中田市長ウォッチング チェックする会について
今日の巻頭言(0626)
市議の除名について

 ニュースで速報されていますが、井上、与那原両市議が市会から除名されました。こんなネガティブな話題より明るい話題を書きたいモノです。問題は抱えつつも完成してしまった大桟橋を如何に横浜のシンボルとして有効活用するか、とかMM21に地下鉄を作ってしまったならいっそ乗用車の乗り入れを禁止した、排ガスフリー都市を模索したらどうか、とか前向きな提案を書きたいと思っています。

 しかし、昨日の市会で2市議は除名されてしまいました。将来までに渡って禍根を残すこと確実なこの事件について(しぶしぶ)本日は書きます。
何故国会議員は除名にならないのか?

 1940年、斉藤隆夫衆議院議員は日中戦争を強烈に批判する演説を行いました。この演説は戦争終結に向けて十分な努力をしているのか?既に10万人が戦死している上にいかほどの犠牲を必要とするのかその根拠を示せ、とするものでした。
 ところが、軍部の介入を恐れる余りこの演説の後半部分は議事録から削除されました。さらに衆議院懲罰委員会は満場一致で除名を決め、演説からわずか4日後、斉藤議員は衆議院から除名されました。

 言論によって戦争の是非を問うた斉藤議員は(それも国民に強いる犠牲の根拠を示せ、という当然の内容)数の力によって、除名賛成296票、反対7票、棄権144票で議場を追われました。
 
 こうして日本は大政翼賛会への道を歩み、政治家から戦争への歯止めは無くなってしまいました。その反省から国会議員は除名されません。収賄しようと脱税しようと、判決が確定するまで身分を剥奪することができない、立候補の自由を止めることもできないのは現実に前例があるからです。
 また、戦前の帝国議会は天皇の臣民として議員の身分が与えられていました。しかし、現行憲法では議員は選挙区民の付託によってその身分が与えられています。だから議員に対する審判は選挙によってのみ下されるべきだ、というのが現行法の考え方です。

2市議は何が悪かったのか?

 一言で言えば「ルール違反に対してルール無用で応じた」ことは批判されるべきです。議会は言論の府であって実力行使の場であってはなりません。また、相手が言論を封殺する手段をとったからとは言え、自らも同じレベルの行為で応じるべきではありません。相手がやったから「自分もやった」では小学生の喧嘩です。
 「少数会派の発言時間短縮」「日の丸掲揚」のように一般に関心が高い議論を市民に非公開の場で行った(ウソだと思ったら議事録の公開請求してみてください)。また、少数会派に発言を許さなかったのは大きな問題ですが、言論以外の方法で対応すべきではありませんでした。

 更に、この行動がどういう結果をもたらしたか?本来少数会派の発言を封じた議会運営、恣意的な事情による発言時間短縮、また、横浜市会の伝統と慣習を無視した委員会運営が問題の焦点だったはずです。それがいつの間にか国旗掲揚の是非にすり変えられてしまった。問題の本質をぼやかし、本論では共闘できたはずの「みらい」「ネット」「共産党」の3会派をばらばらにしてしまった責任は重大です。
自ら理を放棄し、理非曲直を説く権利を放棄してしまっている、とも言えるでしょう。
結果論ではあるけれども、味方になるべき人々をバラバラにしてしまった、利敵行為とすら言えます。

ではどうすれば良かったのか?

 まずは市民に出鱈目な議会運営を広く知らせるべきでした。議院運営委員会(議運)とは議事運営などに関し審議する場です。しかし、議決権、つまり最終的な決定は本会議にのみ与えられた職権です。
 横浜市会では慣習的に全会一致した内容以外は委員会の結論としない、という申し合わせがされていました。ここで一致しなければ本会議での討論と採決する事になります。少数意見の尊重と同時に多数意見の反映も保証する仕組みが出来ていた、と評価できるでしょう。
 だからあくまで横浜市会の伝統と慣習に基づき本会議での討論と採決を求めるべきでした。

