員全員に公開質問状を送付しました(4月27日)。以下は、 公開質問状の全文です。 関連記事: 4月28日 沖縄タイムス 県議全員に公開質問状/「排除」で一坪反戦地主会 http://www.okinawatimes.co.jp/day/200004281300.html#no_9 琉球新報 全県議に公開質問状/一坪反戦地主会 http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/2000/2000_04/000428e.html 一坪反戦地主排除陳情問題に関しては、陳情書を含め詳しい資料をホームページに 掲載してあります。 http://www.jca.apc.org/HHK/petition/absurd.html http://www.jca.apc.org/HHK/petition/questions.html 本文中で言及されている資料は上記ページからとたどれますので、併せてご覧くだ さい。 添付資料: ・趣意書(1982年6月) ・一坪反戦地主会会則 ・アピール(1982年12月12日) ============================== ここから ======================================== 殿 公開質問状 私たちは、去る3月30日の2月定例県議会最終本会議において、「県の外郭団体な ど、あらゆる県機関から『一坪反戦地主など』を役員から排除する件」の陳情が、自 民、県民の会、新進沖縄の三会派の賛成多数で採択されたことを、今もって信じられ ない思いでいます。どうしてこのような陳情が採択されたのでしょうか。 言うまでもないことですが、人間社会は多種多様な考え方の人々で構成されている ことは大前提であります。「ある特定の立場」から「ある特定の立場」をとる人々を 排除することがどのような悲惨な結果を生み出してきたかは、いちいち列挙するまで もないことです。過去の苦難な歴史の中から私たちは民主主義という宝をつかみとっ てきたのではないでしょうか。その民主主義を実現していく場が、まさに「議会」と いうところのはずです。 私たち一坪反戦地主会は、「軍用地を生産と生活の場へ」をスローガンにして、反 戦地主を支えるために1982年12月12日に結成され、県内でも1,200名余の人々が結集 する団体です。「基地をとり戻す」との一点で集まった多様な思想と信条をもった人 々の集まりが一坪反戦地主会なのです。この間、二度の法律の改悪をしてまでも強制 使用したいとする日本政府と本土の一部悪質マスコミによって、一時期、まるで一坪 反戦地主が「天下の極悪人」ででもあるかのように悪宣伝されました。今回の陳情書 もその延長線上にあるものと私たちは考えています。ここに結成時の資料を添えて送 りますのでご参考にしてください。 さて、私たちは、3月29日に本陳情が本会議に上程されることを聞き、急きょ3月 30日の最終本会議の体憩時間に全会派を回り採択をしないように要請を致しました。 その時対応した議員の中には、内容が分からないのてこれから検討するという方もい ました。しかしながら、本会議の中では、反対討論が一人あったのみで、賛成討論も 全くなく多数で採択されてしまいました。今回の採択が十分な論議の上になされたも のとは到底考えられません。 私たちは、今回の「陳情採択」は、国民の「思想・信条の自由」「表現の自由」等 の基本的人権を侵害し、民主主義を根底から否定する行為であると考えています。決 して、「一坪反戦地主など」だけの問題でも、ましてや、保守とか革新の問題でもな いことは論をまちません。 私たちは、県議会史上、最大の汚点を残したと言われるこの陳情の採択を撤回さ せ、人権侵害の回復と県議会の名誉の回復、何より民主主義を守るために断固として 運動していきます。そのためには、今回の「陳情採択」にかかわってこられた県議会 議員お一人ひとりの見解をどうしても知っておくベきだと考え、この公開質問状をさ しあげることになりました。これにより真実を明らかにし、今後の行動を取り組んで いく所存です。 時節がら、県会議員の皆さんが一番忙しい時ですが、本件の重大性に鑑みて、県民 から重責を委ねられた議員として、誠実に対応され、こ回答くださるよう切に要望い たします。回答は1郵送、2ファックス、3直接届ける、のいずれかの方法で5月 10日まで(消印有効)にお願いします。 なお、この回答は、集計の上、印刷物となって、マスコミ発表や直接配布等により 全県民に明らかにされることをあらかじめお断り申し上げます。 2000年4月27日 〒902−0061 那朝市古島119一1(教育福祉会館内) 一坪反戦地主会 電話兼FAX 098-885-8230 |
