独逸回覧記 No.5/美濃口坦

 「はてしなき物語」〜ドイツの脱原発

 ◆「脱原発」など「画にかいた餅」?  ◆ビジネスとしての「原子力平和利用」 ◆賛成派も反対派もジレンマをかかえている ◆「原発問題」は新首相の出世作  ◆投げた石はどこかに落ちる ◆“身内”の説得がポイント ◆一国「脱原発」はほんとうに無意味か?
 ◆欧州電力市場の自由化 ◆原発なしドイツの2005年の青写真 ◆真の狙いはエコロジカルな経済改造 ◆「イチゴヨーグルト工場」を超えて ◆エコロジー産業が行き場を失った資本を吸収する

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脱原発への舵をとりはじめたドイツに対しては、同じく脱原
発社会を目指しながらも揺れ動いているスウェーデンの例を
あげて「本当にそんなことができるのか」と懐疑的になった
り、また「EU電力自由化の時代で一国脱原発は無意味だ」
などの声がある。しかし、ドイツの脱原発の動きは社民・緑
の党連立協定でふってわいたことではない。反対賛成両派が
ジレンマをかかえながら辛抱づよく議論を重ね、原発なし社
会の青写真が鮮明になってきた…まずはそんなドイツの現状
をよく見る必要があるのではないか。ドイツは、長期戦にな
るに違いないエコロジカルな経済改造への道を歩みはじめて
いる。
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 相異なる見解をもつ多数の人々が住み、過去の厄介な経緯がある社会
で何かを変えていくことは確かに難しいが、だからといって不可能では
ない。それは辛抱強い話し合いと面倒な手続きと長い時間がかかり、も
しかしたらその結果出てきたものは「改革」という名前に値しないかも
しれない。

 ドイツが原子力発電を止めるとすれば、そんなことになるのではない
のだろうか。何しろ相手はこちらが腰を抜かすほど長い半減期の持主な
ので、原発の話は気の長い「はてしなき物語」である。


◆「脱原発」など「画にかいた餅」?

 昨秋、ドイツ総選挙後の社民・緑の党連立協定で、「原子力発電の利
用を可能な限り早期に終了」すること、また「(政権担当4年間で)原
発廃止を包括的にまた逆戻りしないような法的処置をとる」ことが決め
られた。またこの連立協定では「2005年までに1990年より炭酸
ガスの放出を25パーセント減らす」目標が前政権から踏襲され、この
目標達成の意思が強調されている。

 ドイツ新政権のこの立場は、COP3(気候変動枠組条約第3回締約
国会議)京都議定書による、温室効果ガス総排出量の6%削減義務を順
守するために20基以上の原発が必要と考えるという日本のエネルギー
政策とはきわめて対照的である。そのためか、ドイツ新政権の「原発廃
止決定」に対して日本から聞こえてくる声は懐疑的なものが多い。

 連立協定には、原発廃止に向かって新政権がとる政治的ステップが
はっきりと記述されているのにもかかわらず、例えば日本の代表的新聞
の社説も連立協定成立後、以下のように書いていた。

「……それが、(緑の党は)連立交渉では拍子抜けがするほど物わかり
がよかった。原発廃止は事実上の先送りに応じた」

 これも恐らくこのような懐疑心の反映だと私は思う。

 現在、消費電力の3分の1を発電する19基の原発を閉鎖し、原子力
以外の発電施設に置き換えると、その結果、1億トンから1億5千万ト
ンの炭酸ガスが放出される。これはドイツ全体放出量のほぼ9分の1か
ら8分の1に相当する。この放出量を別の分野、例えば自動車交通で削
減すると、ドイツ国民はほとんど自動車に乗れないことになり、70年
代のオイルショック以来久しぶりに「一台の自動車も走らないアウト
バーン」が出現する。それも当時のように日曜日だけでなく、ほぼ毎日
である。

