メーリングリスト「腐敗する日本社会」
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ご質問について 投稿者:taro kikuti
前 略
Naoya Kinjoさまへ
まずははじめに
私が以前、Kinjoさまのことを
「コメンテーター」と
お呼びした無礼について、
この場をお借りして深くお詫び申し上げます。
私はその後、貴殿のご意見を何度も拝見し、
時折「自分自身の思考の産物とは思えないもの
(本からの引用など)」
が含まれているように感じることもありましたが、
それをご自身の豊富な経験・学識や、世の中の出来事と
照らし合わせてバランス良く
解釈しておられるように
うかがわれましたので、
「日本の将来を支える重要な人物」
との見方をしておりました。
何とぞ、無礼をお許しください。
さて、
貴殿がおっしゃることは
一人のご意見・お立場として
もっともだと思います。
これについて、私は貴殿と論争するつもりは
全くありません。
貴殿がおっしゃるように、
多様性の中に発展があるのは事実で、
同質的な社会では共産主義国のように
停滞してしまいます。
ただし、貴殿がフランスという一つの
事例だけをとって、
「社会が停滞するはずがない」
と結論づけておられるようですが、
多少、危険ではないかとも思われます。
それは、「世の中に正解が一つ」ということは
ありえないからです。「下手な考え、休むに似たり」
という謙虚な姿勢が大切です。
私は、議論というのは、さまざまな見解を
提示することが重要なのであって、
参加者が自分の意志に反して
過剰同調し、「結論を一つに導く」
ようなことがあってはいけない、と考えています。
私が正しいとか、Naoya Kinjoさまが
正しいとかを論ずることが重要なのではなく、
参加者の見解の多様性を認めあい、
微力でも、
各人がどうすれば世の中を改善できるのか、
その具体的な道筋を皆で暖かい気持ちを持って
考えていくことが重要なのではないでしょうか。
そのためには、各人が最低限の礼節を守り、
互いの意見を尊重する姿勢が大切です。
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Re: 復活 投稿者:Naoya Kinjo
taro kikutiさんの意見から
` 白鳥さまは以前、「バカがバカのままでよ
` いはずはない」
` とおっしゃっていましたが、これは理想論です。
` もし仮に、白鳥さまが
` 目指しておられる「賢者の国」が実現したならば
` 誰もが意見ばかりを述べて収拾がつかなくなり、
` 真面目に働かなくなる可能性があります。
` これこそ、社会を破滅に導くものです。
フランスのカフェでは話題の実に九割以上が
政治なのです。それでもフランス社会が破滅
しそうな兆候はありません。
インターネットを含むメディアはそれ自体が
強力なフィルター機能を有していて、誰もが
意見を述べても、誰もがテレビに出るわけで
はないのです。したがって、収集がつかなく
なる事態はありえません。真面目に働かなく
なるようなことはあるかもしれませんが、あ
る程度そういう人がいたほうが、社会全体の
発展には寄与するでしょう。
社会の構成員の特質が均質であればあるほど、
その社会は全体として急激な変化に弱くなっ
てしまいます。社会は白鳥さんのような行動
する方も必要としていますし、私のようにど
ちらかというと批判をする人間をも必要とし
ているのです。多様性を許容できない社会は
一般的に停滞する傾向があります。共産主義
はそれで失敗しました。
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復活 よくご理解いただきありがとうございます。 投稿者:白鳥 宙
taro kikuti様
白鳥です。
多くの点で貴殿のご意見に賛同いたします。
私は、ダイヤモンドを拾うには非常に沢山のどうにも使い道のない
岩石を集めないといけないという思いから、皆さまが一見無駄なこと
だと思われるようなことを根気強くやっているのです。
そうやってやり続けているうちに、私の後姿をみて、自分もちょっと
は協力してやろうかという貴方みたいな方が現われてくるのです。
それが私にとっての喜びなのです。
高い山も、ヘリコプターを使って登ったんでは喜びは湧きません。
やはり人から何と言われようと一歩一歩自分の足で、汗をかきかき登
った方が頂上に辿り着いたときの喜びは大きいのだと思います。
そいういう意味から、私はあえてバカどもを相手にしているのです。
バカはバカなりに相手のし甲斐があります。おちょくって楽しんでい
るだけで、反論してきたからといってなんとも思っていません。
やっぱりバカだったかと自分の第一印象の正確さを確認しているだけ
です。
能書きを垂れたがるのもまた、それまでの教育の弊害であり、現代社会
の誤った価値感教育の当然の結果なのだと思っています。
まあ、考えてみればそういうガラクタのような連中が多いから、なおさら
貴殿のような人財が輝いて見えるのでしょう。だから、やはりガラクタ
はガラクタなりに存在価値はあるのです。
貴殿とは生涯の伴侶になりたいくらいです。
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復 活 投稿者:taro kikuti
前 略
白鳥さまへ
日本国民を「賢者」だけの社会に
しようと懸命に努力され、メールで
さまざまなご意見を発信しておられる
貴殿の努力に、大変敬服いたしております。
しかしながら、貴殿が努力すればするほど、
かえって多くの敵(愚衆たちの批判)を作り出して
いるのでは、と大変に危惧いたしております。
それはひとえに、貴殿が日本の大多数のバカどもを
無用に刺激し、感情的にさせてしまうからだと思います。
貴殿も承知のことと思いますが、
インターネット上で議論されていることの
ほどんどが、くだらないものばかり。
そして、バカ者ほど自分で十分に考えずに、
「・・・と思う」などという短絡的で、
感情的な意見を述べているはずです。
バカ者のいう意見などは、他の誰かから聞いたものか、
本や新聞で読んだことの受け売りで、
自分自身の思考の産物とは思えないものばかり。
しかも、彼らは自分自身の意見だと
勘違いして酔いしれ、過剰同調する傾向さえ見られます。
(ごく一握りの賢者の方であれば必ず、「・・・と考えている」
という述べ方をするはずです)
白鳥さまのところにも、そうしたバカども
からのメールが数多く届いていることでしょう。
そのほとんどが、くだらぬ意見で、返答するのも面倒で、
ためらわれるのではありませんか。
かといって、「カワイそうだから助けてあげよう」などと
ベタ誉めして
こちらから好意的に返信しようものなら、愚か者は
すぐに嬉しくなって、寄稿が増えてきます。
しかし、どれをとってみてもやはり、
くだらぬものばかり。しかも、愚か者に限って
揚げ足とりのように
貴殿の言説の一部分だけにスポットをあてて拡大解釈し、
思慮浅薄に批判してきますので、要注意です。
つまり、彼らは「コメンテーター」「解説家」気取りなのです。
愚か者は情緒的で、相手を批判することには
長けているが、ひとたび自分自身が批判されると
途端にへそを曲げ、反旗をひるがえしたように
激しくこちらを罵倒してきます。しかも、自分の言説に
対して何ら責任感を持ってはおらず、何も行動を
起こそうとしない。
そして、意見が食い違おうものなら、
「メールの購読を遠慮させていただきます」などという
乱暴で、失礼なメールを送ってきます。
「もともと勝手に読者登録して、無料購読していながら
何を失礼なことを」と白鳥さまもお感じになることと思います。
これでは、たまったものではありませんね。
