5月

5月31日

 「らいおん丸」がここ最後のお勤めだというのに、台風なんぞが来ている。雨女の面躍如ともいうか。

 さんざんぐうさんと「らいおん丸」のトークタイムを牽制したクセに、バカシゲ所長ったらhaゲと仲のいいパートさんのトークタイムは野放しってんだから開いた口がふさがらない。

 こんな奴尊敬している者はいるのかなあとちょっと心配にもなる。影じゃ舌出してるんだろうけど。

 最後の「らいおん丸」とのトークタイムはバカシゲがパチンコにでも行ったのか不在で、無事終えることができた。「らいおん丸」、ここも1年以上いちゃった訳だけど、本当にご苦労さまでした。ぐうさんと仲良くなってしまったってことで「らいおん丸」にいらない苦労をかけたのではないかと心配もある。

 ぐうさんもこんなセンターは、あとは野となれ山となれである。センター自体に未練は全くない。今は違う場所で頑張っているぐうさんの仲間達が、このセンターにいたことで知り合えたことが唯一の収穫であって、得がたい体験だった。その意味ではこのセンターにいた意味はある。

 だが今となっては「らいおん丸」が去ってこのセンターのコンビニ部門に誰一人としてぐうさんの友はいない。これは去るしかないでしょうな。

 ぐうさんにとってもはやここは異界であった。


5月30日

 棚卸である。今回でここの棚卸は最後にしたい。

 何事もなく終わるかと思いきや、「らいおん丸」とのトークタイムの直前にばかしげ所長が社員を召集した。
「今から社員は4時10分まで休憩して、そのあとすぐ業務に入るように」

 今までそんなことはなかったし、4時10分からぐうさんと「らいおん丸」のトークタイムを知っててやりやがったな。

汚い所長だ。

「たまたまだよ」
と「らいおん丸」は言ってくれたが落胆しているに違いない。しかしこんな時に時間を区切る必然性は全くないのだから、単なる嫌がらせだ。

本当に汚い男だぜ、バカシゲ。

 棚卸を終えて終業間際、人事から来ていたトドjr.と鉢合わせしたバカシゲったら、思いっきりコビを売っていた。そのことをメールで「らいおん丸」に伝えたら、
「皆マツに似てきたね」
という返事が返ってきた。もっともだ。

「類は友を呼ぶ」
ことわざは当たるものだ。


5月29日

 明け方ふと目を覚まして、今日は休みであったことに気づいて安堵した。これが出勤日であれば二度寝を決め込むところだが不思議と休みであれば、天気も良さそうなので散歩に出かけてみようと思った。
 午前4時過ぎ。まだ外の空気はヒンヤリして気持ちがいい。早朝は植物の活動が活発な時間帯で、たっぷりと吐き出した酸素と草の匂いが芳しい。早起きして得をしたと思える瞬間だ。

 ツツジはもう花が落ち始めている。どこでも咲いて
いるからと、つい見頃の写真を撮りはぐれてしまった。しかし厚木もちょっと中心街から外れると緑が多い。というか雑木林が点在している様は、これ以上宅地造成なぞせんでくれと言いたくなる。
 この不景気な時勢なのに、マンションが物凄い勢いで建っている。それだけで落ち着いた景観を壊すし見知らぬ人がどっと増える(困)。落ち着いた街が急に俗っぽくなってしまう。これも時代の趨勢で仕方のないことなのだろうか。逃げるようにまだマンションに侵食されていない高台へ向かう。

近所の高台に至るところに「三嶋神社」という小さな社がある。伊豆の大社である同名の神社からの分祉であるという。
 境内から朝日を浴びる厚木市街を写す。境内の横は鬱蒼とした雑木林である。散歩するにはうってつけ。
 やや北上して厚高こと「厚木高校」の前に出る。厚木で最も古い高校だ。旧制第3中学として神奈川でも指折りの伝統校。googleで「厚木高校」と入力して見るとこの高校の持つパワーが一目瞭然だ。
 厚高の正門から撮る。厚高生は毎日この並木道を登って登校するわけだ。
 厚高から駅方面へ下る道沿いに建つ瀟洒なマンション。特に中層階は空中庭園ぽくていいね。
 坂を降りきったところにある公園の一角で早くもアジサイが咲いていた。まだ小さいがここいらでは初めて咲いているのを発見したのだった。
 