 このように考えていくと、確かにドイツの「脱原発」は実現などしな
い「画にかいた餅」になってしまう。


◆ビジネスとしての「原子力平和利用」

 それではドイツの「脱原発」の試みは本当に「画にかいた餅」なので
あろうか。私たちが「やめるか、やめないか」という点にあまりに気を
奪われていると、もしかしたらこの話に含まれている重要な側面を見落
としてしまうかもしれない。この「脱原発」の「はてしなき物語」は今
からどのように展開していくのだろうか。

 今から一年間(あるいはそれ以上)かかって政治サイドと電力業界の
代表者が会談を繰り返して、何とかコンセンス(合意)に達する。この
会談はドイツで「エネルギー・コンセンス会談」と呼ばれる。これが連
立協定にあるシナリオで、またそこで強調されているように、原子力発
電をしている電力会社に対して「政府が損害賠償を払わないですむよう
に」しなければいけない。ということは「円満なる解決」にもって行く
しかないのである。ここで「円満なる解決」にならないと、スウェーデ
ンの「脱原発」の事例が示すように、国内裁判所と欧州裁判所の両方に
ご厄介になる。

 次に重要な点はビジネスとしての「原子力平和利用」の問題である。
これは原発がどこの国でも国家事業として始まったことと関係する。
「原発」をビジネスとして見なせば、本当のところ民間企業の経営者が
株主に対して責任をもってできる事業ではない。この事情は、変な先入
観念を抱かずに事態を見れば誰の眼にも明らかだと私は思う。

 ことあるごとにデモ隊が押し寄せてくる。その度に警備に何千人もの
警官が必要になる。ここで発生するコストはドイツでは連邦政府もしく
は州政府が負担するので、経営者としては痛痒を感じないで済むかもし
れない。また、電気は幸いなことに眼に見えない。風力発電から来よう
が、原発から来ようが電力は電力で商売は続けられる。とはいってもビ
ジネスとしては治安の悪い国に投資するようなもので、やり辛いのであ
る。

 最大の問題は周知のように廃棄物処理の件である。この点で原発が普
通のビジネス、例えばレストランの営業とはまったく異なることがわか
るはずである。ニンジンやタマネギの切れっぱしはゴミ箱に入れておけ
ば自治体が運んでコンポスト(堆肥)にしてくれる。ところが原発の場
合そうはいかない。最終廃棄施設も決まっていない。

 現在フランスと英国の再処理工場に使用済み核燃料を送って、再処理
をやってもらっていることになっているが、これは実状は「厄介なゴ
ミ」を預けているようなもので、これはコストがかかる「問題の先送
り」である。「戻ってくるもの」はいつか戻ってくるし、今後どんなコ
ストが発生するかもはっきりしない。将来が不透明な状態ほど経営者の
頭を悩ますことはないのだ。色々なことを考えていくと、真面目な経営
者が手を出せる事業でないことがわかるはずである。

 このように、原発の状況はお世辞にも「理想的な経営環境」とは呼べ
ない。だからほとんどの先進国では原発をつくらなくなったのである。
 
 フランスのように原発を国営でなくて、民間がやっている国では市場
原理が浸透するとともに、いつかビジネスとしての「原子力平和利用」
の問題が顕在化すると思われる。


◆賛成派も反対派もジレンマをかかえている

 ドイツにも「原子力ロビー」が存在し、一見「一枚岩」に見える。ま
たそれに対して自然保護団体を筆頭に熱烈なる環境派原発反対者が存在
する。どこの国のマスコミも「賛成か反対か」というメガネでとらえる
ので、テレビ討論会で両派が激論をかわす。

 私も長い間このメガネで「原発問題」を見ていた。90年代のはじめ
頃から、原発を操業する電力会社の重役や、そのロビーと見なされる政
治家、原発に反対する「環境派」を取材して、じっくり話をする機会を
もった。

 その時原発を操業する電力会社の方が「やる気を失っている」印象を
抱いた。というのは、私を前にして、電力会社の重役さんが散々ぼやい
たからである。もしかしたら私が外国人であるためにかえって気を許し
たのかもしれない。当時私は「何とこの人、昔の満州開拓団みたいなこ
とをいう」と思ったのを憶えている。この表現は若い日本人にはわから
ないかもしれないが、「国策の犠牲者」という意味である。ビジネスと
しては、原発をはじめるより天然ガスで発電するほうがずっとうまみが
あるのだ。

