天帝桓因の子桓雄は、天符印三個を父より授けられ、徒三千を率いて太白山の神檀樹の下に降臨した。
洞窟に虎と熊が居て人間になる事を願ったので、ヨモギとニンニクを食べて洞窟に籠もる様に教えると、耐えきれずに脱落した虎は人間にはなれず、熊だけが人間の女になり、桓雄と結婚して檀君王倹を産んだ。
その檀君王倹は、古朝鮮を開きその始祖となり、1.908歳で死ぬまで以後千五百年間に亘り古朝鮮を統治したと言う。
この檀君が古朝鮮を開いたのは、大陸の漢民族ですら歴史時代に入る以前のBC 2,333年と言われており、それに従えば今年(2002年)は4,335年目に当たる。
よく、日本では世界で唯一独自の年号(明治・昭和・平成等)を用いる国際化されていない国だと言われるが、実は韓国も西暦と併せて独自の「檀紀」と言う年号を使用している。つまり、今年は檀紀4,335年と言う訳である。
勿論これは学術的に検証された年数では無く、神話を基にした年号であり、そしてその4,335年を百の位で切り上げれば五千年になると言う訳である。
「五千年の歴史」と言うよりも「半万年の歴史」と言った方が、内容は同じでも立派に聞こえる為か、最近では後者の方を良く耳にする様になった。
韓国の高校の国定の歴史教科書「国史」にも、
最も最初に国家として発展したのは古朝鮮であった。古朝鮮は檀君王倹によって建国された・・・中略・・・この記録(檀君神話の事)は青銅器文化を背景にした古朝鮮の成立過程という歴史的事実(!?)を反映している。
(( )内は筆者注)
と記述されている。