 たまの早朝散歩もなかなかいいもんである。ちょっとした発見や事の他うまい空気を胸一杯に吸い込んで、日頃は半強制収容所のような場所で心身を病むばかりの社畜にとって最高の癒しの時間である。
 散歩ですっかりくつろいだところで帰宅して朝風呂に浸かる。「らいおん丸」が厚木に来ていたので昼前に一番街のマックで会う。ぐうさんも「らいおん丸」も昼寝が好きなもんで、午後2時再会を約してぐうさんは昼寝のため帰宅。

 再び会ってネット喫茶で3時間、居酒屋で3時間。あっという間の時間が通り過ぎていったのだった。

5月28日

 昨日の出社時に駅で携帯を落として壊してしまった。そのまま出社したものの、はなはだ具合が悪い。今やセンターでのコミュニケーションは携帯なしではぐうさんの場合成り立たないのであった。

 周囲は「らいおん丸」以外全て敵か敵性という状況はまるでイスラエルを彷彿とさせる。ぐうさんの異動話を耳にした途端、手のひらを返したようによそよそしくなる連中を見て達観した。親友というものはなかなかできるものではない。

 国と国の間の関係も個人同士のつきあいに例えればよく分かりやすいのではないだろうか。アメリカはイラク攻撃を決意した時、今まで親友だと思っていたフランスとドイツに手のひらを返された。
「戦争はいけない。戦争は悪だ」
誰もが耳に納得せざるを得ない反論と共にである。

 だが、フランスにせよドイツにせよ本来そんな綺麗事を言えた筋合いはない。フセイン独裁政権に経済・軍事面で入れ込んでいたから利権がらみの反対であったことは間違いない。

 フランスもドイツもアメリカの出方を読み違えたのだろうか?老獪な彼らが果たして読み違えるだろうか? むしろ国内世論に引っ張られたのだとは言えないだろうか? あれだけの軍事力を湾岸に集中したからにはアメリカは本当に戦う気だとは分かりそうなものだが。そして一度振り上げた拳は引っ込みがつかないものである。

 どちらにせよ彼の国は大いに国益を損じたことは確かである。それが証拠にパウエル国務長官はフランスがフセインと通じていた重大な疑念があるとし、徹底的に調査すると断じているからだ。アメリカはどうやら本気で怒っている。

 ブッシュ大統領がバカだとかキリスト原理主義と批判する向きは多いが、最終的にイランとサウジの扱いまで見通しての行動であることを知っている人はいるのだろうか?ここでは長くなるので別項を立てて見たいものだ。

 幸い日本はアメリカの親友になりかけている。それでなくとも親友の少ない日本である。こでまで八方美人で通ったかもしれないが、国家の命運をかける時に親友がいないとみじめである。誰からも好かれるより、親友からいつまでも好かれるようでありたいぐうさんのたわ言である。

 話がそれた、毎夜携帯で会話し続けているぐうさんと「らいおん丸」であれば、一夜ないだけでも不便この上ない。会話のない夜を過ごした挙句、今朝は通院と称して会社を遅刻してまでもショップへ出向いて機種変更したのだった。

 メーカーが異なると当初は使いづらいもので、「らいおん丸」に最初のメールを送るのにも時間がかかってしまった。いろいろとばたばたする最近であるが、とりあえずは携帯を新しくしてホっとした。

 

5月26日

 日曜日の昨日は江ノ島にでも行こうかと計画をしていたが、土曜日の深夜いきなり「らいおん丸」からキャンセルのメール。う〜む、最近ドタキャンが多いな……。そういうこともあってあまり驚かなくなってしまった。

 そして今日、「らいおん丸」はシゲ所長に今週いっぱいで辞める旨伝えたのだった。次の仕事もまだ決まっていないのに大丈夫か? 本人は至って強がってはいるものの、心配だ。

 こうなったらぐうさんもここで残業などする気は毛頭ないので、棚卸以外はさっさと定時で帰して貰おう。新しい職場に行くまでに疲れた心身を回復させたいからね。
 


5月24日

 夕べ帰社間際、金魚のフンことマツと口論になった。通りすがりに体が当たった当たらないの下らない理由からである。こうなるとチンピラの言いがかりと何ら変わらない。相手は喚き立てたがいい加減うんざりしていたぐうさんはマツに言い放った。

「もう、うざったいんだよ!カッパみたいな顔しやがって。いちいち近付いて来るんじゃねえ」

 マツは言葉を失ったようだった。
(このハンサムな俺様がカッパ?)