 同時に「環境派」の人々も「原発反対」からはじめたかもしれない。
ところが、問題の厄介さを知れば知るほど「反対」とばかり叫んでいら
れない。当時、私は彼らからそんな印象を受けた。

 それ以来、私はテレビ討論会式の「賛成か反対か」というメガネだけ
ではこの問題を見ないようにしている。 


◆「原発問題」は新首相の出世作

 90年代はじめビジネスとしての「原子力平和利用」の抱える厄介な
問題に注目したのは他でもない、当時北ドイツ、ニーダーザクセン州の
首相になったばかりのシュレーダー氏である。彼は「原発廃止というオ
プションも含めて、エネルギー問題を総括的に解決するために政治サイ
ドと電力業界が話し合うべきである」という提案をした。このシュレー
ダーさんはいうまでもなくコールさんの後継者でドイツの現首相であ
る。

 野党社民党の地方政治家が、なぜ全ドイツ的エネルギー問題に口を出
したかというと、それは核廃棄物の中間貯蔵所と最終貯蔵所候補地が彼
の州にあるからである。また社民党もチェルノブイリ事故以来「脱原
発」を党大会で再三決議しているので、シュレーダー氏は党の政策を実
現することにもなる。将来の見通しが立たないことに不満な電力業界の
要望に押されて、当時のコール政権もこの提案にのっかる。こうして
「エネルギー・コンセンス会談」が何度か開かれた。いずれにしろドイ
ツが「脱原発」に向かって助走するのは今回がはじめてでない。

 「エネルギー・コンセンス会談」は当時物別れに終わったが、このよ
うなイニシアティブを発揮したことで、それまで一地方政治家に過ぎな
かったシュレーダー氏が「経済がわかる人」という評価を得た。これが
最終的には98年秋の総選挙で保守党の勝ちパターンを崩すことにつな
がる。このように考えると、「原発廃止問題」はドイツ新首相の出世作
のようなものである。前回は当事者か司会者かはっきりしない立場で
あった。今度は首相として司会者兼仲介者になって、緑の党の環境大臣
と電力業界の間を取りまとめることになる。

 シュレーダー首相は、前編を書いただけで出世作になった以上、今回
こそ「円満なる合意」をもたらして後編も書き終わりたい気持でいる、
と私は想像する。


◆投げた石はどこかに落ちる
 
 いったいどんな点が交渉されるのであろうか。第一に、正式にプル
サーマルをやめて直接廃棄にし(核燃料の再処理をしないでそのまま処
分)、原子炉の近くに中間貯蔵所を設けるという点であるが、これは電
力業界が心から歓迎することである。もともとコスト高で困っていた
し、危険なものを運搬しないですむ。そもそもドイツ国内で再処理施設
の建設を辞退したのも電力業界なのである。

 第二に、プルトニウムをはじめ厄介なものがフランスと英国の再処理
施設から山のようにたくさん戻ってくるという問題がある。いつまでも
外国に預けたままにしてはいけない以上、これもいつかは解決しなけれ
ばならない問題である。

 第三に、ドイツ国内の最終貯蔵所を決定しなければいけないという問
題がある。日本と同じようにこの国もどこへ行っても近くに誰かが住ん
でいる。ということは、どこかの住民を悲しませることになる。とは
いっても、お国が「原子力平和利用」を始めた以上、お国のどこかにつ
くらなければいけないのである。

 ここまでは環境派と電力会社代表が対立しない点である。この3つの
問題が解決したら、電力会社側はこれまでのいきさつからテレビカメラ
の前で万歳三唱こそできないが、ほっとするはずである。彼らこそ、大
部分の国民が考えもしない厄介で危険な問題に直面しているのだから。

