メッセージ2
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2002.5.5 白樺湖の夏 元号が昭和から平成に代わってまもない頃だった。私は夏休みに長野県××市に住む 義理の両親を訪ねる旅に出た。旅の始まりは新宿からだ。お土産と最少限の替え下着 をバッグに詰め込み、14時発のあずさに飛び乗った。自由席は後ろの1号車から3号 車までの車両だが、その日は2号車に乗った。しかし空席は見つからず、やむを得ず通 路の中ほどまで進みバッグを床に下ろした。その瞬間、ホームが後方に動くのを感じた。 新宿から2時間半ほどであずさは岡谷に到着する。私はバッグを片手にホームに降り た。ここからは飯田線に乗り換え、天竜峡行きの電車だ。待ち時間は20分ほどだがほ どなく2両編成の電車がギーギー音をたて入線してきた。実はこの飯田線は単線で岡谷 が始発駅だ。S駅までは1時間ほどかかるが、私にとってはこの時間が決して退屈な時 間ではない。実は乗客のほとんどが地元の人で、ローカル線の乗客は車の免許を持た ないお年寄りとか中学生や高校生が多い感じなのだが、そんな人たちを退屈しのぎに観 察するのも楽しいものだ。やがて日も暮れるころになるとようやくS駅に着く。改札にすで に駅員はいない。この駅は夕方5時を過ぎると無人駅になる。もっとも電車が到着しても 誰も乗る人はいなかったし、降りた人も私の他に1人いただけだった。 駅前に電話ボックスがある。私は受話器を取りテレフォンカードを差しこみボタンを押し た。 「もしもし」と私がいうと「着いた?」といきなり義母の声がした。「S駅だね。」というの で 、「ええ」と答えると、「いま父さんが迎えに行くから」といって電話をきった。しばらくす るとライトバンが目の前に止まった。私は後ろのドアを跳ね上げバッグを放り込み助手席 に乗った。 「こんばんは」と私がいうと「混んでたかね」と義父は聞く。「そうですね」と答えると「お父 さん、お母さんは元気?」と聞く。「元気ですよ。」と答える。 気がつくと天竜川を越えてい た。あとは信号をひとつ抜ければ、もうすぐだ。義父は年甲斐もなくスピードを出していた。 「こんばんはー」といって私は茶の間にあがった。「混んでた?」と義母の声。彼女は台所 に立って背中を向けたままでそういった。続けて「父さん、母さんは元気?」と義父と同じ質 問をした。私は義父の時とおなじように答えた。やがて両手にさしみとてんぷらのお皿を持 って義母が現れた。そして手際良く料理をテーブルに運び、並べ始めた。田舎のもてなし はすきまなくテーブルに料理を並べるのが最高の歓待のようだ。義父はステテコ姿でビー ルを持ってやってきた。ビールの栓を抜き、互いのコップに泡がこぼれるほど注いでまず 喉を潤した。ほろ酔い加減になった頃、義父が「明日は蓼科の方に行こうか。」と切り出し た。実は私が長野を訪れるたびに義父は県内の景勝地を案内してくれていた。 翌朝簡単に身支度を整え出発をする。車は農作業兼用のスバル4WDのライトバンだ。 しかし走行距離は10万キロに届こうかという代物で、車検も4,5回は受けているだろうか。 シートベルトは伸びたままで、ダッシュボードは何かをぶつけたらしく切れた所から中のスポ ンジが見えている。屋根やボンネットの塗装は光沢を無くして紙やすりのようにザラザラして いた。 私は助手席に乗り、義母はバランスを考えて後ろの席の真中に座った。車にエアコ ンは備わっていないが高原の夏は窓を開けるだけで心地よい風が車内を通り抜けていく。 マイナスイオンの効用など知らなくても健康的だと体が勝手に理解するような気がした。 高遠から茅野へそして途中蓼科湖で昼食をとり、再びビーナスラインを走りすずらん峠を 過ぎてまもなくだった。前方に湖が見えた。「あれは?」と義父に尋ねると「白樺湖。」と言っ た。近づくと湖畔は、まるで湘南の海のようにあふれんばかりの行楽客でにぎわっていた。 ボート遊びをする人も見える。湖面のさざなみが真夏の太陽を浴びてガラス細工の模様を 呈していた。そして遠くの空には白い雲がぽっかり浮かんでいて、私を懐かしみやさしく歓 迎してくれているようだった。 時はさらにそれからさかのぼること20数年の昭和4×年のこと。 入学して初めての夏休みも目前という時だった。