独逸回覧記 No.6/美濃口坦
 

.「はてしなき物語」〜ドイツの脱原発(2)

  ◆「石は投げられた」〜はじまった電力側との交渉   ◆ドイツ国民の声は「現状維持」  ◆両極化しないから政治が動く  ◆チェルノブイリの影響   ◆輝かしき平和利用  ◆技術と社会〜それは本当に問題を解決できるのか?  ◆エネルギー・セキュリティ   ◆ABCD包囲とオイルショック〜トラウマは受け継がれた

 

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エネルギー政策は、地理的条件だけでなく他の多くの要因が
重なり合って決定されるもので、そのひとつに歴史的要因が
あり、日本の場合は、オイルショックと第二次世界大戦の
「トラウマ」が大きな影響を与えている……。前号に続き、
ドイツの脱原発の続編をお届けするが、今回は日本の原発に
ついても誌面を割いて述べてみたい。
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 前号にドイツで現在進行中の「脱原発」の話を書いたが、当時書きな
がら気になったこと、また書き残したこと、疑問に思っていること、ま
た日本での状況について触れてみたい。本誌の読者のなかには原発問題
について知識も豊富で、また長い間これに取り組まれている方がいらっ
しゃると思うので、率直なご意見を聞かせていただければ幸いである。


◆「石は投げられた」〜はじまった電力側との交渉

 まず私が前回書いた後に起こったことについて触れてみる。1月26
日原発を操業する電力会社と政治サイドの間で、第一回エネルギー・コ
ンセンサス会談が無事に開かれた。「無事に」というのは、電力業界側
が交渉をボイコットすると言い出していたからである。
 
 その理由はある意味では当然で、緑の党出身のトリッティン環境大臣
が「改正原子力法」で、来年から英仏で使用済み核燃料の再処理を禁じ
ようとしたからである。本来コストのかかる再処理をやめるのは電力業
界の望むところだが、原発近くに中間貯蔵施設もできていないまま、英
仏の再処理場を「物置」として利用できなくなると困ったことが起こ
る。つまり、使用済み核燃料を貯蔵する原発内水槽が満杯になる原発が
幾つかでてくるが、現行法ではそのような原発の操業を停止することに
なっている。とすると幾つかの原発が「交渉するまでもなく」自動的に
閉鎖されることになる。これこそドイツの原発反対派が長年目標とした
状況で、そのために使用済み核燃料や核廃棄物の輸送の度にデモをして
きたわけである。

 電力会社はこの自動的閉鎖という事態を招来する法改正に断固反対
し、シュレーダー首相が環境大臣にブレーキをかけ、電力業界の代表者
を交渉の席につかせることに成功した。

 いずれにしろ「石は投げられた」。前回ナビゲーターに、私は「投げ
られた石はどこかに落ちる」などと書いたてまえ、交渉が始まらなけれ
ば、川口編集人から「いい加減なこと書くな」という抗議のEメールが
来ると覚悟していたので正直なところほっとした次第である。

 こうして始まった第一会談で合意したことは、1)原発内使用済み核
燃料貯蔵施設の満杯具合や、中間貯蔵施設建設進展状況といった個々の
事情を考慮して、原発ごとに再処理停止期限を決めること、2)この合
意に応じて個々の電力会社が英仏再処理施設と結んだ契約解消手続きを
とること、3)各々の原発が後何年操業できるかも交渉して合意するこ
と----以上の3点である。

 例えば2)の合意で、事態は英仏再処理場とドイツ原発操業電力会社
との民事上の問題になり、ドイツ政府にとって損害賠償を支払わないで
済ます道が開かれたことになる。同時に対英・対仏関係に波風をたてな
いですむので、順当な結果だと、私は思った。

 とはいっても、「早期脱原発」を期待した人々にとってこれは当然満
足できない。会談後ボンで反原発派3百人余りが怒って、シュレーダー
首相の社民党本部に入り込んで気勢を上げたそうだ。またそれ以来私の
事務所にも、6日に1度の割合で、接触した反原発市民運動団体からデ
モ・集会の呼びかけのファックスが来た。そこには必ず「コンセンスは
ナンセンス」と大書されていた。

