| ●プロローグ編
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「MLM、NBとマルチ商法は違う」 |
ここから「MLMはまっとうで、マルチ商法は悪徳。ウチはMLM」と論理展開させるのが常道です。
結論からいうとMLM、NB、マルチ商法は同じです。
そもそも「MLM」というのは「マルチ・レベル・マーケティング」の頭文字を取ったもので、「マルチ商法」はそれを日本語的に言い換えたものにすぎません。
ですからもともとこの用語にネガティブな意味があるはずはありません。
「マルチメディア」とか「マルチリンガル」といわれて悪いイメージを抱く人はいませんよね。
しかし、マルチ企業の数々の悪行によって、「マルチ商法」のイメージが悪くなりました。
それで「マルチ商法」という言葉を避け、MLMと言い戻したり、ネットワークビジネスなる用語を作り出したのです。
業界の問題を隠し、「単語」に問題をイメージとして悪徳のイメージを押し付けるとはなんと卑怯なことでしょう。また、
「マルチ商法は悪徳を意味する」とすると別の矛盾が出ます。
それは「悪徳マルチ」という言葉の存在です。
「マルチ」という言葉に「悪徳」の意味が込められているならば、さらに「悪徳」という言葉をつける必要がありません。
結局、何も反省も改善もする気のないマルチ業界が言葉遊びをし、その正体を隠そうとして消費者を騙そうとしているだけのことです。
ですから「MLMとマルチ商法は違う」と言って勧誘するようなところは、はなっから信用してはいけません。
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「マルチ商法(MLM、NB)はまっとう、マルチまがいは悪徳」 |
ここから「うちはマルチ商法だからまっとう」と続きます。
もっとも、「マルチ商法」とは言わず、「MLM」とか「NB」と言うのがほとんどですが、上述のようにこれらは同じです。
これについては、実は判決ではっきりしています。(平成11年1月29日判決 アムウェイ・山岡裁判)
もともと「マルチ商法」という言葉は法律用語ではない俗語なので、曖昧なところがあるのは否めなかったわけですが、この判決によって法律で「連鎖取引販売」と呼ばれるものを「マルチ商法」、形態は同じながら要件の一部を欠くものを「マルチまがい商法」と定義づけされました。
この連鎖取引販売の「要件」として代表的なものが、「特定負担額(DT登録料と最初の購入額)が2万円以上」というもの(判決当時)です。
ただし、この特定負担額についての規定は、2001年6月1日の特定商取引法(従来の訪問販売法から発展したもの)によってなくなりましたから、現在ではマルチとマルチまがい区別は事実上ほとんどなくなりました。
(当時はマルチ企業はほとんど初期費用を2万円以下として規制逃れをしていましたから、ほとんどがマルチまがい商法でした。)
このような区分なわけですから、そこに「悪徳である」とか「まっとうである」などといった要素はありません。
本来「悪徳」だの「まっとう」だのといった意味のないのを無理矢理詰め込んだのはなぜか?
それはマルチ商法のトラブルが問題になった頃、まだMLMだのNBだのという言葉を使ってなかった業界が、「悪徳なのはマルチ商法の理念を無視し、システムだけを悪用する『マルチまがい商法』だ」という方便を使い始めたからです。
だからこそアムウェイ裁判でアムウェイ側は自らがマルチまがいと呼ばれたことに対して「悪徳とのイメージを与える」といったのです。
たしかに、山岡裁判より先立つ「アムウェイ・実業界裁判」(1997年2月28日)ではこの点が認められて、アムウェイはマルチ商法ではないとなったわけですが、その後の判決で覆っているわけですから、いつまでも実業界裁判の判決をもってマルチ商法ではないといい続けるのは不当というものです。
国会でもこの点は「東京地裁で名誉毀損訴訟を起こした一月二十九日の裁判では、アムウェイ社は全面敗訴し、控訴せずに判決は確定しました。しかしこの業者は、判決のごく一部をとらえて、勝訴したと豪語しているという話も聞いています。」と問題視されています。
判決によって用語の定義がはっきりした今になっても「まがい」=「悪徳」としつづけるのは、自分のところをまっとうだと思わせるのに都合がいいからに過ぎません。
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「人脈がなくても大丈夫。メンバーになれば人脈ができる」
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アップがこういうとダウンが「その通り!私もこれを始めて仲間が沢山できた!」と口々に言う光景が勧誘やセミナーなどで見られます。
しかしこれは、マルチお得意のすりかえ理論です。
前段の人脈は何の人脈かというと、「被勧誘者がマルチを始めたときに新規に勧誘するために必要な人脈」という意味です。
一方、後段でいう人脈の意味は、「マルチをやっている仲間」という意味に過ぎません。
後段の意味の「人脈」の人々は被勧誘者がマルチを始めたときにの勧誘対象にはなりえませんから、前段でいうところの意味での人脈については何の保証もされていなません。
勧誘者すべき対象は結局自分の人脈から探さねばならないのです。
つまり「全然、大丈夫ではない」のですから、明らかなデタラメです。
ちょっと考えればわかるこの程度の対象のすりかえも、話術や雰囲気で納得させられてしまうのですから、人間の心理というのはなんと騙されやすいのかと思いますが、それをあえて使うマルチ商法勧誘者は「ビジネスとは人を騙すということ」と思ってるのでしょうか? |
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「MLMは頑張った人に対して平等」 |
平等というのはもちろん報酬についてです。
しかしここに大きな罠があり、それは「『頑張った』とは何に対してか?評価するのは誰か?」ということです。
いうまでもなくマルチ商法は結果が全てですから、本人がいくら頑張ったと言い張っても報酬は出ません。
頑張ったというのは「成果を見て評価して」ということであり、それを判断するのは「マルチ企業側」ということです。
しかし、この文言が使われるタイミング(勧誘時やミーティングで発破をかける時)を考えると、話の流れとしては「誰でもできる」「簡単にできる」ということを訴えるときであり、それは「あなた(被勧誘者)にとって」という意味
トシテという意味と思い込ませますから、「MLMは〜」というときの頑張ったは「行動について評価して」ということであり、「DT本人」が判断してという意味
と思い込ませてるわけです。
マルチ商法の勧誘では「頑張ったという内容」と「誰が評価するのか」という2つの点においてあえて混同させ、なおかつ都合よく使い分けているのです。
マルチDTとはしょせん営業ですから、向いていない人もいます。
引き込むときには本人がいくら「自分は向いていない」と言っても、「本人の行動としての頑張った」と思い込ませるテクニックを用いて「平等に報酬を得ることができる」と煽っておいて、やっぱり向いてないから結果を出せなかったときは「会社から見て頑張ってない」から、「平等に報酬が無い」っていうのは一種の騙しです。 |
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「MLMのDTは独立した個人事業主」 |
| 法的には確かにマルチのDTはマルチ企業と雇用関係にありませんから、独立した個人事業主です。
これは間違いない。 しかし、セミナーなどでこの文言が使われるのは、こういった法的な立場についてではありません。
「会社に従属しているか、会社から独立しているか」という点において、独立しているという意味として使われています。
では、マルチのDTがどれほど独立しているといえるでしょうか?
