「『永住外国人』の地方参政権について考える」に対する読者の手紙 

今回本当にたくさんの読者から感想のおたよりいただました。本当に感謝していま
す。そのなかから興味深い反対意見を選び、私の回答の手紙を以下掲載します。
▼からが読者の方のお手紙で、その後の《…………》が私の回答であります。

参政権は、国籍とセットで考えるのが、よいと考えます

この国は一体誰のものなのか?

冷静な現実主義に立てば結論は明らかだ

当事者たちにとっては「戦争」より重大なこと

有事の場合はどうなるのか

 


▼ 参政権は、国籍とセットで考えるのが、よいと考えます

 こんにちは
 永住外国人と参政権についての文章を読ませていただきました。
  私自身は、産経新聞の読者であり、また、雑誌の「正論」を定期購読していま
す。と、こうかけば、私自身の考えは、おわかりいただけると思います。 その上で
質問です。
 ドイツのお住まいとのことですが、もし、ドイツと日本が戦争状態になり、「日本
と戦争するか」という投票が行われたとしたら、どのような行動をおとり になるの
でしょうか?

  ドイツが戦争することを想定していますが、相手が日本ではないとは、断言でき
ませんよね。
 もし、そのような、切実な判断を迫られる状態が想像できない・したくないという
感覚があるとしたら、それこそ、「地球市民」的発想ではないでしょうか?

  そして、現在、日本において参政権(しかも、戦争についての投票権も無くては
おかしいと言うことですよね))を云々と、言っている人達の国と、日本が戦争する
可能性は、日本とドイツの戦争より、高いのではないでしょうか?ページのはじめに戻る 

  大変失礼とは思いますが、やはり、あの文章は外国にいるからこその文章であ
り、あなた様がどの程度の覚悟を持ってドイツで生きておられるか、心許なく存じま
す。
 ドイツのために、相手が日本であっても銃をとるというのなら、当然、国籍はドイ
ツであることと存じます。
 まさか、コウモリのように、どっちにも逃げられるようにしたうえで、日本に生き
ておられる日本人の選択を批判されたわけではないと思います。

  最後に、ドイツの対戦国の国民にも、ドイツ国民であろうあなたと同じように、
ドイツの重大事項に対する投票権を与えるというのなら、それは一貫していると思い
ますが、それでは、何の解決にもならないと思います。

  理想と現実の折り合いの付け方が、多少、理想に偏っているような気がします。

  失礼なことを申し上げましたが、やはり、現実に起こるかもしれないことを考え
ますと、参政権は、国籍とセットで考えるのが、よいと考えます。(K・A)

・・・・・・・・・・・・・・・・


《、、、、、、、小生の原稿を読まれ、面白い感想までいただきありがとうございま
した。直ちにご返事をさしあげるべきと思ったのですが、できず失礼いたしました。

K・Aさんは

「、、、、もし、そのような、切実な判断を迫られる状態が想像できない・したくな
いとい う感覚があるとしたら、それこそ、「地球市民」的発想ではないでしょうか
?」

と書かれましたが、なぜ私がそうだとお考えになるのでしょうか。ページのはじめに戻る 

 かなり昔のこと、私がまだ学生時代ですから六〇年代のことです。当時の日本には
「転向」研究というのが盛んでした。
 その後ぐらいからドイツ文学を専攻していたためにドイツのことをよく知るように
なりました。「第三帝国」下、ドイツ人はトーマス・マンをはじめ多くの文化人、政
治家、普通の市民が亡命しました。日本ではそうではなかったわけです。「私達に
とって日本が、日本人が生存できる唯一の生存空間であるという」意識があるからこ
そ、転向するしかなかったのです。また変節したか、何度変節したかといった質問設
定になるのだと当時思いました。

 その頃から、だいたい私の考えは決まっています。
まず日本が戦争をはじめたら、あるいは日本が攻撃を受けて戦争が始ったら、自分が
日本人だから日本国家にヤミクモに味方をしようとは思っていません。