◆ドイツ国民の声は「現状維持」

 私が前回書こうと思って書けなかったことの一つは、ドイツ国民が
「脱原発の道」についてどう考えているかという点である。ZDFテレ
ビ放送局の委託でヴァ‐レン研究所が今年一月に実施した世論調査の結
果を以下に記してみる。

イ‐ 「今後も原発を建設」                5%
ロ‐a 「既存原発を利用する」+「出来るだけ長く」    43%
 ‐b 「既存原発を利用する」+「出来たら早期に閉鎖する」30%
 ‐c 「既存原発を利用する」               3%
   (上記aと bの副次項目に回答しなかった人)
ハ‐ 「原発を即時閉鎖」                13%
ニ‐ 「わからない+無回答」               6%

 80年代末からこの調査をやっているが、結果は似たり寄ったりのよ
うだ。ただし、「脱原発」の選択枝が政権交替で現実の問題になるにつ
れて、一頃は20%を越えていた「即時閉鎖」組が少なくなり、上記
ロ‐bの「既存原発を利用する」+「出来たら早期に閉鎖する」のグ
ループが増加傾向にあるといわれている。また日本の通産省のように今
後も原発をつくるべきとする積極的推進派は、この世論調査では5%で
ある。ロ‐aの「既存原発を利用する」+「出来るだけ長く」は、「せっ
かくつくってもったいないから」と回答したチャッカリ組で、原子力発
電が良いことだと思っていないので今から建設することには反対という
人々である。また、上で増加傾向にあると書いた、その下のロ‐bグ
ループは「直ちに脱原発など実現しない」と考えている人々である。こ
のように見ると、推進派と即時閉鎖派は少数派で、現状維持派が大多数
ということになる。

 このような今までの世論調査結果が頭のなかにあったので、私も前
回、予想屋のように「投げられた石はどこかに落ちて、ドイツ最後の原
発が閉鎖されるのは20±X年後になる」といった意味のことを書いた
わけである。


◆両極化しないから政治が動く

 ドイツで原発を操業する電力会社の立場は、この世論調査では、ロ‐
aの「既存原発を利用する」+「出来るだけ長く」と思う43%の人々に
支持されていることになる。このチャッカリ組は市場原理とか経済的原
則を優位に置く人達である。例えば、どこの原発の周囲でも住民、特に
子どもがガンにかかる率が高いことが知られている。

 私は偶然、昨晩レストランでひさしぶりにミュンヘン工科大学で数学
の先生をしている旧友に会った。立話だが、彼は「原発周囲5キロ以内
を対象にする研究が最近公表され、統計学的に見て、裁判で因果関係を
立証する証拠になる」と話していました。これが補償問題に発展する
と、「儲けるために、できるだけ長く原発を操業したい」電力会社も
「儲けるために、閉鎖したい」に変わるかもしれない。

 前回指摘したように、原発に対する考え方は電力業界内での市場原理
の浸透と関係がある。ドイツの電力会社の立場は、上記世論調査でイの
「今後も原発を建設」すべきとする「推進派」と区別すべきであろう。

 シーメンス社の子会社KWUはフランスと共同して「絶対安全な」次
世代原子炉ERPを開発したのであるが、これもあまり売れるようすが
ない。「黄昏の原子力産業」なのである。もちろん原発を発注してくれ
る途上国があっても、本当にエネルギー問題を解決するためか、別の下
心があるのか怪しいケースが多い。

 前号で触れた欧州電力市場自由化は原発にとって逆風である。今まで
かなりドンブリ勘定でやってきた電力会社は経営体質の強化のため15
%のコスト削減をしなければいけない。「工業国家ドイツは原発建設の
オプションを放棄すべきでない」と電力会社が叫んでも、口先だけのこ
とである。原発の減価償却は15年とも、また20年以上ともいわれ
る。それに対して天然ガスをベースにする最新の発電所は2年から4年
で減価償却する。世知辛くなった電力業界には、「次世代原子炉が絶対
安全である」という話を聞いても、発注する物好きなど、もはやいな
い。