 困った点は、英・仏核保有国の国営再処理工場が怒ることである。フ
ランスの場合、ドイツの電力会社が仏核燃料公社=コジェマとの間で結
んでいる使用済み核燃料再処理の契約は、コジェマ社の処理能力の2割
にあたり、独が2000年以降の再処理の契約をやめれば、年間30億
フラン(約600億円)の損失になるという。

 もともと暇を持て余している「プルトニウム工場」がお客さんに逃げ
られることになるので困って、当然「契約違反」で損害賠償を請求す
る。これは契約の当事者、ドイツの電力会社が払うしかない。ここで
払った分は、一番もめる次の点の「円満なる解決」にあたって大いに考
慮してもらうことになる。

 そしてその一番もめる点とは、いつまで原発操業を続けるか、であ
る。一度建設して減価償却が済んだ原発は毎年10億から15億マルク
の「金の卵」を生む鶏みたいなものである。こんな良い儲け口はないの
だ。民間企業である以上、当然「末永く儲けさせて欲しい」とダダをこ
ね、「裁判にもっていく」と脅かすしかないのである。第一ここであっ
さりと「金の卵を生む鶏」を手放したら、自分たちのほうが今度は株主
総会でつるしあげをくい、挙句の果て訴えられるかもしれない。

 一方、政治サイドも安全基準を厳しくするとかいって脅かすことがで
きる。そうなれば新たな設備投資を強いられて、せっかくの「金の卵」
も3年に一度しか出てこない。いずれにしろ政治側には脅かしたりすか
したり、手段はいくらもあるはずである。19基の原発は一度に廃棄す
るのでなく、交渉の結果が妥協である以上、稼動して充分儲けた年寄り
の「鶏」からお引きとりいただくことになると推定される。


◆“身内”の説得がポイント

 「10年後」「20年後」「25年後」「30年後」……最後の原発
が閉鎖する年数について、今までうわさに上った数字を並べた。相対立
する交渉者が「相手の足下」を見るだけでなく、相手の面子をつぶさな
いように顔を見る用意あれば、投げた石がどこかに落ちるように、どこ
かで折り合うことが可能であると私は思う。

 この種の交渉の真の「交渉」相手はいつものことながら身内の人々で
ある。それは、緑の党・社民党にとって支持者の環境・自然保護団体で
あり、電力会社にとっては株主である。自動車が走らなくなったアウト
バーンのローラースケートを楽しみにしていた元気のよい原発反対者も
いるし、また所有権は「神聖にして犯すべからず」と考える人はどこの
社会にもいるからだ。

 そのために、すなわち両者の身内への説得がうまく運ぶようにするた
めに、シュレーダー首相が強調している「総括的(パッケージ)解決」
があるのではないのだろうか。こうすると、どの点で譲歩したかはっき
りしないので、両者が家に戻って包み(パッケージ)のヒモをといて、
手柄の「お土産」をとりだすことができる。

 現在「20年後」説が有力視されている。原発の寿命が40年、減価
償却が25年として、半分余りの原発が80年代(最後のは89年)に
建設されたことを考えると、「20年後」で両者がのめないことはな
い。これでいくと、原発反対派は「嫌がるのに止めさせた」といえる
し、電力会社のほうも「金の卵」を何度も手にすることができるから
だ。 


◆一国「脱原発」はほんとうに無意味か?

 「ドイツが原発を閉鎖すれば原発王国フランスの国営電力会社がドイ
ツ電力市場を席捲するだけで、ドイツ一国だけの原発廃止は無意味」と
いうのは、ドイツの電力業界が今まで何度も繰り返してきた「脱原発」
反対の論拠である。

 長期的に見るならば、またロシアで混乱状態が起こるようなら、原発
をもたないドイツが隣国の原子力発電に依存する可能性は十分あると私
は思う。とはいっても、ドイツ電力業界が現在も時々主張する「フラン
スの原発電力席捲説」は疑問の余地がある。

 第一に、ドイツが原発廃止を始めるとすると、それはゆっくりと5
年、10年の単位で進んでいくからである。多くの原発廃止反対論は、
あたかも明日にでも全部の原発が閉鎖されるかのように論じられるのが
その特徴である。