 K・Uさんもご存知のように、戦争は政治・外交の延長です。政治目標が戦争にな
れば戦争目標としてあるはずです。そのように戦争は絶対悪でもなく、政治であり内
容のあるものです。
 この内容を見てよく検討してから、 ページのはじめに戻る 

「『日本と戦争するか』という投票が行われたとしたら、どのような行動をおとり
になるのでしょうか?」

という御質問の答えを考えます。

 例えば、K・Uさんがたまたま海外出張で外国におられた。そのとき、日本でオー
ム真理教のような人々が権力奪取し、国民大多数がマインドコントロールされてい
る。国際社会が「日本国民解放軍」を組織して、戦争になる。
 川端さんはそのとき、どうされますか。日本が攻撃されているからという理由だけ
で、この解放戦争に反対されますか。

 戦争というのは政治であり、内容のあるものです。
そのような考えを完全に失ったのが日本の戦後の平和主義者で、「戦争」と聞いたら
暴力はいけないという条件反射になる人々です。

「戦争」と聞いて、「どっちつくか」しか問題にしなければ、この政治的内容を無視
していることにならないでしょうか。

 敗戦国民とはどこでも厄介なところがあり、頭のなかに奇妙な回路ができてしまっ
た側面があります。
この回路の奇妙さをひとづつ理解・解明していくのはむずかしい作業です。

では良い年であるよう。》

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▼ この国は一体誰のものなのか?

今年の9月から日本を離れ、メキシコに暮らし始めた私も、両親から送られてきた
新聞の記事には考えさせられるものがありました。
 私自身、父親の仕事関係でトルコ、ドイツと暮らし自分自身が外国人と言う立場に
なった事は何回かあり、今現在はメキシコで外国人として暮している訳ですが・・・
「たかが外国人」の私がメキシコ国家の左右を決める権利は無い!!と考えながら生
活しています。
 送付されてきた記事の中に東京都知事が参政権を得たいのなら国籍帰化をするべき
と書いた記事を読みましたが、まさにその通りなのでは無いでしょうか?
 今現在の日本政治は26歳の一日本人から言わせて頂くと、世界的にはまだまだ足
らない所/通用しない所・日本国民に理解され難いなど問題が多く残されている気が
します(多くの若者が日本政治、国会議会に興味を示さないのも大きな問題の一つで
はないでしょうか?)。
 そんな自国民をコントロールしきれていない国家を国籍の違う永住外国人にも動か
して貰おうと言うのはなんとも可笑しな話だと私は考えます。自国をコントロールし
きれていない中でその様な法案について議論するのも可笑しいですが・・・。
 最終的には「日本とは一体誰のものなのか?」という事になるのでは無いでしょう
か?
 永住外国人の中には何かしらの事情によって永住せざるを得ない人なども大勢いる
のでしょうが、「永住外国人」はその国に永住していようが「たかが外国人」です。
外国・日本の国家を外から見る事は許されても中に入っていくのは許されないのが国
家のルールというものなのでは無いでしょうか?
私自身はメキシコに永住する気持ちで暮しはじめていますが、国籍帰化をしようとは
考えた事がありません。それは、私の中に日本人の血が流れていて、日本人だという
誇りがあるからだと思います。その様な人間がメキシコの国家に関わったところで、
本気でメキシコの事を考えて!と言う気持ちがあるといえるのでしょうか?   
国家に関わるのは外国人ではなく、その国の国籍を持った国民であるべきだと私は考
えます。(投稿者− 在メキシコシティ・中軽米素子)

・・・・・・・・・・・・・・・

《あなたは、一方では自分に「日本の血が流れている」ことに誇り、他方では自分が
「たかが外国人」と思いながらメキシコで暮らしておられるわけです。だから自分は
メキシコで参政権など要求しない。だから日本の「永住外国人」も自分の分際をわき
まえて日本で参政権など厚かましいことはいうべきでないというのがあなたの反対論
拠です。
 