 もしこの社会で「推進派」と「即時閉鎖派」しか存在しなければ、妥
協は不可能になり、結局問題の棚上になってしまうであろう。前回強調
したように「エネルギー・コンセンス会談」が可能になったのは、電力
業界が本当の意味で「推進派」でなくなったからだ。ということは、
「原発」に限らず、民主社会で改革が実現するためには、問題について
「反対か、賛成か」だけで議論するのではなく、賛成と反対のあいだに
存在する選択枝が認知されないといけない、ということになるのではな
いか。


◆チェルノブイリの影響

 時々、本当の原発推進派、今後も原発を建設すべきであると考える
人々はドイツ社会のどこにいるのだろうか、と思うことがある。確かに
上記の世論調査によれば5%いるはずなのであるが、私の周囲には見当
たらない。実際テレビ討論会に出て来る人々も厳密には「推進派」でな
く、議論の行きがかり上その役割を演じる弁護派で、今あるものは出来
るだけ長く使おうというチャッカリ組に過ぎない。テレビ会社に勤める
知人も、ある時「討論会」などを企画しても本当の「推進派」を見つけ
るのが一仕事だと嘆いていた。

 オイルショック後、70年代のドイツも100基ぐらい原発をつく
り、日本と同じように増殖炉を実用化してプルトニウム・リサイクルの
道を辿ろうとしていた。当時は大勢が原発建設を肯定し、「推進派」
だったのである。それが20年足らずで5%ぐらいまで減ってしまった
のだが、これは選挙でどの政党が勝つとか、負けるとかいった問題でな
く、「原子力平和利用」そのものに対する意識の根本的変化であると私
は考える。

 またその間、この社会で「原発反対派」のイメージもかなり変わっ
た。単純化してしまうと70年代には、反対派はどこか大学紛争の延長
イメージ、いわゆる「反体制派」の左翼イメージでとらえられていた。
「現体制の利点を享受しながら口先だけで理想主義的なことをいう輩」
といった具合に、かなり反感を持たれていたのが、80年代に入って
ゆっくりとそのイメージは変わっていった。

 「反原発派」が「反体制派」的イメージを脱するにあたってチェルノ
ブイリ事故が大きな役割を演じたことはいうまでもない。しかし、この
事件もどこか「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ところがあったと思われる。
「ドイツの原発はソ連の原発と違って絶対安全だ」といわれ、「ドイツ
人はロシア人ではない」という命題が真理みたいなものであり、また安
心したいのが人間の心理である以上、上記世論調査が示すように43%
の国民が「既存原発をできるだけ長く使うべき」という見解になるので
ある。

 とはいっても、このチェルノブイリ事故が「推進派」を減少させたの
は確実であろう。原発に反対するのはどこでも地元住民であるが、かつ
て国民の間では無関心か、あるいはこの「住民エゴ」に対する反感が強
かった。ところが、あの事故以来その種の反感は弱まったのではないか
と思う。というのは、チェルノブイリ事故で大多数の国民が放射能雨の
ため不安に駆られ右往左往したからで、この結果人々の意識のなかに存
在していた「地元民対その他の国民」という区別が当時なくなったから
である。


◆輝かしき平和利用

 ボンに「歴史の館」という歴史博物館があり、そこでは1945年以
降のドイツ史が扱われている。入口からさほど遠くない場所に鉄かぶと
を改造してつくったオナベなど、敗戦直後に使われた日常用具を陳列し
たコーナーがある。数年前はじめてこのコーナーに立って、私はふと原
発のことを考えてしまった。もちろん軍需用に開発された技術が日常生
活に利用されている例は無数にあるが、それでも、この「原爆とワット
の蒸気機関の組合わせ」は、どこか戦争と平和をあわただしく結びつけ
た技術という感じがする。

 第二次世界大戦の最終段階に完成され、広島と長崎に使用された原爆
は、米国人がどんな強がりをいおうと、忌まわしいものであったことは
当時誰の眼にも明白であった。「原子力平和利用」は、原爆が忌まわし
いがために、それを消すために鳴り物入りで無理やりに急造した技術と
いう側面が強いのではないだろうか。少々無理をしてもかまわない軍事
用に開発された技術という側面が強いからこそ、安全性とか事後処理の
問題も今まで批判されてきたのである。

