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独逸回覧記 No.4/美濃口坦
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日本は「二重国籍」を認めてもいいのではないか
〜ドイツ国籍法改正


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ドイツ社民・緑の党の連立新政権は国籍法を改革する。改革
のポイントは、属血主義から属地主義への転換と、二重国籍
を認める点にある。第一次世界大戦前に制定された現行の国
籍法が今日の国際情勢、人々の生活感情や価値観と大きくず
れているというのが改革の理由である。19世紀末の「国民
国家」観にいまだに呪縛されている日本もまた、国籍法を見
直すべき時がきたのではないだろうか。
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 私が長々とドイツで暮らしていることもあって、日本から来た人に
「ドイツに永住される決意をされたのですか……」といわれることがあ
る。今のところ日本のどこかへ引っ越しする予定はない。でもこの「永
住」ということばを耳にすると少々仰々しい感じがする。それはそう
と、日本で暮らす人たちは、なぜ自分たちが「日本に永住する」といわ
ないのだろうか?


◆外国人=EU域外

 「独逸回覧記」の今回のテーマは「国籍」である。というのは、ドイ
ツの社民・緑の党連立新政権が、国籍法の改革を連立協定で合意し、今
期中に実施するからである。現在の国籍法は1913年第一次世界大戦
前夜に制定されたものである。国籍法とは国家のメンバーシップについ
ての規定である。国際社会も国家も国民も百年近い間に、そのあり方が
かなり変ったこともあり、改革の必要性については与野党間でコンセン
サスはできあがっている。また、お役人に要領良く働いてもらうだけで
たいしたコストもかからないので、新政権が目標とした改革のなかで一
番スムーズに実現するかもしれない。

 人口8千万あまりのこの国、ドイツに約750万人の外国人が居住し
ている。EU加盟国からの人達がたくさんいるが、EU域内国境の検問
所もないし、彼らは自治体レベルでの選挙権をもち、普通の意味で「外
国人」とはいえない。この社会で本当の「外国人」と呼べるのはEUの
域外出身者である。なかでも最大の民族グループは約230万人の「ト
ルコ人」だ。改正国籍法はすべての居住外国人に適用されるが、改革の
照準はこの最大グループにあてられている(彼らはトルコ国籍所持者で
あるが、もちろんクルド人やアラビア人等種々の他民族も含まれている
が、ここでは便宜上「トルコ人」と呼ぶ)。

 なぜこんなにたくさんのトルコ人がドイツに住んでいるかというと、
高度成長時代、正確には1961年から1971年まで、人手不足から
労働者としてこの国へ来たからである。最初は、単身赴任で来て、数年
働いて帰る人もたくさんいたが、家族を呼び寄せる人も出てくる。子ど
もも生まれる。そしてその子どもが大人になって子どもをつくり、今や
三代目の世代になっている。

 話しは少しそれるが、「脱亜入欧」の勢いで「カントとゲーテの国」
に乗り込んだところ、多数のトルコ人に出会い、気分を害する日本人ド
イツ文化研究者が時々いる。これは「人種隔離政策」華やかなりし頃の
南ア連邦の白人専用クラブに「名誉白人」として入会し、そこで白人以
外の人種に出会い苛立ちを覚える日本人の心理に似ているかもしれな
い。


◆属血主義の放棄〜ドイツで生まれたらドイツ人

 国籍法改正の第一点は、「ドイツで生まれた外国人の子どもや、また
14歳以下の年齢でドイツに来た外国人の子どもはドイツの国籍を取得
する」であり、外国人労働者三世代目がその対象である。この世代の
人々にとってトルコは親戚が住んでいる休暇地である。彼らがドイツの
「脱工業化社会」の価値観を身につけることも避けられない。彼らは下
手をするとトルコ語もおぼつかないことも多いし、もはやトルコ社会で
暮らしていくなど不可能なのである。改正によって、これら三世代目の
トルコ人や他の外国人の子どもがこの国で生まれたら自動的にドイツ国
民になる。

 これは、ドイツの国籍法が自国民の体内に「ドイツ民族の血が流れて
いなければいけない」とする属血主義、血統主義の原則を放棄したこと
を意味する。同時に、自国で生まれた者に国籍をあたえる米国やフラン
ス流の属地主義(「出生地主義」とも呼ばれる)へと、180度とはい
わないまでも150度ぐらい方向転換することでもある。