 あなたの論拠は少なくと二つの奇妙な点を含んでいると思います。今日本で「地方参
政権」と関連して問題になっているのは「永住外国人」はもう何十年も、ほとんどの
人々はもう何代も日本に暮らしている外国国籍所持者です。その人達が置かれた状況
を、なぜメキシコに住み始めて数年しかならない自分の立場と同一視できるのでしょ
うか。これは変だと思いませんか。「在日」に「たかが外国人」に満足せよと要求で
きるのでしょうか。

次に気になる点は、他人も自分と同じ状況にあれば自分と同じことを考えると思って
おられることです。だから自分はメキシコで外国人としてこうであり、日本に暮らす
外国人も自分と同じであるべきと考えておられるわけです。
例えば誰かに殴られたら痛いし、だから自分は殴られたくないと思うときは多分そう
間違っていません。でもいつもそうでなく、ケース・バイ・ケースでよく考えてみな
いときもあるのではないでしょうか。例えばこんな状況に置かれたら自分なら勤勉で
あるとかあるいはこんなに厚かましい真似はできないのにとか思っても、「現地人」
はちっとも勤勉でないし、何も遠慮してくれないということはよくあることです。

あなたは、自分に「日本の血が流れている」ことに誇りに思っておられます。とする
と、今ケース・バイ・ケースと申し上げましたが、あなたは在日韓国人・朝鮮人も
「韓国人・朝鮮人である」ことに誇りに思っていると考えるべきことになります。そ
こで、一度メキシコで社会状況が変わって人々が反アジア的・反日的になり、日本名
でいることが、就職やその他の点で不利になることになる。そんな状況を仮定してく
ださい。あなたは、例えば自分の子供のためにそうしなければいけないかもしれな
い。でも、「日本の血が流れている」ことに誇りに思っておられるあなたは憤然とし
て日本に戻ると思われるかもしれません。でもあなたにそう思うのも、その選択肢が
あなたに実現可能だからです。
広い地球上にはその選択肢が可能でない民族もたくさんいるのです。また日本人でも
個人的にその選択肢が可能でなくなった人もいるのです。
今一度、拙稿をお読んでご感想をお寄せいただいたことを感謝申し上げます。
ではお元気で。

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▼ 冷静な現実主義に立てば結論は明らかだ

 最終的にその国に責任をもたない外国人に参政権を付与することには反対です。
 日本では、すぐに国際社会の一員としての責務とか、外国にも開かれた制度とか、
すぐに漠然とした理由で現実を論じるという癖が根強く残っています。要は日本の利
益に叶うかどうかという功利主義が欠落していると思います。
 米国が湾岸戦争に参加したのも国益に叶うとはっきり大統領が名言したことを覚え
ています。日本の敵国である北朝鮮の国籍をもち、そこに送金し、現政権を支えてい
るような在日朝鮮人になぜ参政権を与えることが国益に叶うことになるのでしょう
か。
 歴史的な背景など問題ではありません。今、現在の状況を直視するという姿勢があ
れば議論を弄ぶようなことはできないはずです。
功利主義、これこそが長い将来にわたって国の方向を誤らせることなく、また外国に
誤解を与えない最良の方策だということは英国がこの4百年の間、一度も戦争に負け
たことのないことが実証しています。幕末や戦国時代にはリアリズムが生きていまし
た。小ざかしい議論をするまえに現実を直視することこそ重要だと考えます。  
在日韓国人はまずは韓国に参政権を求めるのが筋であり、それを大統領自らが放棄し
ながら日本に要求するなど甘え以外の何ものでもないと思います。それをたしなめる
ことができなかったわが国の政治家にもリアリズムにもとづく国益意識が失せてし
まっているということでしょう。
 また地方の政治と国政は不可分であり、その傾向は今後一層強まるでしょう。それ
を分ける議論もリアリズムを欠いた気分の議論を感じます。
 貴殿がドイツが戦争するかいなかの選択に自身が参加できないのは不合理ではない
か、という記述がありましたが、戦争は国同士の外交の一形態です。国籍の無い人が
参加できないのは当然で、戦争を避けたいのなら自国に避難すれば済むことです。
 それが不便だというのなら国籍をとるべきで、自分の都合をそこまで広げて権利を
主張するという態度には反対します。在日韓国人や朝鮮人にも多かれ少なかれそのよ
うな都合を正義のように主張する人、というよりそれを拡大広報する朝日新聞のよう
なマスコミがありますが、これも同じ理由から反対します。(投稿者KU)