 私は1945年の生れである。私が小学校のときであるから、
1950年代だと思うのだが、「原子力平和利用展」が京都の岡崎で開
催され、理科好きの友達と見に行った。当時、子ども心に、広島や長崎
で死んだ人々もこの「原子力平和利用」で救われるような気持がした。
その日は雪が積もっていて私たちは道々雪合戦をしたのを憶えている。

 その後何十年ものあいだ、私にとって「原子力平和利用」は輝かしい
ものであったわけである。この数年来、増殖炉にしろ、プルサーマルに
しろ他の先進国はあきらめたのに日本だけが「原子力平和利用」でがん
ばっている。そのことを読んだり、また心配する声を聞くたびに、私は
あの雪の日の「原子力平和利用展」を思い出して因果のようなものを感
じ、複雑な気持になる。


◆技術と社会〜それは本当に問題を解決できるのか?

 今の日本で「原発」がどのように議論されているか、本当のところあ
まり詳しくは知らないのであるが、気になる点について今から書いてみ
たい。冒頭に書いたように「これは見当違いだ」と思われる読者の方
は、その点を指摘していただければ幸いである。

 ドイツではすっかり少数派(上記世論調査では5%)となった「原発
推進派」が日本では根強く、ドイツよりはずっと多くの人々がこの道は
正しいと確信していると思われる。一方、原発反対者の書いたものや発
言はどこの国でもあまり大きな相違がないと思うが、これは、原発とい
う技術が起こす問題はどこでも類似しているから、当然といえば当然の
ことである。

 私がここで問題にしたい第一番目の点は、技術と社会の関係である。
これは、日本では技術的進歩に対して社会の側からの抵抗や懐疑心が弱
いのではないか、という点である。どこの国でも、ごく少数の専門家が
ある技術に惚れこみ、国家が後押をするプロジェクトになってしまい、
その後お金をつぎ込めばつぎ込むほど、国のほうは降りることができな
くなることがある。「原子力平和利用」もこの側面があると思うが、こ
こでは別の例を挙げて私の疑問点を説明する。

 世界で日独両国だけが開発している技術のなかに「リニアモーター
カー」がある。私もドイツで、磁力の働きでレールに接しないで、音も
たてずに高速で走るこの列車を見たことがあるが、確かに車輪のついた
電車でもないし、空を飛ぶ飛行機でもないこの技術には魅力を感じる。
どこか、その技術的発想が独創的であるからだ。日本でも類似したリニ
アモーターカー技術を開発していると思うが、ドイツと比べて国民の間
での知名度も高く、「期待の技術」扱いされている印象が私にある。し
かしドイツではこの技術に対する批判が強い。

 その理由は、現状の交通体系に位置付けるのが難しいからである。技
術は芸術作品でないので、社会で起こる問題を解決してくれないと困る
という考えが強いのである。

 このリニアモーターカーの技術は、飛行機と比べると軌道をつくる必
要があり、面倒でコストがかかる。また、現在の技術では日本の「新幹
線」方式の車両列車を改造していくと時速380キロぐらいまで高速で
走らせることができるというのだが、とすると、このリニアモーター
カーにその長所を発揮してもらうためには、1000キロとか500キ
ロの距離を一度も止まらずに走らなければいけない。そのためにはドイ
ツの国土が狭すぎるのではないか、あるいは走ることになっても主要都
市間の距離が短過ぎる----こういった具合に批判されている。

 批判点は他にもあるが、いずれにしろ技術が社会的必要性をどの程度
まで満足させるかという観点が強く、素晴らしい技術であるからといっ
てそう簡単にパスさせてくれないのである。それに対して日本社会で
は、どこか技術に夢を託するといったロマンチシズムの傾向と技術信仰
のようなものが強いのではないのだろうか……そう思うことがある。こ
れは時には強みとなることもあるが、下手すると技術だけが一人歩きを
する危険性がある。