これらは、テレビに登場する「評論家」や
「コメンテーター」などの影響が大きいものと
思われます。彼らは偉そうに、国の大計(理想論)
などを述べますが自分自身では何もしようとしません。
正確に言えば、
彼らは何も具体的な方策を持っていないから、何もできない。
これらを、日本の愚衆たちは真似しているのです。
非常に悪影響といえるでしょう。
そして、インターネットの普及で、愚か者たちにも
平等に言論の自由を
与えてしまい、大変に厄介なことになりました。
極端なことですが、「バカはバカのままでよい」。
バカ者(日本の大多数の愚衆たち)は、
何も口を聞かずに、他人の言われるがままに
黙って働いていればよい。そもそも彼らは
元々何も考えようとしないし、何も考えられない
(考える能力すらない)のですから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう一つ、大切なことを申し上げます。
それは、「多数派は永遠に、支配者にはなれない」
ということです。これは「寡頭制の鉄則」と呼ばれます。
20世紀初頭に、R.ミヘルスという人が述べたことです。
簡単に言えば、いつの時代も
世の中は少数の賢者と、大多数のバカ
者によって成り立つ、というものです。
たとえ、大多数のバカどもが革命を起こしても
結局はその中から少数の賢者が現れ、
バカ者たちを手なずけていくのです。
白鳥さまは以前、「バカがバカのままでよいはずはない」
とおっしゃっていましたが、これは理想論です。
もし仮に、白鳥さまが
目指しておられる「賢者の国」が実現したならば
誰もが意見ばかりを述べて収拾がつかなくなり、
真面目に働かなくなる可能性があります。
これこそ、社会を破滅に導くものです。
実は、こうしたことは自民党の幹部は十分に
理解し、見通しているのです。
そして、われわれ大多数の日本の愚衆たちは
常に騙され、おだてられ、そして
手なずけられる運命にあるのです。極端にいえば
「日本の愚衆たちなどは、新聞などのメディア
で洗脳し、街頭演説で煽動すればよい」
と彼らは考えているのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実は、これらのことについては「腐敗する日本社会」の
管理者も十分に理解されておられます。このあたりで
白鳥さまにもぜひ、ご一考いただくべきかと
思います。
敬 具
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日本の永続食量自給について 投稿者:Noguchi野口 Rick Koichi紘一
日本の食量自給率が危機的な状態と叫ばれはじめて、久しくなりますが改善の
兆しはなく、約4年ほどの間に、1%の自給率が低下したのは日本の農業生産
の危機を現実として、示している事を改めて認識させられたしだいです、現在
は40%の食量自給率しかなく、為替の変動も有りますが、約530億ドル以
上の食量を輸入しています、 大豆の場合、日本で生産されるのは、必要量の
5%しか生産されず、95%は輸入に頼っており、その内の、90%は米国産
の輸入大豆になっています、 小麦の場合は国内で生産される量は15%しか
なく、85%は輸入に頼っています、その内の約50%は米国産です、現在の
家畜の飼料作物のトウモロコシなどは、殆ど輸入ものです、現在の日本は完全
にアメリカの穀物戦略にくみこまれています、
もし、アメリカの中西部の穀倉地帯が異常気象で不作の場合、シカゴ穀物取
引所で、穀物相場が平均10%の値上がりすれば、約53億ドル、20%では、
約106億ドルの外貨を支払う事になります。もし、大豆が異常な不作で輸入
が激減した場会、日本はアメリカ以外の他の国から、日本で消費されている量
の大豆を直ぐに買う事は不可能です、そして日本には長期間の備蓄は有りませ
ん、中国とインドの人口が世界の約39%近くを占めています、あと何年もし
ない内にこれらの国も、穀物をもつと輸入しなくては、人口を養う事が出来な
い時代が目の前に来ています、
日本は10年、20年先を考えて今、行動を起さないと、北朝鮮の食料不足
の悲惨さを、日本でも体験せねばならない事が起きる可能性は、専門家の言葉
を借りなくとも、現実の事として、目の前に迫っています、日本はまず行動を
起さなければならない事項として、
1、蔬菜類及び、生活必需野菜の輸入制限、特にアジア近隣諸国の中国を筆
頭にした、現在の流れを制限しないと回復不可能な生産力の低下をきたします、
(日本は中国の蔬菜戦略をもつと研究されん事を願います)、野菜種子の輸出制
限は国内農業を破壊する輸入急増の抑制と国内産地の温存。
2、北米、南米、アジアの穀倉地帯の異常気象をこれ以上起さない様に、熱
帯雨林の乱開発を中止して、特にアメリカの穀倉地帯の異常気象に大きく影響
する、アマゾンの熱帯雨林の乱開発を止め、失われた森林を取り戻す為に植林
の援助を日本政府は真剣に考えて下さい、
3、地球温暖化防止の京都議定書は「世界各国の困難に満ちた努力から得ら
れた共通認識」です、アメリカのこの議定書からの離脱を日本政府はもつと無
責任と非難して、抗議し、アメリカが危険な温暖化の進行を止めさせる第一の
責任として、正しい道に立ち戻り、義務を果たす様に説得しなければ、世界の
エネルギーの50%はアメリカが消費していることを考えると、日本政府の主
催で開かれた京都会議は何の意味も無くなります、温暖化の異常気象でアメリ
カの穀倉地帯の破壊は、日本の食料事情を破滅に導きます、日本の生き残る為
にも、日本政府の努力を期待します、
4、食料備蓄の改革改善、一例として、現在の政府の米の備蓄は多額の経費
と置き場所を必要としていますので、これを個人又は団体の小口預託に切り替
える、10キロ、20キロの保存缶に入れ、スイスなどで行われている非常備
蓄形式にして、3〜5年のサイクルをもつて、備蓄米の半分ぐらいは小口預託
に切りかえる、せめて深刻な異常気象が起きた場合に2〜3年は国民が飢えな
くて済むシステムの確保を確立しておく、異常気象は広い地域に起きますので、
おとなり中国の12億の人口が飢えた時の事を考えるだけで世界の穀物の入手
方法が破滅の危機に陥る事は間違いありません、
日本の皆様もつと真剣に考え、取り組んで下さい、土地の少ない、資源の無
い国とあきらめずに、生き残りをかけて問題提議します。
カリフォルニア在住、 Rick Noguchi 60歳、
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ベック博士 投稿者:Naoya Kinjo
アルバートアインシュタイン大学教授であっ
たベック博士は、代替医療の分野で、知る人
ぞ知る人物である。エイズ治療で患者の95%
を完治させたという話が伝わってくる。
博士の方法は銀コロイドと電気パルスを用い
て、人体の免疫力を高めつつHIVの表面の蛋
白質構造を変えてしまうというやりかたであ
る。
しかし、なかなかこの方法は流行らない。非
保険ならば医師による裁量がある程度認めら
れるのにもかかわらず、一般の医療現場では
試みられることすらほとんどない。
ベック博士は医師ではなく物理学者であった。
さらに、彼の論文が医学界でなにかを証明す
るために必要な手続き(臨床の上での厳密さ
など)を経て書かれたものでなかったらしい。
また、製薬業界の利権などもからんでいただ
ろう。結局ベック博士は一般の医学界からは
無視されてしまっているようだ。
ベック博士は医師ではなかったが、いわゆる
直観でHIVを無力化するには何が必要なのか
が分かってしまったのだろう。しかし、彼の
発見は医学界にほとんど貢献しなかった。
私は直観反対派ではない。ただ、直観だけで
は、大きな物事をなすことはできないと思う。
