コーランの形成過程


実際に『コーラン』が確立されたのは、少なくともAD610年以後です。
AD622年にムハンマドがメディナに聖遷(ヒジュラ)し、ムハンマドの死後アブー=バクル、ウマル、ウスマーン、アリーの4代にわたる正統カリフ時代が訪れ、以後ウマイヤ朝・アッバース朝へとイスラム帝国は発展していきます。
『コーラン』が確立されたのは、その正統カリフ時代の第三代カリフ、ウスマーンの時に分裂しかかったイスラム教徒をまとめることを目的として作られたのです。
AD610年頃の『コーラン』はムハンマドがヒラー山で大天使ガブリエルの啓示を受けた頃のもので、実際には成文化はされていないと思います。
今日のイランのように『コーラン』がイスラム法として拘束力を持つようになるのは、世界史の教科書的に言うとやはりウスマーンの時の『コーラン』を経典の確立期と捉えるべきでしょう。