クラスのQさんが突然私に言った。「夏休 み白樺湖にキャンプに行かないか」 私は《白樺湖。なんて美しい名前の湖なんだろう。》 と思った。しかし実際白樺湖がいったいどこにあるのかも知らなかったのだが、即座に賛 同した。するとそばにいたHが「オレも行く」と妙なイントネーションで言った。Hは茨城の水 戸一高出身だが大変茨城なまりがひどかった。それでも自分では「オレの言葉は標準語 だべ」といつも言い張っていた。それもそのはず我々のクラスには広島岡山徳島名古屋 金沢栃木など地方出身者が圧倒的に多かった。特に徳島弁などに比べればはるかに わかりやすかった。Qさんは生まれは鹿児島だが小学生の時一家で東京にでてきたとい う。高校は教育大附属を出ていたが2浪で入学してきたのでやはり他の学生より幾分老け てみえた。 結局白樺湖にはQさんとHと私の3人で行くことになった。その日の授業が終わり我々は 学生食堂で計画を練ることにした。 とにかくここはなんといってもQさんがリーダーなので 彼の話に耳を傾けた。 「まずテントと飯盒は家にあるからこれは僕が用意する。だから米 をそれぞれ持ってきてくれよ。キャンプではカレーライスを作ろう。カレー粉を買ってきてくれ ないか。それと切符は往復切符。いくらか割り引きになるから。あと靴はキャラバンシューズ がいい。」 するとHが「白樺湖ってどこにあるんだ?」と聞いた。「中央線の茅野からバスで 30分くらいかな。」とQさんがいった。結局私とHは食料を調達することになった。 しかしHは「キャラバンシューズかあ。」といって困ったような顔をした。それから2人で高田 馬場まで歩きながら食料品の店を探し、カレー粉とかっぱえびせんとガムを買った。 そると突然Hは「オレパチンコ屋へ行ってくる。」というので、私はHと別れてひとりで新宿へ キャラバンシューズを買いに行った。 待ち合わせは新宿駅の中央線のホーム、一番代々木寄りで、朝10時だ。私はナップザッ クに米2合、カレー粉、セーター1枚、洗面用具、スプーン、フォーク等を詰め込み待ち合わ せ場所に急いだ。スプーンとフォークを用意したのはQさんがキャンプには箸よりもスプーン だといったからだ。なんとか時間どおりに着くと二人はもう来ていた。Hはにやにや笑ってい た。足元を見るとなんと革靴だった。「パチンコですってしまったんだ。」と頭を掻いた。 白樺湖に着いたのはお昼をかなり回った頃だった。昼食は車内でQさんの母親の作った 稲荷寿司とのり巻を食べたので、皆元気だった。バスを降りると近くに小さなみやげ物の 店が1軒あった。山の上の方を見ると池の平ホテルという看板が見えた。しかし湖の周囲 を見まわしても他に何もなかった。もちろん我々の他にキャンプをしているものはいなかった し、観光客もどこを探しても見当たらなかった。《湖の名前はロマンチックだけどさびしいとこ ろだなあ》と正直私は思った。するとQさんが「あそこの店に挨拶に行こう」と言い出した。 「こんにちは」とQさんが言うと奥から35,6才くらいの女の人が出てきた。 「あのー、僕たちキャンプにきました。よろしくお願いします。」とQさんがいうとその人は「あ んたらどこから来たの?」と聞いてきた。するとHが「ぼ、ぼくたち東京からきました。」と無 理やり標準語を使って答えた。「学生なの?」とまた聞くのでHが「そうです。××大学です。 おばさんは池の平ホテルの人ですか」と聞く。すると「あーら。お姉さんでしょ。」と笑って 「そうよ。ここはあのホテルの系列なの。」と答えた。 とりあえずテントを張る所を決めて、岸から20Mほど離れたところに杭を打った。さすが Qさんは手馴れたものだ。以外に簡単にできあがった。ひとまず私はテントの中で大の字 になった。なんだか背中に土の感触が伝わっきた。テントの外に出るとQさんがボートに乗 ろうといった。再びその店に行きおばさんに「ボートに乗りたいんですけど」とQさんがいうと 「ここで料金を払ってあそこにおじさんがいるからおじさんに言って。」と船着場の方を指差 した。 まずQさんが先にそしてH、私は一番最後に乗った。しかしQさんは何をやっても卒 がない。ボートを漕ぐのも上手だった。岸辺から100M位離れただろうか。ふと水中を見る となにやら木が見えた。Hが「ここにも木が見える。」というとQさんが「白樺だ。