 第二点は、この論拠が「原発電力はとても安い」という神話によって
成立しているからではないのだろうか。ところがドイツのようにパイプ
ラインで天然ガスを購入できると、企業レベルでの生産コストだけから
いうと、天然ガス発電も原発と変わらないといわれる。

 ドイツはルール地方の炭鉱を保護するために石炭による火力発電が主
力であった。現在でも発電エネルギー源の50パーセント以上は石炭で
ある。これを天然ガスに切り換えることは現在進行中で、これは企業に
とって経営体質の強化につながる(だからこそ電力業界はこのままいけ
ば温暖化放出ガス削減目標に楽々到達できるという。またドイツ全体も
「炭酸ガス25%削減」を約束できたのだ)。

 ということは、中期的に見ると体質改善でドイツの電力業界の競争力
もかなり上昇することになる。

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◇欧州の原発事情については、「原子力発電所を閉鎖すべきか・議論ゆ
れる欧州」(MSN ニュース&ジャーナル、1998年10月6日)が参考にな
る。


◆欧州電力市場の自由化

 短期的に見ると、この問題はEU域内電力市場自由化と関連してい
る。ドイツ国内市場は去年の4月から一足先に自由化されている。例え
ば環境派の私の女房が「70パーセント原発の地元の電力会社からでな
く、うちはバルト海で風力発電をしている会社から買いたいわ」とい言
い出したら、理屈の上では去年から可能になっているのだ(ドイツの新
聞はそんなことをあまり書かないので女房は知らない。私も面倒くさい
のでだまっているが)。同じように、今年からミュンヘンの企業は、例
えばフランスの国営電力会社からも電力を購入することができる。

 ところが、電力市場の自由化は現実にはあまり進展していない。とい
うのは、送電線・配電線をもっているのはドイツの地元電力会社で、フ
ランス国営電力会社から電力を購入するようになると、この送電線・配
電線の使用料金が電力料金に加算されることになる。ところが、この送
電線・配電線の使用料金がドイツでは決まっていない(「電力市場自由
化準備を怠っている」ことからドイツはEU本部から「お叱り」を受け
たそうだ)。

 もちろんこの送電・配電線使用料金が低い場合、フランスの原子力発
電の競争力が強くなる。反対にあまりに高いと「自由化」の意味がなく
なる。この電力市場の自由化はドイツ新政権の「原発廃止」と直接に関
係なく、数年前に決定したことである。

 これに関連して社民・緑の党連立協定には次のような箇所がある。

 「……(電力法改正について)重要な点は、再生可能電力並びに国内
電力に対して市場でフェアなチャンスを与え、同時にそのチャンスを確
保することである。また改正にあたり未来を担うエネルギー源のコスト
は公平に分担されることが留意されなければいけない。……」

 とある以上、新政権は「安い」原発の電力が外国から入って、ひ弱な
再生可能エネルギー市場化をつぶすことを防ぐ意図があると推定され
る。

 とすると、欧州域内電力市場自由化に対してドイツが自国内でどこま
で法的・政策的処置をとることができるかという問題で、このEUと国
内法の関係は一番難しい話である。

 ヨーロッパでは環境税がデンマーク、フィンランド、オランダ、ノル
ウェー、スウェーデンといった国ですでに導入され、今度ドイツが仲間
入りする。フランスでも導入が計画されているので、EU全体での導入
も進展するかもしれない。また共同で再生可能エネルギー奨励政策が更
に強化されることも考えられる。

 これらのすべてが「自由化した欧州電力市場」の競争関係に影響を及
ぼす要因である。どのような展開になるかは予測がつかない。
 

◆原発なしドイツの2005年の青写真

 CO2を削減しながら「原発廃止」をすすめていくなど、禅の考案みた
いだと思われる読者もいるかもしれない。

 ところが、実施のシナリオや試算を含むスタディがエネルギー問題専
門家や経済研究所の手で今までいくつも作成されている。去年も私の知
る限りでは、ハノーバーのエネルギー研究所と、ブッパータール気候・
環境・エネルギー研究所のスタッフが作成したシナリオが公表された。
どちらの作者も新政権エネルギー政策担当者に近い環境派で、10年か
けての温暖化ガス削減と原発廃止が可能であると結論づけ、そのための
政策を提案している。

