6月

6月30日

 休業最後の休み。胃の診断結果を聞くのと腰の診察のため病院
へ行く。腰はもともと仮病なのだから問題はないのだが、胃の方は
不安があった。春に受けた会社の健康診断で「萎縮性胃炎」と診
断されたからだった。

 下手をすれば胃癌に進む恐れもあると言われていたので大いに
気になっていたのだ。

 だが、胃カメラの検査と血液検査及び検便の結果、内科医の下
した判断は、

「どこも異常ありませんねえ」

ぐうさん、
「へっ?」

 (せめてストレスで胃が弱ってますねえとか言ってくれないかな)
と口から出そうになるほど健康なのだそうな。

「胃癌にはなりそうもありませんねえ」

と内科医はご丁寧にも太鼓判まで押してくれた。一時は「うつ病」
を確信したぐうさんもちょっとがっかりしたが、それよりも俄然、元
気が出てきた。現金なものである。

 思えば生まれて物心ついてからわしの人生はストレスの連続で
あった。ここはそれを披露するところではないので言わないが、幼
少からの他人にはない修羅場を潜った経験がストレス耐性を強め
たといっていいのかも知れない。

 今回の異動だって敵はセンター幹部のA統括所長、シゲ所長、
本社人事のトドJr. と明確に定めれば良いのであって、徹底的
に追い詰めてやればいいのである。

 一度は彼らに追い込まれた格好のぐうさんではあるが、今後は
体制を立て直して報復する。

 一人対3人の幹部。いい勝負ではないか。

 その際日和見の社員は相手にしない。どうせどう転んでも信頼
できないんだから。

 そしてそういうわしを支えてくれるのは今は「らいおん丸」なのだ
そういう伴侶がいて落ち込んでいたぐうさんが愚かだったことに気
づいた。わしは誰のために生きている?何のために自我がある?
答えは明確だ。

「らいおん丸」と共に生きることが
この上なく幸せだ。

6月25日

 なぜこれほどまでにマツやトヨピーを先頭とするセンターの面々に苦しめられねばならなかったのだろう。かつてぐうさんと「らいおん丸」だけがどうして周囲に陰口を叩かれなければいけないの?と、「らいおん丸」がカッスィに聞き質したことがあった。

「それは妬みだ」

 カッスィの口からは明確な答えが返ってきたものだ。己はよくても他人は駄目。そんな輩がこのセンターには多過ぎたのだろう。

 京都の紫雲寺のサイトで「心の青年への手紙」というコンテンツがあって人の心のそういう仕組みをわかりやすく説明していたので引用させていただく。

「傍にいるだけで何か冷たく感じたり、どこが不愉快になるような人たちはいないでしょうか。こういう人は他人から「生命エネルギー」を奪おうとする心の働きが強いのです。つまりは、実際には心のなかが他の人々より空虚な人たちだといえます。私たち自身、満たされていない(救われていない)存在ですから、ただでさえ少ない「生命エネルギー」を奪われそうになれば、当然不愉快になるものです」

 「この「取ってきて埋めよう」とする心の働きが「貪(むさぼり)」です。いいかえれば、これは「生命エネルギー」を外から奪ってこようとする心の働きです」

 「他人をけなすのも、悪口を言うのも、軽蔑するのも、侮辱するのも、差別するのも、すべてその目的は他者の「生命エネルギー」を奪って自分が満足するというところにあるのです」

 その人自身が満たされていないから他人から攻撃してでも奪おうとする。それでも奪えないとなると「瞋(いかり)」となる。

 そして奪われた「生命エネルギー」を自分で補充することは、容易なことではない。時間をかけて心の囚われを解放してやる必要がある。それが休養であり、仮病を使っての10日ばかりの休みなのである。

 だが、診察で胃の不調も発覚してしまった。胃カメラまで飲まされて診断結果が出るのは来週月曜日。それまでは今後の計画を立てても意味がない。

6月20日

 センター内の1階コンビニ部門から4階に異動して6日が経過した。この間出勤したのが2日間だけであとは出社拒否状態が続いている。いかに会社に顔を出さないで退職するか、そればかり考えていた。

 同じセンター内での異動、そして朝礼で新規一転頑張りますといわざるを得なかったこと、最下層ポジションに落ちたことなどの落胆もあった。

 そして新たな職場となった某輸入雑貨小売共配センターの内情は恐るべきものだった。元来共同配送というものは複数ベンダーの商品を取り扱うものなので、その業務委託内容については細部まで出来るだけ詰めてから実施すべきものである。