ベック博士の発見について、緻密な説明や証
明がなされなかったのは残念である。
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融資経済から投資経済へ 投稿者:Naoya Kinjo
シリコンバレーの学生が事業を起こそうと考
えたら、資金を銀行には求めない。彼らは「エ
ンジェル」と呼ばれるシリコンバレーの投資
家たちに話を持ち掛ける。
投資家を納得させることのできる材料を示す
ことができれば、投資を受けることができる。
この際、投資家は若者の成功率を大体10%く
らいだと見積もっていることが多い。
事業が失敗すれば、若者の側に投資してもら
った金額を返済する義務はない。一方、事業
が成功すれば、投資家たちは莫大な利益を得
る。成功率が10%でも、成功したときに株価
が100倍になれば問題ないのである。
一度失敗した若者にも次のチャンスが与えら
れる。投資家たちは、そもそも、一度失敗し
た若者は次に再び失敗する確率はより低いと
考える。失敗からなにかを学んだはずである
からだ。
成功した若者は、歳を取ると、自ら「エンジ
ェル」となり、次の世代の起業家を育てる。
彼らは自ら経験を積んだ実力者であり、成功
する可能性を見抜くことに長けている。
日本で同様な経済を作り上げるならば、最初
の足かせを取り払うことから始めなければな
らない。つまり、株式会社設立に必要は資本
金の条件を撤廃すれば良いのである。店頭銘
柄にまで厳しい条件をつけているから、取引
所2部上場までに30年なんていとになって
しまうのだ。
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Re: 素人意見(流れとは関係無いです) 投稿者:Naoya Kinjo
ごじゅういちさんの意見から
` まず、入学試験について、
` 元々学校は学びに行くところです。それを難しい試験にパスした者が行ける
のは変だと思うのです。
`
` 学校の定員の関係で、試験云々ではなく、人数制限の為に試験をするのは間
違っているのではないか・・。 試験は最低必要な学力を試す事のみにして、
仮の合格者を大量に出すのが本筋だと思います。
`
` その上で、定員の都合で入学できる人と、そうでない人に振り分ける必要が
あるのですから、これは 籤引きで決めるのが最善なのではないかと思いま
す。籤引きをする事は、マンションの抽選など、社会の中で、公平に分ける
手段として定着しています。 学校の定員の都合の問題なら、抽選での合否
も結構良いと思うのですが・・。
大学はできるだけ優秀な生徒をとりたいわけ
ですから、現行の入試制度の枠組みには特に
問題点はないと思います。
ただ、入試の内容はもう少し改善の余地はあ
るかもしれません。具体的な話としては、IQ
テストや適性テストを導入したほうがいいで
しょう。
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素人意見(流れとは関係無いです) 投稿者:ごじゅういち
こんにちは ごじゅういち と申します。
社会問題や、政治関連の話題は不得意なので、毎日読んでいても素人の私には
ちっと難しい話ばかりで、読むだけで精一杯です。
(まだ未読のものも有ります)
でも、何とか続けていきますので、よろしくお願いします。
さて、私が子供の頃から思い続けている考えを話します。大変幼稚ですが、一
つ、馬鹿な小市民のたわごと、と思い読み流してください。
選挙や、入学試験に代表されるテスト等、合否を決めるものについて、疑問が
あるのです。
まず、入学試験について、
元々学校は学びに行くところです。それを難しい試験にパスした者が行けるの
は変だと思うのです。
学校の定員の関係で、試験云々ではなく、人数制限の為に試験をするのは間違
っているのではないか・・。 試験は最低必要な学力を試す事のみにして、仮
の合格者を大量に出すのが本筋だと思います。
その上で、定員の都合で入学できる人と、そうでない人に振り分ける必要があ
るのですから、これは 籤引きで決めるのが最善なのではないかと思います。
籤引きをする事は、マンションの抽選など、社会の中で、公平に分ける手段と
して定着しています。 学校の定員の都合の問題なら、抽選での合否も結構良
いと思うのですが・・。
次に 選挙についても 籤引きを利用すると、無駄な選挙戦が穏やかになると
思うのです。
選挙は圧勝しないと 本当の意味で民主主義かどうか疑問です。
先のアメリカ大統領選挙はまれに見る接戦でした。 わずかな票の集計に躍起
になっている姿は私の目から見てばかげています。
「じゃんけんで決めたら良いジャン!!」
極端のように感じるでしょう。
離れている人から見ると、どっちでも良いような気がするのです。
選挙は圧勝する勝ち方でないと 見ててつまらないです。
1位と2位の差が2倍以内なら それまでのものをご破算にして1位と2位で、
抽選して決めたら面白いと思います。
又は・・ 国会議員の定数削減なんかも抽選で決めたら、単純明快に決まると
思うのです。 一気に半分なんかも簡単に実現出来るでしょう。
サッカーのようにPK戦で決めるような事は無駄だと思います。
接戦の状態は時の運次第で決まるようなものです。
人がそこまで努力して決める必要は無いと思うのです。
運を天に任せて潔くしようじゃないですか・・。
ラグビーのように 抽選で決めるのも紳士的な方法で、すっきりすると思いま
す。
いかがでしょうか、 抽選を多用する方法は・・
ちと極論でした・・
では また・・
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「自我」について 投稿者:白鳥 宙
私の場合、アタマと指先だけでものを書いていた時期が長らくありました。
今もインターネットの普及により、多くの人に自説の発言の場を与えられ、
それぞれに氏名や顔を書くし、自由に発言をしておられます。
ただ、なんと言いますか、ほとんどの方々が評論家気取りで、「解説」を
しておられるだけのような気がします。
現在、国の内外を問わず、非常に多くの問題が山積しています。である
にも関わらず、多くの人は問題の解説や分析をするばかりで、実際的な
手立てを打ち、問題解決のために「行動」をしているという方は非常に少
ないように思います。
また非常にうがった意見を述べておられる方々にしても、「じゃあ、具体
的にどうすればいいの?]尋ねると、とたんに返答に窮してしまう方々が
多いようです。それはなぜかと言うに、まず自分自身が、自説の理想を
実践していないからではないでしょうか。
さて、現在様々国の内外ににある問題は、ほとんどすべて「人間の問題」
なのではないでしょうか。そしてまた、それは結局は「人間のこころ」の中
に存在する問題なのだと捉えられます。内のものが外に出ただけなので
はないでしょうか。環境破壊にしても、人間の「こころの環境」が破壊して
いるから、外的環境としての自然破壊等がもたらされるのではないでしょ
うか。
結局そういうことだと思います。経済問題にしても然りでしょう。お金があ
るところにはあるのに、その人たちが出したがらないから、社会のエネル
ギーであるお金が一部のところに淀んでしまって、経済が可笑しくなって
いるのではないでしょうか。
だから、何度も言うように、すべて人間の問題であり、つまるところは人
間の「心の問題」なのだと言っても間違いはないと思います。
そして、人間一人一人のこころに「歪み」がある限り、人間社会から悩み
や問題がなくなることはないでしょう。
そして、特に近代以降、人間のこころは段々と薄汚れてきて、環境破壊
や様々な殺戮を繰り返してきました。
すべての戦いは、最初「生きるため」の戦いでした。それが段々とエスカ