 ちなみに、前者の調査研究に対しては、原発を操業する代表的電力会
社3社がコストの4分の3に相当する7千万円を負担している(このよ
うな事情も私がテレビ討論会式の「賛成か反対か」の眼がねだけで問題
を見ない理由である)。後者は放送局の依頼で既存の試算に新たな数字
を入れたものである。

 今回私が読んだのはブッパータール研究所のシナリオであるが、細か
い数字等を別にすれば考え方はどちらも類似していると思われる。すで
に述べたように、ドイツは現在稼動している原発のお陰で1億トンから
1億5千万トンの炭酸ガスを放出しないで済ましている。稼動する原発
の数を徐々に減らし、最後には全部廃止するために、何か特別なことを
して、CO2の放出を削減しなければいけないことになる。

 そのために一番大きな期待をもたれているのは「電力利用の効率化」
で、これで半分以上減らすことになる。次に来るのが、天然ガス発電と
組合わせた未利用エネルギーの利用である。これは「コージェネレー
ション」と呼ばれているもので、その貢献度が3分の1余りである。残
りが風力発電、バイオマス発電、その他の再生可能エネルギー発電とい
うことになる。この電源ミックスが原発なしのドイツ2005年の青写
真ということになる。


◆真の狙いはエコロジカルな経済改造

 そして、何とかこの青写真に描かれた状態にもっていかなければなら
ない。そのために環境税の導入・引上げをして、奨励政策・補助金その
他の政策的な援護射撃をすることになる。

 重要な役割を担う環境税だが、税金をかけて電力代を上げ、この税収
の増大分は別の分野、例えば所得税で減税して還元する。これで購買力
は殺がれないし、また財政負担にもならない。電力代が上がったので省
電のために投資がなされ、その結果電力消費量が減少する。

 可能な限り市場原理に基づいて、省エネ・環境保護のために税体系、
価格体系、産業構造をゆっくりと変えていく----これが「エコロジカル
な経済改造」と呼ばれているものである。税金をいじくるだけで足りな
いと見たら法律を変えたり、奨励政策をとって援護する(どこかの国と
違って「行政指導」でお役人に従ってはくれないドイツの「不便な」社
会では、このように「ムチとアメ」の使いわけしかない)。

 確かにちょっとした小さな政策で市場が変わる。例えばこの数年来ド
イツを中心にヨーロッパでは風力発電ブームである。これもEUの市場
統合化と同時に風力発電の電力買い取り価格が設定され、電力会社の買
取が義務づけられたのがそのきっかけである。上記の青写真では、
2005年の風力発電量は現在の2倍になることが予定されている。こ
の目標はここ数年来の2桁代の成長ぶりから見て、決して雲をつかむよ
うな話ではない。似たようなことがこのシナリオの「コージェネレー
ション」や「バイオマス」といった他の電源についても、多かれ少なか
れ妥当する。

 私は去年のクリスマス前にブッパータールに行くことがあったので、
このシナリオの作者の一人で、新政権のエネルギー政策ブレーンに属す
るマンフレート・フィシェディクさんと話をする機会をもった。シナリ
オではドイツ最後の原発が閉鎖されるのが2005年になっているが、
この人たちの本当のねらいはすでに述べた「エコロジカルな経済改造」
のほうで、そちらの方向にハンドルを切換えたいのである。

 この最優先目標から見れば「ドイツで最後の3基か4基の原発が
2005年に閉鎖されるか、それが20年後になるか、またまた30年
後になるか」といった問題は二次的問題ではないのだろうか。もちろん
フィシェディクさんは「(脱原発が)早いにこしたことはない」という
意味のことを話していたが。このような事情も、私がドイツの「脱原
発」を「はてしなき物語」と思った理由のひとつである。