 改革の第二点でドイツは、国籍取得手続を容易にするだけでなく、取
得にあたって従来の国籍の放棄を条件としないことになる。すなわち、
二重国籍の所持の承認である。一代目、二代目のトルコ人やその他の外
国人は、出身国の国籍を失いたくない気持が強い。この処置はその点の
配慮でもある。

 第三点は、ドイツでは論じられていないが、私には重要で画期的と思
われる。それは国籍請求権である。国籍の附与はどこの国でもその国家
の裁量にゆだねられているが、改正によってドイツでは、条件(「滞在
年数」「前科がないこと」「ドイツ語能力」等)を満たす外国人に国籍
請求権を認めるようにする。

 他の西欧諸国は「二重国籍」も認めているし、フランスのように伝統
的に「属地主義」であるか、あるいはその要素を国籍法に取り入れてい
る。「属血主義」的原則に立ち、表向きは「二重国籍」を認めないでき
たドイツは突出していた。だからこそ、社民党との連立協定交渉で「国
籍法改革」の合意に成功した緑の党の議員が「これでドイツもヨーロッ
パで並の国になった」と喜んだのである。


◆二重国籍承認の意味〜国民国家とグローバリゼーション

 「国籍」と呼ばれる「国民国家」のメンバーシップの定義が改正で変
る----これは国民意識や国際観の変化を反映することでもある。ドイツ
社会での意識の変化がこの改正につながり、また改正がこの変化を推し
進めることになる。

 それではこの変化とは何だろうか。改革の第二点、「二重国籍承認」
からはじめる。

 「国民国家」は現在でもドイツ国籍法ができた第一次世界大戦当時と
同じように存在し、国際社会では多くのことが国家単位で動いている。
個人レベルでいくと、「国民国家」の構成員であることはその人のアイ
デンティティーの重要な一部分でもある。だからこそ歴史上存在し、類
似した行政機構をもつ国家形態と区別して「国民国家」と呼ばれる。国
籍が個人のアイデンティティーの一部である以上、それは気楽にできる
住民登録とはまだかなり異なるのが現実である。

 とはいっても、19世紀後半の「国民国家」最盛期に出来上がった
「国際社会」モデルが、現在急テンポで変質しつつあるのではないのだ
ろうか。19世紀的「国際社会」での外交関係とは、それは「国外の問
題」であるか、それとも「国内の問題」であるか、を確定することで
あった。この確定に反することが「内政干渉」であり、このコトバが当
時はまだ荘重な響きをもっていたのである。

 ところが現在の国際社会は複線方式である。当時のように何もかもが
国家単位で動いているのではない。国民国家の絶対主権はどんどん相対
化しつつある。数多の多国籍企業の存在も、1970年代後半から急激
にその数が増大した国際機関も、国際的に活動する環境団体も、このよ
うな国際社会のあり方を示すものである。

 今や「国外か、国内か」という二者択一的図式をあてはめても役立た
ない事件が多い。これは金融問題や環境問題についていえるだけではな
い。例えば「ピノチェット問題」も少し前ならチリの「国内のこと」で
問題にならなかったはずである。ということは、「内か外か」の従来の
眼鏡と「グローバル」な眼鏡の両方を用意しないと国際社会で起る事件
を読み違えることになる。

 二重国籍の承認とは、国民国家単位で動くと同時にグローバルな図式
で進行する複線的な国際社会の現実に合わせることである。


◆複線モデルとしての欧州統合

 そもそも欧州統合とは「国民国家」を残した複線モデルである。すで
に述べたように、EUの域内からドイツにきたフランス人やイタリア人
はドイツ社会で「外国人」であり、また、自治体で選挙権をもつ「内国
人」でもあるという形式論理に反する存在である。彼らの意識も周囲の
意識もそうだ。

 明治の「脱亜入欧」以来、「アジア対欧米」という図式で考えがちな
日本から見れば「同じヨーロッパだから」ということになるかもしれな
いが、欧州統合は意識の上で大きな役割を演じている。その証拠にEU
域外の隣国チェコやスイスから来た人々は私(日本人)とそれほどかわ
らない「外国人意識」をもっていると思う。