レートし、現代では、自分の「強欲さ」を満たすための戦いとなっています。
これは明らかに自然の摂理に反したことと言えるでしょう。
動物というのは、無用な(徒な)殺生はしませんが、人間はそれをやりま
す。自分自身の強欲さをしっかりと「自覚」し、その馬鹿さ加減と空しさに
気づいたものだけが、強欲さから離れることができます。
「自我」というのは「自覚する意識」と言い換えてもいいと思います。
私は何度の繰り返していいっていますが、人間に不幸をもたらしている
のは「自我の成長が未熟」なことです。
日本は恐らく世界で最も自殺率の高い国の一つだと思います。
自殺をする人は、大体が自分の不幸を嘆いている人たちです。
つまり不幸を誰よりも自覚した人が、自ら死を選びます。
ということは、どういうことでしょうか。今自分が置かれている環境に対し
てグチを言う人というのは、実は「自我」が幼い人と言えるでしょう。なぜ
なら「厳しい」と「自覚」している「心的環境」に強く果敢に立ち向かう「勇
気」がないということは、それだけ自我が幼いということではないでしょう
か。
さて、こういうことをいくら「解説」してみても始まりません。「解説するだ
け」の人なら、日本中に電柱の数ほどいます。
現代の日本人に最も求められているのは「魁より始めよ」の精神ではな
いでしょうか。
自分が責任を取れもしないことには、口出しをしないことです。これが最
も無難な生き方であると同時に、最も「責任ある」生き方なのではないで
しょうか?
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自我の成熟 投稿者:Naoya Kinjo
戦後日本にやってきたマッカーサーは日本人
の自我が12歳だと表したとされるようだが、
彼の評価はあくまで西洋の個人主義の尺度で
自我というものを計ろうとしたために過ぎな
い。逆に、集団主義的な尺度では、欧米人の
ほうが幼いということになってしまうだろう。
「自我」というものを霊長類特有の高度な精
神的特質だと考えると、それを生物の進化の
中で捉えることもまた意味があると思う。
例えば、魚が岩陰から突然飛び出してきた天
敵に襲われたとする。命からがら逃げ出した
魚は、次回から、似たような地形の場所から
条件反射的に逃げ出すようになるだろう。
魚類から猫科の動物に至るまで、行動の大半
は本能・刷り込み・条件反射によるものだと
推測される。彼らはある条件下で自動的に開
始した行動を途中で止めたりすることがあま
りうまくない。
しかし、人間のような高度に発達した社会を
形成する生物にとって、本能・刷り込み・条
件反射だけでは適切な行動をとりつづけるこ
とはできない。以前いた会社の意地悪な上司
と今の会社のすばらしい上司が似通った風貌
を呈している場合もある。そして、そのよう
な場合に、刷り込みや条件反射に基づいて行
動するわけにはいかないのである。
そこで、自我の登場ということになる。自我
は、自分がなにかに気がついているというこ
とに気がついている、つまり、認識に対する
認識であり、過去と現在を比較し、必要なら
ば現在を過去と切り離すことを可能にする。
自我の働きの結果、勇敢な行動が可能になる
こともある。また、逆に、慎重な態度をとる
ことも可能になる。自我は自動的な行動や反
応を引き起こすものではないので、一般的な
行動傾向の分析は自我の成熟度を計る尺度と
はならない。
自我の成熟度が計れるのは、急激な状況変化
への対応を迫られるときのみである。状況が
変化し、過去の経験が役に立たなくなったと
き、過去と現在の違いを素早く認識できるも
のこそ、自我の成熟度は高い。
バブル崩壊で不動産担保の乱脈融資を原因と
する多額の不良債権を抱え込んでしまった金
融機関の経営者は、自我があまり成熟してい
るとは言えない。「大蔵省はどういっている?」
「前例はあるか?」「他の銀行はどうしてい
る?」という3つの質問ができるだけでは、
金融機関の長は務まらなくなってしまったこ
とに気がつくのが遅すぎたのである。
主な参考文献:
文英堂編集部編「これで分かる生物IB」
ピーター ローリー「未来の千年史」
L. ロン ハバード「ダイアネティクス」
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”管理者さま、白鳥さまへ” を拝見して 投稿者:sato isoji
菊池様(漢字あっていますか? )
貴兄の御洞察、鋭いですね。感心致しました。
一つの意見、論文、文章等は、ある部分を取って指摘した場合に相当意味合い
がずれて、ひどい場合には、筆者の反対の意味になってしまいます。これが、
現在のマスコミが使って、センセーショナルに事を持って行き彼らの堕落の一
因にもなっています。
日本のマスコミは、大企業(経済界)、官僚(行政)の御用達係りに堕落して、
国民に本当の事を知らせていません。
マスコミ、経済界、官僚の三者が、日本国民を盲目にして世界の孤児にしてい
る訳です。
手始めに、田中真紀子が外務省の官僚とやりあっていますが、事の是非を問わ
なければ、彼女が官僚を押さえつけて、日本の舵取りは官僚ではなく国民が選
んだ議員が行うと言う事を示せばなりません。ここで彼女が辞任または後退し
たら、日本は戦後55年間の官僚支配から脱却できません。
私は、腐敗しきった自民党がいるかぎり、日本の将来は無いと思っていますが、
今回の彼女の行動は、国会が本来の姿(日本の舵取り)になれるかどうかの重
大な出来事として見守っていますので、彼女が勝っても、これで自民党を見直
すと言う事にはなりませんが。
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白鳥さまへ 投稿者:taro kikuti
前略
白鳥さま
早速のご返事、誠にありがとうございます。
ご質問の件ですが、
私の拙い文章でよろしければ
どうぞ発表していただければと思います。
実は以前に、私は何度か、当
メールマガジンの管理者の方
と意見交換をさせて
いただきました。
管理者の方がおっしゃるには
「相手の顔も見ずに、メールのやりとり
をしたり、情報を一方的に発信して
いるだけでは、相手の考え方や
人格までも変えるのは
難しい。ましてや、世の中を
変えることなどは到底、不可能だろう」
とおっしゃっていました。
そして、物言わぬ読者(サイレントマジョリティ)
の存在を大変に恐れて
いらっしゃいました。
やはり
「勇気ある方々だけでも、
具体的な行動を
起こさなければだめだ」
ということなのでしょう。
互いに顔を知らない者同士が
メール上で意見交換をしているだけでは、
ダメなのかもしれませんね。
敬 具
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対で一つ! 投稿者:web-kzz
はじめまして、脱沈黙者です。
kikuti様のご意見に触発してしまい、私のおしゃべり、お節介癖がでてしまい
ました。
メーリングリストに投稿するのは初めてなのですが、
みなさまのご意見をただ、閲欄するだけの自分に情けなく思い
そして、3:4:3という白鳥さまのすばらしいご意見に目から鱗が落ちる思
いでメールしました。
さて、私の意見ですがやはり誰かになんと言われようと、自分の意見をweb上に
述べる事が大事ではないでしょうか?そういう事の積み重ねが、わたしのように
脱沈黙者が生じるのではないのでしょうか?私もウザッタイ!気持ち少しありま
した。
ですから、いろいろなお人から非難、中傷などありますが負けないでがんばっ
てください。
メーリングリストに投稿する皆様は、是非自分の意見を少しでもいいから
恥ずかしがらないで、述べるようにした方がいいですよ!わざわざ投稿する意
味がないのでは?勉強ですよ、意見述べるのは!