 ところがこの業務を最初に請け負った極悪ベンダーのシステム子会社と、それに食らいついた配車ベンチャーが神奈川センターを拠点とすることになって大した詰めもせずに見切り発車してしまったのだ。

 店舗からの発注はシステム個会社がからんでいるにもかかわらずオンラインではなくFAXである。当然6なのか8なのか9なのか、1なのか7なのか、2なのか3なのかさっぱり分からない乱れた発注書が大量にアウトプットされて事務所は大混乱になる。

 こいつを再度店へ電話確認などしながら端末で事務員が必死でキーボードを叩いて所謂手打ち出荷指示書を出す。この時点で入力ミスの可能性があって売上伝票など怖くて出せない。

 店も店で平気でダブリ発注をしてくる。当方のタイピングのミスなのか店のミスなのかいちいち確認の手間がかかるのだ。

 こうしたFAX発注から一刻も早くオンラインへ移行して欲しいと願ったものだが稼動は夏以降になるという。極悪のシステム子会社のことだ、来年になるかも知れないし再来年になるかも知れない。つまり全然当てにできない。

 商品の格納スペースへ足を向けるとこれまた驚愕すべき実態があった。格納スペースに「ロケーション・ナンバー」というアドレスをふってどこの場所にどの商品が格納されているかがすぐに分かるようにしているのが常識というものだが、これが全く機能しておらず、カンと記憶に頼って商品を捜してうろうろしているのだった。

 挙句、ピッキングする棚番は事務担当者が一方的に変更して現場に伝えないものだから現場では当惑する。というかピッキングミスを誘発するだけなのに改善しようともしない。

 これではまともな物流センター運営などできるわけがないではないか。素人より悪い。

 しかもこれまでは店別ラベル発行から積み込みは某宅急便会社のシステムを使って問題なくやってきた。積み込みもドライバーが4階まで上がってきて手際よくやってくれたので男手不足の極悪4階部門も何とかしのいできた。

 ところがこれから静岡地区の数店舗を手始めに極悪の配車ベンチャーが配送を手がけることになり、最終的には全国への配送を目指すというとんでもない話が何時の間にか決まっていた。システムのシの字もない極悪配車ベンチャーがいきなり全国規模の某宅急便みたいなことができるわけがない。

 それでしわ寄せは現場に来る。出荷の際には再検品してくれ、1階まで降ろしてくれとまるで駄々っ子だ。

 もっと悪いことに将来はWEB発注になるが、その際は今までアソートされたセットのケース出荷だったものが単品出荷になるという。何でも「やります」じゃあパンクしてしまうだろうに。

 ぐうさんの頭の中で何かが弾けた。

 もうやってられない。

6月14日

 コンビニ部門での勤務最後の日、「ねこ」が話し掛けてきた。
「ぐうさん、いよいよ今日でここ最後なんですよねえ…」

ぐうさん、
「………。

「ねこ」、
「愚痴を聞いてくれる人がいなくなっちゃうんですよねえ」

ぐうさん、
(わしは愚痴の捌け口だったんかい…)

「ねこ」の愚痴とは即ち「腐れマツ」ニ関する愚痴に他ならない。「ねこ」のマツ嫌いもぐうさんに劣らず筋金入りだからな。単に嫌いというよりも、生理的に受け付けないのである。そしてなおも「ねこ」は嘆く。

 「あたし一人になったら体調悪くなりそう」

 分かる分かる。あいつの醜悪な顔・性格・言動をまともに浴びては運もツキも健康も人生までも害するからな。今は一刻も早く極悪を辞めて愛している番長のもとへ走るが最も得策と言いたいところだが、極悪から某一部上場企業に転職したばかりの番長なのでいろいろと難しいだろう。

 それもこれも番長と「ねこ」が合い携えて極悪でやっていける環境がなかったということで、非常に同情する次第なのである。

 そして今度はぐうさんと「らいおん丸」もそのような状況に追い込まれた。いずれは連携を取ってこっちの都合のいい状況で極悪とおさらばするのが究極の目標になってきたのだった。


6月10日

 朝礼前、センターの1階に集まった「あかねちゃん」に声をかける。実は先だって「きち君」から彼女が悩んでいるので気が紛れるように話してやってくれと優しい彼の気遣いであった。