 「私たちは米国のような画一的『マクドナルド社会』はつくらない。
目指すのは多様性と個性が発揮される社会だ」というセリフは昔から欧
州統合信望者の常套句であった。こんな紋切型を聞いて以前はへきえき
したが、この数年来私は自分の見解を修正しつつある。欧州統合の複線
式思考に従えば、ドイツ在住のトルコ人は「トルコ人であると同時にド
イツ人である」とい複線的存在でかまわないのである。


◆「同化」「帰化」と二重国籍

 どこの国でも19世紀後半の「国民国家」モデルで考えると、外国人
の国籍取得とは、日本語の「同化」とか「帰化」というコトバが表現す
ることを指すと思う。私は昔からこれらのコトバにある漢字「化」の意
味に興味を覚えていた。日本で外国人の国籍取得の仕事に長年携わって
おられる行政書士の人見順一さんは次のように書いている。

「…まず『同化』とは、『外国人が日本社会の生活に馴染み、その風
習・生活様式等を自分のものとして完全に取り入れ、以前の生活様式を
退化させていること』というふうに定義付けられていますが…」
http://www.bremen.or.jp/jhitomi/kika2.htm 同ページの「5 帰化
の実質的要件」より)

 これに対して、二重国籍を認めることは、欧州統合の根底にもある
「複線式国際社会」の現実に則することである。すなわち在独トルコ人
がドイツ社会の異なった「風習・生活様式」の存在を認め、ドイツ語と
いう共通言語をある程度までマスターすればよろしい。「以前の生活様
式を退化させて」、トルコ人がトルコ人でなくなったらかえって困ると
いう考えである。


◆国家収束装置としての属血主義

 次は「出生主義」もしくは「属血主義」から「属地主義」への転換の
意味を考えてみる。多くの国に「主権在民」条項があるが、ドイツにお
いては今回の改革で、この「民」、すなわち「国民」の定義が「領土と
いう空間内での社会生活に恒常的に参加する住民」という意味に変る。

 この国民の意味のほうが「属血主義」的国民の定義より20世紀末の
生活感情や価値観にふさわしい(貴族の生まれだからといってはじめは
ちやほやされても、素行が悪いと離婚される時代なのである)。またこ
の「属地主義」への転換は、「社会生活に参加する」とか「共同生活」
とか、目的が明確になり、「国民」の定義が機能主義的になることでも
ある。

 どこの「国民国家」もその成立にあたって、他国と区別し、住民を
「国民」という束にするために種々の手段が取られた。「国史」と称す
る怪しげな「家系図」が持ち出されるのもその一つである。領土という
居住空間の固有性、また自国の文化や言語の特殊性、また「人種的」同
質性が極端に強調される。

 ドイツは周知のように、仏大革命後ナポレオン軍によって支配され、
この外圧下で国民意識が形成された。当時「ドイツ人」という点が極端
に強調され、機能主義的でない属血主義的「国民」の定義が国民意識の
重要な一部になったが、これは外圧抜きには考えられない。

 ドイツ人の血が流れていることを「国民」の定義とする「属血主義」
はかなり無内容である。分子生物学が急速に発達した現在でも、「ドイ
ツ人」の遺伝子が発見されたという話も聞かない。この考えに立つと
「聖なる国家」の成員の定義もワンちゃんの「血統書」になりさがる。

 この無内容を隠すために、更に文化的側面が極端に強調される。「文
化」概念も、「言語」概念も、「民族」概念も区別されずいっしょくた
にされる。だから、日本人ピアニストが上手に演奏しても、技術だけで
ドイツ的音楽精神が欠けていると考える音楽評論家(「独魂和才」とい
うべきか)が存在するし、また外国人はドイツ文学を理解できないとい
う偏見もある。どれもこれも本当は平凡な「国民国家」神話の一部であ
る。

 私は昔ドイツ19世紀末の文献を何年も図書館で読むことがあった。
当時「ドイツ的」とか「ドイツ精神」といったコトバの氾濫にげんなり
した。この人達は今に道路で転んでも、ドイツ精神の発露とか、ドイツ
的転び方と言い出すかもしれない----そう思ったほどである。


◆血は水よりも濃い(?)