何でも、『対で一つです』片手落ちにならないでくださいね。
では、みなさんがんばってご意見述べることを祈ってます。
よろしく。
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taro kikutiさまへ 投稿者:白鳥 宙
あなたは、なかなか聡明な方だと判断いたしました。
私が、以前、国際戦略コラムというサイトに投稿した時
読者からの質問に答えた原稿を最後に加えます。
それをご覧いただければ、分かりますが、あなたと大体
同じ意見です。私の考えでは、
1対8対1
です。私はその約一割の人を求めてメールを配信しています。
貴殿もその一割に入られる方だと信じたい。
ただ、私には「欲」がありまして、できることならみんなを
救いたい。これは奢り高ぶりと判断されてもしょうがありません。
ただ、正直な気持ちを言っただけです。
バカが、バカのままでよいはずはありません。
私の言っていることはいずれの時代にかは周知の既成事実になる
だろうと信じて、私は私の道を歩んでいます。
「ついてくるものだけついてくればいい」という言い方は、ある
意味で、無責任であり、ある意味で責任感の強い人の言い方だと
思います。
お釈迦さまも、「信じる心」がない人はどうにも救いようがない
と言っておられます。それは確かなことでしょう。
それに対しては、私自身も責任は感じません。ただ、なんと言い
ますか、非常に「残念」なのです。「なんで分からないんだろう」
って思ってしまうわけなんです。
でも、こういう私の強引さが、支持者の枠を狭めているのかも知
れません。そういう意味で、日々反省をさせられているのですが、
性格はなかなか変えられません。
それが自分の「弱さ」であることを認めます。
今後はもっと精進して、一人でも多く救えるように努力を致しま
す。
ところでtaro kikuti さま貴殿の原稿を私のコラムで発表させて
頂きたいのですが、いかがでしょうか?
「まずサシミ(3対4対3)の法則が世の中にあると思います。
私たちの意見や考え方に同調する人は約三割います。
賛意を抱かない人も三割、どうでもいい人(勝ち戦にならつくと
いう人)が四割。
ところがその三割の中にもサシミの法則がありますから実際私たち
と同調し行動も共にやってくれるという人は約一割いるという風に
読んでいます。そういう人だけを見つける努力だけすればいいので
はないでしょうか。
したがって、今の段階で9割を相手してもしょうがないことで時間の
無駄だということに私は最近気付きました。したがって今までのよ
うにひたすら敵を作っていくようなやり方は全く損で自分の目的の
実現を遠ざけるだけなのだと気付きました。」(今年1月の発見)
(国際戦略コラムの読者に対する返答より)
※ 私が*****さんにお相手をするのは、それを通して皆さんにも
本当に「大事なもの」は何なのかを気づいて頂きたいという思いから、
真剣にお付き合いをさせて頂いているわけなんです。
一人の人でも、コケにするのは罰当たりなことですからね。
でも本当は動機の不純な人とはお付き合いしたくないというのが本音です。
(こういうものの言い方が反発を買うのは承知をしています。
私の「業」だからしようがありません。あしからず)
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Re.管理者さま、白鳥さまへ 投稿者:Naoya Kinjo
taro kikutiさんの意見について
理念が異なれば、いろいろとぶつかってしま
うことも多いでしょう。私はタイプ1が洗練
されるためにはタイプ2が必要と考えています。
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管理者さま、白鳥さまへ 投稿者:taro kikuti
前略
管理者さま、白鳥さまへ
いつも楽しくメールを読ませて
いただいております。
さて、メールマガジンの発行に
あたっては、
誤解もあり、中傷もありと
大変にご苦労
されていることと思います。
さて
以下の点を
私から指摘させていただきたいと
思います。今後の
参考になればと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
メールマガジン上では
多くの投稿者がおられるようですが、
そのタイプには3つがあると
思われます。
1.ご自身の論説を述べられる方
管理者さま、白鳥さまをはじめ、
木村 健二さま、
sato isojiさま、野口さま、
麻布の公務員さま、などがあげられます。
日本の将来にとっても、
大変に貴重な存在かと思われます。
これらの方々だけで、メールでの情報交換
されるのが一番生産的だと思われます。
2.「<<・・・」のマークで他人の意見を引用し
ながら批評し、「コメンテーター(挙げ足とり」
気取りをされている方
*****さん、*****さんなどが
挙げられます。
これらの方は、他人の文章に批評(けち)
を加えるだけで、自分ではまともな意見を
述べていません。はっきりいってしまえば
けちをつけることなど、
誰でもできます。こうした日本人が
世の中にどれほど多いことか。
落胆させられます。
彼らは、少しでも持ち上げられると
嬉しくなって投稿も増えますが、
少しでも批判されると
ヘソを曲げてしまう方々です。正直言って、
あまり相手にされないほうが無難では?