(カッパって、あの頭に皿載っけた河童か?)

(俺様の顔があのカッパにそっくりなのか?……)

(いやカッパはひどい………)

 自問自答しながらマツはぐうさんの前から去って行った。ぐうさんにカッパに見られていたのが相当なショックだったようだ。自業自得である。以後マツはぐうさんと目を合わせることもできなくなった。これでマツもあとなしくなるだろう。ぐうさんがニヤリとしただけで奴の頭の中は「カッパ」で一杯になるのである。

 その夜「らいおん丸」と本厚木でまたまた安い居酒屋を見つけて痛飲したのだった。

 そして今日、センター社員達がシゲ所長と今後についての面接を行った。ぐうさんは来月中に異動が確定ということでラッキーである。ああこれでトヨピーやマツの顔を見ないで済む!

 一方トヨピーは心なしかうなだれていた。出荷作業管理を命じられたようなのだった。haゲの下ね。まあ、彼のような性格じゃあ最初は苦手に思うだろう。ぐうさんが出ることによって皆の役割も当然変わるというもの。ま、これも自業自得である。

 午後、「きち君」からメールが入る。今月の給料のことで、極悪ベンダーで昇給したのは1割弱、変わらないのが5割、下がったのが4割もいるという衝撃的な内容だった。幸いぐうさんは不良社員のくせに5割組だった。でも夏のボーナスは下がるな。出勤態度悪いし。

 しかも「きち君」、人事の部屋からの発信を慮ってトイレから送ってきたものだ。道理で匂ったわけだ。

 夕刻には「きち君」、新百合にもビアガーデンが欲しいと余裕をかました不満を述べていたが、ぐうさんと「らいおん丸」が押しかけた「きち部屋」が即居酒屋に変身する運命なのである。つまみ?なにぐうさんが作るさ。

5月20日

 「ねこ」が病欠。いやわかるわかるぐうさんには。バカしげ所長のもとではやる気も出ないのが。しかも定時後にバカしげ所長の指示でミーティングなぞやらねばならない。その議題は「もっと掃除するには」というから幼稚園以下のおつむなのだ。

 今は暇な時期なので仕事は楽だ。だが人間関係は最高に悪いのでとっととこのコンビニ部門を出たいのであるからミーティングなどぐうさんにとってはどうでも良いことだ。

 かと言って異動が取り沙汰される部門もロクなところはないし、つくづく極悪に入社したことがそもそも不幸の始まりだったのだと改めて感じ入って溜息が出た。

 そして定時後のミーティング。いい歳した大人達がセンターのお掃除について口角泡を飛ばしてつまらん議論をしている。ぐうさんはケータイでゲームをしていた。こいつらに付き合って掃除する気もないし、それより馬鹿しげ所長、早くわしの行き先決めろ。

 ミーティングが終わって帰宅しようと外へ出ると集中豪雨だった。馬鹿しげ! お前雨呼んだろっ!

5月14日

 夕べから風邪気味だったが、本格的な風邪だと気付いたのは一夜明けて早朝。ゴミを捨てに外へ出ると思わずくしゃみをして、そのあと背筋に悪寒が走った。

 時刻は午前4時。あと3時間布団にくるまって寝て汗をかけば治るだろうか?今日1日出勤すれば明日は休み。とにかく1日もたせなければならない。

 熱があるのでたちまち汗をかく。汗をかいては着替えを繰り返し、どうやら熱は下がったようだ。家を出ると途端によろめいた。いかん、発汗で体力を相当消耗したようだ。一つ良くなれば反動もある。

 フラフラと出社すれば、今日は金魚のフン、マツが休みなことに気付いて安堵した。こんなに消耗したときにマツの攻撃を受けては体が持たないのは明らかだったからだ。マツもトヨピーも一人の時はぐうさん攻撃の威力を発揮しない。

