自分の平和観がどんな歴史的状況で生まれたか一度は
考えて見ないといけないと思います
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わたしは広島県民です。
原爆資料館に行ったことはありますか?
戦争体験者や被爆体験者から直接目の前で、話を聞かれたことはありますか?
広島の子供の多くは、幼稚園のころからそう行った人たちの話や、映画など見てきて
います。ものごころもつかないうちから、戦争・被爆といった現実を見せられてきて
います。
日本だけが戦争被害にあったわけでないことは、わかっています。
そして、自分の国を守るための戦争が悪いことだとも思いません。
しかし、ヒロシマは核兵器の恐ろしさをおしえてくれます。唯一、核被害にあった国
です。
今、世界各地で核実験が当たり前に行われていますが,核被害を世界に伝えられるの
は、ヒロシマ・ナガサキの被害に遭われた方だけです。
戦争被害者と原爆被害者をいっしょにするのは、間違っているかもしれませんが、
世界平和を願うのは、間違っていないと思います。もう2度とあんなことを繰り返し
ては行けないのだから。ピカドンがおちて、町は一瞬で吹き飛ばされ、何キロも離れ
ていた人の命さえも一瞬でした。
少し大げさでも、誰かがこのひがいをつたえていかなくちゃ、また同じ事が起きてし
まいます。
自分の平和観がどんな歴史的状況で生まれたか一度は考え
て見ないといけないと思います
ご質問、「原爆資料館に行ったことはありますか?」 ページのはじめに戻る
⇒ 3年前帰国した折、家族を連れて行きました。子供たちも、女房も、私も行って
良かったと思いました。
次のご質問、「戦争体験者や被爆体験者から直接目の前で、話を聞かれたことはあり
ますか?」
⇒ 被爆体験者とは話をしたことがありません。しかしドイツで取材活動で、アウ
シュビッツをはじめ強制収容所、スターリングラード経験者、ドレスデン爆撃体験者
等、種々の人々と会い、話を聞いたことがあります。私は旧ユーゴ連邦に行って取材
したことはありませんが、私の住む町にもたくさんの難民が住んでいて話を聞いたこ
とがあります。また何人かの友人が住んでいて話したり手紙のやりとりがあります。
ただ、私はなぜあなたがこのような質問をされるのか、少し理解できません。世界
中の人々が戦争体験者や被爆者に直接会って、話を聞いたとしたら、核兵器が地上か
ら消えてなくなるとか、人々が戦争をしなくなるとか、思っておられるのではないで
しょうか。私が充分悲惨な話を十分聞いていないために、平和のありがたさを理解で
きない。だから、私が平和運動を冒涜する発言をしていると考えておられる。そうで
はないでしょうか。
このような、多分あなたも抱いておられる戦争観もしくは平和観を、私は原稿のな
かで分析したのです。
次に強調したいことは、私はこのような戦争観、平和観が間違っているとはどこに
も書いていません。原稿のなかで、「ヒロシマ・ナガサキの被害に遭われた方が核被
害を世界に伝えられる」ことに批判も反対していないと思います。また「世界平和を
願うのは、間違っている」とを私は書いたでしょうか?そんなことは書きませんでし
た。
私が残念に思うのは、「戦争体験の処方」、すなわち「8月15日の処方」を絶対視
される点です。戦争体験、戦争の悲惨さですが、肺がん患者の肺の写真を見ても、禁
煙できない人もたくさんいるのです。殺されかかった人々の苦しみの体験を聞いて
も、殺人がこの世からなくならないのです。というのは、喫煙する人の理由は色々あ
るし、殺人という現象も厄介な問題で、複雑な社会現象です。
なるべく犯罪を減らすために、私達は、犯罪学研究をすすめたり、治安対策、その
他さまざまな処置、政策を考えたり、実施しなければいけません。戦争も同じです。
戦争体験者の話を聞くだけでは充分ではないのです。
以上のことは、原稿を読んでいただけばわかっていただけると思います。
次に、私が書いたことは、例えば、8月15日以降、(被爆者やその他の後遺症を
わずらう人々や「引揚げ者」を除くと)日本国民の大部分はそれほどいやな目に遭っ
ていません。そこで、この国民体験を絶対化して、威嚇されたり、猜疑心を抱いたり
することを考慮の外に置いて、平和と戦争を語るとことです。
例えば、どこかの国民が隣国から威嚇され核兵器を持つことになったとします。こ
れも、私達日本人から見れば、「平和のありがたさ」、「平和の価値」を理解しない
愚業ということにならないでしょうか。 「戦争と平和」の目次に戻る
こうして、自分の体験を絶対化することは、どこかで独り善がりになることはない
でしょうか?