マルチのDTは通常、商品の価格を自由に決めることはできませんし、それゆえにDTが独自に値引き販売といったセールス・プロモーションを打ち出すことは出来ません。
他社製品を扱うことを禁止しているところがほとんどですから、自分のビジネス展開に独自性を出すことはできません。
販売ルートすら制限されていて、自らの判断で既存流通ルートに乗せることもできません。
(それでもディスカウントショップへの横流しはあるわけですが)
ミーティングなどのイベントに参加せねば「やる気がない」といって非難されます。
お互い独立したDT同士であるはずが、アップ−ダウン間に盲従といっていいほどの上下関係があるのはあまりにも有名な話で、意思決定さえ他人依存です。
そもそも、他社製品を扱えば除名・資格剥奪とか、タイトルによって内部に序列があること自体、マルチ企業やそのシステムに従属しているという証明でしかありません。
DTに支払われるコミッションはマルチ企業から支払われるものであって、売った相手、もしくはダウンから直接受け取るものではありませんから、つまりは報酬を(計算を含め)会社に依存していることになります。
どこをどう見ても「実態としては」独立していません。
これだけDTを従属させておきながら、トラブルが起こっても「DTは独立した個人事業主だから関係ない」といったり、上手くいかない人に対して「自己責任」といって突き放すのがマルチ企業です。
結局、マルチにとって「独立した個人事業主」というのは、「都合がいいから個人事業主として独立させた」ということに過ぎません。
もしくは、「独立」という言葉でおだてて勤め人を見下させ、上手くいっていないという不満をそらさせる方便といえるでしょう。
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「MLMでは収入逆転がありうる、だからネズミ講とは違う」 |
2002年頃からマルチ肯定者が使い出した、マルチ商法のネズミ講的要素を否定するための理論です。ちなみに、
「収入逆転」とはアップよりダウンの収入が多くなることを意味します。
では、逆にネズミ講なら収入逆転がありえないかどうか考えてみると、そんなことはないことがすぐにわかります。
まず1つの方法として、ダウンのつき方によるもの。
均等にダウンがつくピラミッドのモデル図のとおりになるならそうでしょうが、実際のネズミ講でも各段階でダウンにつく人数は一定ではありません。よくある5段階ネズミ講
(まだやってる人、犯罪ですよ)を見てみましょう。
1段目から5段目までは1人づつしかダウンが付かないのに6段目には5人ついた場合、1段目の者には6段目からの収入はありませんが、2段目には6段目の5人分の収入が入りますから、その場合は収入逆転ですね。
もう1つの方法は配分割合によるもの。
直下からは3000円、それ以下の段階からは1000円還元されるシステムを想定してみましょう。
AというアップにBというダウンがいて、Bには3人のダウンCDEがいた場合、Aの収入はBから3000円、CDEからそれぞれ1000円で総額6000円ですが、BはCDEからそれぞれ3000円ですから総額9000円で、収入逆転ですね。
では、これらの方法はネズミ講じゃないというかというとそうじゃありません。
たとえ収入逆転があろうともネズミ講はネズミ講です。
従って、収入逆転があるからマルチの収入システムとネズミ講のシステムは違うというのは全くのデタラメなのです。
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●マルチ商法の優位性編
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「中間流通を省いているので安く商品を提供できる」 |
マルチのデタラメ理論の最たるものです。
「流通」を少しでも勉強すればデタラメとわかるのですが、マルチではこの理論を好んで使います。
どこがデタラメなのか説明しましょう。まず、中間流通の役目というのは製造者と消費者との間の交通整理、効率のいい商品輸送のためのルートであるということです。
例えば10の製造者と10の消費者がいるとします。
両者が直接に取引をするとしたら、流通のための経路は10×10の100本です。
一方、間に1つ中間流通を入れて、製造者はそこに全て送る、消費者はそこから全て買うとすると、製造者−中間流通で10本、中間流通−消費者で10本、合わせて20本になります。
ざっと流通にかかる経費は1/5ということになりますね。
中間流通を経由することで経費がかかったとしてもそれをカバーするだけの効率です。
実際はもっと複雑ですが、それは製造される商品の方が複雑なのであって、中間流通の役割が流通経路の交通整理を行うことによって流通経費の削減を行うことであるのは変りありません。
この中間流通の機能を「集積と分散」と言い、マスメリットの1つの事例といえます。
もっと具体的に示しましょう。
某宅配便会社で東京から大阪に運ぶとしましょう。
2kgの荷物を運んでもらうと運賃は840円です。しかしその10倍の20kgを運んでもらっても運賃は1,680円に過ぎません。
(料金は執筆時)
このことからも「まとめて送る」ことがコストを下げるということがわかるでしょう。
ところが、マルチのデタラメ理論では、1製造者、1消費者という流通モデルを提示しています。
このモデルで中間を増やせばそりゃどんどん経費要素が増え、あたかも中間流通がコストを押し上げているように見えます。
しかしそれは、自分たちの持論に都合のよい「ありえない流通モデル」を提示しているからに過ぎないのです。
まがりなりにも流通業でもあるマルチの主催会社がこういった流通の基本を知らないはずはありません。
わかっててこういうデタラメ理論を吹聴しているのです。
「中間流通を省いているので安く商品を提供できるので有利」などというようなところは、はなっから騙す気でいると思って間違いありません。
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「米国では流通の○○%がMLMで行われており、一般に認知されている」 |
これは全くのデタラメです。
おおかたの場合において「60%」と言われるんですが、これを言う人にデータの出典がどこなのか聞いても答えられる人はいません。
この話は数年前は「米国では流通の○○%がダイレクト・セリング(通販・訪販の総称。以下、DS)で行われている。かくのごとくMLMは米国では一般的なものである」という言い方をしていたものです。
そもそもDSのパーセンテージと、その中の1形態でしかないマルチ商法をあえて混同させて、マルチ商法の優位性を訴えるているという不当なものです。
これが、いつのまにかさらに間をはしょって「流通の○○%がMLM」となった次第です。
もっとも、このDSが60%というのだってデタラメです。
訪問販売協会によると、米国におけるDSの売上高は26,700百万ドル(2001年)です(参照)。
60%がDSだとすると、おいおい、米国の流通規模は44,500百万ドル(約5兆円)しかないんかよ!ってことになります。(ちなみに日本の2001年の小売売上高は134兆円)
もうデタラメもいいところだってわかりますね。