 だがぐうさんの口から出た言葉は、
「ちかちゃん、辞めちゃったんだって?」

 一瞬彼女の顔が曇ったように見えた。仲の良かったあかねちゃんとちかちゃんである。残った彼女だって寂しいに違いない。だが気丈にも彼女、
「相変わらず情報早いですね」
と笑った。

 彼女らの所属は何とかプロジェクトという宙ぶらりんな、意味の薄いところである。似たような趣旨の事は人事からトドJr.と韓国人のソ君が来て2年生社員の営業研修を行っているので、はっきり言ってダブルスタンダードである。似ているとすればどちらも上司に恵まれないということか。それを言っちゃぐうさんだって恵まれないが、この会社でそんな僥倖にあずかれる者の方が少ない。

 まあ彼女らの羨ましいところは定時で帰れるということ。ぐうさんからすれば「定時で帰れる」ということが涎が出そうなくらい羨ましいのである。バイト感覚で仕事して定時きっかりに職場をさよならしてあとは自分のやりたいことをする。

 これは不良社員の浅ましい考えであるから彼女達には当てはまらない。連日現場の手伝いをさせられて、自分たちの存在意義を疑う境地にまで置かれているのではないだろうか?

 それが証拠にプロジェクト・チームは櫛の歯が抜けるように退職者が続出しているのだった。

6月9日

 7日に人事のトドJr.に悪し様に言われたことがどうも納得できない。と言うよりどうすればこうも悪く言い換えることができるのか半ば呆れ、半ば怒り心頭に達していたぐうさんであった。

 月曜日に出社して人事に直接電話してトドJr.にこういうことを言われたが、それは人事の本意なのか確認は可能かどうか「きち君」にメールで確認したところ「可」との返事。

 意を決して人事部のJさんに電話して土曜日のトドJr.との面接での事の次第を話すが肩透かしを食うはめに。Jさん、
「え?話の内容がよく分からないのですが……」

 トドJr.の奴、ぐうさんに話した内容を伝えてないな、と直感した。話し方を変えよう。ぐうさん、
「つまり、先日人事の方から話されたことは私に対する譴責処分に当たると私は解釈せざるを得ないのですが、そもそもその理由について納得はしていないのです。ですから先般の話を飲めということであれば私が悪いままになってしまって懲罰人事ということです。それでは私は受け入れることは出来ないので異動うんぬんよりも私の会社の去就にかかわることになって、それでは会社にいらない迷惑をかけることにはならないでしょうか?」

 Jさんは飲み込めたようだった。
「ところでなぜ私にこのような話をするのですか?」

 弟子の名前を出す訳にはいかない。
「それはこのような事態になって私がなりふりを早く決めなければならない状態になっているからです」
鋭いな。

 Jさん、
「分かりました。どうか前向きに考えて下さい。返事は致しますので。ちょっと遅れるかも知れませんが」

 電話を切って1時間余り、トドJr.がいきなりぐうさんに面会を求めてきた。
「ぐ、ぐうさん、ちょっといいですか?」
ダブダブに太った体躯を揺らせて額に油汗を浮かべている。せっぱつまった表情からJさんに叱責されたことはすぐに分かった。

 土曜日とはまるで態度が異なり、ひたすら低姿勢でぐうさんの神奈川センター4F行きを懇願するような口調に変わっていた。やはりJさんに何か言われたに違いない。

 二枚舌な信用できない男、トドJr.。行くには行くがそれはこんなデブ男のためではない。Jさんの手前異動するのだ。

 そしてそんなlこんなで機嫌の悪かったぐうさんだったが帰宅後「らいおん丸」とちょっとしたことでメールでの言い合いになってしまった。でもお互いのもやもやしたことを言って気が晴れた。

 「らいおん丸」はぐうさんの彼女である。

 う〜む、正式な公表は初めてだな。

 本来ならとても幸せ気分に浸れるというものなのに、何しろこの極悪ベンダーだ。問題山積でそうした気分に浸ることすら許されない逼迫した今のぐうさんの状況なのであった。

6月7日

 人事部から週3ぐらいの割合で神奈川センターへ営業研修生の指導に来ているトドJr.がぐうさんの異動の件で面接するという。

 のっけから当センター4階の某雑貨部門の現場を薦められた。ぐうさんが腰が悪いのを知っててのことである。

 トドJr.と統括所長、シゲ所長がつるんでいるのは百も承知だが、ここまであからさまだと開いた口が塞がらない。

 同じ人事でも部長やJさんは事務を考えているとのことであったが、彼の口からは微塵もそんなことは聞かれなかった。むしろ逆で、現場が出来なければ居場所はないと言わんばかりである。