 最後に、「属血主義」とは国民を擬似的親族関係と見なすことであ
る。親戚づきあいはほどほどにするのがドイツでも一般的風潮である。
それなのに見も知らない無数の人までも親戚扱いにするのは奇妙なこと
だ。

 確かに戦争になれば「親の仇」とやらで気合が入るかもしれない。だ
から昔「属血主義」のドイツは「属地主義」のフランスには戦場では勝
利をおさめることができた。でもこんな取柄も、ハイテック時代の戦争
にはお呼びでない。

 このように考えていくと、この改革は、ドイツ社会が従来の「国民」
の定義が現在の価値観や生活感情にあわない、だから変えることに決め
た----そういう改革ということになる。中年になって体型が変われば無
理して若い頃の服を着なくてよい。


◆日本の「国民」の定義〜属血それとも属地?

 日本の国籍法はドイツと同じように「属血主義」の立場をとる。その
点で両者を同一視する見解を、ドイツでも日本でも時々耳にする。確か
に法文上は類似しているかもしれない。

 ところが運用の仕方や政策面で行くと本当はかなり違うのではないの
だろうか。ドイツという国は本当に「属血主義」を几帳面に実施してき
た国だと私には思われる。だからこそ戦後(現在に至るまで)、ビスマ
ルクの統一国家が出現する遥か前に東欧圏に移住したドイツ系住民を引
取り、国籍をあたえるだけでなく、手厚くもてなしている。

 また戦時下、独軍兵士が占領地女性住民と懇ろになってたくさん子ど
もができた。それに対して、ヒムラーが「ドイツの貴重な血が失われな
いための処置」をとるように命じている。私はこの文献を眼にしたとき
ドイツ的「血の論理」にたまげた。

 それに対して日本では南米移民が「棄民」と呼ばれた。このような事
情を考慮すると、日本はドイツと同じ意味で「属血主義」ではない。日
本の会社員が「企業戦士」と呼ばれ、海外へ派遣されてしばらくすると
選挙権を失う以上、それはむしろ、属血主義どころか、居住地が優先す
る「属地主義」的「国民」の定義ということにもなる。

 ところがこれも普通の「国民国家」の「属地主義」とは異なり、それ
以前の王様が支配していた頃の「属地主義」に近いのではないのだろう
か。当時、領民や臣民はドイツ人であろうがポーランド人であろうが、
そんなことは支配者にとってどうでもよかったのである。重要なことは
年貢を納めて支配に服していればよかったからである。だから王様の時
代は欧州のどこの国でも「属地主義」であった。

 日本の「国民」定義で最上位にくるのは「コントロールできるか、で
きないか」という価値基準である。だからこそ、国家がコントロール不
可能な外国に行った日本人は「国民」の定義からはずされ(「領民」で
なくなり)選挙権を失う。また、その下位にくる「属血主義」という基
準は、外の国から来て異なった価値観をもち「コントロールしにくい」
人をメンバーにしない機能をもっていることになる。

 このように考えると、「国民国家」日本の「国民」の定義は、「領
民」とか「臣民」的要素を含む「属地主義」と「属血主義」の変則的
ミックスである。こうなったのも、明治の開国という巨大な外圧の下で
急いで「国民」概念が形成されたからである。バタバタと急いでつくっ
たものであるのなら、考え直してもよいのではないか(これについては
後述する)。


◆ドイツ国内版「文明の衝突」?

 誰もが自分の頭のなかに漠然とした自国民の定義をもつ。それは容易
に変えることができない性格のものである。だからドイツでも国籍法の
改正まで長いあいだの論議があった。色々な反対論拠がだされた。

 例えばトルコ政府に「マインドコントロールされた」230万のトル
コ人が選挙権をもつと、ドイツ政府がトルコからの政治的圧力に対して
弱くなることを警告する人々がいた。確かにその可能性は皆無でないか
もしれない。しかし二世代目や三世代目のトルコ人を本当に本国からコ
ントロールできるかはかなり疑問であるし、国家同士はどこか相互の圧
力行使という側面がある。

 また「イスラム文明圏の橋頭堡」ができ、ドイツ国内版「文明の衝
突」がはじまることを心配する声もあった。

 本当にそうなのか? 現状のままでいるほうがかえって「文明の衝
突」の危険が存在するのではないだろうか?