・・・・・・・・・・・・・・ ページのはじめに戻る 

《…私が暮らすドイツをはじめ幾つかのヨーロッパ諸国で、十年以上前定住外国自治
体選挙権に議論があったわけです。日本での今回の議論を見ると、こちらでの議論出
発点というべき二つの考え方、すなわち

A:定住外国人も私達の社会の成員である
B:我々の社会は民主主義を奉じている

であり、この出発点が希薄であることを大きな相違点として指摘しました。
 ドイツ人がこの立場に立つのに、あまり重要でもない市営プールの改造について参
加できる自治体選挙権だけを定住外国人の私にくれるのは、AとBという彼等が本来
抱く考えの中途半端な実現になると書きました。区別すべきことは、中途半端なこと
をしているのは外国人側でなく、内国人(ドイツ人)側です。
 ところが、このようには、KUさまには理解していただけなかったようです。とい
うのは、KUさまは「外国人の私に文句があるなら、戦争になれば本国に避難すれば
いいし、不満なら国籍をとれ」という意味のことを書いておられるからです。
このように誤解されるのは、「参政権とは外国人が欲しい、欲しいとせがみ、また要
求するもの」という固定観念をお持ちだからではないでしょうか。AとBからわかる
ように、これはドイツ人、すなわち内国人側の自分の社会が民主主義の原則と国民国
家の原則をどのように兼ね合わせるかの「小ざかしい議論」で、確かに直ちに「国益
に叶う」と考えられません。でもどこか「木に登り魚を探す」印象を禁じ得ません。
でも国益とは何でしょうか。外国での議論を正確に理解することが、自国での議論を
理解することにつながるのではないでしょうか。また自国での議論を理解することは
自分の国や社会を知ることにつながるのではないでしょうか。
また「功利主義」を現実に適用しようとしたとき本当に「小ざかしい議論」なしに済
ますことができるでしょうか。そのときも、歴史も重要でないとすると、直観力に欠
けた私にはついて行けないのかもしれません。          
また英国の政治家も、「功利主義」だけでなく、別の価値観に従うことが過去にあっ
たり、また現在でもあるのではないでしょうか。

こんなことを想像したら失礼になるかもしれませんが、KUさまは、国民国家の「参
政権」を内国人の既得権、そうそうちょうど先祖代々所有相続しているゴルフ場会員
権のように思っていらっしゃるのではないでしょうね。

ではお元気で。》

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当事者たちにとっては「戦争」より重大なこと

 在日朝鮮人・台湾人への地方参政権に関する問題を包み隠す「前向き発言」に関す
る批判に関しては若干の留保をつけたいと思います。   確かに氏の指摘のよう
に、この問題を戦後50年、意図的に回避してきた日本政府・日本人の責任は大きい
のですが、もし本当に日本で合法的に5年10年と働いている外国人労働者の生活の
実態を知っていれば、また別の視点から見られたのではないでしょうか。
 私はホワイトカラーの外国人労働者の権利の実状に関しては無知ですが、ブルーカ
ラーの外国人労働者の権利の侵害状況に関しては、妻が日系人労働者であったこと、
日系人に多数の親戚・友人がいたことから極めてよく知っています。
 
 彼らは合法労働者であるがために選挙権・被選挙権を除いたあらゆる権利が日本人
と同様に保有するにも関わらず、実際には労働契約、社会保険(雇用保険、健康保
険、年金保険)において極めて差別的で違法な待遇を受けております。
   