 つるまないと何もできないのだ。

 午前中は何とかもったものの、昼からまた熱っぽくなってきたので「らいおん丸」に頼んで風邪薬を持ってきてもらう。薬はひき始めに効くというが、ぐうさんの場合はとにかく熱を下げたい。

 これで午後を乗り切った。帰宅途中、スーパーでニラと豚レバーと細切れ肉を買ってきて家で炒めて食べる。効けばいいなあ。

5月13日

 今日も朝からトヨピーと金魚のフンのぐうさん攻撃が始まる。よくも飽きずに他人の悪口・陰口を一日中話していられるものだと感心する。

 特に昨今はシゲ所長がぐうさんの異動近しとほのめかしたのか、極秘にと言うよりこれ見よがしにぐうさんの持っている在庫管理メーカーの割り振りなどしていたりもする。

 嬉しそうな金魚のフンことマツ。自分たちの負担が増えるっての分かっているのか? 

 そう言えば「ねこ」も早々に事務を切り上げて現場へ出てくるようになった。番長が極悪を去ってからは次第にその頻度を増している。自然、ぐうさんと「ねこ」が一緒に作業することも増える。

 やはりマツが事務所にいるのが耐えられないのだろう。端正な顔立ちの番長とは雲泥の差の醜男マツ!しかもこいつが番長をいびり出したようなものだ。

 一つ目的を達したマツの次なる目標はぐうさん。シゲという力強い味方を得てこれも成功間近だ。「ねこ」と話していても「らいおん丸」と話をしていても足を踏み鳴らし、物凄い形相でぐうさんを睨み付けて去っていくマツ。

 だからと言って「ねこ」や「らいおん丸」がマツの思う通りには絶対にならないのがこいつにとって不幸なのか?

 マツ、彼女作るのなんざ40年早ええよ。

5月11日

 午前11時15分、「きち君」がはるばる川崎の新百合から厚木まで車で来てくれた。ぐうさんを乗せて平塚の「らいおん丸」を乗せて取って返し、再び厚木へ向かう。

 第一の目的地は「県立七沢森林公園」。だが、伊勢原方向から向かっていて公園の表示を見落として行き過ぎる。厚木市民として恥ずかしい限りではあるが、ナビゲーターはなかなか難しい。

 そしてこの公園は「らいおん丸」は既に何回も訪れたことがあるというのだった。正直者の「らいおん丸」は気が進まない風情。それでも何とかなだめすかして公園の散策を始めたものの、「らいおん丸」が鼻を鳴らす。
「ふんに〜〜〜」


 そうだ、「らいおん丸」は平地に生息する猛獣だったのだった。起伏のあるところでは途端に元気がなくなる「らいおん丸」をずるずる引きずりつつもようやく見て回ることができた。ファミリー向けの広大な自然の関東の雑木林を生かした公園で、ぐうさん個人的には気に入ったところである。何より市街地に近くこんな自然を一杯残した公園などそうそうお目にかかれない。神奈川県でも最大規模の森林公園なのである。勿論、全部回ることは不可能だった(泣)。

 付近には七沢温泉があって、丹沢周遊の最後はここの元湯湯元館に立ち寄り湯をもくろんでいたものの、結局は時間的に断念することになった。いつか必ず泊まってみたいレトロな優雅な温泉旅館である。

 さて昼飯は更に奥に行って宮ヶ瀬湖畔でと、宮ヶ瀬湖へ向かう。宮ヶ瀬湖は宮ヶ瀬ダムの建造によってできた人造湖だ。100年に一度起きると言われた下流域の大洪水を防ぐ目的と、例年の神奈川の水不足に対処するために30年以上をかけて作られた。今では横浜市や川崎市など15市9町に配水されている。面積は芦ノ湖に匹敵し、ダムからの放水を利用して水力発電も行っている。

 湖畔を走り、「水の郷」にて休憩。料亭や蕎麦屋、土産物屋が立ち並ぶ中、串焼きのイワナを買って頬張る。これが美味いんである。見れば「きち君」も美味そうに食べているではないか。「らいおんあ丸」はイワナとイワシの区別もつかない様子。ま、肉食動物だから無理もないか。食べてたけどね。