最近ではメーリングリスト上で
*****さんの意見に対して、
白鳥さまがどこまでも相手にされて
おられたので、いつ、切り捨てるかと
思っていましたが、白鳥さまも
やっと英断をされた
ようですね。正解です。
3.何も自分から意見を述べようとせず、情報だけを
得ようとする「フリーライダー」。
無責任で、ダンマリを決めておられる方々です。
これらの方々は
いわば「サイレントマジョリティ」、物言わぬ
大衆です。怖い存在ですが、彼らが
世の中の底辺を支えています。
残念なことですが、世の中は
1のタイプの方々(賢者)だけでは
成り立ちません。
原則として1と3が必要です。
つまり世の中には、
「バカ」も必要だ、ということです。
そして、
日本社会の本質的な問題は
2のタイプの方々が年々、増殖していることです。
これが、世の中を悪くしている元凶といえる
でしょう。
管理者さまも白鳥さまも
3のタイプを1に持ってゆこうと(啓発しようと)
努力されておられるようですが、
結局は3のタイプを1に持ってゆくことは
できず、2のタイプの人間を増殖
するだけの結果になる可能性があります。
よくよく、お考えになった方がよいかと
思われます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上、参考になればと思います。
敬 具
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核と戦争 投稿者:logic
Kinjoさんのご意見から
> 十分な自由民主主義体制を取る国家間では、
> 細かい紛争こそあれ、戦争はほとんど起こっ
> ていません。
確かにおっしゃるとおりです。しかしそれはもしかする
とあくまでも核の恐怖による均衡があったからなのかも
知れません。核が完全に使えない兵器となる、もしくは
核の完全な抑止が成り立ったときには核により蓋がされ
ていた紛争が起き始める…、などと考えることが出来ま
す。
もちろん紛争の要因となったとしても、将来的には地球
の全生命を担保とするような核戦略からは何とかして脱
したいところです。
取り留めがなくなってしまいましたが…。
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Re: 平和運動について(1) 投稿者:Naoya Kinjo
logicさんのご意見から
` > 「平和運動に対するフリーライダーの蔓
` > 延に対処すること」すなわち、
` > 「誰もが平和運動に参加すべきである」という考えは、
` > 必ずしも正しい方向性であるとは、言えないかもしれません。
`
` 私はいわゆる「平和運動」なるものにはなんら賛意を示
` しません。ましてや「参加すべきであり、参加しないフ
` リーライダーが平和を阻害する」的な傲慢不遜な考えに
` は徹底して反対します。
そりゃ一理ありますね。各人がデフォルトで
平和を望んでいると思い込むのは間違いでし
ょう。
` 平和は戦争のない状態という消極的な意味合いしかない
` のではないか…、それくらいの厳しい現実
` 感覚を持つべ
` きと考えます。
積極的に平和をもたらす方法は考えられます。
十分な自由民主主義体制を取る国家間では、
細かい紛争こそあれ、戦争はほとんど起こっ
ていません。かつて犬猿の仲だったイギリス・
フランス間には平和が久しく続いているよう
です。
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Re: 平和運動について 投稿者:logic
倉谷さんの投稿に触発されました。
私の興味の中心は安全保障、最近は経済のほうが主体と
なっております。
> 「平和運動に対するフリーライダーの蔓延に対処すること」すなわち、
> 「誰もが平和運動に参加すべきである」という考えは、
> 必ずしも正しい方向性であるとは、言えないかもしれません。
私はいわゆる「平和運動」なるものにはなんら賛意を示
しません。ましてや「参加すべきであり、参加しないフ
リーライダーが平和を阻害する」的な傲慢不遜な考えに
は徹底して反対します。
運動が広がらないのはフリーライダーがいるからではな
く、運動が平和をもたらすと考えないからです。その証
拠に「平和運動」は以前より百年一日のように同じよう
なお題目を唱えています。私から言わせれば現実に即し
ているとは考えられません。
平和を訴えれば平和になるわけはないのです。
そして「平和運動」に参加すれば平和になるわけではあ
りません。
平和は戦争のない状態という消極的な意味合いしかない
のではないか…、それくらいの厳しい現実感覚を持つべ
きと考えます。
戦争を望む人もいるのです。
その現実を見据えているのでしょうか?
みなさんのご意見をお待ちしています。
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平和運動について 投稿者:倉谷智尋
発行者さんの以下の文章に対して、意見を述べさせていただきたいと思います。
以下に述べる意見は「フリーライダー」という問題に対する意見ではなく、
わたくし自身が、なぜ平和運動や核廃絶運動に参加しないか、という説明です。
> 読者の皆さんも、恐らくほとんどの方が「平和」に賛成されることでし
> ょう。しかし、多くの日本人は街頭で「平和の実現」や「核廃絶」を訴え
> る運動を見かけても、素通りするだけで参加しようとしません。さて、読
> 者の皆さんは、日本でのこうした現実(フリーライダーの蔓延)について、
> どのように対処すればよいとお考えでしょうか。
わたくし自身、平和運動や核廃絶運動には、参加したいとは思いません。
しかし、それらの運動に反対しているからではありませんし、
ましてフリーライダーになろうとしているわけでもありません。
平和という言葉はよく使われる言葉ではありますが、
その言葉の含蓄していることは非常に意味深く、人間の精神構造の奥深くにま
で根ざす重要な問題であると認識しております。
ここで、平和というものが、何らかの運動によって実現されるものであるのか、
という疑問が出てきます。たとえ核廃絶の世界協定を定めたとしても、
それによって真の「平和」が訪れるものだろうか、と。
思いますに、世界にいまだ戦争がなくならないのも、核兵器なるものが製造さ
れ続けるのも、すべては人間の精神から生まれた「結果」であって、
その結果をどうこうしても、根本的な解決には至らないであろうことは、
容易に理解できます。
「結果」はシグナルではありますが、「原因」ではありません。
「結果」を抑制する運動を行っても、「原因」は依然として力を持ち続けます。
そしてその「原因」が別の形となって、同様の「結果」をもたらすでしょう。
兵器を用いた大規模な戦争も、昨晩の夫婦喧嘩も、その人間の精神構造におい
て、同質のものであり、それらの出来事は、ともに精神の1つの反映に過ぎな
いでしょう。
運動によって平和がもたらされるというのであれば、
では、運動によって仲のよい夫婦がうまれるか、と問うてみましょう。
答えは、否となるはずです。
このような考察により、わたくしは、平和運動や核廃絶運動には参加しないの
です。運動よりも大切なのは、日常の生活における、精神構造の看破であり、
その構造からの自由であると考えます。
運動というパブリックなものではなく、そのようなプライベートな理解こそ、
真の平和をもたらすものであると思います。
ここで述べたことが正しいとすれば、発行者さんが述べておられる
「平和運動に対するフリーライダーの蔓延に対処すること」すなわち、
「誰もが平和運動に参加すべきである」という考えは、
必ずしも正しい方向性であるとは、言えないかもしれません。
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フリーライダーの蔓延防止について 投稿者:木村 健二
素人ながら敢えて私見を述べてみたいと思います。
フリーライダーの蔓延要因について、『さまよえる日本人=無責任社会の本質
に迫る』の中では改善運動の主旨に賛同しながらも、労力の割に成果の現れに
くい実態を把握しているから行動しにくい、と捉え、さらに別の項目にて、身
近な日常空間(特定コード)と知識の域を超えない非日常空間(一般コード)
が人々に存在し、それらは人によってバランスが異なるためベクトルの方向が
一致しにくい点にも言及されております。
最近話題を集めるエネルギー問題とゴミ問題について当てはめますと私には大
変説得力があると思えます。
原子力発電は推進派と反対派に二分されているのが現状ですが、推進派は地球
温暖化に寄与する化石燃料の代替エネルギーとして自然エネルギーには限界が
あり、他に代わるのは原発しかないといい、反対派は核燃料の悪用、安全性そ
のもの、核廃棄物の処置を憂い、自然エネルギーへの全面依存と省エネで循環