 「エコロジカル経済改造」を実現するにあたって、「国民からあまり
愛されていない原発」を抱えた電力業界は本当のところ御しやすい相手
である。最大の難関は、国民の支持度からいっても、またロビーの力か
らいっても自動車交通部門である。

 緑の党は昨年春の党大会で「環境税を導入して10年かけてガソリン
代を5マルクまで値上げする」決議をしただけで、秋の総選挙でいつも
の得票数を半分近くまで減らしてしまった。ということは、「エコロジ
カルな経済改造」の推進者は電力業界という城壁の弱い部分から入り込
もうとしているのではないのだろうか。私はブッパータールからの帰り
の汽車のなかでそう思った。


◆「イチゴヨーグルト工場」を超えて

 最後に「エコロジカルな経済改造」について触れる。この考え方は
ヨーロッパでは現在、経済政策立案者のあいだに共鳴者を増やしつつあ
る。というのは、日常生活に密着した分散型のエコロジカルな経済体制
に持っていったほうが、より多くの雇用が生まれると彼らが思うからで
ある。

 この議論に関連してよくあげられるのはイチゴヨーグルトの例であ
る。北ドイツの工場に、そこから千キロ近く離れた私の住む南ドイツか
らイチゴが運ばれる。プラスディックの容器は同じく千キロ近く離れた
チェコ国境の町のメーカーから、またでんぷん粉はフランスの町から納
入される。こうしてとてつもない御苦労をされて作られたイチゴヨーグ
ルトが私の町のスーパーマーケットにもどってくる(「ご苦労の割には
おいしくない」といった失礼なことはいわない)。そして本家本元の北
ドイツの工場に行けば、税金で散々インフラ整備をしてもらったのに、
見るのは機械ばかりで、働いている人は本当に少ない。このような大量
生産方式が可能になるのは輸送などのエネルギーコストが低いからで、
この安い価格のなかに「本当のコスト(後で発生する環境修復コストな
ど)」が含まれていないためである。これを含ませるために、すでに述
べた環境税の導入ということになる。

 「環境」のほうにシフトして、より分散型システムにしたほうがより
多くの雇用が創出される試算やレポートは、すでに種々の経済研究所か
らも出されている。確かに、例えば多くの家屋が断熱効率を高める改造
をはじめたら、「イチゴヨーグルト工場」より雇用が生まれるというの
は、わたしのような素人にもわかる理屈である。


◆エコロジー産業が行き場を失った資本を吸収する

 このドイツ新政権に取り上げられた「エコロジカルな経済改造」は、
現在栄えている産業分野から資本を移して新たな産業分野をうみだすこ
とでもある。

 世界的に見れば、現在既存の多くの産業分野では、17%のオーバー
キャパシティを抱える自動車業界を筆頭に、オーバーキャパ、過剰生
産、乱獲なのである。だからこそ世界的にデフレ気味なのだ。当然そん
なもうかりもしない分野にあまり資本を投下したくない。その結果過剰
資本が「妖怪のように」世界中を彷徨していて、悪さしているのではな
いのだろうか。「欧米金融資本」とかいっても、実態は既存の産業分野
で蓄積された資本であり、例えばフォルクスワーゲンの熟練工といった
人々が銀行に預けている金である。

 金融部門に見られる世界経済の末期的症状は、資本に悪意があってで
はなく、ビジネスチャンスがなく困ってうろうろしているから起こるこ
とになる。それを防ぐために、環境関係で新しい産業分野をつくるべき
であるというのが、「エコロジカルな経済改造」に賛成するエコノミス
トの論法である。

 一年程前、米国メーカーが日本の商社と争ってドイツ第二の風力発電
機メーカーを買収したことがあった。また国際石油メジャーズが少し前
ドイツで太陽発電装置工場を建てた。こんな例はたくさんあると思う。
本当は、環境技術の分野で、多くの企業が水面下で虎視眈々とビジネス
チャンスを狙っているのが実情かもしれない。

 いずれにしろ、「環境」と「経済」が相対立するものと考えることは
そろそろ検討し直してよいのではないのだろうか。■

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