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| 4月17日に沖縄の那覇市内で開かれた「沖縄から 平和を呼びかける4・17集会」 沖縄民衆平和宣言 4年前の今日、すなわち1996年4月17日、日米安保共同宣言が発せられま した。この宣言は、東西冷戦を前提につくりあげられた軍事同盟である日米安 保体制が冷戦終了後も必要であると「再定義」し、その強化の必要性を強調し ています。この宣言に基づいて、「戦争ができる国家」を目指した法整備が進 み、わが沖縄には、若干の軍用地面積の縮小と引き替えに、老朽化した基地の 再編・統合・強化政策が押しつけられようとしています。普天間基地や那覇軍 港の「県内移設」は、その代表的事例です。そして、この県内移設政策推進の スプリング・ボードの役割をも担わされて、7月には「沖縄サミット」が行わ れようとしています。 日本政府や稲嶺県政は、「沖縄を檜舞台に押し上げることの経済効果」や 「平和の発信」を強調しています。しかし、クリントン米大統領を初めとする アメリカ政府首脳は、極めて率直に「日米同盟の戦略的重要性を示すよい機 会」などと発言してはばかりません。 周知のように、いわゆるサミットは、第3世界の資源ナショナリズムに対抗 する先進工業国の経済会議として始まりました。そして後には、NATOと安保 の政治的・軍事的結束を誇示する場としての正確を帯び、やがてはロシアを加 えたG8が、国連の枠外で世界政治を取り仕切る場に変質してきています。こ こでは、毎年、“経済的繁栄”や“平和”が語られています。しかし、世界的 に見ても、一つの国の内部を見ても、貧富の格差は拡大し続け、軍事力の行使 も絶えません。つまり、ここで語られる“経済的繁栄”とは、一部の大国やそ の中の特権階級の利益の追求であり、“平和”とは、その利益を保証する経済 体制や国際秩序の維持にほかならないのです。だからこそ、「沖縄の戦略的重 要性を世界にアピールする」ことが、彼等にとっての「平和の発信」になるの です。 わたしたちの願う“平和”とは、地球上の人びとが、自然環境を大切にし、 限られた資源や富をできるだけ平等に分かち合い、決して暴力(軍事力)を用 いることなく、異なった文化・価値観・制度を尊重しあって、共生することで す。それが、沖縄の民衆が半世紀にわたる社会的体験を通して得た確信なので す。 50数年前、沖縄は、日米両軍の激しい地上戦闘の場になりました。それか ら27年間、沖縄は、米軍の軍事支配下に置かれ続けました。そして今なお、 アメリカの世界戦略の拠点として、在日米軍基地の75%を押しつけられ、頻 発する米兵の犯罪や軍事基地に起因する事件・事故、基地維持政策による産 業・経済の歪みや社会的荒廃に苦しんでいます。同時に、わたしたちは、この 基地を拠点とする軍事行動の犠牲者たちの被害が、わたしたちの苦しみをはる かに上回っていることに思いを致さざるをえません。それ故にこそわたしたち は、基地の再編・強化に反対し、基地の整理・縮小・撤去を要求し、日米安保 の解消を求めているのです。 わたしたちは、4年前日米軍事同盟強化宣言の出されたこの日を起点に、独 自に、あるいは、志を同じくする人びとと協力しあって、沖縄民衆にとっての 「平和の発信」とは何かを明らかにしていきたいと思います。この地球に生き る一人でも多くの人びとと、対等・平等の共生社会を築いていくために。 2000年4月17日 沖縄から平和を呼びかける4・17集会参加者一同 |