私は仕事の関係上、米国の流通(だけじゃないけど)に関する新聞を読んでますが、マルチ商法がそれだけ流通を握っているんならそれはもうしょっちゅう企業名を見るはずですが、そんなこと全然ありません。
あと、最近の勧誘文句では「40%」と言ってるんですよね。
この大幅な数字の変り様が、この話のデタラメぶりを表していると思います。
だいたい、こんなにパーセンテージが下がってるようじゃ、未来の流通じゃないですよね(笑)
また、売上額は別にしても、社会的に認知されているというのはデタラメですね。
FTC(米連邦取引委員会)による文書(日本語訳したもの)をご覧下さい。
どう見てもマルチ商法が米国で一般的に認知されたものにはなってませんね。
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「ハーバード大学ではMLMの講義は必須となっている。それぐらいMLMは一般的」 |
これもデタラメで、上の「流通の○○%」と同じで、マルチ商法を一般的なものだと思わせるためのデッチアゲ話です。
実はこれに関して、ハーバード大学に直接問い合わせた人がいまして、ハーバードではそのような講義もなければ、もちろん必須になんかなっていないという返事をもらっていますし、「Wall
Street Journal」でも嘘であると示されています。
http://web.archive.org/web/20010303152422/http://www9.freeweb.ne.jp/family/immunity/mkt/h_hvd.htm
そもそも大学で講義があるからといって、その科目テーマが「社会的に善」もしくは「一般的に受け入れられている」かどうかは別問題のはずです。
犯罪学という科目や戦争学といったテーマがあるからといって、犯罪や戦争がいいものと社会的に認知されているわけじゃないというのは簡単にわかることです。
ましてや「MLMの講義」と言いながら、その内容を説明できる人が皆無だというところが、この話のデタラメぶりを如実に表しているといえます。
ちなみに、これのバリエーションで「アメリカの大学では」とさらに一般性を増した話が出ることもあって、一度、マルチ肯定派が「これが授業カリキュラムだ」とある講義のカリキュラム表へのリンクを張ったことがあるんですが、どう見てもそれはマルチ商法の講義ではなく、また簡単に書かれていた内容を見てもマルチ商法のことを主題にした授業コマすらなかったというエピソードもあります。
(英語だから読まれないとでも思ったのでしょうか?)
さらには「日本の●●大の○○学部」というバリエーション、「◎◎大学の○○教授」というバリエーションもありますが、これもその大学にはその学部がなかったり、そんな教授はいなかったり、ムチャクチャです。
こういう勧誘の仕方をされたときは、自分で調べてみましょう。
今はどの大学もWEBサイトに講義内容を公開しています。
デタラメだということが一番簡単にわかる例ですから。 |
「一般流通はTVCMなどの宣伝費に莫大なお金をかけている。
MLMはこれを省いているので商品を提供できる」 |
流通コストの件と並んで、マルチのデタラメ理論の双璧といってもいいものです。
どうデタラメか?まず第1に、一般流通は値段を上げるために宣伝費をかけているわけではないということです。
何のために宣伝をするのかを考えれば、それは、認知度やイメージアップを行うことによって、より多く売れるようにするためです。
多く売れれば、マスメリットが働きますから製造原価が下がりますし、商品1個あたりの宣伝コストもどんどん安くなっていくのは自明です。
たとえ、その商品自体の価格は下がらなくても、次の製品の開発費に充当されて次の商品の製造コストを下げていく効果があります。
そもそも、自由主義市場で激しい価格競争を繰り広げていると言うのに、コストを上げて価格を上げるだけの効果しかないのなら、TVCMなんか打つ訳がありません。
タレントのCM出演ギャラとか、CM放映料とか上っ面の数字だけで、宣伝がコストを上げているなどというのはデタラメもいいところです。
(だいたい、そこまで宣伝コストをかけてる会社なんてほんの一部で、膨大な数を売り上げてるものだけです。)
第2に、マルチ商法で売られている商品には、ラインで吸い上げられるコミッションが加算されているということです。
中間流通のコストも同じですが、TVCMなどの宣伝コストをかけてないといっても、マルチ商法では別のコスト
、それも宣伝コストと同質のものをかけているわけです。
こういったマルチの商品に加算されるものを出さないで、一般流通の方が高くなるというのは、これはもう騙しであるとしか言いようがありません。
ちなみに商品内に占める宣伝費という観点から考えると、マスメリットが働く一般流通と違い、マルチのコミッション額は売上額に対する%ですから、いつまでたっても商品価格に占める宣伝費の割合が小さくなることはありません。
第3に、マルチ商法が宣伝費をかけていないというのが嘘であるということです。
上述のコミッションもさておき、マス広告を出しているマルチ企業はあります。
アムウェイやニュースキンはTVCMを打ちましたし、オリンピックの公式スポンサーになるために莫大なお金を積んでいます。
タヒチアン・ノニ(旧モリンダ)のようにデカデカと駅看板を出しているところ、ハーバライフのように女性雑誌に大きな広告を出すところもあります。
また、モリンダ、アムウェイ、UPS、スカイビズなど見本市に出展料を支払ってブースを出している企業もあります。
中小のところでも、業界誌をみれば広告がいっぱい打たれています。
このことからも、マルチが宣伝費をかけていないから安くできるということは真っ赤な嘘だってことがわかります。
これまで見てきたように、明らかなデタラメ理論ですから、こんなことを言う企業は最初から騙すつもりなんだと考えましょう。
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「21世紀はMLMの時代だ。なぜなら口コミ・マーケティングの時代だからだ」 |
そもそもこれまで述べてきた様にマルチの優位性を訴える理論自体がデタラメなので、21世紀がマルチの時代となるとはとても思えないのですが、それは置いといて、口コミ理論について考えてみましょう。
まず、これが大事なのですが、マルチのDTが商品を薦めるのは「営業」であって「口コミ」ではないということです。
(辞書的な意味では、「口伝え」は全て口コミというのでしょうが、マルチのいう口コミとは「消費者の賛同を伝える」と言う意味)
確かにマルチDTは消費者でもありますが、その商品を販売する営業員であり、売ることで利益を得る立場ですから、純粋なる消費者の意見とはとてもいえません。
マルチDTの言うことが口コミだというなら、社内販売で自社製品を買った営業マンのいうことも口コミだってことになります。
つまり、マルチ側が自分達のやってることを「口コミ」と言うこと自体がデタラメなのです。
「口コミ戦略」というのは単に口で伝えるだけという意味ではありません。
現在、どの業界でも口コミ、とくにインターネット上のコミュニティーによる宣伝効果については大いに注目しており、そういったものに取り上げてもらえるような商品プロモーション、宣伝戦略を練っています。
「ポストペット」とか「ホッピー」など消費者が勝手連的なサイトを作って商品ファンを増殖させていることは有名ですが、そうなるように仕向ける戦略が、マーケティング手法として有力視されています。