 腹の足しに蕎麦を食べて、次の目的地「早戸川」へ向かう。かつてぐうさんが極悪ベンダーに勤務するまでは足繁く川釣りに通っていた渓流である。山深い渓流を見ずして丹沢のたの字も語れない。

 まず、林道を奥深く入り込むのは普段行き慣れない人にとって体力的に相当消耗する。それが車であってでもだ。しかも落石の危険性は常にあり、路肩も心元ない。くねった細い道を対向車を気にして登っていく。

 どこまで行けばいいのかすら分からない。考えているのはぐうさんだけなのだから、不安な「きち君」の心境察して余りある。ぐうさんは、
「ごこまで行って引き返そうか」
それだけ考えていた。

 やって来たからには渓流に感動してもらいたいし、さりとて本当の感動を皆にして貰うにはこの川は厳しい。
 舗装が途切れたところで車を停めた。砂防ダムから流れ落ちる水の綺麗なこと。

 是非皆にこの綺麗な水に触れてもらいたい。
 それだけで皆を引っ張って上流へ向かった。落石を気にしつつもトボトボと付いてくる皆。悪いがもっと上へ行かねば、渓流の良さは味わえない。
 やっと皆が道から沢を下って降りなくてもいい地点を見つけた。

 ぐうさんが靴と靴下を脱いで川の水に足を浸す。
 物凄く冷たくて悲鳴を上げる。「らいおん丸」も「きち君」もその様子を見て素足で川に入った。

 勿論、二人とも悲鳴を上げる。上流の水温はかくも低い。

そしてこれより先は道なき
ようなもので、素人には危険である。ここいらで一服して引き返した。冷たい水に浸ったおかげか、はては下りなのか妙に足取りが軽く感じたものだ。
 車まで戻った頃には午後3時を回っていた。林道を引き返して宮ヶ瀬へ戻り、宮ヶ瀬レイクラインを通ってヤビツ峠へ向かう。この峠を超えると秦野へ出る。

 舗装はされているものの、全線が曲がりくねったタイトコーナーの連続である。峠まで登りはきつくないものの、道幅は狭く、対向車がすれ違うのにも難儀する。

 行程の2/3までが峠への登りである。布川という宮ヶ瀬に注ぐ渓流に沿っての道は油断すると即深い川床へ転落だ。

 峠に到達するも車を停めて景色を楽しむような場所はない。下りは急である。暫く下って行くと「菜の花台」の展望台がある。その頃激しい車のローリングで「らいおん丸」はすっかり車酔いしていたのだった。やはり平原の生き物なのだ。
 う〜ん、写真の写りが悪いが、あまり天気も良くないし、空気も澄んでいなかったので、空気の澄んだ晴れた日には房総半島まで見渡せるという唄い文句も今回は色あせている。

 しかし立ち込める雲と地平線や山々のの境界がはっきりしないせいで、何かこう神話的な世界を連想してしまった。現地に立てば分かるが眺望は素晴らしいものだ。

 ヤビツとはこの道の改修の時に矢櫃(弓矢を入れる武具)が発見されたことからの命名らしい。戦国時代の永禄12(1569)年、甲斐の武田信玄は大軍を率いて小田原に兵を進めたが、堅城を誇る小田原城は四ヶ月の攻防に耐えた。補給の続かない信玄は北条氏への圧力と武威を示す目的が達成できたと判断し、包囲をといて三増峠から甲斐へ撤退を開始。小田原の北条氏康は、この機に武田軍に大打撃を与えるため追撃に出た。歴史に残る三増峠の戦いである。

 この時、ヤビツ峠でも激戦が展開されたのだという。峠の周辺には殺生ケ原、地獄沢などの血なまぐさい地名が現に残っている。

 昔この峠を越えようとすると、急に空腹をおぼえて歩けなくなる。こんな時は、持っているおむすびを後ろに投げてやると、うそのように歩けるようになる。これは、峠で悲惨な最期を遂げた兵たちの亡霊が漂っているとの伝説がある。