 この技術的ロマンチシズムも企業内の技術開発で、営業サイドと経理
から制約がある限り問題が起こりにくい。私が知る限り、研究・開発に
課せられるこの市場とコストの企業内圧力は、かつて日本のほうがドイ
ツよりずっと強く、技術的ロマンチシズムがこの市場の圧力とつばぜり
あいをすることによって、欧米の企業から驚き恐れられるような製品開
発に成功したと思っている。

 ところが、技術開発が企業レベルを離れて社会からのコントロールが
弱いロマンチシズムだけの真空地帯に入ってしまったら、技術だけが独
走する危険が出てくるという問題がおきる。

 以前小学校に通う息子と娘のために「一年生」とか「二年生」とかい
う子ども向け雑誌を日本から送ってもらっていた。一度息子と見ていて
驚いたのだが、「未来社会の交通」という頁があり、そこには長距離の
新幹線だけでなく、東京の地下鉄までリニアモーターカーが使用されて
いる未来が描かれていた。歩くこともできる距離をそんな高速で地下鉄
が走ったら鞭打ち症にならないかと心配したが、これも技術的ロマンチ
シズムの真空地帯の一例ではないか。

 ひところ「魔法のランプ」と呼ばれた増殖炉の技術は、どこか私達の
夢を駆り立てるところがある(東京電力のキャッチコピー「千年エネル
ギー。愛とエネルギーは永遠がいい」を覚えている人も多いだろう)。
とはいっても技術はあくまでも社会で起こる問題を解決するためにあ
り、またある問題を解決したからといっても別のもっと厄介な問題を生
み出してしまったらまずいのである。よくいわれるように、手術に成功
しても患者が死んでしまったら手術は成功したとはいえない。


◆エネルギー・セキュリティ

 技術と社会の関係の次に取り上げる、第二の問題は「エネルギー・セ
キュリティ」である。原発に関しての日独の議論を比べて、誰もすぐ気
がつく大きな相違は「エネルギー・セキュリティ」の考えがドイツでは
希薄で、この論拠が議論においてほとんど大きな役割を演じない点であ
る。

 「我が国は、自国内に有望なエネルギー資源を有しておらず、エネル
ギー供給の約8割を海外からの輸入に依存している。また、一次エネル
ギー総供給の約56%を占める石油については、中東地域からの輸入に
大きく依存しており、極めて脆弱な供給構造の上に置かれている」----
日本の議論ではこういう話になり、だから原発が必要で、建設を推進す
るべきという主張になる。それに対して「原発反対派」は悲壮な気分で
「それでも、私は原発と別れとうございます」という。すると、それま
で原発の安全性に少々不安を感じていた傍観者の眼には「原発反対派」
がまるで、良縁に恵まれたのに別れたいと文句をつける自活もできない
女、のように見なされてしまう。これは、よくある議論の一つのパター
ンではないだろうか。

 確かに私達日本人から見るとおかしなほどドイツでは「自国のエネル
ギー需要の長期的確保」という観点が、少なくともメディアを舞台とす
る議論で何の役割も演じていない。「ドイツの脱原発」と聞いた日本人
は、「ドイツなんて大陸国家で困ったら隣国から原子力発電の電力を入
れたら、それでしまいだ。だからそんな甘ちょろいことをいっていられ
る。我々はまったく違う」と思われるのではないか。私も本当にそう思
う。

 もちろんここまで「エネルギー・セキュリティ」の考え方が希薄に
なってしまった理由は、冷戦の終了と欧州統合にあることはいうまでも
ない。日本人がよくいう「我が国は国土も狭く資源も乏しい」というセ
リフも昔はドイツ人からも聞くことができたが、どうやら彼らの意識は
かなり変わってしまったようである。


◆ABCD包囲とオイルショック〜トラウマは受け継がれた

 私はこの「エネルギー・セキュリティ」の考え方が重要でないとか、
また間違っていると主張する気はない。しかし私は、日本でこの考え方
があまりにも強すぎることに、またそれが私達日本人にとってあまりに
も説得力があることに胡散臭さを感じているので、ここで無駄な抵抗を
少々試みてみようと思う。