ここで注目すべきなのは、あくまでも「盛り上げるのは消費者側であって、販売者側ではない」、つまりということです。
商品の質やパッケージデザインはもちろんのこと、HPサイトでの宣伝、店舗内の棚の位置にまで細心の注意を払って話題になるように仕向けますが、「これはいい、これはいい」と販売者側が価値観の押し付けはしないということです。
あるアンチの人が「口コミとは『伝わる』ものであって、『伝える』ものではない」といっていましたが、まさに至言ですね。
他社商品をこきおろし、自社製品絶対を連呼するマルチ商法のやり方は「口で伝えている」という点だけが「口コミ」であるだけで、口コミ戦略に重要な「自発的な盛り上がり」というものを無視しているということで、マーケティング手法としても間違っているということです。
当然、「営業員」であるDTが「愛用者」を装って「口コミ」を演出しようとしてるあざとさは掲示板などでしばしば批判されています。
なんといっても「宣伝」にすぎないものを、「消費者からの情報提供」みたいな言い方は相当卑怯な手法ですし、消費者はそれに気づいています。
また、口コミというのが別にマルチ商法のみが使える手法ではなく、独占的に優位性を確保できるわけではないということです。
マルチ側はよく口コミの例で「コンビニで見つけた商品を気に入って、人に薦める」という例を挙げますが、これは口コミがマルチ商法の特権ではないという如実な例だということを示しているのに、彼らは気付いていないのでしょうか?
「口で伝える」という部分だけを抽出して有利性を訴えるのは、明らかな騙しと言えます。 |
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「批判されているからこそこのビジネスは今がチャンス。だれも認知してないからこそ、 むしろチャンス」 |
「あまり人がやりたがらない所にビジネスチャンスがある」というのはニッチ・ビジネス(すきま産業)の重要な考え方です。
しかし、ニッチ的なビジネスというのは、誰もすすんでやりたがりはしない、もしくは一部の人には批判を浴びてはいるもののコアなニーズ、つまりそれを「好ましく思う対象」があってこそ成り立つのであって、「手法(商法)」に対する好悪が関係するものではありません。
例えば「簡易トイレ・レンタル事業(移動トイレ)」、これは破産した人が「人がやりたがらないことで成功しよう」と思って始めたそうですが、「簡易トイレ」という「対象」が求められたからこそ成功したのです。
同様のことは、深夜保育やアダルトショップなどに言えると思いますが、いずれも「対象」がコアであってこそです。
一方、マルチ商法はどうでしょうか?
対象となる商品は、競合品の多い一般的なもの(質的な意味ではなく)ですから、「対象としては」、単に、競合品の多い商品であるに過ぎません。
ニッチ的なビジネスの対象である「批判もあるがコアなニーズもある」という点からはかけ離れています。
マルチの批判を浴びている理由であるのはその「手法(商法)」であって、「商品」ではないのですから、ニッチ・ビジネスの成功の法則とは何の関係もないのです。
ましてや、人を勧誘してこそのマルチ商法での成功なのですから、批判を浴びれば浴びるほど将来性がなくなるのは明白です。
つまり、マルチ商法の「批判されているからこそチャンス」というのは、「批判されている」という部分のみを抽出して意図的に論理飛躍をさせている、もしくはを「批判されている対象」をすりかえているデタラメ理論なのです。
逆境をバネにするポジティブシンキングはビジネス成功には確かに大切かもしれませんが、考察のもとの根拠がデタラメでは何の意味もありません。 |
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「MLM製品は一般流通よりも材料費や製品開発費をかけているから高品質」 |
これについて、きちんと客観性のある数字を出して証明できたマルチ肯定者はいません。
優位性をうたうなら、財務諸表などを用いてきちんと比較してから言うべき話のはずが、そういうことをしてくれた人がいません。
その一方で、どこから出たかわからないパーセンテージを示して、マルチの方が原材料費や研究開発費にかける%が高いということは平気で行われています。
例えば、下の数字は「販売開発」の議論掲示板で出された数字です。
「普段似たような数字を使っている」という関係者の発言があるので、これが一般的に流布されていると考えられます。
http://100mega.net/discuss/discuss.cgi?id=biz&mode=part&page=1&num=3852&sort=1&back=tree
>あるMLMでの製品価格の内訳
>15%→経費
>15%→製品の材料費や開発費
>40%→メンバーへ還元(ボーナスの部分)
>30%→企業の利益
>
>通常の流通形態での製品価格の内訳
>15%→経費(製品の材料費や開発費なども含む)
>15%→CM(宣伝費)
>40%→卸問屋
>30%→小売
果たしてこれが正しいのかです。
まず、マルチ側の数字は経費と材料費を分けて、一般流通は一緒に入れるとか、一般流通の企業の利益はCMのところに入れるとか比較するにしては無茶苦茶です。
また、40%となっている「メンバーへの還元」も眉唾ものです。
例えばニュースキンの例で見ると、直ダウンへの利益率が(商品によって違う、DTに裁量の範囲はあるといえども)43%〜となっています。(セールスプラン紹介ページより)
既にここでメンバーへの利益40%を超えています。
そしてそれに加えてボーナスを直ダウンから5%、その1つ下から7%、リーダーシップボ-ナスには最低9%かかっていますし、その他にもボーナスのシステムがあります。
どう考えても「メンバーへの還元が40%」というのはデタラメです。
まあ、これは1例ですが、中には還元率80%とかいってるところもありますから、いかにデタラメな数字かわかります。
さらに加えて言うと、一般流通には流通経費が含まれているにも関わらず、マルチ側は配送費が含まれていません。
実際には、商品を実際に手にするまでの価格に相応な%が配送費としてかかっているはずなのです。
つまり、上のパーセンテージは全くデタラメで、原料費や開発費が多くかかっているということを証明したいがためのデッチアゲ数字というわけです。
ましてや、原材料費というのはマスになればなるほど値が下がりますし、生産効率も上がりますから1つの商品に含まれる原材料費の比率を見たからといって、それがすなわち「原材料をケチってる」とは言えません。
また、開発費にしても同様です。
開発費は製品開発当初に掛かり、それ以降は掛からないものですから、生産量が増えれば増えるほど商品1つあたりの開発費は減っていきます。
開発費が1000かかった商品で1000個売れたら、1個あたりの開発費は1ですが、500個ならば開発費は2になりますよね。
ですから、商品1つあたりで開発費の含まれている割合が高いからといって、その会社が「製品開発費をケチってる」というのも間違いです。
開発費総額を比較するのなら別ですが。
ましてや、基礎研究開発をしている企業では比率が高くなるというのは常識です。
また、利益についてですが、製造原価にどれだけの利益率をかけるかはその企業の心積もり1つですから、その点については一般流通もマルチも違いはありません。