型社会の構築を目指そうとしています。
日本はどちらかというと前者の向きが強いように思われ、国策として廃
棄処理負荷低減を目論んだ原子力発電でのプルサーマル構想などが最近新聞紙
上を賑わせております。しかし、私個人として理念は理解できても、原子力発
電所の近隣にわが住居を構えることを想像すると非常な抵抗感を覚えざるを得
ません。2001.5.27の新潟・刈羽村住民投票結果もそれを反映しているものと
解釈されます。
私達は日常の電力浪費の背景にある犠牲について関心を持ち、熟考し、議論す
るべきなのでしょうが、世は貨幣経済であり、電力料金を支払うことで良心は
満足してしまってそれより先がないばかりでなく、議論・教育の場が皆無に等
しいのが現実でしょう。
私はどちらかというと原発反対派でありますが、にもかかわらず相応の行動を
せず、日常の電力需要面では欲求を満たしているという意味において、私もフ
リーライダー扱いされても文句は言えないと感じました。
廃棄物問題についても、燃やしてはダイオキシン発生、埋め立てては地下水・
河川水汚染と、廃棄物の行き場がないことを知りつつ、私達はゴミを出すこと
に痛みを感じていないのが現実でしょう。過去からの習慣とは本当に恐ろしい
ものです。
本格的見直し・改善に本腰が入るのは、それらが私達の生命を脅かす存在に
成長したことが自明になったときであろうという現実を受け入れざるを得ない
と私は考えております。
例えば日本人の平均寿命がピーク時の半分位に低下し、この要因が原発事故、
核廃棄物不適正処置によるとか、あるいは膨大化した廃棄物の影響による大気
汚染・飲料水質低下にあると断定されるような事態になれば、このとき初めて
私達国民のベクトルは一致し、適切な速度で改善されてゆくだろうと私は感じ
ております。
以上、中途半端な知識のなかでの率直な実感です。読者の皆様より適切なご助
言、ご指摘など頂戴できれば幸いです。
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初めて参加させていただきます 投稿者:白鳥宙
※ 顔を見せない言動が日本を腐敗させている。
私は、自己保身的動機から、顔を見せず、また氏名も名乗らない
者たちが言論を発することが日本社会を堕落させている根本原因
だと認識いたします。
覆面座談会というのが週刊誌にあります。ヘドがでます。
氏名も名乗らず顔も見せないなら、どんな言論だってできます。
これでは決して日本は良くならないでしょう。
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「多数派の暴力」はどこから生まれるのか 投稿者:倉谷智尋
こんにちは、倉谷と申します。
はじめて投稿いたします。
よろしくお願いします。
発行者さんの以下の文章に関して、問題を提起したいと思います。
> 「多数派の暴力」は、「少数派の暴力」とは違った恐ろしい側面を持っ
> ています。それは、「犯人を特定できない」という点です。全員が悪いの
> かもしれないが、誰か一人に責任があるわけでもない。「イジメ」や「環
> 境破壊」が解決できないのも、「誰にも責任がないこと(無責任)」に根
> 本の原因があるのではないでしょうか?
「多数派の暴力」という言葉で意味されることは、
わたくしも常日頃感じていることではありますが、
しかし、「犯人を特定できない」ということは、
それほど重要な問題ではないと考えております。
「イジメ」や「環境破壊」が解決できないのは、
それは誰にも責任がないことに、根本的な原因があるのでしょうか?
もし、その考えが正しいとすれば、
何か、責任者を特定できるような問題であれば、
ただ責任者が特定できるという理由だけで、
その問題を「根本的に」解決できるのでしょうか。
わたくしはできないと考えております。
「多数派の暴力」を助長させるのは、「無責任」という社会的な要素ではなく、
それとは別の、もっとプライベートな心理に関わってくるように思います。
(「責任」というのは、社会を前提とした言葉ですよね。
もし、無人島の楽園で1人で暮らすのであれば、
「責任」という概念は生まれないでしょうから。)
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Re:「5/20多数派の暴力」についての質問 投稿者:sato isoji
Naoya Kinjoさんのご意見から
>この引用部分だけから察すると、Howell氏は
>あまり具体的な話をなさっていないような感
>じがします。
私も同意します
>日本でも、単なる多数決ではなく、やはり色
>々な話し合いは行われていると思います。各
>党の党内での意見調整や、与野党会談などが
>それです。議論の場を国会に限定する必要性
>はないと思います。
議論の場は国会でなくてはなりません。英米どこの国でも、充分な議論は、
国会で行います。日本の様に、国会以外で内密に話し合いが行われる為に、
陰湿な馴れ合いと官僚主導の閉鎖的な法案審議がなされるのです。
>もちろん、民主主義による体制を取っている
>限り、最終的には多数決とならざるを得ませ
>ん。それは日本にしろアメリカにしろ同じ事
>でしょう。選挙で勝利したブッシュ氏は、ゴ
>ア氏支持層の意見などまるで聞いていないよ
>うです。民主党が「ならず者国家」のレッテ
>ルを外したイラクに対して、ブッシュ氏は空
>爆を行っています。かつて前政権が戦略的な
>パートナーと位置づけた中国に対しても、現
>政権は刺のある態度を取り続けています。
貴方に同意します。
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「5/20多数派の暴力」についての質問 投稿者:Naoya Kinjo
` 現代の日本は、「多数派の暴力」が席捲した社会でもある。「多数派の
` 暴力」は、「自他」に支配された人間(愚衆)の増加と衆愚政治の蔓延を
` 背景にしている。実際に、日本の国会では何ら議論が行われることなく、
` 多数決の論理だけで次々と重要な法案が通過してゆく。これらは「多数派
` の専制」と呼ぶべきもので、戦前のファシ
` ズム(大政翼賛会)と何ら変わる
` ものではない。
`
この引用部分だけから察すると、Howell氏は
あまり具体的な話をなさっていないような感
じがします。
日本でも、単なる多数決ではなく、やはり色
々な話し合いは行われていると思います。各
党の党内での意見調整や、与野党会談などが
それです。議論の場を国会に限定する必要性
はないと思います。
もちろん、民主主義による体制を取っている
限り、最終的には多数決とならざるを得ませ
ん。それは日本にしろアメリカにしろ同じ事
でしょう。選挙で勝利したブッシュ氏は、ゴ
ア氏支持層の意見などまるで聞いていないよ
うです。民主党が「ならず者国家」のレッテ
ルを外したイラクに対して、ブッシュ氏は空
爆を行っています。かつて前政権が戦略的な
パートナーと位置づけた中国に対しても、現
政権は刺のある態度を取り続けています。
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Re: 「5/20多数派の暴力」への私見(1) 投稿者:男性 53歳
taro kikutiさんのご意見から
> 大変に理想論的なご意見だと
> 思うのですが、現状のように「教育」
> が腐敗している現状では、
> このようなことは不可能ではないでしょうか。
言葉足らずになりましたが、「教育」と言っても、「学校による教育」
「親の子に対する教育」「マスコミ等情報メディアによる教育」
「友達、友人間での人間的触れあい」「自分の自分による自分のための教育」
等、要するに、個々人を教え、
育ててくれる環境、社会のあり方が、即ち教育環境が大事ではないでしょうか。
現下の競争社会では、そして子供放任の様相を呈している社会では、他人の
ことなど、かまっていられない、自分が先ず勝ち残らなければならない、そう
した空気が、蔓延している様に思われます。
個人のことを無償の愛で、ひたすら考えて行くことが出来る立場の人は、親
であり、「親の子に対する教育、触れあい」が、やはり、一番重要ではないか
と、私個人は、思いますが・・・。
> 誰でも口先では「思いやり」が大切だと
> いいますが、実際に行動している人はどのくらいいることやら。
言われている通り、私もそう思います。
> 何かに解決策を求める、
> すなわち貴殿が「教育」に解決策を求めること自体、
> 発行者の言う「(自分に関係することではないという)無責任」
> にあたるのではないでしょうか。
「自分の自分による自分のための教育」「親の子に対する教育」
等、一次的には、自分自身、二次的に、その他の機関や、他人
が、サポートするわけです。
> そして、個々人のレベルアップをするために
> 貴殿は何か、具体的な行動を起こされていますか?