 よもや「らいおん丸」、取り憑かれたのではあるまいな。気を使った弟子の運転でようやく回復したらしい。峠を下り、秦野市街へ。

 山歩きで疲れた体をほぐそうと「らいおん丸」が知ったスーパー銭湯「湯花楽」カーライフまるごとサイトクラブチャオ)で一風呂浴びる。ぐうさんと弟子はバイブラバスに長いこと浸かっていた。歳なのかねえ、二人とも………。おかげさまですっきり体も軽く、最後はこの辺では有名な「よってこや」のラーメンを食べて日曜日は終わった。


5月9日

 「もういい、あたしここそのうち辞める」
「らいおん丸」が眼に涙をうっすらと浮かべてぐうさんに言ったのは7日のことだった。ぐうさん足手纏いになりたくないという彼女にとって悲痛な決断だった。ぐうさんだってそりゃあ寂しい。

 だがここでいつまでも安い自給でアルバイトを続けていく訳にも行かない。何より何の技術も身につかないし、周囲は年配のおばさんだらけで話が全く噛み合わない。

 そしてトヨピーやマツにあることないこと触れ回られ、「らいおん丸」だって相当嫌な思いをしてもいる。

 「らいおん丸」と職場で別れた夜、ポチっと彼女がメールを送ってきた内容を見て不覚にも涙をこぼしそうになった。
「いつまでぐうさんと一緒に仕事場で働けるか分からないけど明るくいきましょう。いっぱい悩ませたり、困らせたりしてごめんね」

 毎日会うことはできなくなるけれど、毎週日曜日は会える。よけいに日曜日を楽しく過ごそうとお互いが思えるんじゃないかな。

 一方、弟子の「きち君」は今日も昨日に引き続き会社バクレ。
「悪い社員です」
謙遜していたが、有給分くらい理由が何であれ休んでしまえばいいのだ。こんな極悪で精神的に追い詰められて病気になるのが損ではないか。

 ぐうさんだってズル休みの10日やそれ以上は年間通してやっている。まともにまっ正直に極悪勤務などしていたら壊れるのは必定。

 そして相変わらずぐうさん攻撃にパワーを使っているのが金魚のフンことマツ。よくも毎度毎度捨てぜりふやら陰口やら乱暴な動作を見せつけるやら、飽きずにやってくれるものだ。

 そこんとこは全く進歩がない。

 一生やっていればよい。そのうち因果で顔が醜悪になる。あ、今でも十分醜悪だった。


5月8日

 前日の夜、町田で弟子と痛飲した。ぐうさんの処遇が本社でも取り沙汰されていて、きち君が本社でコンビニ部門の所長と話したという。その話を聞きたいのもあるが、「らいおん丸」とぐうさん問題が本社ではどう受け止められているのかも知りたかった。

 しかし帰社を急ぐぐうさんの前に立ちはだかったのはトヨピーと金魚のフンことマツの返品残業。嫌がらせとしか思えないさして必要とも思えない作業をしながら、早く帰りたいぐうさんの顔色をうかがってニヤニヤしている。時にマツ、

「ブっ飛ばしてやりてえよなあ」
とトヨピーに言いつつこっちを見ている。トヨピーも唇が醜くゆがんでいる。

 こういう輩に付き合うつもりは毛頭ないのでさっさとT副所長に通院するのでと告げてタイムカードを切った。

「あっ!!」

 思わず声を上げたトヨピーと金魚のフン、当てが外れて自分達だけが残業するはめに。好きなだけ残業してってくれよ。他はもう帰り支度してるぞ。

 弟子と会って町田の居酒屋でビールを飲みながら本社の動きを聞く。シゲがぐうさんに「らいおん丸」と10分以上話をするなと暴言を吐いたことを正直に人事に報告するはずもない。ぐうさんはそのことに憤っているのだが、人事では他部門で社員が辞めたことから玉突き人事でそこへ人を送り込もうということになって、ぐうさんも候補に上がったようだ。