「なぜマルチ『だから』良い製品ができると言えるのか?」という点について、合理的な説明がなされていません。
特段「マルチの製品『だから』品質が悪い」と言うわけではありませんが、根拠を示さずに、一般流通との比較において優位性を訴えるのは不当です。
ましてや、デタラメな数字を挙げて優位性をうたうことは詐欺としかいいようがありません。 |
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「MLMは今までの流通法に代わる21世紀(次世代)の流通法だ」 |
「もう21世紀になっちゃってるのにまだとってかわる兆候もないよ」というつっこみはおいときます。
既に、マルチ商法が一般流通と比して効率的な流通法というわけではないことは述べていますが、今一度、マルチ商法が一般流通にとってかわろうとしているかを考えてみましょう。
マルチ商法で取り扱っている商品を考えてみると、化粧品、健康・ダイエット食品、健康・ダイエット器具、下着が大部分を占めます。
これらの商品群には1つの共通点があり、それは「価格と性能(効能)の相関関係が明確でない」という点です。
その理由は、顧客満足を目的としてブランドイメージを作るためにわざわざ経費をかけているということがありうるからです。
例えば化粧品、デパートの1階の販売ブースで売ってるような、または海外旅行に行くと言うとお土産に頼まれるようなブランド化粧品と、そうじゃない化粧品とでそんなに差があるかといったらそうじゃないですよね。
でもやっぱり人はブランド化粧品を欲しがるのは、ブランド化粧品が持つリッチな雰囲気、綺麗になれるというイメージがあるからで、それは販売ブースのイメージや「○○がCMに出てる」という印象から来るものです。
そういうところに経費をかけて「その商品を持てる私」という「満足を売る」ことができ得る商品なのです。
こういった現象は価格差が性能差を表さない様々な商品(ブランド衣料など)で見ることができますが、その代表が上記の商品群なのです。
ですから、上で価格の内容比較をしましたが、それも実はそれほど意味のあるものではないわけで、どうせ比較するなら自社製品より安い製品の大部分より内容がいいことを証明しなくては意味がないわけです。
一方、そういうものじゃない一般的な商材についてはどうでしょうか?
一部の客寄せ目的の特価商品以外で、マルチ従事者がいうようなマルチ商法の効率性をあらわすような安い商品を見たことがありません。
アムウェイの鍋や情報家電ファックス(?)など、どう考えても一般流通よりも高いですね。
米や野菜、卵を主に売るマルチ企業があって、それが一般流通より格段に安いというならお目にかかってみたいものです。
ほんとうにマルチ商法が効率的ならば、そういった企業がどんどんでてきてしかるべきですが、その兆候は見られませんよね。
結局、マルチ企業の商材が化粧品や健康食品ばかりなのは、そういうものじゃないと優位性(それも根拠不明な)を訴えることができないからであるとしか言いようがありません。
そういう商品をわざと選んでおいて、マルチの優位性を訴える会社に悪意がないとはとても思えませんね。 |
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「会社では同じような人としか知り合いになれないが、MLMには色んな人が集まるので勉強になる」 |
確かにマルチに参加する人は会社員から主婦まで色んな人が参加しますから、文章後段だけなら間違ったことは言っていません。
しかし前段を踏まえたものとして考えるとどうでしょうか?
同じ会社に働いている人は「その会社の人」というカテゴリで括れば同グループになるでしょう。
しかし、「会社の人」という以外で、個々人のパーソナリティーを考えたときに同じグループとして括れるわけじゃありません。それぞれ趣味は違うでしょうし、ボランティアグループに参加している人、語学の勉強をしている人、少年野球チームのコーチをしている人などと多様な人がいるのですから、ちゃんと人間同士として付き合えば勉強にもなり、刺激になることも多いはずです。
とても「同じような人」などといって括れるものではありません。
逆に色んな人で構成されているかマルチも「マルチをやっている」というカテゴリで括れば「同じような人」ということになってしまいます。
要は、視点をどこに置くかなのです。
それをマルチ側については多様性のある部分を語り、会社組織側については同一性の部分を語って会社組織を否定する根拠としようというのは、意図的であり悪質です。
なお、新たな知り合いを増やすことができるのはマルチだけみたいな表現をマルチ信者はよくしますが、そんなことはありません。
スポーツクラブに通い始めても、英会話学校に通っても、勉強会・セミナーに参加しても知り合いは増やすことができます。
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MLMは「国会ニュース」でも取り上げられ、日本の不況を救うものと評価されている。 |
2002年も2月頃から急に増えだした勧誘トークです。
(2004年の今になっても使ってる輩がいます。)
まず最初にいっておきますが、「国会ニュース」という雑誌の2001年11月号にマルチ商法を礼賛する記事が掲載されたのは事実です。
しかしながら、国会ニュースは日本政府や国会が発行している雑誌でも、どこかの官庁が編集している雑誌でもありません。
一民間企業である「国会ニュース社」というところが出している評論誌にすぎません。
マルチ商法DTはこれを知ってか知らずか、国(国会)がマルチ商法をそのように評し、今後後押ししていくかのようにトークしていますが、まったくのデタラメです。
さらに、これに付随して、この「国会ニュース」誌が国会図書館に収蔵されているといって、このマルチ商法礼賛記事が国に認められたものであるというデタラメに信憑性をくっつけようとするトークもあります。
しかしこれも不当に良く見せようとする行為に値します。
国会図書館法による納本制度とは、
「民間の出版物が発行されたときは、文化財の蓄積及びその利用に資するため、発行者は、発行の日から30日以内に、最良版の完全なもの1部を国立国会図書館に納入しなければならないこととされています。出版物を納入した者から請求があった場合には、当該出版物の出版及び納入に通常要すべき費用がその代償金として交付されますが、正当な理由なく納入をしなかったときは、その出版物の小売価額の5倍に相当する金額以下の過料に処せられることとされています。」(国会図書館サイトより引用)という性質のものです。
国が認めた本だから納本されているのではなくて、納本しなければ罰則があるものなのです。
このように、「国会ニュース」の記事をもってマルチ商法を国が後押ししているかのようにいうのはまったくデタラメであり、それどころか、不当に良く見せようとしているということで、法律違反の疑いもあります。
ちなみに、国会でマルチ商法がどのように論評されているかは国会の議事録を検索できるサイトがありますから、それをみればわかります。
http://kokkai.ndl.go.jp/
(ところで、この「国会ニュース」社ですが、ついこの前まで結構立派なWEBサイトがあったのに、いつのまにか無くなってしまいました。どうしたんでしょうね?)