ただ、言うだけかと非難されそうですが、
具体的な行動としては、子供に対して、時々説教めいたことを
言う位です。ただ、個人としては、多数派の横暴に荷担すること
のないよう、自己研鑽していきたいと考えています。
対外的、積極的に行動するだけの、ゆとりは、残念ながら有りません。
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Re: 少数の人を陥れると、多数の人が益を受ける 投稿者:Naoya Kinjo
ごじゅういちさんの意見から
` そうそう、山本 七平氏の著書に 日本人
` の事が書いてあるいい本があります。
` 大分前に読んだので、なんと言う本だったか忘れました。
「日本人の研究」?
なかなかいい書物でしたね。
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Re: 「5/20多数派の暴力」への私見 投稿者:taro kikuti
大阪の男性の方への質問です
>多数の意見が正しくない場合、多数の意見が少数の暴力・威圧等によって少
数派意見に牛耳られている場合等ケースバイケースで、
>対応も異なってくると思われますが、小手先の対応では、根本的な
>解決は、難しいと思います。
>「多数決決済イコール多数の国民の幸福」が実現するには、「個々の国民の
道徳的水準」、特に「思いやりの精神の涵養」、「地球的規模での視野の拡
大」が、必要だと、私は、個人的に思っています。
>そのためには、「教育」が、重要な役割を担うことになると思います。
>多数決といっても、個々の国民の集合で、個々の国民のレベルが、
>多数意見のレベルに集約されるわけで、個々個人のレベルアップなしに、多
数意見のレベルアップもないと思います。
大変に理想論的なご意見だと
思うのですが、現状のように「教育」
が腐敗している現状では、
このようなことは不可能ではないでしょうか。
誰でも口先では「思いやり」が大切だと
いいますが、実際に行動している人はどのくらいいることやら。
何かに解決策を求める、
すなわち貴殿が「教育」に解決策を求めること自体、
発行者の言う「(自分に関係することではないという)無責任」
にあたるのではないでしょうか。
そして、個々人のレベルアップをするために
貴殿は何か、具体的な行動を起こされていますか?
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少数の人を陥れると、多数の人が益を受ける 投稿者:ごじゅういち
こんにちは はじめまして
私が身近に起こったことについてちょっと感じた事があるので、初めて投稿し
ます。
済みません、既に私が他のMLに投稿したもののコピーです。
ちょっと、文章を書くのが苦手なので、わかり難いかと思いますが、
ひとつ見てください・・
*******************
基本的人権を無視した話し合いほど恐ろしいものはありません。
私の体験を少し話します。 ちょっと考えさせられましたので・・
もう、10年ほど前の事です。 ある運送会社に勤めはじめたばかりの頃、ア
ルバイトの人たちと一緒に仕分けの仕事をしていました。
休憩時間になると、数人でジャンケンをして、負けた人が全員の缶ジュースを
おごるのです。
それは何度か繰り返すと、勝ったり、負けたりしているうちに、平等になるの
ですが・・
そのうちに、悪知恵が出てきます。・・ 一人の人を不利にするのです。
後から参加する人の前に談合をします。 いっせいに何を出すか、決めるので
す。それで、・・何も知らす後から来た人は始めのじゃんけんで、数人を相手
にしていても、一対一の勝負になります。
負ければ、数倍の出費ですから・・あきらかに落とし入れです。
少数の者に犠牲になってもらう事で、多数の人に益をもたらす事実が、ここ身
近に存在しました。
こんな悪い話し合いは、もしかしたら・・至る所に存在するでしょう。
基本的人権・・つまり平等の原理を無視した話し合いは・・他にも存在すると
思います。
一つだけ例を上げます。
いじめの問題・・ 一人の犠牲者が出る事で、他の人がいじめられないと言
う益をもたらします。無言の話し合いです。
いつだったかオームの信者を排除する住人運動が起こりました。素人の目で見
ても、憲法違反だと思います。(私は法律に詳しくないので・・)
話し合い絶対優先・・変です。
話し合いで、決められない事があることを、日本人は忘れがちでしょう。
******************
こんな感じです。私の意見は・・
そうそう、山本 七平氏の著書に 日本人の事が書いてあるいい本があります。
大分前に読んだので、なんと言う本だったか忘れました。
私はその著書に影響を受けましたので、こんなものを感じました。
では・・また・
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「5/20多数派の暴力」への私見 投稿者:男性 53歳
民主政治は、「国民の国民による国民の為の政治」であるとしたら、
国民イコール大衆、大衆イコール多数の人民となり、多数決が、基本的決済
方法となります。
田中長野県知事も、ダム問題等で、一般大衆を相手に集会を何度
も開くことによって、多数意見を探る手法で、従来の一方的威圧的
一部利権的少数決済方法と対峙させることによって、国民的支持を
現在のところ得ています。
従って、多数決原理は、尊重するべきだが、問題は、指摘されている「多数
派の暴力」にならないようにするには、どうしたらいいのかということです。
多数の意見が正しくない場合、多数の意見が少数の暴力・威圧等によって少
数派意見に牛耳られている場合等ケースバイケースで、対応も異なってくる
と思われますが、小手先の対応では、根本的な
解決は、難しいと思います。
「多数決決済イコール多数の国民の幸福」が実現するには、「個々の国民の
道徳的水準」、特に「思いやりの精神の涵養」、「地球的規模での視野の拡
大」が、必要だと、私は、個人的に思っています。
そのためには、「教育」が、重要な役割を担うことになると思います。
多数決といっても、個々の国民の集合で、個々の国民のレベルが、
多数意見のレベルに集約されるわけで、個々個人のレベルアップなしに、多
数意見のレベルアップもないと思います。
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これ以下の記事はありません。
頂いたメッセージを公開しています。古い記事が一番下になっていますので、
下から上にスクロールさせながらご覧ください。
2001年05月21日〜06月28日