 それがどのような形で言い渡されるかは全く予断を許さないが、少なくともトヨピーと金魚のフンから離れられることで、かなりのストレス軽減になるだろう。


5月4日

 朝、目覚めると天気はいいし暖かい。これは遠出に限る。普段遠出しない「きち君」の車で伊豆方面にでも足を伸ばしてやろうと出かける準備。

 しかし「らいおん丸」の起きるのが遅いことったらありゃしない。夜行性の猛獣だから当たり前なのだが………。

 やっと「らいおん丸」が起き出して、出発した。デニーズで朝食を取って東名に入って沼津へ向かう。しかし連休中日とあって渋滞に悩まされた。川崎インターから乗ったものの、途中から早くも渋滞……。大和バス停付近から動き出したが御殿場インター付近でまた渋滞……。後席では「らいおん丸」が居眠りをブっこいている。

 沼津インターで降りて伊豆半島を西から逆時計回りに一周してやろうと思ったが甘かった。SARZ騒ぎでおまけに連休は飛び石で、皆海外はおろか遠出すらしない方が多いということを肝に命ずるべきだったのだ。

 で、降りた途端渋滞……。伊豆半島西から逆時計回り一周なんて誰でも考えそうなことじゃんかねえ。見る車すべからく「湘南」「横浜」「品川」「練馬」「多摩」「足立」「川崎」「「大宮」「所沢」「千葉」「袖ヶ浦」とご近所さんばっか………。地元「沼津」ナンバーが珍しい。

 だが、「きち君」の車は「大阪」ナンバーなんである。大手を振って渋滞に巻き込まれても許される。

 414号線を限りなくのろのろと、狩野川を渡り、抜け道を探していたぐうさんは右折して港大橋の手前を左折、一路地図で発見した「沼津御用邸記念公園」の駐車場へ滑り込んでともかく一息つこうと思った。

 思った通り車の通行は少なく、眼前に現れたポッコリとした小山を右に見やりながら、ともかくも駐車場ではなく空き地に車を滑り込ませたのだった。

 腰を叩きながら降りる3人。どうやら海岸の護岸の内側に駐車したという自覚はあったものの、いざ階段を上って護岸の上に立って息を呑んだ。
 あいにくモヤががった天候ではあったが、駿河湾を隔てて遠く西伊豆の山並みを遠望することができた。しばし3人ともこの光景に見入っていた。

 これが休日に味わうべき光景というものであろう。

 左手に「沼津御用邸記念公園」があって、右手にはポッコリした山があり、どうもぐうさんはこの山に引かれた。
 「牛臥山」というのを後で知った。付近の海岸は絶好な釣り場で砂浜ではキス、岩場ではカワハギなどが釣れるらしい。そして山の右手には「芹沢文学館」があるのだった。うーむ、もっと下調べしときゃ良かった……。

 しかしその後訪れた「沼津御用邸記念公園」が非常に良かった。これは別コンテンツでアップするつもり。実際、ここにはかなりの時間をかけてくまなく堪能させてもらったものだ。

 さて公園を後にして淡島方面に向かうも渋滞が激しく、「らいおん丸」の腹がしきりに鳴るので改めて時間を確認したら午後3時を回っていた。獅子浜という海岸沿いの場所の「荒磯市場」に立ち寄った。
 
 道も混めば店も大混雑。フロント脇にサントリーのドラム缶程もあろうかと思われる巨大なビアサーバーを横目に車で来ているので飲めないもどかしさを味わう。

 さんざん待たされたものの、3人一緒に頼んだ「あら磯三昧定食」はボリュームたっぷりだった。2000円でかさごの煮付けと太刀魚の塩焼き、あじのたたき、もずくと茶碗蒸、それにご飯とあさりの味噌汁に漬物。やっと満腹になった。

満腹になった3人は再び車に乗り込み、伊豆半島一周を断念して伊豆長岡から南熱海の多賀に抜けるルートを辿った。伊豆半島の横断は車も少なく、比較的楽に相模湾に抜けた。ただ途中で多賀へ抜ける道を見落として伊東の宇佐美に出てしまった。

 ここから国道135号を一路北上していくことになるのだが、これが想像を絶する渋滞だった。休日ともなればただでさえ渋滞するルートである。途中下多賀で去年の暮れ「らいおん丸」と泊まった「ニューとみよし」の前を通過した。彼女も覚えていて、
「わあ〜〜、懐かしい」
と声をあげた。だが、渋滞は益々激しく、小田原までは身動きが取れない状態で時速4キロ、つまり文字通り歩く速度であった。