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● 一般流通と変らない
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「携帯電話もかつてはダメといわれたが、今あれだけ一般化している。
だからMLMも今は理解されていないが、数年後には一般化する。」 |
マルチ商法の勧誘でおなじみのデタラメ例え話で、「携帯電話」が「マクドナルド」になることもあります。
前の文と後ろの文は「だから」で繋がっているわけですが、この場合だと「だから」は「ダメといわれたから」ということになります。
この論法が正しいと言えないのは明らかです。
こんな論法が通るなら幼児虐待だって、窃盗だって将来は理解されて一般的になるということになります。
この論法が意図的に省いているもの、それは一般的になる(もしくは、なった)根拠です。携帯電話が一般的になった理由には通話料や機器の大幅な値下げ、その前段階のポケベル文化によるパーソナル・コミュニケーションのニーズとその確立があります。
マクドナルドにしても、ファッション性が時代の感性にマッチしたとか、徹底的な立地場所リサーチとかいう理由があります。
そういう根拠や努力があり、「だから」成功したのであって、「ダメだといわれたから」「理解されなかったから」成功したわけではありません。
それをこのように論点を摩り替えて、あたかも成功が約束されているかのようにアピールするのは、明らかな騙しです。
このような詭弁を当たり前に使っている限り、何10年経とうが、マルチが社会的に理解されることなんてありえません。
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「アンチはマルチ商法は飽和するというが、一般流通でも飽和は起こる。
しかし、一般流通は飽和を回避しているのだからマルチに飽和がくることもありえない。 |
これは、マルチ商法の典型的なすりかえ理論です。
「一般流通」の部分で使われている飽和とは言うまでも無く「商品供給過剰による飽和」です。
一方、マルチ商法の飽和についてアンチが言及するときはそれは「DT数の飽和」を意味します。
商品の飽和は商品を回転(消費→再購入)させること、モデルチェンジや製品寿命によって新たな需要が起こすことで飽和状態を解消できることはいうまでもありません。一方で、DTの飽和についてはどうでしょう?
マルチ商法が新たなメンバーを勧誘するというシステムである限り、DTが増えつづけるのは自明のことです。
DTが増加するスピードが人口の増加を上回われば、いつか日本人口も世界人口も越えるのです。
しかし、DTが自らの収入を確保しようとするならば、その数はまさにねずみ算式に必要となってきますから、マルチ商法のピラミッドの階層がある段階までくると、人口増加率なんかでは追いつきません。
市場内での回転による飽和の回避と、市場自体のパイの限界、このように明らかに比較対象が違うのですが、これを意図的に混同させているのが、マルチのデタラメ理論です。
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「毎年学生が社会人となって市場に参入してくるので、飽和することはありえない」 |
実はこれと同じことを言っていた団体があり、それがかつて摘発を受けたネズミ講(真の意味での)「天下一家の会」だというのは、皮肉というべきか、そのそもコンセプトが一緒だったというべきか、非常に面白いことです。
さて、学生が社会人となるから飽和しないというのが正しいことでしょうか?
例えば1人あたり5人のダウンが付くと考えてみて下さい。
EXCELでも使えば簡単に計算できますが、12段階目でそのマルチ商法に関わる人数は61,035,156人となり、12段目でダウンについた人(48,828,125人)全てに5人のダウンをつけるには244,140,625人という現在の日本人口の倍もの人数が必要になってきます。
とても学生が社会人になる人数なんてもので追いつくはずがありません。
ましてや、競合他社もいれば、その商品を必要としない人もいるのですから。ちなみに、10人のダウンをつけるとなると、わずか9段階目で1億人の新規加入者が必要になります。
ちなみに、既に飽和が間近いということは、近年、学生まで闇雲に勧誘し、トラブルを多発させていることからわかります。
将来どころか青田刈りまでしなくてはならなくなっているところが、飽和はないという理論がデタラメであることを証明しています。
(参考:国民生活センター資料
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-19990107_3.pdf
東京都
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2003/11/20db6500.htm )
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「MLMと同じように一般企業もピラミッド構造で、部長や社長に搾取されている」 |
これはアップにお金が吸い上げられる構造を正当化する理論として使われます。
ここまで「社会の道理」というものをわかっていない理論だと、呆れすぎてどこから手をつけていいかわからなくなりますね。
まず、ピラミッド構造といいますが、単に上にいけば人が少なくなる、給料の額も多くなるという構造に類似があるだけで、内容を考えれば違うということがわかります。
会社組織のピラミッド構造は、指揮命令系統としてラインであり、共働作業体としての構造です。
そこには役割、責任、権限という機能によるピラミッド構造はありますがお金の流れはありません。
営業した社員が集金したお金を一部にせよ、課長や部長に手渡したりしませんよね。
給料の多寡も、協働の成果をその役割・責任(権限に伴うもの)などに応じて分配しているのであって、「いるだけ」でもらっているのではありません。
(そりゃ、自分より仕事をしてないように見える上司ってのはいますけど、下にいる人間にはわからない大変さがあるんですよ。ホント、人の上に立って初めてわかることですけどね。)一方、マルチのピラミッド構造には指揮命令系統はありませんし、その主要目的はお金の流れを上にあげることです。
この両者を同一視しようなんてデタラメもいいところです。
ここで、マルチはアップがダウンを指導してると言う人がいるかもしれませんが、そればボランタリー・ベースであり義務じゃありません。
マルチのDTは本来、相互に独立した個人事業主なのですから、指揮命令系統に主眼があるラインによるピラミッド構造ならば、今度は「DTは独立した個人事業主だ」という前提がデタラメということになります。
で、次に搾取構造についてですが、どんなガチガチのマルクス経済学者でも、社員が部長や社長に搾取されているなんて言いません。
搾取しているのは資本家なのであって、いくら給料が高くとも上司も共働の仲間です。
上司の給料が高いのは、経験と地位に見合った責任に対してのものであって、社員がたくさん下にいるから彼らから上納が多いからではないというのは、考えるまでもなくわかることです。
会社組織を「社員が営業で稼いできたお金を組織ラインで吸い上げるという構造」という人は、経理や総務といった事務方の人は権利収入を
得ているとでもいうのでしょうかね?