次に、独り善がりということは、他国民が置かれている条件を無視することへの第
一歩です。もしかしたら、このような他国民の立場理解できないこと、理解しようと
も思わない態度の方が、よく戦争を引き起こしたのではないでしょうか。
また他国民が置かれている条件を理解しようと思えば、自分の平和観がどんな歴史
的状況で生まれたか一度は考えて見ないといけないと思います。
私が原稿のなかでしたのは、私達の平和観がいかなる条件で成立し、どんなもので
あるか考えることです。
もう一度、私の原稿を読んでいただくと幸いであります。
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前略
あなたの議論は、自分勝手な解釈、自分勝手な引用、浅薄な知識の披瀝で溢
れ て
います。とても人前で表明するのに躊躇するほどの、緻密さ、厳密さがないように思
われます。もう一度、”平和の問題”、”戦争の悲惨さ”を真剣に考えてから発言し
てほしい!切に望むところです。
早々 「戦争と平和」の目次に戻る
(横浜市A)
あなたも「もう一度、よく考えてください」
Aさま
前略
小生の原稿を読みお手紙をいただきありがとうございました。
でも、なぜ私の書いたことにそのように反応されるのですか。私は原稿のなかで
「平和が重要でない」とか「戦争が悲惨でない」とか書いたでしょうか。そんなこと
は、どこにも書いていないはずです。
もしかしたら、あなたは、「平和が重要でない」とか「戦争が悲惨でない」とか
いった認識を世界中の人々が共有していない、だから戦争が起こるなどと考えられて
いるのではないでしょうね。
もしそうだとすれば、ほんとうに傲慢なことです。
多くの人々が、「”平和の問題”、”戦争の悲惨さ”を真剣に考え」ないから戦争
が起こるのでしょうか?この点を一度真面目に考えてください。
例えば、次のような場面を想像してください。
あなたが、一度ユーゴやその他の紛争地域に行って関係者にあなたの見解を繰り返
されたらどうでしょうか。最初のうちは、あなたが自分達に関心を寄せてくれたこと
に、彼らは感謝するかもしれません。でも、あなたが同じを繰り返されると、彼らも
苛立った声で、しかし自制心を失うことなく「問題はそんな点にない」というはずで
す。
あなたそんな経験をされたことがないのです。
私自身も戦後に日本で暮らし、その頃あなたと同じようなことを考えを抱いていま
した。
平和についての日本の戦後の考えが、当時なぜ自分にも、私の周囲の人にも説得力が
あったのか、その問題を50年近くたった現在、異国の地で考えただけです。
なぜそうしたらいけないのですか? ページのはじめに戻る
なぜ私のことをそう簡単に「浅薄」とおっしゃるのですか?私は「戦争が悲惨であ
る」が「平凡な」認識だとはいいません。その認識だけでは充分でないのです。
あなたも「もう一度、よく考えてください」
草々
TM 「戦争と平和」の目次に戻る
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正しいことは、人一人の命だよ
はじめまして
記事の半分ぐらいしかよんでいないのですが、僕が思った事は、あなたは人間が
たった一人でも死ぬと言うことについて、とても心なき意識を持っているということ
です。
まあ何か、極論的なものを述べることでメディアにとりげられて、もらった金でお
いしい物や、いい服なんか買うために何か人とは違う意見をつくらなきゃーなんて
思っているんだろうと思いました。人一人死ぬことは、つまり世界平和なんだよ。わ
かるかい?身近な人が見ず知らずのひとに殺される気持ちがわかるかい?青い空をみ
んないつまでも見ていたいんだよ。
毎日、オレンジ色に変わっていく空を心穏やかに見ていたいんだよ。言葉の揚げ足
を取っているより、もっと素直に気持ちを表すことがたいせつだよ。
だから、世界平和と言うことは、みんなが毎日綺麗な夕日を見ることが出来るとい
う、小さな事からはじまるんだよ。平和について願っている人の言葉を、いちいち揚
げ足取って、こんなくだらない記事に、いちいちするんじゃない(T)
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T さま
小生の原稿を半分まで読み、感想をお送りいただきありがとうございます。
「人一人死ぬことは、つまり世界平和」だとか、「正しいことは、人一人の命だ
よ」とかいった独り善がりなことをいうことが、どうして世界平和につながるのかが