 憲法でも労働法でも社会保健法でも国籍、人種に対する差別待遇を禁じています
が、実際には彼らはよそ者であり、日本の法律を読むほどの日本語能力を持っていま
せんし、ましてや雇用者に抗議したら解雇されるのでどんな待遇でも黙って我慢する
場合がほとんどです。
   
 彼らは違法な行為をされても抗議する手段を知らないし、法的手段に打って出る資
力もないのです。雇用者側もそれをよく知っており、意図的につけ込んできます。
   
 妻が働いていた東証一部上場企業もそうでした。法務部を持っているにもかかわら
ず、私の抗議を無視しつづけ、いっこうに保険に加入させようとしませんでしたし、
株価が市場最高値を付ける中、外国人労働者だけに解雇を命じました(夜遅くまで残
業があったので解雇の合理的要件を満たさないのは明白でした)。ページのはじめに戻る 
   
 だから私が代わりに法律や判例を調べ労働基準監督署や労政事務所、公共職業安定
所、都健康保険課などに訴えて解決させました。私がこういうことをできたのは、た
とえ妻が違法に解雇されても、日本人の配偶者であり、身分が安定しているからで
す。ほかの合法的な外国人労働者の場合はなかなか難しいのが実状です。
   
 彼らは会社だけでなく地域社会でもよそ者扱いなのです。結婚後の住まいを探しに
不動産屋に行ったら契約書には「外国人は不可」と書いてあるし。
 政府から免許を受けて開業しているところがこんなことしていいの? 明白な憲法
違反じゃないか。
   
 私は今でも忘れられないことがあります。結婚した頃は私は学生であったので、法
律上妻の扶養に入ることになります。そうすると保険も会社の健康保険組合にはいる
ことになります。しかし会社はコストを削減するため違法に保険に加入させようとし
ませんでした。
   
 それで市役所の保険課に相談に行ったら、課長さんが出てきて丁寧に説明していた
だきました。「この大企業には保険の問題で何度も改善するように求めているが、
いっこうに応じようとしない。会社の保険にはいるべき人を国民保険に加入させるこ
とは、法的に矛盾しており、また市側にとっても費用の負担が大きくる。だから加入
させることはできない。」とのことでした。
   
 しかしながら日本国籍の私だけは無保険状態では困るであろうとのことで国民保険
に入れてくれました。法律上資格がないにも関わらず。外国籍の妻は無保険のまま。
課長さんは善意で私だけ入れてくれたのかもしれませんが、そこには「我々」と「よ
そ者」の区別が明確に現れています。
   
 氏の意図は、前向き発言に隠されている偽善性を批判するもので、前向き発言が求
めているもの自体に反対しているのではないと言うことはよく分かります。しかしな
がら、日本における地方参政権の問題をもっと積極的にとらえてもいいのではないで
しょうか。ページのはじめに戻る 
   
 もちろんそれは最初のステップにすぎないかもしれません。しかしながら権利を迫
害されている合法的労働者にとっては非常に大きなステップです。
 黙っているしかなかった外国人労働者が大きな声を上げることができます。
   
 市役所にも外国籍「市民」の生活を無視していると陳情に出かけることも簡単で
す。企業とくっついている公共職業安定所(派遣、斡旋を管轄)にも「市民」の法律
に裏付けられた利益よりも企業の不当な利益の方が重要なのかと大きな声を上げるこ
とができます。
   
「よそ者」から「市民」に変わるということは非常に大きなことです。私は前向き発
言がより大きくなり、実現する日を心待ちにしています。その過程で在日朝鮮人・台
湾人の問題が覆い隠されることになってはいけませんが、実際に日本で生活するもっ
とも弱い立場のブルーカラーの外国人労働者にとっては非常に大きな一歩です。貧し
い生活をしている彼らにとっては「戦争」の問題よりも大きな問題かもしれません。
(投稿者−S)

・・・・・・・・・・・                               

《、、、、、、、、 お手紙を拝読いたしました。
 日系外国人労働者を含めて、この問題は、こちらドイツ並びに外国の新聞が繰返し
て指摘していることです。ドイツ文学者の日系ブラジル人女性と昔から付き合いがあ
り、彼女からも聞いています。とはいっても、お手紙を読み、こうして日本人からあ
らためて問題を指摘されのは別な気持にされると、読みながら思いました。