 そうした上で、
「そもそもシゲ所長がぐうさんを放出しようとした原因は君のどこにあるか分かるか?」
などと、頭からぐうさんが悪いと決めているかのような口ぶりであった。グルになっている人間に何を言っても無駄である。

 ぐうさんが100%正しいなどとは言うつもりは毛頭ないが、休憩時間に誰と会おうが勝手であろう。そんなことを制限すれば休憩時間ではなくなってしまう。

 それを制限したシゲに何のとがめもないばかりか、今後こういうことがあったらどうなるか分からないとまでぐうさんを迫してもくれたもんだ。

 開いた口が塞がらない。

 たまたま元コンビニ部門で今は違う部署にいるヅラ君とサディに会って簡単に事の次第を話したが、彼らもポカンと口を開けているばかりであった。

 

6月4日

 「らいおん丸」が来なくなったセンターはもの凄くつまらない。気の抜けたビールを無理やり飲まされた気分とでも言おうか。当然気分は悪くて始終仏頂面だ。

 さんざん「らいおん丸」をいじめたばばあパートどもが高笑いしているのを横目で見るに、爆殺してやりたくなる。相当殺伐とした気分なのが自分でも分かる。

 しかも「たいおん丸」の退職と前後してまだ他に辞めたパートさんがいるのか、出勤するパートさんの数がガクンと減った。再び社員が現場に出ずっぱりとなる。棚入れも出荷も間に合わない。「らいおん丸」のたたりか、ざまあ見やがれ!

 さてぐうさんの異動は今月中とまでは決まっているようなので、センターのコンビニ部門の社員再配置がたけなわでもある。現在男性社員は商品を受け入れ格納兼在庫管理のぐうさん、トヨピー、マツ、ジョニー。出荷作業管理のhaゲ、副所長兼用度品在庫管理のT、それに2ベンダーの在庫管理以外よくわからないカッスィという業務分担になっている。

 それがぐうさん異動後はマツとジョニーで商品を受け入れ格納兼在庫管理を行い、トヨピーは出荷作業管理専任となる。haゲは用度在庫管理に回り、カッスィはよくわからないまま(汗)。

 さあ、張り切ったのはカッパ男マツである。俺様が今度は荷受のボスだと言わんばかり。待てよ、お前今度の荷受はお前を入れて2人しかいないのだぞ。ボス面などしている場合じゃないだろう。

 いくらマツがその気になったところで荷受のパート、特に韓国人Fには嫌われている。あそらくそれ以外の荷受のパートでこいつを好きな人は皆無だ。いったいどうなることやら………。

 そしてhaゲの休んだ今日は引き継ぎを受けたトヨピーの出荷作業管理デビュー。パート不足での船出であった。まあ残業1時間で終わらせたから無難にこなしたものの本人は憔悴し切っていた。

 なにしろ唯一の子分があのマツだ。子分だってちゃんと選ばなきゃ自分を破滅させるっての。こいつらそのうち自分で自分達の首を絞めそうな予感がするんだが。

 午後、ぐうさんに「ねこ」が愚痴をこぼす。
「最近マツが話し掛けてきてうざいんです」
最強の嫌われ者マツ。それでもぐうさんよりマツを選んだってのが馬鹿シゲ所長の方針なわけだ。

「ぐうさんはやりずらい」

ってのがどうやら所長のぐうさん放出理由らしい。泣き言言ってるんじゃねえよと言いたいところだが扱いやすい部下が欲しいということなのだろう。そうしてマツみたいなのを残す。

 己の小ささを公言しているようなものであるから腹も立たないが、理不尽な理由で「らいおん丸」に退職を決意させたシゲと統括デブ青所長の罪は万死に値する。さてどう料理しようかこの2匹。

 午後、事務所で発注しているぐうさんに「きち君」から異動先がシステム部門現場らしいとメールが入る。折しもぐうさんの背後でシステム部門現場と某ベンチャー、センター管理部、顧客と4つ巴のぐちゃぐちゃな乱闘を垣間見る。

 どう転んでもこの極悪会社では楽できねえな………。

 終業後、家が近くの「らいおん丸」と雨の中会う。彼女、先週から就職活動中なのであった。面接をこなして今日は試験の後採用決定。まずはおめでとう。さりとて彼女にとっては実感もまだ沸かないし働いて見ないことには何とも言えないのが実情。

 ともあれ就職決定の「らいおん丸」に乾杯するぐうさんである。


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