 これは「掲揚したい」人から見ても実は利害を共にします。現時点では議運の答申を受けて議長裁量で掲揚しているだけです。議長の気が変わればいつでも引っ込められます。W杯優勝国の国旗を並べても止められません。議運の結論は尊重はされても拘束力はありませんから議長は強制されないのです。

 共産党が「少数会派の発言時間短縮」と「日の丸掲揚」を市民に非公開の場で討議したことを批判する発言をしましたが、これは議長職権で議事録から削除されました。公式には「誰も発言しなかった」ことになりますが、どう言いつくろおうと「反対討論」を抹消した、という事実は(非公式には)残るでしょう。

 また、ネットが別途討論の動議を出しましたがこれも否決されました。

 ここまでここまでややこしいことをしているのになぜ、議決しなかったのでしょう?反対しているのは2会派+交渉会派でない市民の党だけです。30分もあれば議決まで一気に行けるでしょう。共産党の発言削除の「議事進行」やネットの動議否決している時間があったら十分「少数会派の発言時間短縮」「日の丸掲揚」の議決ができたはずです。

 これらの矛盾した野党(自民・公明・民主)の行動について市民に訴え、議論を広める手段はあったはずです。ウチのようなマイナーサイトですら毎日200ヒットあるのですから主張に自信があるのならネットやみらいのように地道な活動で支持を広める手段はあったと思います。
 主張は正しくとも手段に問題があった以上処罰はうけるべきです。その手段には誰も共感するものが居ないのは皆さんご存じの通りです。

どういう処罰がふさわしかったか
 
 共産党の「陳謝」という提案はかなりふさわしい処罰だと思います。「秩序」という観点のみから除名に賛成した議員が多かったようですが、議会とは何か、の原点に立ち返っていただきたい。議会は言論の府ですから公開の場所で言動が誤っていたことを認め、陳謝させるのは論理的にはかなりの重罰だと思います。
 信念に基づいた行動であるほどそれが「間違っていた」と認めるのは強い苦痛でしょう。収賄とか、脱税のような破廉恥犯罪、誰が見ても不当な行動を責めるのとはワケが違います。

 また、陳謝の内容は選挙民にとって次回の投票の参考になります。その内容によって再度議員として付託すべきなのか否か、判断材料となります。

 信念を曲げたことを否とする。
 反省が不十分として投票しない。
 或いは逆に信頼できるとして再度当選させるか

 選挙による審判の材料とする、材料を提供する、という観点でふさわしい処罰であったと思います。

 その信念が審判にさらされるわけですから登院停止よりも遙かに重い処罰と言えると思います。議員が議員を裁いた戦前を反省するならばこれが最も議会制民主主義にふさわしい処罰であると考えます。

 なを、これも不十分であり、再度議会を混乱させるならばそのときこそ除名で応じれば良いのではないでしょうか?
次回統一地方選挙で選挙民が判断する材料を提供しなかった点で除名は最もふさわしくない処罰だったと考えます。
で、残ったのは

 結局与党(みらい+ネット)の発言時間が12分短縮され、野党(自民・公明・民主党)が11分延長されました。特に注目したいのは発言時間が変わらないのに「会派割りは不公平」として民主党が会派割り発言時間廃止を提案したことです。唯一発言時間が延びる自民党は共同提案ですらありません。
会 派 名
議席数
現行時間
改悪後の時間
増 減
自由民主党
33
61分
72分
+11分
民主党
16
35 
35 
± 0 
公明党
16
35 
35 
± 0 
日本共産党
10
26 
22 
− 4 
神奈川ネット
10
26 
22 
− 4 
横浜みらい
19 
11 
− 8 
市民の党
6 
4 
− 2

 民主党はわざわざ自民党の発言時間を増やしています。しかも自分には全く利益がありません。旧与党の3会派は影響がないか発言時間が増えるだけです。
変ですよねぇ。

 来年無所属議員が誕生しても一人当たりの発言時間は2分しかありません。会派に所属しない議員は議員じゃない、という事でしょうか?市長与党であるみらい、ネットと統一会派組む新人議員が続出したら(引退などで10名以上が入れ替わるのが確定している)どうするか、今から大変楽しみです。