 ドイツ社会では、労働力不足に陥った現実を認め、合法的なかたちで外国人労働者
を入れるようになりました。そうなったのは1960年代のはじめ頃ですから、本当
に昔のことです。
 合法的なことである以上、ドイツ人労働者に適用される法律は彼等にもてきされた
わけです。当然ドイツの労働組合、また伝統的に彼等に近い政党SPD(社民党)な
どが同じような条件になるように色々骨折ったりしたからです。

 もし労働組合がそれをしなければ、悪い労働条件で働く外国人がいると当然全体と
して自国の労働者の労働条件も悪くなり、獲得した権利も徐々に失うことになるから
です。
 今からSさまが指摘され、私もドイツ人の労働組合員からいわれ
て赤面した状況に日本でなった理由を考えてみます。
 
日本では最初灰色、非合法・合法をはっきりさせないで始め、そのうち合法性重視す
るようになり日系人(ブラジル人等)を使うようになったのだと聞いています。きち
んと始らなかったことも一つの理由かもしれません。 
 
 日本の企業別労働組合がそのような機能を果たさなかったわけですし、労働者に近
い政党もたいして問題に対して反応しないかったこともあると思います。
 
 どこの国の人間も保守的なところがあり、自分に不利にならない限り、問題を見て
も見ぬふりをするところがあります。その点、ドイツも日本も変わりないと思いま
す。ページのはじめに戻る 
 ドイツをはじめ、多くの民主主義社会ではどこの政党も選挙民を無視できないし、
外国人はその点で本当に弱い立場にあります。

 いずれにしろ、原因となることが幾つもあると思います。そのなかでいつもドイツ
やその他のヨーロッパでいつも指摘されることは、世論のありかたで、日本の大新聞
のことです。ここで、きちんと議論されないこと、世論と政治がすっかり乖離してい
ることが大きな理由だと思っています。そうなる理由の一つは、多くの知日家ドイツ
人によると記者クラブ制度だそうです。ここで何がニュースになるか、決められてし
まうからです。発表ジャーナリズムです。省庁、国会、大企業といったところに記者
が配置されているのが日本の新聞社であり、これらが所属のはっきりした記者で残り
が「遊軍」と呼ばれている予備軍的存在の記者です。  

これら所属のはっきりした記者からのニュースが大きな誌面をとっており、残りの紙
面を小さく、Sさんが関心を抱かれるテーマなどは「少数者のためのコーナー」とい
うべき重要度が低いところに押し込まれているような存在です。一見「少数者」の味
方のような顔をする新聞社でも大多数の記者はどこかの所属記者で、無関心です。 
大きな企業にはそこの記者クラブがあり、そこに駐在しているわけです。そこの記者
がどうしてあまり熱心にその企業に働く外国人労働者の劣悪な労働条件を書くはずな
いと思っています。
 日本で市民運動をしている人は問題を持っていっても本当に取り上げてくれないと
よくこぼします。これも以上の大新聞社の体質を考えれば理解できるはずです。

 次に議論されても、どこか変な議論になってしまうのではないでしょうか。私が引
用した「e-デモクラシー」の司会者があっさり国籍重視する反対意見を重要でないか
のように無視するのも、その証拠です。ページのはじめに戻る 
 だから国籍重視する人々はたくさんいるのに、その人々を説得する気がないことに
なります。第一、反対意見を無視したら、説得する必要もありません。そうなると無
人地帯を進軍するようなものです。
こうなることを自分で気がつかないのも、もしかしたら多数派根性が議論する人々の
骨の髄までしみ込んでいるからではないでしょうか。要するに、自分が少数派だと思
いたくないので、自分達の仲間内に止まっているだけではないでしょう
か。、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 
 日系外国人労働者問題と参政権の問題は別々の問題です。
 問題を次から次へとリンケージさせるのは、原稿内で述べたように絶対まずいと思
います。時には、問題を解決しないための方便とられることがあると思います。
 例えば、基地問題に悩む沖縄の人々に世界平和が実現するまで問題解決を待てとい
うのが奇妙な話です。本当の問題は、沖縄住民と本土に住む多数派の間での負担の不
公平なる分担です。それを極東の平和とかいう人々は、どこか多数派の意図を汲ん
で、問題を所在をごまかすことに加担していることにならないでしょうか。これは
「前向き言語」を話す人々がよくすることです。
 以上のように日本社会では、少数派と多数派の間に厄介なところがあります。