結局帰宅は深夜となってしまったのだった。「きち君」「らいおん丸」お疲れ様でした。

 教訓:やはり休日は車を使ってはいけない


5月3日

 指定休の今日は「らいおん丸」が仕事なので朝から掃除・洗濯に追われた。どうしても普段の日は帰りが遅いので部屋は散らかり、洗濯物はたまってしまう。

 「らいおん丸」が仕事が終えて本厚木で会って話す。「らいおん丸」は昨日シゲ所長に言われたことが理不尽に思えて悔しさのあまり涙をこぼした。

 仕方ないよね。な会社なんだから。

 口直しに海老名の焼肉屋で痛飲する。新宿から帰宅途中の「きち君」にも海老名まで来てもらって「らいおん丸」を慰める。

 そして夜は新百合の「きち」宅で3人川床状で寝込んだのだった。というか、「らいおん丸」はコタツの下にもぐりこんで寝ていたのだった。


5月2日

 朝礼では人事から営業研修生の指導に派遣されてきているトドJr.と子分の韓国人S君が朝礼に遅れる者はいないか周囲を睥睨している。本社から来ている某課長の姿が見えないのに気付いたS君、
「某課長はどこだ?」
とまるで上司のような口調。人事が全てを取り仕切っているような言い方だ。現場を動かしているのは現場の人間なのにスタッフがしゃしゃり出てくるのは旧日本軍の参謀本部そっくりだね。極悪ベンダーって日本的というより旧日本軍的と言った方が似合う。

 そして昨日に引き続いてシゲ所長、
「らいおん丸」と10分以上話すのは禁止だ」

 仰天するぐうさん。
「そんな馬鹿な! 法律もへったくれもないじゃありませんかっ」

シゲ所長、
「うるさいっ、センターに自由なんかねえんだよ!

 何という無謀、極悪もここに極まれりだ。



 会社の看板を上のもんに換えた方がいいのではないか?

 いつでも会社を変えられるようにしとこうとぐうさんは思った。仕事以前の問題である。

 ぐうさんが誰とどういう交際をするかというのは、私的領域の問題であって、使用者といえども口出しできるはずのものではない。労働者の私的領域の確保、人格権・自己決定権の尊重という観点から、このような規制を強要しても無効であり、また、そもそも規定すべき事項ではない。

 周囲から見て仲が良すぎて目に余るということなのだろう。そういった場合は配置転換ということもあり得る。それは覚悟の上だが、そうなったらわざわざ極悪にい続ける意味は毛頭なくなるんだよな(悩)。

5月1日

 ここんとことんとやる気が失せた。遅刻が多くなって仕事でも大欠品というぐうさんが入社以来の大チョンボもやらかした。これは集中力の欠如がもたらしたものだ。

辞めたい

 その衝動が突き上げるように噴出したようだ。シゲに説教を食らったが上の空である。

 そして今日。「らいおん丸」は休みであったがトークタイムの時間にわざわざセンターにやってきてくれた。ぐうさんと「らいおん丸」が話している横をトヨピーとマツが通っていった。

 その途端であった。シゲ所長が飛んできてぐうさんを呼んだ。トークタイムはまずいというのである。仕事もしないでトークタイムにふけっているというのだ。

ぐうさん、
「前にも言ったじゃないですか。昼は休憩しないで「らいおん丸」の終業時間に合わせて休憩しているって」

シゲ所長、
「それを他のメンバーにちゃんと伝えているのか?」

ぐうさん、
「伝えていますよ。にもかかわらずそんなクレームを突きつけた(トヨピーとマツ)ってことは「らいおん丸」と話すなって意思表示じゃありませんか。そんなの納得できませんよ」

シゲ所長、
「最近他のメンバー(トヨピーとマツ)とちゃんとコミュニケーション取れていないんじゃないか?」

ぐうさん、
「取る気もありませんよ。今センターの人間関係がどういうことになっているのか把握してないんじゃありませんか?そんな人間今のセンターにはいませんもん。ぐうさんここは長く居すぎたけど、それはその時に一緒に仕事したメンバーとはそこそこやってこれたってことですよ。でも今はそれがないんだ」

にわかにぐうさんと「らいおん丸」に暗雲が立ち込めてきたのだった。


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