 確かに日本は島国で、アジア大陸の端っこで背後は太平洋というとこ
ろに位置していて、当然大陸国家であるドイツとは異なった地理的条件
にある。ひとつの国がどのような原子力利用政策をとるかは、地理的条
件も含めて種々の要因が重なり合って決まるはずである。その証拠に島
国でもないフランスは原発大国である。

 70年代のはじめの第一次オイルショック後、多くの先進国が原発を
設置することによってエネルギーの自給を強化する道をたどろうとし
た。ドイツよりフランスがこの道を駆け足で進むことができたのは、核
兵器保有国で技術転用が容易であったとか、「偉いさん」がパリに住ん
でいる中央集権国家であるとか、フランスの国家イデオロギーといった
種々の政治的、社会的、歴史的要因があってこうなったのである。日本
も、地理的条件だけでなく、他の多くの要因が重なり合って現在の原子
力政策になったと考えるべきではないのか。

 ここで私は多くの要因のなかから、それも一つの歴史的要因だけを取
り出してみる。それは日本国民のオイルショックの受けとめ方で、それ
はこの問題に関連して重要だと思われるからである。

 第一次オイルショックを私は日本で経験し、それからしばらくしてド
イツに来たのだが、当時は日本国民のほうが事態をはるかに深刻に受け
止めているなという印象を受けた。

 もちろん日本の方が中東に対する依存度は高いのだが、そんな数字だ
けの問題ではなくもっと心理的側面があったと思うのだ。私個人にとっ
てあの事件は、自分の国が敗戦後努力して経済的に成長を成し遂げた、
スゴロクでいえばかなり先まで進むことができたのに、誰かがサイコロ
を振って変な目を出し、もう一度振り出しに逆戻りした、という感じ
だった。

 当時私はのんきな若者に過ぎなかったが、それでもこの事件を戦争と
関連させたのである。敗戦の年に生れた私より年上の日本人は「兵糧攻
め」、すなわち真珠湾攻撃につながったABCD包囲との関連で「オイ
ルショック」という事件を受容したのだと思う。「アブラが一滴も入っ
て来なくなる」ABCD包囲網は敗戦のはじまりなわけである。敗戦は
どこの国民にとってもトラウマ(精神的外傷)である以上、私たちは
「オイルショック」をこのトラウマ的体験と重ね合わせて受容した。そ
れ以来、原油とかエネルギー問題となるとこのトラウマ的言語で語り継
ぐようになってしまったのではないか。その結果、戦争などと大して関
係ない後続世代も、この「オイルショック」のトラウマ的受容を受け継
ぎ、エネルギー問題を語ることになってしまった----私にはそのように
思えるのである。

 ドイツ国民は「オイルショック」をクールに受け止めていると、当時
ドイツで暮らしはじめた私が思ったのも、今述べた事情と関係がある。
ドイツだけでなく、日本以外の先進国は当時もかなりクールにこれを受
け止め、その後もクールに見ているのである。彼らにとっては、「原油
が入らなくなって困った」とか「値段が急騰して困った」という程度の
事件だったのである(今こんな事件が再現したら、環境税を導入してエ
コロジカルな経済体制の改造を目指す人たちは「天の福音」とばかりに
喜ぶと思う)。 

 誰にも明白なように、ABCD包囲と「オイルショック」とは質的に
も構造的にも異なった事件である。しかしながら、二つを重ねてしまう
のもトラウマ体験者にありがちなことである。また、あの時私たちがト
ラウマ的体験と重ね合わせて受け止めたために、その後日本の企業は
「省エネ」だとか「省資源」でものすごくがんばったのである。その結
果は周知のように、多くの分野で日本企業がとてつもなく強くなった。
私が、例えば幼児のとき溺れかかって、その衝撃で水が怖く船に乗るこ
ともできなくなったということがもしあったとしても、親として子ども
達にまで私のトラウマ的衝撃を伝えないようにしようと心がけてもいい
わけである。このように考えると、何がどのように転ぶかわからないと
ころがあるといえはしまいか。

 原発問題は私にとっても、重たくて複雑な思いにさせられるテーマで
あるが、日本でエネルギー問題が、よりクールに、また風通しのよい場
所で議論されたらいいという思いで再論を試みた。■

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