理解できないと、「人口衛星でなく、地球上に住んでいる人々」は思うかもしれませ
ん。
「人一人の命」が重要でないと人々が考えるから、あるいは多くの人々が「平和に
ついて願わない」ために、戦争が起こるのでしょうか。そのような奇妙な考え方を奇
妙とも思わない「平和主義」を分析したつもりですが、理解していだけなければ仕方
がないことです。
バルカン半島でも、どこでも紛争地に行かれて、「世界平和と言うことは、みんな
が毎日綺麗な夕日を見ることが出来るという、小さな事からはじまるんだよ」とお説
教されれば面白いと思います。
あなたのように「世界平和」の専売特許は自分にあるかのような顔をする人々がい
るから、日本でも「平和」というコトバを聞いただけでへきへきする人が増え、だか
ら「戦争論」とかいう漫画が売れているのです。
戦争とか平和とかについて考えたり、論じることは、本当はとても重要なことで
す。
そう考えると、日本は残念な状況にあるわけです。
T M 「戦争と平和」の目次に戻る
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日本の平和主義者(文化人)は、現実を直視していない
戦争とは、特殊な経済競争の一部だ。今も東西、人種、異宗教国間で潜在的な戦争
は続いている。直接的な戦争の危機がとりあえず遠のけば、その国力は本来の目的で
ある経済的支配をかけての潜在的な戦争状態に変化する。そして経済戦争に負けそう
になると、それを打開するために、武力による解決を図る場合がある。
国それぞれの考え方には大変な違いがある。平和主義者のように、国家を性善説と
して考えるのは危険である。今後どのような状態になるか予想できない。平和主義者
やその家族が理不尽な銃口の前に立たされる事態があるかもしれないのだ。国家に警
察が必要なように、国にも軍隊が必要である。軍隊を持つことの第一の意義は、国家
の独立の意思である。その具体的効果は抑止力であり、外交的圧力の排除だ。
現在の世界情勢では、今後もこの情勢は変わらないだろう。平和主義者は、数千年
さきのことを話しているのかもしれない。(自営業、N)ページのはじめに戻る
彼らは現実を直視したままの人々である
Nさま
小生の原稿を読み、ご感想をいただきありがとうございました。
多数の国家K1、K2、K3、K4、、、、、、Knがあり、それらが国力関して
お互いに競争状態にある。平和であれば経済競争、そうでなければ武力による競争で
戦争になるというお考えだと理解しました。
でもこの歴史観に私は賛成できません。わたしはもともと頭の出来が哲学的でない
ので、その種の「歴史哲学」は苦手です。漠然と「そんな感じがするときもあるけれ
と、いつもそうでないかもしれない」と思って暮らしています。また具体的なケース
を考えないとぼーっとしてしまう性質です。
次に、私は国家というものを絶対的単位として考えることができません。例えば、
日本国家と米国という国家が経済的に競争状態にあるというのも、正直いって私には
疑問です。
もしかしたら、私達が戦時下守ったり、攻めたりする境界線を経済活動にあてはめ
て考えている過ぎのかもしれません。実体として存在するのは企業、会社であり、そ
の会社もしくは業界のインタレストを政治家が代行して、内外に国益と吹聴している
だけのこともあると思われるからです。 「戦争と平和」の目次に戻る
「日本の平和主義者(文化人)は、現実を直視していない。」とNさんはおっ
しゃられますが、私には1945年8月15日の現実に直視したままの人々であるように思
われます。
ではお元気で。
T M ページのはじめに戻る
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非武装中立の発想は過去の亡霊
平和主義を唱えるお偉い政治家さんや、頭のいい先生方は、日本が武装しないでい
れば「世界平和」が実現するって本気で思ってるんでしょうか。
非武装中立って言う状態は、昭和20年8月15日に、日本が無条件降伏して、そ
のときの日本にだけ実現した状態でしょ。
でもその後に何が起こりましたか。
[冷戦]ですよ。もう少しで「第3次世界大戦」勃発だったんでしょ。
非武装が平和を呼ばなかったじゃないですか。
偉い学者さんや、政治家先生は「うそつき」ですね。
結局非武装中立って言う考えは、55年前だとすばらしい考えで、今ではソ連や日
本赤軍の共産主義と一緒で過去の亡霊でしかないんじゃないですか。違いますか?