| 30日に、沖縄県議会が「県の外郭団体など、あらゆる県の機関から『一坪反戦地主 など』を役員から排除すべき件」なる陳情書を採択しました。憲法で保障されている 思想・信条の自由、そして基本的人権を無視する暴挙です。 これに抗議する声が県内外から集まっていますが、さらに運動を進め、絶対にこの採 択を撤回させなければならないと考えています。 ところで、「うるま島ひやみかち御万人ラジオ」の4月1日放送分は、崎原盛秀さん (一坪反戦地主会代表世話人)をお招きし「一坪反戦地主ってなーに?」というテー マでお話をうかがう内容になってます。 30日に行われた陳情採決を受けてのものです。 途中、平良悦美さんという方が、土地を買ったその理由について語っておられます。 一坪反戦地主の運動がどういうものなのか、当事者が語る言葉はとても重いです。 ぜひ、みなさん、お聞きになって下さい。 29分25秒ですが、そのくらいの電話代など気にならない内容です。 ひやみかち御万人ラジオの4月1日放送分 http://www.jcat.com/umanchu/um000401.ram お聞きになるにはリアルプレーヤーが必要ですがこのページからダウンロードできま す。 |
3月30日
| 沖縄県議会最終日を迎えようとしています。 3/30一つの陳情書が採決予定。 県内右翼・恵(めぐみ)隆久の出した陳情案件は、「沖縄県外郭団体から一坪反戦地主を 排除する」というもの。 3/24総務企画委員会ですでに可決され、3/30本会議で採決に付されると予定。 3/30午前10時 県庁前広場で緊急に抗議行動が行われる。 沖縄県議会総務企画委員会、3月29日の委員会採決です。本会議は3月30日の予定。 陳 情 書 県の外郭団体など、あらゆる県の機関から 「一坪反戦地主など」を役員から排除すべき 件。 一 一坪反戦地主の土地所有の目的は、土地を経済的に使用する為のものでは無く、国 の政策を妨害する為のものであるから、憲法第十二条違反である。 二 「反戦平和」とは、米軍を日本から追い出し、自衛隊を無くして、日本を無防備にしてか ら、民衆に暴動を起こさせ、日本を破滅に陥れようとする考えと同じである。 三 足を踏み鳴らし、拳は天を突き、怒号罵声で平和を叫んでも真の平和は訪れ無い (ママ)。 四 平和祈念資料館監修委員、県公文書館役員、県教育委員などは特に歴史の公正を 期する立場から、「一坪反戦地主」のような人物は不適格者である。 五 県内には、正しい歴史観を持つ有識者は豊富である。このような人たちを差し置いて、 保守県政のリコールを企てたり、少なくとも県政を危ふ(ママ)くし、県民の恥となるよう な行動、言動を繰り返して、てんとして恥じない「一坪反戦地主」などを有用し(ママ)、県 民の税金を無駄遣いすべきでは無い。 『憲法第十二条 この憲法が、国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力に よって、これを保持しなければならない。 また(ママ)、国民は(ママ)これを乱用(ママ)してはならないのであって、常に公共の福祉 の為にこれを利用する責任を負 う(ママ)。』 『憲法第二十九条 財産権はこれを侵してはならない。 A(ママ)財産権の内容は、公共の福祉に適合するよ(ママ) B(ママ)私有財産は、正当な保障(ママ)の下に、これを公うに、法律でこれを定める。 共の為に用い(ママ)ることが出来(ママ)る。』 [注]『国民の持っている土地は、常に公共の福祉の為に利用させねばならない』の意と 解釈される。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 以上のとおりであるので、県から給与、運営資金など何らかの資金の関わり合いの有る外 郭団体に於いては、一坪反戦地主や過去にその団体の一員であった者は、役員から即刻排 除するよう強く要請し、陳情書といたします。 平成十一年九月二十日 沖縄県議会 議長友寄信助殿 沖縄県政を糾す有識者の会 国旗国歌推進沖縄県民会議 (以下氏名略) ==================================== 起立採決の結果 陳情平成11年第146号 沖縄県の外郭団体などあらゆる県の機関から「一坪反戦地主など」を役員か ら排除することを求める陳情 多数・採決(自民、県民、新進は、採択に賛成) ==================================== |
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沖縄県議会総務企画委員会は、自民、県民の会、新進沖縄の賛成多数で、一坪反戦 |