 私は2年前、トルコ人が多数住み「小イスタンブール」と呼ばれるベ
ルリン・クロイツベルク地区に10日近く泊まったことがある。毎日
色々なトルコ人と話した。当時つくづく思ったことであるが、「トルコ
人」と一口にいっても本当に色々な考え方の人がいるのである。確かに
女性の人権を軽視する「男尊女卑」トルコ人もいるし、イスラム原理主
義者もいる。でもドイツ人のなかにも「男尊女卑」の人も、カトリック
原理主義者もいるのだ。外国人、例えば「トルコ人」を十把一絡げにす
る人には、自国民も十把一絡げにしてよく見ようとしない人が多い。

 またドイツには230万のトルコ人を追い帰す選択肢はなかった。こ
れをやるならば「民族浄化」に近いことになる。とすると国民の一部に
なって気分良く暮らしてもらうしかない。またそれは21世紀「高齢少
子化」社会になるこの国に活力をあたえることになり、その意味では本
当によいことである。


◆日本も「在日外国人」に二重国籍を認めるべきだ

 ドイツが国籍法を改正するから「日本も参考にすべき」などという役
人のようなセリフは私の趣味でない。とはいっても、日本も自分の国を
ある程度まで国際社会の変化に応じて改造していくべきではないのだろ
うか。かなりの日本人が現在では「脱工業社会」的価値観や生活感情を
もっている。このようなことを考えると、日本も「国民」の定義をそろ
そろ変えてもよいと思うのである。例えば自分を「臣民」や「領民」と
考えている日本人に私は会ったことがない。

 また在日韓国朝鮮人は、ドイツのトルコ人と比べて遥か昔から日本に
住んでいる。私はドイツ社会での国籍法改正反対論拠を思い浮かべなが
ら、日本もこのように何代も居住している外国人に二重国籍を認めては
いけない理由をみつけることができなかった。本当はとっくに認めてい
るべきであったのだ。

 定住外国人の地方政治参政権について、確か1995年頃多くの賛成
決議が自治体の議会で採択されたり、また世論調査でも多数が賛成した
と聞く。とすると日本でもドイツと似たような意識をもつ人がたくさん
いることになる。

 ところが、あまり進展していかないのはなぜだろうか。恐らく明治開
国時の外圧の下で刷り込まれた「国民国家」の当時のイデオロギーが現
れてブレーキをかけるのではないのだろうか。「国家」とか「国民」と
なると何か特別に考えてしまい、自由な思考をしばり、自然な感情の流
れをとめてしまうのである。

 「属血主義」にしろ、外に対して自国社会・文化の異質性を、内に向
かって同質性を強調する考え方も、また「国内と国外」の相違を強調す
る思考様式も「国民国家」の成立時に見られる平凡な現象である。「自
分の国」を愛したり、誇りに思いたい人が、こんな平凡でどこの国でも
見られる現象に固執するのは本当は奇妙なことである。

 「同質社会」神話も日本のように近代化に成功し、「国民国家」とし
てある程度まで成熟段階に達した場合、自家中毒を起こすのではないの
だろうか。もっとも、外と比べて自国の異質性や固有性に納得している
限り、「日本人論」の流行になって出版社がもうけるだけで衛生無害で
あるが。

 一方、組織が「同質性」神話、同化願望を内に向けたら、理屈から
いって自己分裂を重ねてバラバラなるしかないのである。というのは、


現実は多様であり、どんな人間も個性的存在である以上、「同質性」願
望など満たされっこないからだ。この組織論的メカニズムの極端な例
を、70年前半の日本社会も左翼の内ゲバというかたちで経験した。こ
れに対して国家という組織は、学生の左翼運動組織と比べて巨大で複雑
で、そこまで行かないようにする種々のメカニズムが備わっている。と
はいっても、日本社会に自家中毒現象は見られるのではないだろうか。

 二、三年前「いじめなど、どこの社会にもある」と主張する私と、
「日本のいじめは特別だ」という見解の大学時代の友人と一晩語り明か
したことがある。彼は私を説得することができなかった。それでも議論
しながら私の脳裏をかすめたのは、この「自家中毒現象」である。「国
民」の定義を変えたからといって、「いじめ」はなくならない。それで
も明治の開国時にインプットされた色々な考え方を検討すべきであるの
は間違いないと私は思う。■

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