(S)
亡霊とはかならず後になって現れるものです 「戦争と平和」の目次に戻る
Sさま
「非武装中立」の発想は、かってそれ主張していた政党が政権連立与党になってそ
の看板を降ろしたとのこと、その点では確かに「過去の亡霊」のような気がしないで
もありません。さてSさんは次のように書かれました。
「非武装中立って言う状態は、昭和20年8月15日に、日本が無条件降伏して、そ
のときの日本にだけ実現した状態でしょ。」
8月15日の状態は「非武装中立」ではありません。降伏して占領を了承した状態
で、その後主権を失ったからです。一方、「非武装中立」の発想は、それから数年後
の日本が主権を回復するときに提案され、全面講和とくっついていた日本の安全保障
政策です。
ところが、この二つは、原稿のなかで述べたように、
A:武器を放棄
B:世界平和
と表現すれば、「AになればBが来る」という点で共通しています。 ページのはじめに戻る
この奇妙な安全保障政策は、実際は社会党が政権をとることもなく一度も実現せ
ず、その政策として効果の程を確かめることなく終ってしまいました。
だから、ご主張されるように、「冷戦になったから、世界平和が実現しなかったか
ら、効能がなかった」、故に「政治家や学者はうそつき」といえるものではありませ
ん。
原稿のなかのもう一つ重要な点は、なぜこの安全保障政策が戦後の日本で大きな説
得力をもつことができたかということです。これは、ここであなたも「55年前だとすばらし
い考え」と書いておられるように、8月15日以降の国民が「これで良かった」という体験
をしたからです。
原稿のなかでの私の主張は、8月15日の降伏と、その後の巧くいった国民体験
が、「非武装中立」だけでなく、私達の戦争観や平和観、安全保障の議論のパターン
をつくってしまったということです。影響されているのは、かっての非武装中立論者
だけではありません。 ページのはじめに戻る
例えば、少し前ある日本の政治家が外国人犯罪と関連して「第三国人」というコト
バを使って物議をかもしました。
敗戦とは、どこの国民にも屈辱的なところがあるわけです。ドイツ国民にも、日本国
民にも、二回戦とか敗者復活戦の可能性がないという認識ははっきりしていたので
す。だからこそ、どちらの国民も、なるべく屈辱を感じないようにする心理的メカニ
ズムができあがっていたと思います。(「非武装中立論」もこのメカニズムの一つで
す。)
当時の日本人にこのメカニズムがうまく作動しなくなるときあったのですが、その
一つは旧植民地出身者で、彼らが敗戦国民でも、戦勝国民でもない存在だったことで
す。今まで自分達の下にいた人々が「戦勝国民面」をし、「虎の威を借りる狐」に
なったのですから。当時のこの錯綜した感情が「第三国人」というコトバに集約され
ているのです。
敗戦直後の「第三国人」の「横暴」など、世界史的に見ればささいな規模です。そ
れは、米軍がよくコントロールしていたからです。もともとアジアのことをよく知ら
ず、どこかでピンと来ていなかったので、今まで「虐げられてきた」彼らに味方し
て、ヤラセをさせて日本人を懲らしめる傾向は本当に少なかったと思います。
この点を無視するのはおかしいことで、私が良く知るドイツの当時の状況と比べた
ら小さな事件です。それなのに、半世紀して「過去の亡霊」のように出現したのは、
敗戦して自分達に起こったことの意味がわかっていないからです。
このように考えたら、私が原稿のなかで分析、指摘したことは、「過去の亡霊」と
して終ったことでは決してありません。亡霊とはかならず後になって現れるもので
す。
ではお元気で。ページのはじめに戻る
T M
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