社長が資本家として同一であったとしても、搾取してるのは資本家としてのその人であって、社長職としての給与は地位と責任に対してのものです。
こんなちょっと考えればわかるようなことでも、熱狂的な雰囲気の中で話したり、何度も繰り返していくことで信じ込ませることができるのですから、洗脳というものがいかに恐ろしいかわかりますね。
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「セブンイレブンもケンタッキーもMLMをやっている」 |
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これは最近、マルチ従事者がよく使い出したフレーズなんですが、ここまで来るとなにがなんやらわからなくなってきますね。 言うまでもなくセブンイレブンやケンタッキーはフランチャイズであって、マルチ商法ではありません。
フランチャイズでは店舗がさらにダウン店舗を勧誘することはしませんし、勧誘することが無い以上、ダウンの売上から上納させることもありません。
では、マルチ従事者がなにをもってMLMとフランチャイズを同一視しているかというと、フランチャイズ店舗の売上からフランチャイズ本部への上納金が支払われている点です。
その状態を示して、マルチ商法でアップに売上が吸い上げられていく構造を肯定しているわけです。
しかし、上納する対価を考えたら両者がまったく違うものということはすぐにわかります。
(社)日本フランチャイズチェーン協会ではフランチャイズの定義を、
「事業者(「フランチャイザー」と呼ぶ)が他の業者(「フランチャイジー」と呼ぶ)との間に契約を結び、自己の商標、サービス・マーク、トレード・ネームその他の営業の象徴となる標識、及び経営のノウハウを用いて、同一のイメージのもとに商品の販売その他の事業を行う権利を与え、一方、フランチャイジーはその見返りとして一定の対価を支払い、事業に必要な資金を投下してフランチャイザーの指導及び援助のもとに事業を行う両者の継続的関係をいう」
としています。
つまり、商標などの信用をつけるための看板を貸したり、プロモーションや企画などの効果を付与したり、さらには売上や顧客の分析を行うなどの経営支援の対価として上納しているのです。
それに対して、マルチ商法の場合は単に「勧誘してきた」という理由のみで、何らかの対価としてアップにコミッションが支払われているわけではありません。
「アップはダウンの面倒を見ている」と言う人がいるかもしれませんが、それはボランティア・ベースであって、制度化された義務ではありませんから、システムとしては何らかの対価ではないのです。
世間で認められているものの要素のほんの1部をクローズアップして、マルチ商法との類似を訴えて正当化するのは他でも見られるデタラメ理論の類型の1つですが、この例まで強引だと逆に哀れさまで漂ってきますね。
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●悪いのは一部、ウチは違う編
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「MLMの苦情件数はアンチによって誇張されている」 |
この主張が本当かどうかは、国民生活センターなどのデータを見ればわかることです。
国民生活センターと、2002年のマルチ・マルチまがい商法に関する相談件数は21,220件となっています。
これが多いか少ないかというのは相談件数における比率を見ればわかります。
2002年に国民生活センターに寄せられた相談件数総数は約817,182件ですから、マルチ商法も占める割合は2.6%です。
(マルチ商法の相談件数は、消費相談データベースより。総相談件数は報道発表より)
一見少なく見え、事実そう主張してるマルチ企業もあります。
しかしそれはまやかしに過ぎません。
流通に占めるマルチの割合を見てみましょう。
訪問販売協会のデータレポートによると、2002年の小売業の売上高は130.3兆円(経済産業省統計より)で、そのうち訪問販売は2.87兆円ですから2.2%です。
(注 通産省統計はサンプリング調査後に調整。誤算、遺漏、修正あり。詳細はこちら
訪問販売の売上は協会加盟社の売上高を基にした推計値)
マルチ商法は訪問販売のうちの1分野に過ぎないですから、2.2%よりさらに少ないパーセンテージの業態が2.6%の苦情を生み出していることになります。
(ちなみにダスキン愛の店事業だけで3,700億円、千趣会が1,470億円ありますから、マルチ商法が占める割合は相当落ちるということがわかりますね。)
つまり、他の業態と比して多くトラブルを生じさせているということになります。
さらに言うと、これは国民生活センターに寄せられた相談件数のみで、各県にある消費者相談センターなどに寄せられた相談件数ではさらに数が増えます。
なお、苦情件数の話を出されると「その数には『○○ってどんなところですか?』というのも含まれるから件数が水増しされている」というマルチ肯定者がいますが、それはどの業態も同じですから、パーセンテージで他より多いということは、マルチ商法にトラブルが多いというのは決して誇張ではないのです。
しかしながら、問題は苦情件数が多いことに留まりません。
これだけの苦情、トラブルが発生していながら、それを隠そうとする企業、業界の姿勢がさらに問題があるといえるでしょう。
数年前、あまりもの苦情の多さに国民生活センターがアムウェイ社に警告を出したことがありますが、そのときアムウェイ、DTに対して「誹謗中傷にすぎない」と文書を回したのは有名な話です。
また、他社でも上記のように「相談件数が誇張だ」「水増しだ」と言っています。
自らの業界の問題にまともに取り組む気のないその姿こそが、マルチ業界がそもそもデタラメであるという証拠でしょう。 |
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「MLMのDTは個人事業主であるから、失敗しても自己責任である」 |
確かに個人事業主においては、判断は事業主が行うもので、その失敗も本人の責任です。
しかし、それには「その判断にあたって、正しい情報が与えられており、自分で冷静に判断できるような状況にある」という前提が必要です。それを無視して、単に「信じて判断した」というだけで自己責任というならば、この世に詐欺罪というものは存在しなくなってしまうというのは、ちょっと考えればすぐにわかることです。
ではマルチはどうかと考えると、ここで挙げているようなデタラメ理論を始めとした数々の虚偽や誇大表現、マルチ企業本体のサイトにすら書いてないので確かめ
ようもない明るい未来予想などが語られています。
また、長時間の拘束によって頭が朦朧とした状態で契約させたり、セミナーで熱狂的な雰囲気を作りその中で煽るだけ煽って判断力を鈍らせる、何人もの仲間で取り囲んで精神的に追い込んだりして正常な判断のできない状態で契約させることはざらです。
もちろん、社内やPTAなどの断りづらい人間関係で契約を強いる、いわゆる「しがらみ商法」と言われる部分もここに入ります。
このように、とても「自己責任」で片付けることはできない事例は告発サイトで数多く示されています。