白樺の木だ。 深い。何Mくらいだろう。」といった。私は《そうかこの湖は人造湖なんだ。白樺の木が沈ん でいるから白樺湖なんだ》とうなずいた。するとQさんが突然「漕ぐのを交代しよう」といった。 そして3人が一斉に立ちあがった時だった。つぎの瞬間ボートが大きく左右に揺れて、ボー トの縁と水面がほとんど同じ高さになった。「危ない!」と私は思わず叫んだ。皆一斉にしゃ がみこんだ。「怖かった」「おっかねー」 もう少しでボートが転覆するところだった。その後 しばらく皆おし黙ったままだった。そして思い出したようにHとQさんが這うようにして位置を 交代し、Hに漕ぎ手が代わった。しかし舳先は明らかに岸辺の方に向いていた。 今度は夕飯の支度だ。私は飯盒を片手に米をといだ。もう一つの飯盒には水を汲んだ。 Hはそばで見ているだけだった。Qさんは固形燃料をリュックから取り出している。しかしな にか大事なものが足りないような気がした。 《そうだ。家で作るカレーライスはじゃがいもに んじんそれに肉が入っていたんだ。》 私はその時初めて気がついた。しかしQさんは学生 食堂の時何も言わなかった。他の2人は何の疑問もなくご飯が炊き上がるのを待っていた。 カレー粉の飯盒は湯気が出てきてなんとなくカレーらしい匂いがしてきたが、ご飯の方はい っこうに炊き上がらない。固形燃料の火力が弱かったのだ。我々はいつまで待ってもきり がないので、飯盒の蓋を食器がわりにご飯をスプーンでよそい、カレーをかけ食べ始めた。 しかしご飯は確かにしんが残っていた。それでも自分たちで作ったものなので、誰も文句を 言わずに無理やり胃の中に押し込んだ。 あっというまに一日が終わり日も暮れてあたりが暗くなった。周囲には全く明かりがなかっ た。皆テントにもぐりこんでしばらく話しこんだがやはり眠い。夜中の12時を過ぎた頃だった だろうか。突然Hが飛び起きて「大変だ!水だ。湖の水があふれてきた。」といった。私は 「えーっ!かなり岸とは離れてテント張ったんだけどな。」といった。するとQさんが「雨だ。 雨が降ってきたんだよ。」といった。少しシートが濡れている。私は少しひざを曲げて再び 寝ることにした。他の2人も安心したようすですぐに眠りに落ちていった。 翌朝は快晴に近かった。私は勢いよくテントから飛び出して子犬のようにあたりを全速力 で走り回った。するとズボンのすそがびしょびしょに濡れた。夜中の雨が草をぬらしていた のだ。Hはまたひとりでにやにや笑っていた。すぐに思いなおして顔を洗おうとした時だった。 手のひらに勢い良く蛇口から出た水に悲鳴をあげた。《冷てー。》一瞬手のひらに穴が開い たかと思った程だった。《これが山の水なんだ。》 朝も夕べの残りとかっぱえびせんで胃の 中をなんとか満たした。食事のあとは店のおばさんに挨拶にいった。 「おはようごいます。」 「今日はどこかに行くの?」 「いえ別に。」 「じゃあ、この上に牧場があるから行ってみたら。 2,3年たつとスキー場もできるけど、そしたらこんどは冬にきなさいよ。」 テントをたたみこんで荷物をまとめ、坂道を登り始めた。すると前方から坂を降りてきた人 が、すれ違いに 「こんにちは」と声をかけてきた。するとQさんが 「こんにちは」と返した。 それをみてHが「あの人知ってる人か?」とQさんに聞いた。「ばかだな。山に登る人は皆 仲間だからあいさつはするもんさ。」といった。するとHは次に坂を降りてきた人が20Mほ ど前方にもかかわらず大きな声で「こんにちは」とあいさつをした。その人はくすくす笑って通 りすぎた。 そんなことを繰り返しているうち30分ほど歩いただろうか。それでもなかなか牧 場には到達しなかった。《どれくらい歩けばいいのかな》 と私はつぶやいた。どの位歩けば 牧場に着くのか、うかつにもおばさんに聞かなかったので少しばかり我々は不安になった。 「どうしよう」と私がいうとHが「引き返すべ」といった。Qさんも同調した。結局牧場へは行か ず再び来た道を戻り始めた。その瞬間、白樺湖の夏は思い出に変わった。帰りの車中では 皆、すぐに居眠りを始めた。 どれほど時間が過ぎたのだろう。バタンと音がして、「着いたよ」と耳元で声がした。 狼
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