 Sさんのお手紙を読みながら、本当に部分、部分共鳴を感じたので、しつこいと思
われるかもしれませんが、今一度自分の主張を繰り返しました。どこか頭の片隅に残
しておいてくださると幸いです。

ではお元気で。》


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▼ 有事の場合はどうなるのか

 私はこの問題について議論するときに、絶対欠かせないことが話されていないのを
不思議に思います。
 それは、国防問題です。 私はこのことに尽きるのではないかと思っているので
す。
 参政権があり、ならば、自分の運命を日本と共にするつもりがあるのかということ
です。
 「戦争に巻き込まれるのはごめんだ」などという権利のみの主張では到底、理屈に
かなうものではなく、義務も発生すると単純に思うのですがどうなのでしょうか?
 アメリカでは永住権を得るだけで忠誠を誓い、有事となればアメリカ兵として出兵
することもあると聞きましたが、至極当然だと思います。
 ですから、これはどこの国民とかいったことは関係がないのではないでしょうか。
例えば、朝鮮と日本が戦争状態になったときに、在日韓国朝鮮人はどちらの味方とな
り、どちらの兵となるのでしょうか。また、国は国民でない彼らを守る義務があるの
か。
 憲法や法律に詳しくないのでトンチンカンなことなのかよくはわかりませんが、素
人がちょっと考えても不思議なのです。

 できればその辺のところをまた、教えていただきたいと思います。

 しかし、参政権のある日本人自身が心構えを持っているかどうか怪しいですね。そ
のことにも触れていただきたいです。(W)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

《お手紙ありがとうございました。
ご返事がすっかり遅れ、失礼いたしました。ページのはじめに戻る 

 Wさんは、国防問題が外国人参政権を論ずるに「絶対欠かせない」テーマであると
おっしゃっておられます。この主張に私は賛成できません。
第一に、これは兵役の義務と参政権が切り離すことができるかできないかの問題にな
ると思われます。この兵役義務を果たすからといいて参政権を請求することはできな
いように、この義務を果たさない人に参政権を拒むことはできません。
「外国人参政権」賛成派はどこの国でも定住外国人が納税義務を果たしていることを
賛成論拠として挙げます。これは賛成できません。この論法を許すことは、一定の収
入をもつ人々だけが選挙権をもつことができた『普選』以前の状態に歴史の歯車を逆
転させることになるからです。
兵役の義務など日本国民にない以上、在日韓国・朝鮮人に対して、この義務を果たさ
ないが故に参政権を拒むことなどできないと思われます。そんなことになれば、日本
国民自身が自分の選挙権を返上しなければいけません。まだ兵役の残っている国でも
伝統的に女性は免除されている以上、この論拠でいくと国民の半分以上を占める女性
に選挙権を拒めることになります。
以上のことからわかるように、納税にしろまた兵役にしろ国民の義務は参政権の直接
的理由づけになるものではありません。つまり義務を果たしているからよこせとか、
義務を果たしていないから与えないと言える筋合いのものではないということです。

Wさんの本当のご憂慮はこの点にあるのではないと思われます。もった漠然と定住外
国人、ずばり在日韓国人・朝鮮人が有事のとき信頼できないのではないのか、利敵行
為に走るのではないのかといったことを心配しておられるのではないでしょうか。だ
から彼等が「どちらの味方になるのだろうか」と疑問視しておられるのです。