それを「個人事業主だから」という法的身分のみを取り上げて、あたかも判断の全てにおいて本人に責任があるように突き放すのは卑怯な逃げとしか言えませんし、その判断を狂わせる状態を自社DTが作っているということを全く無視しているというのは、そもそも「個人事業主」という関係にしたことさえ、そうやって逃げるためにあらかじめ用意したものとしか思えません。
いずれにせよ、正しい情報を与えずにさんざん煽っておきながら、いざとなったら捨てるのがマルチ商法
というものだ、という思想がこの自己責任理論に帰結しています。
こんな無責任なことはそうはありません。
だいたい、正しく情報が与えられ、正しく判断できる状況でビジネスをやると決めたというなら、たとえ失敗したからといってそれが社会問題になるはずがありません。
「損した」とか「被害者だ」とか言っても人々から共感も同情も得ることはできないでしょうし、そうなればアンチの人々が活動をするはずもありません。
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●アンチは・・・編
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「アンチは失敗者(脱落者、負け犬)」 |
「成功者を妬んで誹謗中傷を繰り返しているだけ」と続きます。
まず気付かなければいけないのは、これは批判に対する反論には全くなっておらず、アンチを批判しているに過ぎないとものであることで、さらに言えば「失敗者である」ことの証明すらしていない単なる決め付けということです。
何も根拠を示さずに相手を貶めることで意見の価値を下げようとする、まさに卑怯な手段です。
次に、この情報化社会でマルチのトラブルについての情報など、簡単にいくらでも手に入るようになっており、失敗なんかしていなくてもマルチのやり方のおかしさ、ムチャクチャさを知ることのできる立場になれるのです。
国民生活センターや消費者センターのサイトもその中に入りますね。最近はインターネット掲示板でSPAMな
どという迷惑行為を行い、わざわざ批判を集めるように出てくるものもいますが、その中にはいくつか挙げてるように、ちょっと学べばデタラメとわかる理論を振りか
ざしてるってものありますしね。
また、そういう間接的な方法じゃなくてもマルチ商法というものが次々と人を引きこまなければいけない宿命であるために、その実態の片鱗に触れる機会が多いのも事実です。
たとえばファミレス勧誘、セミナーなんかは典型的な接触点ですし、しつこい勧誘電話や借金の相談なんかを受けて実態を知り、アンチ活動をするようになった人もいます。
「失敗者」というレッテル貼りはあまりにも馬鹿らしいと言えます。
3つ目に「失敗者」と呼ぶのは、自ら矛盾をさらけ出してるといえます。
マルチの勧誘ではいつも「簡単に儲かる」、「誰でも成功できる」とうたっています。
そんなに簡単なことなら「失敗者」だの「脱落者」だのは出ないはずですよね。
失敗者の存在をうたうということは、簡単に儲かるっていうのがデタラメだってことを証明しているのです。
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「アンチはMLMとネズミ講の違いもわからず批判している」 |
「ウチがやるのはMLM。だからまっとうなビジネスだ」と続くのが常道です。
本当に知らなくて「○○社ってネズミ講なんですか?」と聞いてくる人ならともかく、アンチとして活動してる人にとって両者の違いなんて知識は基本ですから、違いがわからない人なんていません。
ましてや、マルチ肯定派がいうように「アンチはマルチをやって失敗した者」というならば、アンチはマルチのセミナーを受けてるはずですよね。
マルチとネズミ講の違いはセミナーで必ず言うことですから、「アンチはわかっていない」というのは自ら言っていることの矛盾を晒していることに他なりません。 |
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「アンチの理論は机上の空論」 |
このセリフを吐いたあとに、「じゃあ机上の空論じゃない、実態はどうなのか」をちゃんと説明できるかどうかよくチェックしましょう。
大部分はそこで何の説明もなくシャットアウトしてしまうでしょう。
そうでない場合も、マルチにとって都合のいい前提、それもよく考えればありもしないシチュエーションを前提として持論を展開するだけです。
それこそ机上の空論というものなんですがね。
やはりこのセリフも批判をシャットアウトするためだけの逃げ口上であるといえます。 |
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「あなたのMLM参加に反対する回りの声には耳を傾けてはいけない。」 |
ここでいう「回りの声」とは、アンチのことではなくて、家族や友人、知人のことで、参加前や参加直後に「周りが反対するので」というのに対して使われることが多いフレーズです。
これを端的にいうと「MLM従事者は反対するなら誰であろうと話を聞くな、信用するな」と言ってる訳ですが、その理由については色々なことが言われています。
まずあるのは「反対してるのはあなたの成功に嫉妬しているからだ」というもの。
なんでまだ初めてない、もしくは始めたばかりで稼ぎも無い人に嫉妬する必要があるというのでしょうか?
無茶苦茶ですね。
もし「MLMに参加することで成功が約束されている」などというならば、それは理論的にも実態的にもウソです。
次にあるのは「回りの声は偏見や誤解に満ちたものだから」というものです。
でも偏見や誤解だというならば、正しい知識で解消すればいいだけのことです。
本来なら「どう偏見を持たれ、どう誤解されているのか」を知るのがこれからマルチをする者にとっては必要なことなのですから、「聞くな」というのは変な話です。
「聞くな」というのは単に「反論できないから」情報シャットアウトをしようとしているだけです。
あと、「友人(あなたのことを考えてくれる人)ならあなたの成功を応援しこそすれ反対などするはずがない」というものです。
これはよく掲示板で「なぜあなた方には人の成功を応援しようとしないのですか!」という発言にその発想を見ることが出来ます。
でも、MLMに参加したからといって成功を約束されてるわけではありませんから、真の友人ならば成功の障害になる要素があるならそれを心配するのは当然です。
もちろんその友人が心配してることは、マルチの悪評や営業行為の難しさ、副業を持つことの大変さなど様々です。
そしてそれらを考えて、「成功の可能性が低い」と判断すれば「やめとけ」と忠告してあげることこそ友人として誠実というものです。
いつも相手の言うことを「YES、YES」なんていうだけの人は友人ではありません。
心配してる友人だからこそ「NO」が言えるのです。
「友人なら反対するはずがない」なんていうのは、単なる情報シャットアウトというだけでなく、人間関係を基盤にしているはずのマルチがその人の友人関係という人間関係を否定している矛盾した行為なのです。 |
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