でも、このことが外国人参政権といっしょに論じられるのは、有事・緊急時での処置
が日本では法的にあまり整備されていないことや、かなりタブーとして論じられてい
るからかもしれません。実際は、昔も今もどこの国家でも有事のときやることは憲法
・法律で決まっているはずです。自国民に不利な行為、自国民に危険を及ぼす行為、
利敵行為をする人々は、自国民であろうが、外国人であろうが、国家として法律に基
づき断固とした処置をとるしかないわけです。逮捕し、裁判にかけるとか、また有事
ですから、かなり迅速で予防的処置も可能なはずです。
正直言って、なぜこのような非常時の処置の話が「外国人参政権」の反対論拠になる
のかが、私には理解できません。 ページのはじめに戻る 
定住外国人が、例えば地方参政権をもっている。そのために有事のときにより利敵行
為に走るという因果関係がある程度成り立たないと、反対論拠にならないのではない
でしょうか。あるいは、私達日本人が定住外国人に参政権を与えない。そのことに
よって、有事のとき彼等が利敵行為に走ることを防止できる。こちらの因果関係も証
明がむずかしいと思います。
どちらかというと、その反対の場合の方が、すなわち自国に何代も住んでいる外国人
になるべく権利を認めるほうが有事のときの不安定要因を小さく出来るというのが、
安全保障や紛争予防の専門家の多数意見です。悪くいえば懐柔することです。この紛
争学研究のコンセンスに従えば、選挙権をあたえる方が日本の安全保障に役立つので
す。

この心配と質的に少し異なるのは、彼等が有事でなく、通常時に投票権を行使し、そ
の結果日本の国益に反することになるのではないのだろかという憂慮です。
現在どこの国でも、何が国益につながるのか、何が国民に役立つのか必ずしもはっき
りしていないのではないでしょうか。「国家に忠誠である」ということも、主権在民
であれば、国民が自分自身に(時に私欲にも)忠実であるべきということになりま
す。このような文句自体が形骸化し、政治的行動の内容を規定できないのではないで
しょうか。結局、財政赤字を増大させることを含め、何をしてもその本人が自分は国
にため頑張っていると思えば済むことです。(日本的ガンバリズムもこのことと無関
係でないと思われます。)
いずれにしろ、何が国益かわからない以上、外国人の投票行動が国益に反するなどと
主張できないことになります。 ページのはじめに戻る 
 
「自分の運命を日本と共にする」とか「日本の味方となって戦う」とかいったこと
を、なぜ在日韓国・朝鮮人から期待されるのですか。そんなことは日本人からも最早
期待できないのではないでしょうか。同国人から期待できないことを、どうして今ま
で私達がさほど親切に扱って来なかったこの定住外国人グループから期待できるので
しょうか。

いわんや、戦争の相手国が朝鮮半島なら、彼等が日本国籍を取得した後でさへ、兵士
とし戦う期待をもたないことが「武士の情」に合致するのではないでしょうか。それ
とも、私達はどうしても「骨肉相食む」状況を眺めたいのでしょうか。「帰化」許可
審査担当官が「韓国人であったことを忘れろ」といった発言をするそうですが、この
可能性があるからかもしれません。確か米国は、第二次世界大戦で日系米兵士はヨー
ロッパ戦線に投入したのではないのでしょうか。
 
参考にまでいうと、先進国は多かれ少なかれ徴兵制から職業軍人制度に移行する傾向
にあります。米国についてWさんが触れられたことは昔の話です。1945年、確かに私
達日本人は「自分達の運命を日本と共にし」て「一億玉砕」の直前までいったのです
が、その後現在まで国家の性格も、それ以上に戦争の性格も変化したのです。

日本人は日本列島に外国人に住んで欲しくないのでしょうか。これは、ヨーロッパで
よく囁かれることです。現在いる在日にも朝鮮半島に帰ってもらうのが一番良い解決
と思っているのではないでしょうか。今回多くの読者の手紙を読んでいてそんな気が
しました。

ではお元気で》


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